再生局面の人件費の見直しは、一律の削減ではなく、時間外労働や配置の見直しから始め、役員報酬、賞与・給与体系、人員の順に段階的に進めるのが基本です。従業員の賃金の引下げは労働契約法の手続きを、役員報酬の減額は税務上の要件を確認しながら進め、雇用と事業の継続力を守ります。
この記事の結論
人件費は「削るべきコスト」であると同時に「事業を続けるための投資」です。影響の小さい打ち手から順に、法的な手続きと税務・社会保険の扱いを確かめながら進めます。
- 最初は時間外労働の削減・配置転換・採用の抑制など、雇用と賃金に手を付けない打ち手から
- 役員報酬の期中の減額は、業績悪化改定事由に当たれば減額後も定期同額給与として損金にできる
- 従業員の賃金の引下げは、本人の同意か、合理的な就業規則の変更と周知が必要
- 北海道の最低賃金は2026年10月1日から1,131円で、これを下回る見直しはできない
- 状況と見通しを従業員に説明し、回復後に処遇をどう戻すかもあわせて示す
なぜ再生局面で人件費が論点になるのか
多くの企業にとって、人件費は固定費の中でも大きな割合を占めます。売上が落ち込んだ局面では変動費の調整だけでは資金繰りの改善が追いつかず、固定費である人件費に手を付けざるを得ない場面が出てきます。
人件費の重さは、売上高に対する比率よりも、付加価値額に対する割合(労働分配率)で見ると実態をつかみやすくなります。付加価値額は、売上高から仕入や外注など外部への支払いを差し引いた、会社が生み出した価値です。考え方は付加価値額とは:人件費と利益の原資を測る指標で詳しく説明しています。
計算例:付加価値が減ったときの労働分配率
例えば付加価値額が1億円、人件費が7,000万円の会社なら、労働分配率は7,000万円÷1億円=70%です。
売上の落ち込みで付加価値額が8,000万円に減り、人件費が変わらなければ、7,000万円÷8,000万円=87.5%に上がります。人件費を払った後に残る額は3,000万円から1,000万円に減り、借入の返済や設備の更新に回せる原資が大きく細ります。
ただし人件費は単なるコストではなく、事業を支える従業員の生活に直結する要素です。安易な削減は士気の低下や離職を招き、立て直しをかえって難しくすることもあります。再生局面では、人件費を「削るべきコスト」と「事業を続けるために必要な投資」の両面から検討する視点が求められます。
人件費の見直しはどの順番で進める?
雇用維持を前提とするなら、まず着手すべきは人員配置と働き方の見直しです。急激な人員削減はかえって現場の負担を増やし、残った従業員の疲弊を招くため、影響の小さい打ち手から段階的に進めます。
| 段階 | 主な打ち手 | 効果と負担 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 初期(雇用・賃金に手を付けない) | 時間外労働の削減、業務の効率化、配置転換、採用の抑制、外注の内製化 | 効果が早く出やすく、従業員の不利益が小さい | 負担が一部の部署や人に偏らないようにする。配置転換は就業規則や雇用契約の範囲で行う |
| 中期(処遇の見直し) | 役員報酬の減額、賞与の見直し、手当・給与体系の見直し | 効果は大きいが、手続きと説明に時間がかかる | 役員報酬は税務上の要件を、従業員の賃金は労働契約法の手続きを守る |
| 最終(人員の見直し) | 希望退職の募集、整理解雇 | 退職金など一時的な支出が先に出る | ほかの手を尽くしたうえでの最後の手段。人選の基準と手続きを丁寧に |
| 継続 | 従業員への状況説明、回復後の展望の共有 | 離職の防止と協力体制の維持につながる | 見直しの前後を通じて続ける |
同じ人員でも、時間外労働の見直しや業務プロセスの効率化で人件費の総額を抑えられることがあります。事業の縮小や再編で特定の部門が人員を多く抱えている場合は、人手の足りない部門への配置転換を先に検討します。
役員報酬を先に下げるときの税務上の注意点
役員報酬の見直しは、従業員の給与の見直しとセットで検討されることが多いテーマです。経営者自身がまず身を切る姿勢を示すことは、従業員の理解を得るうえで大きな意味を持ちます。そのうえで、法人税の扱いを外さないことが大切です。
役員報酬を損金にするには、毎月同額を支払う定期同額給与であることが原則で、改定は期首から3か月以内に行うのが基本です。ただし、経営状況が著しく悪化したなどのやむを得ない事情(業績悪化改定事由)による期中の減額であれば、減額後も定期同額給与として損金にできます。
