財務DDにおける現預金の検証は、通帳・残高証明書・ネットバンキングの取引履歴という三つの資料を突き合わせる作業です。帳簿の残高が実在するか、漏れている口座や自由に使えない預金がないかを確かめ、差異は理由まで特定して価格交渉や契約の条件に反映します。
この記事の結論
現預金は最も動かしやすい資産のため、財務DD(デューデリジェンス)の出発点になります。第三者が証明する残高証明書を軸に、通帳とネットバンキングの記録で入出金の背景まで確認します。
- 全口座を一覧にし、全取引金融機関から基準日の残高証明書を取る
- 帳簿との差異は、未取付小切手や時間外預入などの理由を明細で特定する
- 担保に入った預金や預り金に見合う現預金は、自由に使える現預金と分けて示す
- 休眠口座・代表者個人口座との混在・決算日だけ多い残高に注意する
- 検証結果は、株式価値の計算や表明保証・価格調整の条項に反映させる
現預金の検証はなぜ重要なのか?
財務DD(財務デューデリジェンス)は、会社の売買(M&A)の前に、買い手が対象会社の財務の実態を調べる手続きです。貸借対照表に載っている現預金がその金額どおり存在するかを確かめる作業は、その出発点になります。現預金は最も動かしやすい資産のため、名義や管理状況にわずかな不整合があるだけで、買い手・売り手双方の信頼関係に影響することもあります。
帳簿上の残高と実際の残高は一致していて当然と思われがちですが、実務では次のような理由でずれが生じることがあります。
- ①決算日をまたぐ入出金の計上タイミングのずれ
- ②複数口座の一部を、経理担当者しか把握していない
- ③代表者や役員との資金のやり取りが、正確に記帳されていない
こうしたずれは不正の有無にかかわらず起こり得るため、まずは事実として残高が合っているかを淡々と確認する姿勢が大切です。買い手にとっては、譲渡対価の算定根拠になる純資産や現預金の残高が正しいかどうかが判断材料になります。この検証を丁寧に行うことが、後々のトラブル防止につながります。
検証に使う三つの資料と役割は?
現預金の実在性を確かめるには、性質の異なる三つの資料を突き合わせるのが基本です。それぞれ単独では証拠として弱い部分があるため、複数の資料を組み合わせて信頼性を高めます。
| 資料 | 入手方法 | 役割 |
|---|---|---|
| 預金通帳・入出金明細 | 会社が保管する通帳のコピーや、金融機関が発行する取引明細 | 日々の入出金の流れを時系列で確認する |
| 残高証明書 | 金融機関に依頼して発行してもらう、基準日(通常は決算日)時点の残高の証明 | 第三者(金融機関)が証明する客観的な残高を確認する |
| ネットバンキングの取引履歴 | 管理画面へのログイン、またはCSV・PDFでの出力 | 直近までの入出金や振込先の詳細を、リアルタイムに近い形で確認する |
残高証明書は金融機関が発行するため改ざんの心配が少なく、最も信頼度の高い資料とされています。発行までに数日かかることもあるため、DDのスケジュールが決まった段階で早めに依頼しておくと進行がスムーズです。
残高証明書を依頼するときのコツ
- 預金のある金融機関だけでなく、借入だけの金融機関も含めた全取引先に依頼する
- 預金に加えて借入金や保証の残高も記載してもらえるか確認する(簿外の借入や保証の発見につながる)
- 原本は売り手の手を経ずに受け取るか、原本そのものを確認する
ネットバンキングの履歴は、照会できる期間に限りがある場合があるため、DDの対象期間分を早めに出力してもらいます。画面の写しよりもCSVなどの元データのほうが、会計データとの突合に使いやすくなります。会計データそのものの信頼性の確かめ方は、ITシステム・会計データの信頼性の検証で解説しています。
何を確かめる?実在性・網羅性・自由に使えるかの3つの視点
現預金の検証は、残高の一致だけを見る作業ではありません。会計監査の考え方を借りると、次の3つの視点で整理できます。
| 視点 | 確かめること | 主な手続き |
|---|---|---|
| 実在性 | 帳簿の残高が実際にあるか | 残高証明書と帳簿の照合、手元現金の実査 |
| 網羅性 | 帳簿に載っていない口座や現金がないか | 全取引金融機関への残高証明の依頼、通帳と勘定科目内訳明細書の口座数の照合 |
| 自由に使えるか | 担保や預り金に見合う分など、使い道が縛られていないか | 借入契約・担保差入書の確認、預り金・前受金との対応関係の確認 |
このほか、外貨預金は決算日の為替相場で換算し直して評価し、満期まで1年を超える定期預金は解約の制限とあわせて流動性を確認します。視点を決めておくと、「残高は合っているが、自由に使えるお金は少ない」といった実態を見落としにくくなります。
突合はどう進める?確認の手順
実際の突合作業は、次のような順序で進めると漏れが少なくなります。
