人材派遣業のM&Aで財務評価の軸になるのは、許可を引き継げるか、登録スタッフのうち実際に稼働している人の割合、派遣先の集中度とマージン率の推移の3点です。社会保険・労務の簿外債務まで、財務DDで確認する論点を整理しました。
この記事の結論
人材派遣業の財務評価は「許可の承継可否」「派遣スタッフの実質稼働率」「派遣先契約の集中度とマージン率」の3点が軸です。そのうえで、労務の簿外債務を価格や契約条件に反映します。
- 株式譲渡なら許可は原則として維持され、事業譲渡なら譲受側が許可を持っている必要がある
- 許可の更新では資産の要件が審査されるため、買収後の退職金・配当・合併で要件を割らないか確かめる
- 登録者数ではなく、実際に稼働しているスタッフの数・期間・リピート率で収益基盤を見る
- マージン率は、賃金の上昇(北海道の最低賃金は2026年10月1日から1,131円)を料金に転嫁できているかで評価する
- 社会保険の未加入・未払残業代・同一労働同一賃金への対応は、簿外債務として精査する
労働者派遣事業の許可はM&Aでどう扱われるか
人材派遣業を営むには、厚生労働大臣による労働者派遣事業の許可を受ける必要があります。M&Aのスキームが株式譲渡か事業譲渡かによって、この許可の取扱いが変わる点が最初の分岐点です。
株式譲渡であれば法人格が変わらないため、許可は原則として維持されます。一方、事業譲渡の場合は譲受側の法人が自ら許可を取得している必要があり、未取得であれば新規の許可申請が必要です。許可申請には一定の準備期間がかかるため、財務DDと並行して、スキームの選択と手続きのスケジュールを早い段階ですり合わせておきます。
| スキーム | 労働者派遣事業の許可 | 派遣スタッフ・社員の雇用 | 派遣先との契約 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 法人格が変わらないため原則として維持。役員が変わる場合は変更の届出が必要 | そのまま続く | そのまま続く(支配権の変更を解除の理由にする条項がないか確認) |
| 事業譲渡 | 引き継がれない。譲受側が自ら許可を持っている必要がある | 一人ひとりの同意を得て、譲受側と雇用契約を結び直す | 派遣先ごとに同意を得て、契約を結び直すか契約上の地位を移す |
| 合併・会社分割 | 手続きの順序で扱いが変わるため、管轄の労働局に事前に確認する | 合併は包括的に承継。会社分割は労働契約承継法の手続きに従う | 原則として承継されるが、契約の条項を確認する |
株式譲渡で役員が入れ替わる場合は、新しい役員が許可の欠格事由に当たらないかも確かめます。事業譲渡では、派遣スタッフが同意しなければ雇用は移らず、派遣先への供給が途切れるおそれがあります。稼働中のスタッフへの説明と同意の取り付けは、スケジュールの中で最も時間のかかる作業になりがちです。
また、許可の更新時期が近い場合は、直近の事業報告書の提出状況や、過去に労働局から指摘を受けた事項がないかも確認しておくべき事項です。派遣元責任者の選任状況や教育訓練計画の実施実績なども、許可要件を満たしているかを判断する材料になります。
更新時の資産要件と、公開情報との照合
許可の更新では、直近の決算にもとづいて資産の要件(基準資産額や現預金の額など)を満たしているかが審査されます。買収後に対象会社から多額の役員退職金や配当を支払ったり、借入をしている受け皿会社と合併したりすると、次の更新で要件を満たせなくなるおそれがあります。買収の資金計画を立てる段階で、更新時の決算の姿を試算しておきます。
派遣元の事業者は、毎事業年度に事業報告書を労働局へ提出します。あわせて、派遣労働者の数・派遣先の数・マージン率・教育訓練の内容などを、インターネットなどで公開する義務があります。公開されている数字や事業報告書の派遣料金・賃金の平均額と、会計帳簿や給与台帳の数字が整合しているかを照らし合わせると、管理体制の精度がわかります。
株式譲渡と事業譲渡のどちらが適しているかは、許可の状況・スタッフの同意・派遣先の契約条項によって変わります。スキームの比較から、初回無料でご相談いただけます。
無料で相談する登録スタッフ数ではなく「実質稼働率」を見る
人材派遣業の企業価値の評価で注意したいのが、登録スタッフの人数を額面どおりに評価しないことです。登録者数が多くても、実際に派遣先で稼働しているスタッフはその一部にとどまっていることが珍しくありません。
財務DDでは、登録スタッフ数に対する実稼働スタッフ数の比率と、稼働スタッフの平均稼働期間を確認します。リピート率(同じスタッフが繰り返し就業の依頼に応じる割合)も重要な指標です。登録者数は一定数あっても、安定して稼働しているスタッフが一部に限られている場合、収益力は登録者数からイメージされるほど大きくない可能性があります。
具体例:登録者数と実質稼働率の差
例えば、登録スタッフが500人、直近3か月に1回以上稼働した人が150人、そのうち6か月以上続けて稼働している人が90人の会社の場合です(仮の数字)。