| 状況 | 業績悪化改定事由に当たるか |
|---|---|
| 金融機関との返済条件の見直しの協議で、役員報酬の減額が必要になった | 当たると考えられる |
| 経営改善の計画(再生計画)を作り、その中に役員報酬の減額が盛り込まれた | 当たると考えられる |
| 業績悪化の経営責任から、株主との関係上減額せざるを得ない | 当たると考えられる |
| 一時的な資金繰りの都合で減らしたい | 当たらない |
| 業績目標に届かなかっただけ | 当たらない |
減額の理由と経緯は、取締役会や株主総会の議事録、金融機関との協議の記録、再生計画の該当箇所として残しておきます。役員の賞与を事前確定届出給与として届け出ている場合は、届け出た額と異なる額を支給すると原則として損金にできません。減額するなら、変更の届出の手続きを確認します。
報酬を下げると社会保険料も変わる
役員報酬や給与を下げると、標準報酬月額の随時改定(月額変更届)によって、会社と本人の社会保険料が下がる場合があります。協会けんぽ北海道の健康保険料率は令和8年3月分から10.28%、厚生年金保険料率は18.3%で、どちらも会社と本人が半分ずつ負担します。
ツール役員報酬の額をシミュレーションする役員報酬の額を変えたときの税負担や手取りの変化の目安を確認できます。計算する
従業員の給与・賞与を見直すときの手続きは?
賃金の引下げなど労働条件を不利益に変える場合、労働契約法では労働者との合意によるのが原則です(第8条・第9条)。就業規則の変更で一律に引き下げるには、変更の必要性や不利益の程度などに照らして合理的であり、従業員に周知していることが求められます(第10条)。手続きを踏まずに進めると、後になって従業員との間でトラブルになるおそれがあります。
個別に同意を得る場合も、形だけの署名では足りないことがあります。引下げの理由と程度、生活への影響を説明し、本人が納得したうえで書面で同意を得ます。
| 見直しの対象 | 進め方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 賞与 | 業績に応じて支給する定めなら、支給額の見直しで対応する | 就業規則や賃金規程で支給額や算定方法を約束している場合は、その定めに従う |
| 時間外手当 | 残業そのものを減らす | 実際に働いた時間外労働の割増賃金は減らせない |
| 役職手当・家族手当など | 就業規則・賃金規程の変更で見直す | 不利益を和らげる経過措置(段階的な減額など)を設ける |
| 基本給 | 個別の同意か、合理的な就業規則の変更による | 地域別最低賃金を下回ることはできない |
パートやアルバイトの時給を見直す場合も、地域別最低賃金を下回ることはできません。北海道の最低賃金は2026年10月1日から1,131円(前年は1,075円)です。
所定労働時間を短くして人件費を抑える場合は、社会保険の加入にも影響します。短時間労働者の社会保険の主な要件は週20時間以上・企業規模51人以上・学生でないことで、月8.8万円の賃金要件は2026年10月1日に撤廃されています。雇用保険は2028年10月1日から週10時間以上に対象が広がります。最新の制度の動きは人事労務・最低賃金・社会保険の最新情報にまとめています。
役員報酬の減額が業績悪化改定事由に当たるか、給与の見直しをどの手続きで進めるかは、会社の状況で判断が分かれます。初回無料でご相談いただけます。
無料で相談する雇用を守るために使える制度・方法は?
売上の落ち込みが一時的なら、雇用を維持したまま人件費の負担を和らげる方法を先に検討します。公的な雇用調整の制度は要件や受付状況が変わるため、使えるかどうかは厚生労働省や労働局の最新情報、社会保険労務士などの専門家に確認します。
- 雇用調整助成金:休業・教育訓練・出向によって雇用を維持する事業主を助成する制度
- 在籍型出向:雇用関係を残したまま、人手が足りない他社で一定期間働いてもらう方法
- 休業:会社の都合で休ませる場合は、休業手当の支払いが必要
- 業務の内製化:外注していた作業を社内の人員で行い、外部への支払いを減らす
北海道の季節の繁閑と人件費
道内では、冬季に工事や観光などの仕事量が大きく変わる業種があります。繁忙期と閑散期で人員を部門間で融通する、閑散期に教育訓練や資格取得を計画するといった工夫は、雇用を守りながら人件費の負担を平準化するのに役立ちます。再生計画の人件費も、月ごとの繁閑を反映して作ると実態に合います。
人員の見直しが避けられないときは?