- 全口座を一覧にする普通・当座・定期・外貨・休眠口座を含め、会社が持つ口座をすべて書き出し、帳簿の勘定科目内訳と数が一致しているかを確認します。
- 残高証明書と帳簿を照合する各口座の基準日時点の残高証明書を取得し、帳簿残高との差異の有無を確認します。
- 差異の理由を特定する差異がある場合は、決算日をまたぐ未達の入出金などが原因かどうかを通帳の明細で照合します。
- 直近の資金移動を確認するネットバンキングの履歴で、代表者個人や関係会社との資金のやり取りが適切に記帳されているかを見ます。
- 手元現金を確認する金庫内の現金がある場合は、実査の記録や出納帳との整合性もあわせて確認します。
この手順を踏むことで、単に残高が合っているかだけでなく、なぜその残高になっているのかという背景まで把握できます。M&Aの交渉では、差異の理由を説明できること自体が、売り手側の信頼性を高める材料にもなります。
差異は「どちらを直すべきか」で分けて整理する
帳簿残高と残高証明書の差は、銀行勘定調整表(両者の差の理由を一覧にした表)で説明します。差異には、銀行の側がまだ処理していないだけのものと、帳簿の側を直す必要があるものがあります。
| 差異の原因 | 内容 | 調整する側 |
|---|---|---|
| 未取付小切手 | 振り出した小切手が、まだ銀行で決済されていない | 銀行残高から差し引く |
| 時間外預入 | 決算日の営業時間後に預け入れ、銀行では翌日扱い | 銀行残高に加える |
| 未取立小切手 | 受け取った小切手の取立てが、まだ終わっていない | 銀行残高に加える |
| 連絡未通知・未記帳 | 振込入金や口座引落しを、帳簿に記帳していない | 帳簿を修正する |
| 未渡小切手 | 振り出した小切手を、まだ相手に渡していない | 帳簿を修正する |
計算例:銀行勘定調整表で差異を説明する
例えば、残高証明書の残高が1,250万円、帳簿残高が1,245万円の口座です。未取付小切手が30万円、時間外預入が20万円、帳簿に記帳していない口座引落しが5万円あったとします。
銀行側:1,250万円−30万円+20万円=1,240万円
帳簿側:1,245万円−5万円=1,240万円
両者が1,240万円で一致すれば、差異の理由は説明できたことになります。理由の分からない差が残る場合は、明細をさらにさかのぼって確認します。
手元現金は実査と基準日への逆算で確かめる
DDは決算日より後に行うことが多いため、手元現金は調査の日に実際に数え(実査)、出納帳を使って基準日の残高に引き戻して確かめます。
計算例:実査の結果から基準日の残高を求める
例えば、調査の日に数えた現金が35万円で、基準日から調査の日までに12万円の入金と20万円の出金があった場合です。
35万円−12万円+20万円=43万円
基準日の帳簿残高が43万円なら一致です。業種のわりに手元現金が多い場合や、仮払金・使途の分からない出金が多い場合は、内容を個別に確認します。
見落としやすい確認ポイントは?
現預金の検証では、金額の一致だけに気を取られると、次のような論点を見落としがちです。金額の大小にかかわらず、会社の実態を正しく把握するうえで重要な情報です。
| 論点 | 何が問題か | DDでの扱い |
|---|---|---|
| 休眠口座・名義が古い口座 | 帳簿に反映されず、網羅性が欠ける | 全取引金融機関への残高証明の依頼で洗い出す |
| 担保・質権が設定された預金 | 自由に引き出せない | 通常の現預金と分け、使える現預金から除いて考える |
| 借入と同時に預けている預金 | 実質的に借入と見合いになっている | 借入と相殺した実質の負債で考える |
| 代表者個人の口座との混在 | 会社の取引が個人の口座を通っている | 入出金の明細で、売上や経費の漏れがないかを確認する |
| 預り金・前受金に見合う現預金 | 顧客や従業員から預かっているお金 | 自由に使える現預金と区別する |
| 決算日だけ多い残高 | 決算日直前の一時的な借入や入金で、残高が多く見える | 決算日前後の明細と、月末残高の推移を確認する |
決算日1日の残高だけでは、普段の資金の水準は分かりません。月末残高を1年分並べると、季節による変動や、決算日に合わせた一時的な調整が見えてきます。気になる点があれば、経理担当者や金融機関へ確認する姿勢が求められます。
道内の会社で漏れやすい口座
地域の信用金庫・信用組合のほか、農業や漁業に関わる会社では農協・漁協の貯金口座を持っていることがあります。メインバンク以外の口座は通帳の保管場所も分かれがちなので、口座の一覧づくりの段階で取引のある金融機関をすべて挙げてもらいます。冬季に売上が落ちる業種では、決算月によって現預金の水準が大きく変わるため、月末残高の推移とあわせて評価します。
検証の結果は価格交渉と契約にどう反映する?
現預金の検証結果は、株式の価値の計算に直接つながります。一般に、株式価値は「事業価値−有利子負債+現預金」の形で計算するため、自由に使えない預金を除いた実質の現預金を使うことが大切です。
計算例:拘束された預金を除いて株式価値を出す
例えば、事業価値が3億円、有利子負債が1億円、帳簿の現預金が6,000万円で、そのうち1,000万円が借入の担保に入っている場合です。自由に使える現預金は0.5億円として計算します。
3億円−1億円+0.5億円=2.5億円
帳簿の現預金をそのまま使うと、株式価値を1,000万円高く見積もることになります。事業を回すのに最低限必要な現預金をどう扱うかも、あわせて当事者間で決めておきます。
理由の分からない差異や簿外の口座が見つかった場合は、譲渡価格の調整などで手当てします。表明保証(売り手が財務諸表の正しさなどを保証する契約条項)や、クロージング日の現預金で価格を精算する条項を使う方法もあります。基本合意の段階で財務条件をどう書くかは、M&Aの基本合意書(LOI)における財務条件の書き方で整理しています。
差異の評価や、拘束された預金・必要な運転資金の扱いは、取引の条件によって判断が分かれます。初回無料でご相談いただけます。
無料で相談する売り手はDDの前に何を準備する?
売り手が事前に資料を整えておくと、DDの期間が短くなり、買い手の不安も減らせます。次の準備は、自社だけで進められます。
- 全口座の一覧(金融機関・支店・口座の種類・名義・用途)と通帳をそろえる
- 基準日の残高証明書を、全取引金融機関から取得する
- 帳簿との差異があれば、銀行勘定調整表で理由を説明できるようにする
- 代表者・役員との貸し借りを整理し、個人口座を通る会社の取引をなくす
- 使っていない休眠口座を整理し、担保に入っている預金の契約書を用意する
- ネットバンキングの取引履歴を、対象期間分まとめて出力しておく
2024年1月1日以後の電子取引で受け取った請求書などのデータは、電子のまま保存されているはずです。入出金の根拠資料として、そのまま提出できます。法人の帳簿書類の保存期間は7年(欠損金が生じた事業年度は10年)なので、DDで求められやすい過去数期分の資料は、そろっている前提で準備を進めます。月次の数字の整え方は経理・決算セルフチェックも参考になります。
よくある質問
残高証明書は誰が依頼し、費用はかかりますか?
預金者である会社が金融機関に依頼し、発行には手数料がかかるのが一般的です。DDでは買い手の求めに応じて売り手が取得しますが、改ざんの疑いを避けるため、原本を確認できる形で受け渡すことが望ましいです。
決算日から時間がたっていても、その日の残高証明書はもらえますか?
過去の日付を基準日にした残高証明書も、発行を受けられる場合があります。発行できる期間や必要な日数は金融機関によって違うため、DDの日程が決まったらすぐに確認します。
キャッシュレス決済や電子マネーの残高は現預金に含めますか?
決済サービス会社からまだ入金されていない売上代金は未収入金(売掛金)で、現預金ではありません。事業用にチャージした電子マネーは前払いの性質があります。いずれも残高の分かる明細を入手し、現預金と分けて確認します。
代表者個人の口座に会社の売上が入っていたら、どうなりますか?
売上の計上漏れであれば、過去の税務申告を修正するリスクがあります。更正の期間制限は原則として法定申告期限から5年、偽りその他不正の行為がある場合は7年です。税務DDでその影響額を見積もり、価格や表明保証の条件に反映させます。
簡易なDDでも現預金の検証は必要ですか?
必要です。調査範囲を絞る場合でも、現預金は価格に直結するため、残高証明書との照合と口座の網羅性の確認は残すのが基本です。範囲の決め方はフルDDとライトDDの使い分けで解説しています。
まとめ
財務DDにおける現預金の検証は、三つの資料を組み合わせ、実在性・網羅性・自由に使えるかの3つの視点で確かめる作業です。残高証明書は早めに全取引金融機関へ依頼し、差異は銀行勘定調整表で理由まで説明できる状態にします。休眠口座や担保付きの預金、代表者個人口座との混在を整理したうえで、結果を株式価値の計算と契約条件に反映させましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
財務DD・M&Aの財務調査のご相談は、ジェイスタート会計事務所へ
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- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂
