学習塾のM&Aでは、在籍生徒数の「質と継続率」、講師への依存度、季節講習に偏る収益構造の3点を分けて分析することが、適正な評価の出発点です。あわせて月謝・講習費の前受金や返金のルール、教室の賃貸借契約の引継ぎも確認し、財務デューデリジェンスで何をどの資料で見るかを整理します。
この記事の結論
学習塾の財務評価は「生徒数の質と継続率」「講師への依存度」「季節講習の収益構造」の3点を分けて見ることが基本です。前受金や講師の労務のように、決算書に表れにくい負担も価格に反映します。
- 在籍数は総数ではなく、学年構成・退塾率・入塾のペースに分解して評価する
- 講師ごとの担当生徒数と指名の集中を確認し、離職したときの生徒の流出を試算する
- 季節講習の受講率と月次の売上の波を踏まえ、通期の収益力で評価する
- 月謝や講習費の前受金は、譲渡後に授業で返していく義務として扱いを決める
- 株式譲渡か事業譲渡かで、生徒との契約や賃貸借契約の引き継ぎ方が変わる
生徒数は在籍数だけでなく継続率で評価する
学習塾は季節ごとの繁閑差が大きく、講師個人への依存度も高い業種のため、一般的な財務評価だけでは実態を捉えきれないことがあります。「少子化の中で生徒数をどう評価すればよいか」は、売り手と買い手の双方が最初に迷う論点です。
在籍生徒数はもっとも分かりやすい指標ですが、単純な人数だけで判断すると実態を見誤ることがあります。財務デューデリジェンス(財務DD、資産・負債や収益性を調査する手続き)では、在籍生徒数の総数に加えて、学年別の構成、入塾からの在籍期間、退塾率の推移を分析します。
| 分析の切り口 | 見る資料 | 評価への影響 |
|---|---|---|
| 学年別の在籍数 | 生徒台帳(学年・入塾日・退塾日) | 受験学年に偏っていると、翌年度の在籍数が落ちやすい |
| 退塾率の推移 | 月別の入退塾の記録 | 退塾が多い塾は、広告費をかけ続けないと在籍数を保てない |
| 入塾の経路 | 入塾時のアンケート、紹介・兄弟姉妹の記録 | 紹介や兄弟姉妹の入塾が多いほど、口コミによる集客力が高い |
| 在籍期間 | 入塾日からの通塾年数 | 長く通う生徒が多いほど、売上の見通しが立てやすい |
特に、中学3年生や高校3年生といった受験学年の生徒が多い塾では、受験の終了後に一斉に退塾する時期が訪れます。この退塾を見越して新規入塾がどの程度のペースで補われているかを確認しないと、表面上の在籍数が実態以上に高く評価されてしまうおそれがあります。直近数年間の学年別の入退塾数を分解し、生徒数を維持・拡大できているかを見極めることが出発点です。
在籍数とあわせて、生徒1人あたりの月謝と受講コマ数(客単価)の推移も確認します。値上げや講座の追加で客単価を上げている場合、在籍数の減少が売上の数字に隠れていることがあります。
講師への依存度をどう見極めるか
個人経営や小規模チェーンの塾では、特定の人気講師やカリスマ性のある塾長に生徒が集まっていることが少なくありません。この「個人への依存度」は財務諸表には直接表れないものの、M&A後の収益の継続性を左右する重要なリスク要因です。
財務DDでは、講師ごとの担当生徒数や、指名・希望が集中している講師の有無を確認し、特定の個人が離職した場合にどの程度の生徒が流出しうるかを試算します。講師が独立して新たに塾を開いたり、他塾に転職したりすると、生徒もあわせて移ってしまうリスクがあるためです。
計算例:人気講師が離職した場合の影響
例えば、在籍生徒120人、生徒1人あたりの月謝が月2万円の塾で、人気講師の担当クラスに40人が在籍しているとします。その講師が独立し、担当の生徒の半数が移ったと仮定します(いずれも仮の数字です)。
- 流出する生徒:40人×50%=20人
- 減る月謝:20人×2万円=40万円(月額)
- 年間の影響:40万円×12か月=480万円(季節講習の分は含みません)
譲渡価格の交渉では、この影響額をもとに、講師との雇用条件の見直しや、売り手の経営者・講師が一定期間とどまる条件を検討します。
次のような観点で講師体制を整理すると、依存度のリスクを把握しやすくなります。
- ①正社員講師と非常勤講師(アルバイト・業務委託)の比率
- ②特定講師への生徒の指名の集中度
- ③講師の平均勤続年数と採用のしやすさ(地域の講師人材の状況)
経営者自身が主力講師を兼ねている塾も多く、この場合は事業承継後の指導体制をどう構築するかが特に重要な検討事項になります。
コマ給と業務委託の講師は、労務の簿外債務を確認する
講師の給与を授業のコマ単位で払っている場合は、授業の準備や報告書の作成、保護者への対応などの時間に賃金が支払われているかを確認します。指示を受けて行う準備の時間は労働時間に当たる場合があり、未払いの賃金が帳簿に載らない債務(簿外債務)として残っていることがあります。
