人材派遣業の法人化は、利益の目安より先に、労働者派遣事業の許可要件と取引先の信用から考える業種です。許可は事業主ごとに受けるため、個人で取ってから法人化すると取り直しになります。最初から法人で設立し、許可申請から逆算して資本金と設立日を決めるのが基本です。
この記事の結論
人材派遣業は、許可の資産要件と派遣先の信用の両面から、事実上「法人化が前提」になりやすい業種です。税の損得よりも、許可の取得時期・資本金・消費税と社会保険を織り込んだ資金繰りの設計が先です。
- 許可には財産的基礎の要件があり、基準資産額はおおむね2,000万円以上(1事業所あたり)。資本金は要件を意識して決める
- 許可は事業主ごとに受けるため、個人で取った後に法人化すると取り直しになる
- 売上は大きく粗利は薄い。派遣スタッフの給与は消費税の仕入税額控除の対象外で、消費税の負担が重くなりやすい
- 法人は社会保険の強制適用。派遣スタッフの加入状況は許可や更新の場面でも確認されるため、法定福利費を単価に織り込む
- 申請書類の準備と審査の期間から逆算し、営業開始の半年以上前に法人を設立しておく
人材派遣業の法人化は「許可要件」から考える
労働者派遣事業は許可制です。許可には財産的基礎の要件があり、おおむね基準資産額2,000万円以上(1事業所あたり)といった水準が求められます。基準資産額のほかに現金・預金の額などの要件もあり、金額などの現行の要件は変わる可能性があるため、厚生労働省や労働局の最新の案内で確認してください。
制度上は個人事業主でも許可申請は可能ですが、資産要件の立証や事業継続性の説明は法人の方が組み立てやすく、実務では法人での取得が標準的です。許可は事業主単位に紐づくため、個人で取得した後に法人化すると、法人として改めて許可を取り直すことになります。派遣業を本格的に行うなら、最初から法人で始める方が二度手間を避けられます。
- 財産的基礎:基準資産額や現金・預金の額が、事業所の数に応じた基準を満たしているか
- 雇用管理の体制:派遣元責任者を選任し、派遣スタッフの苦情処理や労務管理を行える体制があるか
- キャリア形成の支援:派遣スタッフの教育訓練の計画など、キャリア形成を支援する制度があるか
- 個人情報の管理:派遣スタッフの個人情報を適正に管理する規程があるか
- 事業所:事業に使う事務所の広さや設備が、許可の基準に合っているか
許可には有効期間があり、更新の際にも財産的基礎や社会保険の加入状況などが確認されます。設立時だけでなく、毎期の決算で純資産を保てる利益の出し方を、法人化の段階から考えておくことが大切です。業界の制度改正の動きは人材派遣・人材紹介業の経営に役立つ最新情報で追っています。
取引先の信用——営業の入口で法人格が問われる
派遣先となる中堅・大手企業は、コンプライアンスの観点から法人としか基本契約を結ばない運用が珍しくありません。せっかく引き合いがあっても、契約段階で法人格がないために止まってしまうのはもったいない話です。派遣業にとって法人化は「節税策」である前に「営業の入口要件」というのが実情です。
許可と信用のほかにも、個人と法人では次の点が変わります。派遣業ではとくに消費税と社会保険の差が大きく、資金繰りに直結します。
| 判断の軸 | 個人事業のまま | 法人化した場合 | 人材派遣業での見方 |
|---|---|---|---|
| 許可 | 個人として取得できるが、資産要件の立証が難しい | 法人として取得するのが標準的 | 後から法人化すると取り直しになる |
| 取引先の信用 | 法人としか契約しない派遣先がある | 基本契約を結びやすい | 営業の入口要件になりやすい |
| 所得と税率 | 所得税5〜45%の累進+住民税10% | 法人税は年800万円以下の部分15%、超える部分23.2%+地方税 | 一般には所得800万円前後が検討の目安だが、派遣業は許可と信用が先行する |
| 消費税・インボイス | 基準期間の課税売上高が1,000万円以下なら免税 | 資本金1,000万円以上の法人は設立当初から課税事業者 | 派遣料は課税売上で、派遣先は事業者のためインボイス登録が前提 |
| 社会保険 | 法定の業種で常時5人以上を使用する場合に強制適用 | 役員1人でも強制適用 | 派遣スタッフの加入状況は許可や更新でも確認される |
| 法人化のコスト | 設立の費用はかからない | 登録免許税(株式会社は最低15万円)、赤字でもかかる均等割、決算・申告の手間 | 資本金を厚くすると、均等割も資本金等に応じて上がる |
利益と消費税から見る目安は?(数値例)
派遣業は売上が大きく粗利が薄い構造です。たとえば年商6,000万円、粗利率25%で粗利1,500万円、事務所家賃や営業経費900万円を差し引いて所得600万円というケースです。
計算例:年商6,000万円・粗利率25%の派遣会社の利益の構造
- 粗利:6,000万円×25%=1,500万円
- 所得:1,500万円−900万円=600万円
- 売上に対する所得の割合:600万円÷6,000万円=10%
売上の1割ほどしか利益が残らないため、単価のわずかな値下げや派遣スタッフの待機が、そのまま利益を削ります。税率の差より、粗利率と資金繰りの管理が経営の中心になります。
一般に所得800万円前後が法人化検討の目安と言われます。個人の所得税は課税所得が695万円を超えると23%、900万円を超えると33%と段階的に上がり、別に住民税の所得割10%がかかるためです。ただし派遣業では、所得がそこに届く前に、許可要件と信用面で法人化が先行するパターンが多くなります。
| 課税所得 | 所得税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
法人の所得には、法人税(中小法人は年800万円以下の部分15%、超える部分23.2%)、地方法人税(法人税額の10.3%)、法人事業税、特別法人事業税、法人住民税がかかります。15%の軽減税率は2027年3月31日までに開始する事業年度が対象で、延長されるかは2026年10月時点で決まっていません。
無料ツール法人成りした場合の税負担を試算する個人事業のまま続けた場合と法人化した場合の税金・手取りの違いを、所得の額を入れて比べられます。計算する
派遣業は消費税が重くなりやすい
消費税も重要です。派遣料金は課税売上のため、年商1,000万円の免税ラインはすぐに超え、派遣先は事業者なのでインボイス対応も前提になります。さらに、費用の大半を占める派遣スタッフの給与や社会保険料は課税仕入れにならないため、売上にかかる消費税からほとんど差し引けません。
計算例:派遣料4,800万円の場合の消費税の納付額
例えば、派遣料(税抜)が年4,800万円、家賃や営業経費のうち課税仕入れ(税抜)が年500万円の会社です。基準期間の課税売上高も4,800万円とし、国税と地方消費税の合計で概算します。
- 売上の消費税:4,800万円×10%=480万円
- 本則課税で控除できる消費税:500万円×10%=50万円。納付額は 480万円−50万円=430万円
- 簡易課税(第5種・みなし仕入率50%)で控除できる消費税:480万円×50%=240万円。納付額は 480万円−240万円=240万円
同じ売上でも、計算の方法で納付額に190万円の差が出ます。簡易課税は基準期間の課税売上高が5,000万円以下の場合に、前もって届出をして選びます。
消費税は売上と一緒に預かったお金ですが、納付は後からまとめて来ます。免税期間の節税効果に頼らず、最初から課税事業者としての資金繰りを組んでおきましょう。2割特例は、法人では2026年9月30日を含む課税期間までで終わるため、これから設立する法人は使えません。派遣スタッフに払う通勤手当は、通常必要な範囲であれば課税仕入れになるため、給与と分けて記帳します。
無料ツール簡易課税と本則課税の納税額を比べる売上と課税仕入れの金額を入れると、どちらの方法で消費税の納付額が小さくなるかを試算できます。計算する
インボイスの登録や簡易課税の届出の時期は、設立日と最初の事業年度の決め方で変わります。手続きの全体はインボイス制度の実務ガイドで整理しています。
資本金の額、設立日、簡易課税を選ぶかどうかで、設立直後の消費税と資金繰りが大きく変わります。許可申請の前に、初回無料で試算できます。
無料で相談する社会保険と資金繰り:法定福利費と給与の先払いをどう織り込む?
派遣スタッフの社会保険・雇用保険の適正な加入は、許可や更新の場面でも確認されます。法人は役員1人だけでも健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所で、加入の対象になる派遣スタッフの保険料の半分は会社が負担します。法定福利費を織り込んだ派遣単価の設定が欠かせません。
計算例:月給22万円の派遣スタッフ1人あたりの会社負担と派遣単価
例えば、40歳未満の派遣スタッフに月22万円(標準報酬月額22万円)を支払う場合です(協会けんぽ北海道。労災保険料・賞与・有給休暇の費用は除く)。
- 保険料率の合計:10.28%+18.3%+0.23%=28.81%
- 社会保険料の会社負担:22万円×28.81%÷2=31,691円
- 雇用保険料の会社負担(8.5/1,000):22万円×8.5÷1,000=1,870円
- 1人あたりの月の人件費:220,000円+31,691円+1,870円=253,561円
- 粗利率25%を確保する派遣料(税抜):253,561円÷75%=約338,081円
賃金だけを基準に単価を決めると、会社負担の保険料の分だけ粗利が削られます。派遣先との単価交渉は、法定福利費を含めた原価から組み立てます。
派遣スタッフの待遇は、派遣先の労働者との均等・均衡を図る方式か、労使協定による方式のどちらかで決める必要があり、賃金の水準は単価の設定に直結します。短時間のスタッフは、週20時間以上で企業規模51人以上などの要件を満たすと社会保険の加入対象になり、月8.8万円の賃金要件は2026年10月1日に撤廃されています。企業規模の要件も2027年10月に36人以上へと広がるため、人数の見込みとあわせて保険料を見積もります。