- 稼働率:150人÷500人=30%
- 安定して稼働している人の比率:90人÷500人=18%
売上の大半をこの90人が生んでいるなら、評価の土台は500人ではなく90人です。90人の平均稼働期間とリピート率、担当するコーディネーターの偏りを確認していきます。
次のような観点でスタッフ体制を分析すると、実質的な収益基盤を把握しやすくなります。
- ①稼働中のスタッフと、登録のみのスタッフの内訳
- ②主な職種・業種別のスタッフ構成と、その需要の動き
- ③コーディネーター(営業担当者)ごとの担当スタッフ数・派遣先数
コーディネーターが個人的な人脈でスタッフや派遣先を確保している場合、その担当者が離職すると、担当していた取引関係を引き継げなくなるリスクがあります。担当者ごとの売上と、退職した担当者の取引が過去にどれだけ残ったかを見ると、属人性の程度を判断しやすくなります。
稼働の持続性では、派遣期間の制限にも目を向けます。同じスタッフを派遣先の同じ組織(課など)で受け入れられる期間や、派遣先の事業所が派遣を受け入れられる期間には上限があります。期限(抵触日)の管理が甘いと、稼働が続いているように見えても、契約を切り替えざるを得ない時期が来ます。無期雇用の派遣スタッフはこの制限の対象外になるため、有期と無期の内訳も確認します。こうした分析の全体像は財務デューデリジェンスの解説にまとめています。
派遣先契約の集中度とマージン率の分析
人材派遣業の収益は、派遣先に請求する料金と、派遣スタッフに支払う賃金の差額(マージン)で成り立っています。財務DDでは、派遣先ごとの売上の構成比を確認し、特定の派遣先への依存度が高すぎないかを分析します。
特定の大口派遣先との契約が終了・縮小すると、その分の収益が一気に失われるため、上位の派遣先の契約期間や更新条件も確認しておきます。あわせて、マージン率の推移を確認し、賃金の上昇分を派遣料金に転嫁できているかを評価します。マージン率は、派遣料金の平均額から賃金の平均額を差し引き、派遣料金の平均額で割った比率です。人手不足を背景に賃金の相場が上がるなかで、料金の改定が追いついていない場合、収益性が徐々に圧迫されている可能性があります。
計算例:マージン率と、手元に残る金額
例えば、派遣料金が時給2,000円、スタッフの賃金が時給1,500円の場合です(仮の数字)。
- 差額:2,000円−1,500円=500円
- マージン率:500円÷2,000円=25%
この差額から、社会保険料の会社負担、有給休暇の賃金、教育訓練費、営業・管理の費用などを払います。社会保険料の会社負担を賃金の15%とすると、1,500円×15%=225円で、残りは500円−225円=275円です。
料金が据え置かれたまま賃金だけが50円上がると、差額は2,000円−1,550円=450円になります。マージン率は450円÷2,000円=22.5%に下がります。
賃金の上昇は、最低賃金の改定と、同一労働同一賃金の労使協定方式による見直しの両方から来ます。北海道の最低賃金は2026年10月1日から1,131円(前年1,075円から56円、5.21%の引上げ)です。労使協定方式では、毎年示される一般の労働者の賃金水準に合わせて協定を見直すため、賃金の上昇が料金の改定より先に来ることがあります。派遣先との料金交渉の記録と、改定の実績を確認しておきます。派遣業界の制度の動きは人材派遣・人材紹介業の経営情報でも整理しています。
消費税にも特徴があります。派遣料金は消費税の課税売上ですが、最大の費用であるスタッフの賃金は課税仕入れになりません。利益に比べて納める消費税が大きくなりやすいため、決算日時点の未払消費税は、債務に近い項目として価格の交渉で扱われることがあります。
派遣先との契約書で確認したい条項
- 基本契約の期間と自動更新の有無、解約の予告期間
- 株主や経営者が変わったときに解除できる条項(支配権の変更条項)
- 派遣料金の改定の手続き(賃金の改定時に見直す取り決めがあるか)
- 損害賠償の範囲と上限
- 個別契約が派遣ごとに書面などで整えられているか
社会保険・労務コンプライアンスの確認
人材派遣業は、労働者派遣法や社会保険関連の法令の遵守が特に重視される業種です。財務DDでは、派遣スタッフの社会保険の加入状況、有給休暇の付与・取得の状況、同一労働同一賃金への対応状況などを確認します。そのうえで、未払残業代や社会保険料の未加入といった簿外債務(帳簿に表れていない債務)のリスクがないかを精査します。
社会保険の加入漏れが見つかると、さかのぼって保険料を納めることになる場合があります。未払残業代も、勤怠の記録と賃金台帳を突き合わせて、請求される可能性のある金額を見積もります。こうした債務は、表明保証(売り手が契約で保証する事実)や特別な補償の条項、譲渡価格の調整で手当てします。
社会保険の適用拡大で増える会社負担
