最終更新:2026年7月11日(令和8年度対応)
このページは、中小企業の経営者・人事労務ご担当者向けに、2026年(令和8年)時点の最低賃金・社会保険・法改正など人事労務まわりの「経営判断に直結する最新情報」を税理士事務所の目線で整理したものです。最低賃金の改定見通し、106万円の壁撤廃による社会保険料負担の変化、2026年に施行される法改正カレンダー、人件費と資金繰りの考え方までをまとめて確認できます。制度は毎年見直されるため、最新情報は本ページと厚生労働省等の公表資料をあわせてご確認ください。
1. 労務環境の今|2026年の動向
2026年(令和8年)の中小企業の労務環境は、これまでにない密度で制度が動いています。最低賃金は令和7年度に全国加重平均1,121円まで引き上げられ、令和8年度もさらなる引き上げが確実視されています。あわせて、パート・アルバイトの社会保険加入を左右してきた「106万円の壁」(賃金月8.8万円要件)が令和8年10月に撤廃される予定で、企業規模要件も段階的に撤廃が進みます。2026年春闘では連合の最終集計で平均賃上げ率5.01%と3年連続で5%を超え、中小企業(組合員300人未満)でも4.69%の賃上げが実現しました。
これらはいずれも「人件費の絶対水準が上がり続ける」という一つの方向を示しています。経営者にとっては、賃上げ・社会保険料負担の増加を前提に、価格転嫁と生産性向上をどう組み合わせて資金繰りを守るかが、2026年の最重要テーマになります。
倒産件数の面でも、2025年度の全国企業倒産は10,505件と前年度比3.5%増加し、2年連続で1万件を超えました。人手不足倒産も2025年には427件と過去最多を更新しており、人件費が上がり続ける一方で人が採用できない、という板挟みの中、限られた人員体制のまま制度対応まで求められるのが2026年の中小企業の実情です。中小機構の調査では、中小企業のAI活用率は20.4%、前向きに検討中の企業も含めると39.0%に達しており、省力化投資と労務対応をセットで進める会社が増えています。
あわせて、令和8年度税制改正では防衛特別法人税が創設されますが、基準法人税額(法人税額から基礎控除500万円を差し引いた額)に対して4%を課す仕組みのため、基準法人税額が500万円以下の中小企業の多くは実質的な負担が生じません。人件費対応の資金計画を立てる際は、この点もあわせて確認しておくと安心です。
2. 最低賃金の最新動向と業務改善助成金
2-1. 令和7年度の実績と令和8年度の見通し
令和7年度(現行)の最低賃金は、全国加重平均1,121円、北海道は1,075円(令和7年10月4日発効)、東京は1,226円と、地域差を残しつつ全国的に上昇が続いています。令和8年度の改定は中央最低賃金審議会で審議中で、例年どおり7月に目安が答申され、10月頃に各都道府県で発効する見込みです。政府は2020年代中盤までに全国平均1,500円という目標を掲げており、令和8年度も物価動向を踏まえて引き上げが視野に入っているとみられます。発効日は都道府県ごとに異なるため、給与計算・求人票・契約書の見直しは「発効前提」で早めに準備しておくことが実務上重要です。
2-2. 業務改善助成金でカバーする
最低賃金の引き上げに対応する代表的な支援策が業務改善助成金です。令和8年度は賃金引き上げ額に応じて50円・70円・90円の3コースに再編され、生産性向上のための設備投資(POSレジ、券売機、厨房機器、業務システムなど)とあわせて活用することで、最大600万円の助成を受けられます。事業場内の最低賃金を一定額以上引き上げ、設備投資を行うことが要件となるため、賃上げのタイミングと設備投資の計画をあわせて検討することがポイントです。
2-3. 地域間の最低賃金差と実務上の注意
最低賃金は都道府県ごとに決定されるため、複数拠点を持つ企業や、近隣の道県から通勤する従業員がいる企業では、地域間の差を踏まえた賃金設計が必要です。
| 地域 | 最低賃金(令和7年度) | 発効日 |
|---|---|---|
| 全国加重平均 | 1,121円 | – |
| 北海道 | 1,075円 | 令和7年10月4日 |
| 東京都 | 1,226円 | 令和7年10月1日 |
札幌圏の企業では、東京など大都市圏との差を踏まえつつ、令和8年度の改定幅を先取りして採用計画・価格設定を検討しておくと、急な人件費上昇に慌てずに済みます。また、同一エリア内でも業種によって実勢の時給水準は異なるため、求人媒体の相場情報とあわせて自社の賃金テーブルを定期的に点検することをおすすめします。
3. 社会保険適用拡大|106万円の壁撤廃の実務
令和8年10月1日から、社会保険加入の基準だった「賃金月8.8万円(年収106万円)」の要件が撤廃されます。撤廃後は「週の所定労働時間20時間以上」が実質的な加入基準となり、厚生労働省の試算では新たに約200万人が厚生年金・健康保険の加入対象になる見込みです。あわせて、これまで「従業員51人以上」だった企業規模要件も段階的に撤廃され、令和9年10月から縮小が始まり、令和17年10月には全企業が対象になります。パート・アルバイトを多く雇用する業種ほど影響が大きく、扶養の範囲内で働いてきた従業員の働き方(労働時間・手取り)の見直しが必要になる可能性があります。
| 項目 | 内容 | 実務対応 |
|---|---|---|
| 賃金要件の撤廃 | 月8.8万円要件を廃止し、週20時間以上が基準に | 対象従業員の洗い出し、本人への説明・意向確認 |
| 企業規模要件 | 51人以上→令和9年10月から段階的縮小→令和17年10月に全企業へ | 自社の対象時期を確認し、社会保険料負担の増加時期を試算 |
| 社会保険料負担 | 労使折半(協会けんぽ・厚生年金合計で概ね給与の28%前後) | 人件費予算・資金繰り表への織り込み |
試算例として、パート従業員の比率が高い事業者では、月収9万円のパート従業員1人が新たに社会保険に加入すると、企業負担は月額1万数千円、年間では十数万円規模の負担増になります。対象人数が10人・20人規模になれば、年間で百万円単位の人件費増加につながるケースもあるため、早めのシミュレーションが欠かせません。
従業員への説明と同意のポイント
106万円の壁撤廃により、これまで年収を抑えて働いてきた従業員の中には、労働時間を増やして手取りを確保する人と、あえて労働時間を抑える人に分かれることが予想されます。企業側は、社会保険加入後の手取り額のシミュレーションや、将来の年金額への影響を示した資料を用意し、従業員が納得したうえで働き方を選べるようにすることが、トラブル防止とスムーズな移行の鍵になります。就業規則・雇用契約書の労働時間区分も、あわせて見直しておきましょう。人によっては、社会保険加入によって将来の年金額が増える、傷病手当金や出産手当金の対象になるといったメリットもあるため、負担面だけでなく給付面もあわせて説明すると納得感が高まります。
社会保険適用拡大への対応は、単発の作業ではなく毎年繰り返し発生する実務です。対象従業員の労働時間・賃金台帳を定期的に棚卸しし、加入対象に近づいている従業員をあらかじめリストアップしておくと、施行直前になって慌てることを防げます。給与計算ソフトの設定変更や、社会保険料の会社負担分を反映した予算組みも、施行の半年前を目安に着手すると余裕を持って対応できます。
4. 2026年施行の法改正カレンダー
2026年(令和8年)は、労務まわりの複数の法改正が集中して施行される年です。それぞれ対応部署・対応期限が異なるため、時系列で把握しておくことをおすすめします。
| 施行時期 | 法改正 | 中小企業への影響 |
|---|---|---|
| 令和8年1月1日 | 中小受託取引適正化法(取適法・旧下請法) | 手形払い禁止、一方的な代金決定の禁止。委託事業者・中小受託事業者いずれの立場でも取引条件の点検が必要 |
| 令和8年4月1日 | 改正労働安全衛生法 | ストレスチェック関連の拡大、高年齢労働者対策の強化。就業規則・安全衛生体制の見直し |
| 令和8年10月1日 | 社会保険適用拡大(106万円の壁撤廃) | 対象パート従業員の洗い出しと社会保険料負担の増加への備え |
| 令和8年10月1日 | カスタマーハラスメント対策の義務化 | 相談窓口の整備、対応マニュアル・研修の実施が事業主の義務に |
| 令和7年6月1日(施行済み) | 改正労働安全衛生法(熱中症対策の罰則付き義務化) | WBGT28℃・気温31℃以上等での作業内容の見直しと体制整備 |
| 令和7年4月・10月(施行済み) | 改正育児・介護休業法 | 柔軟な働き方の措置、子の看護等休暇の拡充に対応した規程整備 |
取適法では、これまでの「親事業者・下請事業者」という呼び方が「委託事業者・中小受託事業者」に変わり、対象範囲も拡大しています。原材料費や労務費の上昇分について、中小受託事業者側から協議を求められた場合に一方的に応じないことも禁止されるため、委託側・受託側いずれの立場であっても、取引条件を記録した書面(発注書・覚書等)を整備しておくことが重要です。カスタマーハラスメント対策では、相談窓口の設置だけでなく、実際に相談があった際の対応フローや、従業員を守る体制を整えているかが問われます。求職者等へのセクシュアルハラスメント対策の義務化もあわせて施行されるため、採用活動全体の見直しも必要です。
5. 人件費と資金繰り|税理士の視点
最低賃金の上昇、社会保険適用拡大、賃上げ促進税制の活用など、2026年の労務対応は「人事の問題」であると同時に「資金繰りの問題」でもあります。社会保険料の会社負担分は法人税・所得税の計算上、損金・必要経費に算入できるため、単純なコスト増ではなく、税負担軽減効果も含めた実質負担で資金計画を立てることが重要です。
資金繰りの観点では、(1)翌期の人件費総額を賃上げ・社会保険料増加を織り込んで試算する、(2)業務改善助成金・賃上げ促進税制など使える制度を洗い出す、(3)価格転嫁や生産性向上でどこまで原資を確保できるかを検証する、という3ステップで進めるのが実務的です。