コマ給を準備時間も含めた実際の勤務時間で割った額が、北海道最低賃金(2026年10月1日から1,131円)を下回っていないかも見ておきます。業務委託の講師が実態として雇用に近い場合は、給与として源泉徴収や社会保険の対象になる可能性もあります。
季節講習が収益構造に与える影響
学習塾の収益は、通常授業の月謝収入に加えて、春期・夏期・冬期といった季節講習の受講料が大きな割合を占めることが一般的です。財務DDでは月次の売上推移を確認し、季節講習の時期に売上が集中する構造を前提に、通期の収益力を評価します。
単月の売上や直近数か月の業績だけを見て評価すると、季節講習のタイミングしだいで実態より高く、あるいは低く見えてしまいます。年間を通じた売上の波を把握したうえで、季節講習の受講率(在籍生徒のうちどの程度が季節講習に申し込むか)の推移を確認すると、収益基盤の安定性をより正確に評価できます。
会計処理の面では、季節講習の受講料は講習を実施した期間の売上です。講習の前に受講料を受け取っている場合は、決算日の時点でまだ実施していない分を前受金にします。冬期講習が決算日をまたぐ塾では、売上が二つの期に分かれる点に注意します。
北海道の塾で月次の売上を見るときの注意
北海道の学校は、本州に比べて夏休みが短く冬休みが長い傾向があるとされ、夏期講習と冬期講習の売上の比重が本州の塾と異なる場合があります。月次の売上は、地域の学校の長期休みの日程と並べて見ると、受講率の変化を読み取りやすくなります。
大雪などで休講や振替授業が重なった月は、売上と人件費の動きが平常の月と異なることがあります。前年と比べるときは、増減の理由を確かめてから評価に使います。
月謝・講習費の前受金と返金のルールを確認する
学習塾では、月謝を前月に受け取ったり、季節講習や年間の講座の費用をまとめて前払いで受け取ったりすることがあります。受け取った時点で売上にしていると、売上と利益が実際より早く計上され、期末の前受金が少なく表示されます。
M&Aでは、前受金は譲渡後に授業を提供して返していく義務です。株式譲渡なら買い手が引き継ぐ負担になるため、期末の前受金の残高を正しく計算し、借入金に似た負債として価格に反映するかどうかを交渉で決めます。
| 確認する項目 | 見る資料 | 確認のポイント |
|---|---|---|
| 月謝の前受け | 入金の記録、月謝の請求の締め日 | 受け取った月ではなく、授業を行う月の売上にしているか |
| 季節講習・年間講座の前払い | 申込書、講習の日程表 | 決算日に未実施の分を前受金にしているか |
| 入塾金・教材費 | 入塾規約、教材の仕入と在庫の記録 | 入塾金の返金の有無、教材の在庫と売上の対応 |
| 中途解約と返金 | 入塾規約、返金の記録 | 法令に沿った返金のルールになっているか、未処理の返金がないか |
一定の期間・金額を超える学習塾の契約は、特定商取引法の「特定継続的役務提供」に当たり、書面の交付やクーリング・オフ、中途解約のルールが定められています。規約や実際の返金の扱いが法令に沿っていないと、譲渡後に返金を求められるリスクがあるため、財務DDとあわせて確認します。
教室設備・立地と地域内の競合状況
学習塾は賃借物件で運営されていることが多く、教室数・座席数といった物理的なキャパシティが生徒数の上限を決めます。財務DDでは賃貸借契約の残存期間や更新条件を確認するとともに、教室の稼働率(時間帯ごとの座席の利用状況)を分析し、増収の余地や設備投資の必要性を見積もります。
賃貸借契約では、原状回復の範囲と、敷金・保証金の返還の条件も確認します。退去時の原状回復費用が大きくなりそうな教室は、譲渡後の負担として見込んでおく必要があります。映像授業やタブレット教材のシステムを使っている場合は、ライセンス契約を譲渡後も使い続けられるか、更新にかかる費用もあわせて確認します。
札幌・北海道内では、少子化の影響が地域によって異なるほか、オンライン学習サービスとの競合も進んでいます。対象塾が対面指導とオンライン対応をどう組み合わせているか、近隣の競合塾との差別化要因は何かといった定性的な情報も確認します。財務数値とあわせて見ておくと、将来の収益予測の精度を高められます。
株式譲渡か事業譲渡か:生徒との契約・講師・教室の引継ぎ
学習塾は営業に許可が要らない業種のため、許認可の引継ぎが論点になることは多くありません。その代わりに、生徒(保護者)との契約、講師の雇用、教室の賃貸借契約をどう引き継ぐかが、スキームの選び方を左右します。個人経営の塾は株式がないため、事業譲渡で引き継ぐことになります。
| 論点 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 生徒(保護者)との契約 | 会社との契約がそのまま続く | 契約を移すには、保護者の同意を得る必要がある |
| 講師の雇用 | そのまま続く | 転籍に一人ひとりの同意が必要で、離職のきっかけになりやすい |