資金繰りでは、給与を先に払い、派遣料を後で回収する構造に注意します。派遣スタッフが増えるほど立て替える金額も増えるため、売上が伸びている時期ほど資金が不足しやすくなります。
計算例:給与の先払いで必要になる運転資金
例えば、派遣スタッフ1人あたりの給与と会社負担の保険料が月30万円で、給与は当月末に支払い、派遣料は翌月末に入金される場合です。
- スタッフ15人の月の支払い:30万円×15人=450万円
- 派遣料が入るまでの約1か月、常に450万円を立て替えている状態になる
- スタッフを10人増やすと、立替えは 30万円×10人=300万円 増える
受注が増える時期に合わせて、運転資金の借入枠や手元資金を先に確保しておきます。
運転資金の調達と、利益・資金の計画の立て方は中小企業の財務コンサルティングガイドで整理しています。
設立タイミングと資本金の決め方
タイミングは「許可申請から逆算」が基本です。申請書類の準備に1〜2か月、審査にも数か月かかるのが一般的なため、営業開始の半年以上前には法人設立を済ませておきたいところです。資本金は許可の資産要件を意識して設定します。
- 事業計画と資金計画を作る派遣先の見込み、単価と法定福利費、給与の先払いに必要な運転資金を試算し、資本金の額を決めます。
- 労働局に事前相談する許可の要件、必要書類、申請の時期を確認します。
- 会社の基本事項を決める商号・本店所在地・事業目的(労働者派遣事業を入れる)・資本金・決算月・役員構成と任期・設立日を決めます。決算月は繁忙期を避けると申告が楽になります。
- 設立登記をする登録免許税は株式会社が最低15万円、合同会社が最低6万円です。
- 税務・社会保険の届出をする法人設立届出書は設立の日以後2か月以内、青色申告の承認申請書は設立の日以後3か月を経過した日と最初の事業年度終了の日のいずれか早い日の前日まで、給与支払事務所等の開設届出書は開設の日から1か月以内です。社会保険の新規適用と労働保険の手続きも進めます。
- 体制を整えて許可を申請する事務所、派遣元責任者、教育訓練の計画、就業規則などを整え、申請書類を提出します。
- 許可を受けて営業を始める派遣先との労働者派遣契約と、派遣スタッフとの雇用契約を結びます。
資本金を厚くすると許可の要件は満たしやすくなりますが、消費税の扱いや均等割にも影響します。資本金1,000万円以上で設立すると、設立当初の事業年度から消費税の課税事業者になるため、最初の申告から納税資金を見込んでおきます。
北海道で派遣事業を始める場合
許可の申請は、主たる事務所を管轄する都道府県労働局を経由して行います。道内に本社を置く場合は北海道労働局が窓口です。
北海道内では観光シーズンや冬期など、季節によって人手の需要が大きく変わります。受注を狙う繁忙期から逆算して、設立と許可取得のスケジュールを引いておくと現実的です。ただし、建設業務・港湾運送業務・警備業務などは労働者派遣が禁止されているため、受ける業務の範囲は事前に確認します。
北海道の最低賃金は2026年10月1日から1,131円です。派遣スタッフの賃金と、法定福利費を含めた単価の下限の前提になります。
よくある質問
人材紹介と派遣を両方行う場合、許可は別々に必要ですか?
必要です。有料職業紹介事業と労働者派遣事業は別の許可で、それぞれに財産的な要件や事業所の要件があります。両方を行う場合は申請も別々に行い、売上と費用を事業ごとに区分して記帳しておくと、許可の更新や決算の説明がしやすくなります。
資本金を2,000万円にすると、税金はどう変わりますか?
資本金1,000万円以上の新設法人は、設立当初から消費税の課税事業者です。法人住民税の均等割も資本金等で決まり、札幌市の場合は資本金等1,000万円超1億円以下で従業者50人以下なら13万円、50人超なら15万円で、道民税の均等割も上がります。法人税の中小法人の軽減税率は、資本金1億円以下であれば使えます。
許可の更新の前に赤字が出たら、資産要件はどうなりますか?
更新では直近の決算で財産的基礎が確認されるため、赤字で純資産が減ると要件を満たさなくなるおそれがあります。直近の決算で要件を満たさない場合は、増資などの後の月次決算や中間決算に公認会計士等の監査証明などを付けて判断を受ける方法もあります。具体的な要件と書類は労働局で確認します。
役員報酬はどう決めればよいですか?
役員報酬は、毎月同じ額を支払う定期同額給与にすると損金になり、金額を変えられるのは原則として事業年度の開始から3か月以内です。粗利が薄い派遣業で役員報酬を高くしすぎると、法人の利益と純資産が減り、許可の財産的基礎の維持に響くことがあります。水準は役員報酬の最適化シミュレーションで試算できます。
まとめ
人材派遣業は、許可の資産要件と取引先の信用から、最初から法人で始めるのが現実的な業種です。売上は大きく粗利は薄いうえ、給与が仕入税額控除の対象外のため消費税が重くなりやすく、税率の比較より資金繰りと社会保険の設計が先になります。許可申請から逆算して、営業開始の半年以上前に資本金と設立日を決めておきましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