短時間で働くスタッフが多い派遣会社では、社会保険の適用拡大の影響も将来の費用として見込みます。2026年10月1日に月8.8万円の賃金要件は撤廃され、週20時間以上・企業規模51人以上・学生でないことなどが要件です。企業規模の要件は、2027年10月から36人以上、2029年10月から21人以上へと段階的に広がります。
新たに適用となった事業所などでは、2026年10月1日から保険料調整制度も始まっています。標準報酬月額12.6万円以下の短時間労働者の保険料の一部を事業主が追加で負担する仕組みで、期間は通算3年、事業主の最終的な負担は増えません。加入によるスタッフの手取りの減少を抑え、離職を防ぐ手段として検討できます。雇用保険も、2028年10月1日から週10時間以上の労働者へ対象が広がります。対象会社のスタッフ名簿を週の労働時間別に分け、新たに加入する人の保険料の会社負担を試算しておきます。
札幌・北海道の派遣需要の見方
北海道内では、製造業やコールセンター、物流業向けの派遣需要が、地域の産業構造とともに変化しています。派遣先の業種構成は、対象会社の将来性を占ううえで参考になります。こうした定性情報も、財務数値とあわせて評価しておきます。
北海道の最低賃金は、2025年10月4日、2026年10月1日と秋に改定されています。決算の時期によっては改定後の賃金が決算書に一部しか表れないため、直近の月次の数字で改定後のマージン率を確かめておくと安心です。
正常収益力と譲渡価格に反映しやすい調整項目
人材派遣業は設備などの資産が少なく、価格は収益力と人の定着で決まる部分が大きい業種です。決算書の利益をそのまま使わず、次のような項目を調整して正常収益力を見積もります。
| 調整項目 | 内容 | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 経営者の報酬・経費 | 役員報酬の水準、私的な経費の混入 | 役員報酬の推移、交際費・車両費の明細 |
| 未払残業代・社会保険の加入漏れ | 将来の支払いと、さかのぼって納める保険料 | 勤怠の記録、賃金台帳、社会保険の加入者名簿 |
| 賃金の上昇 | 最低賃金の改定や労使協定の見直しによる上昇 | 労使協定、派遣先との料金交渉の記録 |
| 社会保険の適用拡大 | 新たに加入するスタッフの保険料の会社負担 | 週の労働時間別のスタッフ名簿 |
| 一時的な大口案件 | 繁忙期だけの受注や、終了が決まっている契約 | 派遣先別・月別の売上 |
| 未払消費税・未払賞与 | 決算日時点で支払いが残っている債務 | 決算書の負債の内訳 |
| 有給休暇の未消化分 | 退職の前にまとめて取得される場合の負担 | 年次有給休暇の管理簿 |
調整した収益力に、コーディネーターやスタッフの定着の見通しを重ねて、譲渡価格の妥当性を判断します。買収後の計画づくりや資金繰りまで含めた支援は財務コンサルティングのガイドで紹介しています。
よくある質問
人材紹介(有料職業紹介)も行っている会社では、何を追加で確認しますか?
有料職業紹介事業には労働者派遣事業とは別の許可が必要で、スキームによる扱いも同じように確認します。紹介手数料には、紹介した人が早期に退職したときに一部を返す取り決めがある場合があるため、売上の計上時期と返金の見込みを確かめます。一回ごとの収入なので、継続的な派遣の売上とは分けて評価します。
売り手の経営者が派遣元責任者を兼ねている場合はどうなりますか?
経営者が退任すると、派遣元責任者の後任を選んで届け出る必要があります。派遣元責任者には講習の受講などの要件があるため、後任の候補が要件を満たしているかを譲渡の前に確認し、引継ぎの期間を契約で決めておきます。
親族や社内の後継者に引き継ぐ場合、事業承継税制は使えますか?
非上場株式の贈与や相続で、要件を満たせば使えます。特例措置は、特例承継計画の提出期限が2027年9月30日、贈与・相続の期限が2027年12月31日です。第三者への株式譲渡では使えないため、承継の相手によって検討の順番が変わります。詳しくは事業承継税制のガイドをご覧ください。
M&Aの専門家費用に使える補助金はありますか?
事業承継・M&A補助金の専門家活用枠で、仲介手数料やDDの費用などが対象になる場合があります。16次公募の受付は2026年10月2日〜11月6日(予定)です。補助金は後払いで入金は事業の完了後になるため、資金計画では費用を立て替える前提で考え、最新の公募要領で要件を確認してください。
まとめ
人材派遣業のM&Aでは、株式譲渡か事業譲渡かで許可の承継方法が異なるため、スキームと手続きを早めに確認します。収益基盤は登録者数ではなく実質稼働率とリピート率、コーディネーターへの依存度で評価し、派遣先の集中度とマージン率の推移から収益の安定性を見極めます。そのうえで、社会保険・労務の簿外債務と、賃金の上昇や適用拡大による将来の費用を価格と契約条件に反映させましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年9月 公開/2026年10月 改訂(スキーム別の扱い、資産要件、マージン率の計算例、社会保険の適用拡大、調整項目を追記)