| 教室の賃貸借契約 | 原則として続くが、株主の交代で解約できる条項に注意 | 貸主の承諾を得て、契約を移すか結び直す |
| フランチャイズ契約 | 支配権が変わるときの本部の承認条項を確認する | 本部の承認と、加盟契約の結び直しが必要になることが多い |
| 帳簿に載らない債務(未払賃金・返金など) | 会社に残ったまま引き継ぐ | 引き継ぐ範囲を契約で限定できる |
| 生徒の個人情報 | 会社が引き続き管理する | 事業の承継に伴う提供として引き継ぎ、元の利用目的の範囲内で使う |
未払賃金や返金の問題が大きい場合は、事業譲渡で引き継ぐ範囲を限定する考え方もあります。ただしその場合は、保護者や講師から一人ずつ同意を得る手間と、その過程で生徒が離れるリスクが生じます。売り手の税金も手法によって変わるため、スキームは手取りの試算とあわせて比べます。
正常収益力と譲渡価格に反映しやすい調整項目
ここまでの論点は、最終的に正常収益力(一時的な要因を除いた、通常の事業から得られる利益)と譲渡価格に反映します。学習塾で調整の対象になりやすい項目は次のとおりです。
| 項目 | 確認する資料 | 価格への反映 |
|---|---|---|
| 塾長(経営者)の役員報酬と講師としての役割 | 役員報酬の推移、時間割 | 譲渡後に代わりの講師を置く費用で、利益を置き直す |
| 人気講師の離職リスク | 講師別の担当生徒数 | 流出の見込み額を利益から差し引くか、講師の残留を条件にする |
| 前受金の残高 | 入金の記録、講習の日程表 | 未実施の授業の分を負債として扱う |
| 講師の未払賃金 | 給与台帳、時間割、勤怠の記録 | 見積額を価格から差し引くか、売り手の補償の対象にする |
| 一時的な広告宣伝費や教室の新設費用 | 経費の明細 | 繰り返さない支出は、正常収益力の計算から除く |
| 教室の原状回復費用 | 賃貸借契約書 | 退去の予定がある教室は、譲渡後の負担として見込む |
財務DDで求められる主な資料は次のとおりです。売り手の側でも日頃から整えておくと、評価が下がりにくくなります。
- 生徒台帳(学年・入塾日・退塾日・受講講座)
- 月次の売上の内訳(通常授業・季節講習・入塾金・教材)
- 講師の一覧(雇用形態・担当コマ・勤続年数)と給与台帳
- 入塾規約・返金規定と、前受金の明細
- 教室ごとの賃貸借契約書と、フランチャイズ契約書
- 広告宣伝費と入塾者数の推移
財務DDの全体の進め方は財務デューデリジェンスのガイドに、学習塾の経営にかかわる制度の動きは学習塾・習い事教室の経営に役立つ情報にまとめています。
生徒の継続率、講師への依存度、前受金の扱いは、資料をそろえて数字で確かめる必要があります。財務DDの範囲の決め方から、初回無料でご相談いただけます。
無料で相談するよくある質問
生徒数が減っている塾でも、買い手は見つかりますか?
在籍数が減っていても、退塾率が低い、駅や学校に近い教室がある、講師が定着しているといった強みがあれば、評価される場合があります。近隣で教室を増やしたい同業者にとっては、生徒と教室をまとめて引き継げる点が魅力になります。
塾長が抜けると生徒が離れそうです。どう備えればよいですか?
譲渡後も一定期間は塾長が指導や引継ぎに関わる条件を入れ、後任の講師と並行して授業を持つ期間を設ける方法があります。価格の面では、譲渡後の業績に応じて対価の一部を支払う取り決め(アーンアウト)で、売り手と買い手のリスクを分け合うこともあります。
親族や講師に塾を継がせる場合も、同じ論点を確認すべきですか?
確認すべき点は共通です。株式を贈与・相続で引き継ぐ場合は事業承継税制を使えることがあり、特例措置は特例承継計画の提出が2027年9月30日まで、贈与・相続が2027年12月31日までです。詳しくは事業承継税制のガイドをご覧ください。
M&Aの専門家に払う費用に、補助はありますか?
事業承継・M&A補助金には専門家活用枠があり、補助上限は類型により450万〜2,000万円です。16次の受付は2026年10月2日〜11月6日17時(予定)です(2026年10月時点)。対象となる費用や要件は枠ごとに異なるため、最新の公募要領で確認してください。
まとめ
学習塾のM&Aでは、生徒数という表面的な指標の裏にある継続性と、講師体制の実態を丁寧に確認することが欠かせません。在籍生徒数は学年構成・退塾率・入塾のペースに分解し、特定講師への指名の集中と離職リスク、季節講習を含めた年間の収益力を評価します。前受金や講師の未払賃金といった帳簿に表れにくい負担も確かめます。教室の稼働率と賃貸借契約の条件、地域の少子化やオンライン競合との差別化もあわせて評価し、スキームと価格に反映しましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