具体例で見てみましょう。従業員20名(うちパート8名)の会社で、最低賃金改定により平均時給が60円上昇し、あわせてパート従業員のうち5名が106万円の壁撤廃で新たに社会保険に加入したとします。年間の人件費増加額は、賃上げ分だけでおおよそ150万円前後、社会保険料の会社負担分は5名分で年間70万〜100万円程度になるケースが多く、合計で年間250万円規模の負担増となる可能性があります。原資を確保できないまま賃上げだけが先行すると、利益とキャッシュを同時に圧迫するため、試算表の段階で影響額を可視化しておくことが欠かせません。
賃上げ促進税制の使い方
中小企業向けに重点化された賃上げ促進税制を使えば、人件費増加の一部を相殺できます。令和8年度は大企業向けの制度が廃止・再編される一方、中小企業向けは以下のとおり手厚く設計されています。
| 給与総額の増加率(前年比) | 税額控除率 | 備考 |
|---|---|---|
| +1.5%以上 | 15% | 教育訓練費等の上乗せ要件を満たすとさらに控除率が上がる |
| +2.5%以上 | 30% | 上乗せ要件を満たした場合、控除率がさらに拡大する場合がある |
控除しきれない金額は5年間の繰越控除が可能です。決算のタイミングで慌てて計算するのではなく、期中の給与総額の推移を月次でモニタリングしておくと、期末に向けた賃上げ・採用計画の判断材料になります。
賃上げ促進税制と業務改善助成金の併用
賃上げ促進税制(税額控除)と業務改善助成金(現金による助成)は、それぞれ財源も所管も異なる制度のため、要件を満たせば同時に活用できます。業務改善助成金で設備投資の一部をまかない、その結果として実現した賃上げ分を賃上げ促進税制の税額控除に反映させる、という組み合わせ方が代表的です。ただし、助成金で補填された経費をそのまま税額控除の計算に使えるかどうかなど、細かい取り扱いは制度ごとに異なるため、実際の適用にあたっては事前に試算しておくことをおすすめします。
6. 今後12か月のアクションチェックリスト
| 時期 | やること | 関連制度 |
|---|---|---|
| 2026年7〜9月 | 令和8年度の最低賃金改定の答申・発効日を確認し、賃金台帳・求人票を見直す | 最低賃金改定、業務改善助成金の申請準備 |
| 2026年10〜12月 | 106万円の壁撤廃・カスハラ対策義務化の施行にあわせ、対象従業員の洗い出しと相談窓口を整備 | 社会保険適用拡大、カスハラ対策義務化 |
| 2027年1〜3月 | 年末調整・法定調書とあわせて、人件費増加を反映した次年度予算・資金繰り表を作成 | 賃上げ促進税制、資金繰り計画 |
| 2027年4〜6月 | 春闘・最低賃金改定を見据えた賃金制度の点検、助成金の活用実績の棚卸し | キャリアアップ助成金、業務改善助成金 |
このスケジュールはあくまで一般的な目安です。業種・拠点数・従業員構成によって対応の優先順位は変わるため、自社の給与データをもとにした個別のシミュレーションをおすすめします。
7. 関連情報・よくある質問
Q1. 106万円の壁が撤廃されると、扶養から外れる基準はどうなりますか。
A. 社会保険の扶養(130万円の壁)とは別の制度です。106万円の壁は「勤務先で社会保険に加入するかどうか」の基準で、撤廃後は週20時間以上働くかどうかが実質的な基準になります。130万円の壁(配偶者の扶養に入れるかどうか)は別途存在するため、両方の基準を踏まえた説明が必要です。
Q2. 最低賃金の改定はいつ分かりますか。
A. 例年7月に中央最低賃金審議会が目安額を答申し、8〜9月にかけて各都道府県の地方審議会が実際の金額と発効日を決定します。令和8年度も同様のスケジュールが見込まれています。
Q3. 業務改善助成金とキャリアアップ助成金は同時に使えますか。
A. 制度の目的が異なるため、要件を満たせば併用できる場合があります。ただし対象経費の重複には制限があるため、活用を検討する際は提携の社会保険労務士にご確認いただくことをおすすめします。
Q4. 賃上げ促進税制は赤字の会社でも使えますか。
A. 税額控除は法人税額の一定割合が上限となるため、赤字で法人税が発生しない期は控除額が使い切れないことがあります。ただし繰越控除が5年間認められているため、黒字化した期にまとめて控除できるよう、赤字期でも要件充足の記録を残しておくことをおすすめします。
Q5. 取適法の対象になるかどうかは、どう判断すればよいですか。
A. 資本金・従業員数などの基準や取引内容(製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託など)によって、委託事業者・中小受託事業者のいずれに該当するかが決まります。自社が受託側・委託側のどちらの立場になり得るかは取引ごとに異なるため、主要な取引先ごとに契約書・発注書を点検し、代金の決め方や支払いサイトが新法の禁止事項に触れていないかを確認することをおすすめします。
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