希望退職の募集や整理解雇は最後の手段です。整理解雇が有効かどうかは、裁判例では人員削減の必要性、解雇を避ける努力、人選の合理性、手続きの妥当性の観点から判断されます。役員報酬の減額や採用の停止など、ほかの手を尽くしたかが問われるため、それまでの対応を記録に残しておきます。解雇する場合は、解雇の予告か解雇予告手当の支払いも必要です。
退職金を支払う場合は、受け取る従業員の税負担も説明できるようにしておきます。退職金は退職所得として、ほかの所得と分けて課税されます。差し引かれる退職所得控除は、勤続20年以下なら40万円×勤続年数(最低80万円)、20年超なら800万円+70万円×(勤続年数−20年)です。従業員から「退職所得の受給に関する申告書」を出してもらえば、会社の源泉徴収で課税関係を済ませられます。
計算例:勤続25年の従業員の退職所得控除
例えば勤続25年の場合、20年を超える5年分は70万円×5年=350万円で、退職所得控除は800万円+350万円=1,150万円です。退職金が1,150万円以下なら、所得税はかかりません。
従業員と金融機関にどう説明する?
人件費の見直しで見落とされがちなのが、従業員とのコミュニケーションです。会社の状況や再生計画の方向性を伝えないまま処遇の見直しを進めると、憶測や不安が広がり、優秀な人材から離職してしまうことがあります。可能な範囲で状況を共有し、次の点を説明すると協力を得やすくなります。
- なぜ見直しが必要か(業績と資金繰りの状況)
- 何を、いつから、どの程度見直すか
- 経営者自身が先に何を負担しているか(役員報酬の減額など)
- 雇用を守るために何をしているか
- 業績が回復したら、処遇をどのような条件で戻すか
金融機関に示す再生計画では、人件費を人数と1人当たりの単価に分けて示すと、実現性を説明しやすくなります。削減額だけでなく、事業を続けるのに必要な人員を確保していることもあわせて示します。再生は経営者一人の努力だけでは成し遂げられず、従業員の理解と協力があって初めて実現します。
よくある質問
業績が悪いとき、賞与を不支給にしてもよいですか?
就業規則や賃金規程で「業績に応じて支給する」と定めている場合は、業績の悪化を理由に減額や不支給とすることができます。支給額や算定方法を規程で約束している場合や、毎年の支給が労働条件として定着している場合は、一方的な不支給がトラブルになるおそれがあります。
従業員の給与より先に、役員報酬を下げなければいけませんか?
法律で順番が決まっているわけではありません。ただし整理解雇の有効性の判断では解雇を避ける努力が問われ、役員報酬の減額はその代表的な手段の一つです。従業員の納得を得るうえでも、経営者が先に負担する姿勢は大きな意味を持ちます。
希望退職を募集するときの注意点は?
対象者・募集人数・期間・退職金の上乗せなどの条件をはっきり示し、退職を強要しないことです。会社に残ってほしい人材まで応募することがあるため、会社の承認を応募の条件にする方法もあります。
人件費の見直しは、誰に相談すればよいですか?
労働条件の変更や手続きは社会保険労務士や弁護士、役員報酬の税務や再生計画の数字は税理士・公認会計士の領域です。当事務所では、役員報酬の税務や、人件費の計画を含む再生計画の数字づくりをご相談いただけます。
まとめ
再生局面の人件費対応は、一律削減ではなく、配置や働き方の見直しから始めて段階的に進めるのが基本です。役員報酬の期中の減額は業績悪化改定事由の要件を、従業員の賃金の見直しは労働契約法の手続きと最低賃金を確認します。経営者が先に負担を示し、回復後の展望まで丁寧に説明することが、従業員の協力と再生の成否を左右します。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂
