最終更新:2026年8月7日(令和8年度対応)
従業員1〜20名の会社では、1人辞めるだけで現場が止まります。このページは「うちみたいな小さい会社でも、明日から何をすればいいのか」に絞ってまとめました。評価シートや面談の台本はそのままコピーして使える形で載せています。離職1人あたりのコストを自社の数字で出す方法、規模別(1〜5名/6〜10名/11〜20名)にやることを分けた行動プラン、成功と失敗のモデルケースも掲載しています。
- 人手不足倒産の8割近くは10人未満の会社:2025年の人手不足倒産427件のうち77.0%が従業員10人未満です。1人の退職が売上に直結する規模ほど、定着は「経営課題」です。
- 1人辞めると、ざっと80万円:求人費・選考の時間・教育・戦力化までの穴を足すと、従業員10名の会社で1人あたり約80万円という試算になります(第6章に計算式と記入表があります)。
- お金をかけずに効く順番は決まっている:①昇給の基準を紙1枚に書く ②月1回15分の面談 ③入社30日の受け入れ手順。この3つは費用ゼロで、離職の予兆に早く気づけるようになります。
- まず1つだけでいい:1〜5名なら「給与の決め方を1枚に書く」だけ。6〜10名なら評価シートと30日プラン。規模ごとの現実的な優先順位を第5章にまとめました。
- 賃上げは原資を先に決める:月5,000円のベースアップは10名で年約70万円(社会保険料込み)。価格転嫁率は54.2%が目安で、転嫁できるかどうかが持続性を分けます。
1. 人材流出の今|2026年の動向
ひとことで言うと人手不足倒産の8割近くは従業員10人未満の会社で起きています。定着策は成長戦略より先に、会社を守るための経営課題です。
2025年の人手不足倒産は427件で、3年連続で過去最多を更新しました。このうち従業員の退職が引き金になった「従業員退職型」は124件です。
前年から約4割増え、初めて100件を超えました。さらに人手不足倒産全体の77.0%が、従業員10人未満の小規模企業で発生しています。
新規学卒者(令和4年3月卒)の3年以内離職率も高卒37.9%・大卒33.8%と高水準です。5〜29人規模では高卒54.6%、5人未満では高卒63.2%まで上がります。
業種別では建設業113件、物流業52件がいずれも過去最多です。時間外労働の上限規制強化の影響を受けた業種で特に目立ちます。
もう一つの要因が業務の属人化です。特定の従業員しかできない仕事が多いほど、その人が辞めたときに業務が止まりやすくなります。
人手不足倒産の増加は「応募が集まらない」入り口の問題だけではありません。採用した人が数年で辞めてしまう「出口」の問題も同じくらい深刻です。
札幌市内でも、飲食・宿泊・建設など人手不足が目立つ業種で同じ傾向がみられます。従業員10名前後の会社ほど、1人の退職が売上に直結しやすい構造です。
2. 小さな会社で離職が起きる構造
ひとことで言うと離職の原因は「期待値のズレ」「評価の不透明さ」「教育不足」「後追い採用」の4つに集約されます。
2-1. 採用時の期待値と実際の仕事のギャップ
従業員数が少ない会社ほど、求人票や面接で伝えられる情報が限られます。「聞いていた仕事と違う」というズレが早期離職の引き金になりやすいです。
たとえば「事務職」として採用したのに、繁忙期は現場の手伝いも必要だったというケースです。悪気がなくても、書いていなければ「話が違う」になります。
2-2. 評価・賃金の不透明さ
専任の人事担当がいない会社では、評価基準が経営者の頭の中にしかなく、従業員から見て「何をすれば給与が上がるか分からない」状態になりがちです。
「頑張っているのに上がらない」と感じている社員は、たいてい社長とは別のところを頑張っています。何を評価しているかを口に出していないためです。
2-3. オンボーディング(受け入れ体制)の不足
入社後数週間〜数か月のフォローが手薄になりやすいのも小規模な会社の課題です。新人が孤立し、早期に離職してしまうケースが少なくありません。
特に危ないのは入社2週目から1か月目です。最初の緊張が切れてわからないことが増える一方、まだ気軽に聞ける相手ができていない時期だからです。
2-4. 求人費用対効果の低さ
大手求人媒体に継続的に広告費をかける余裕が乏しく、欠員が出てから採用を始める「後追い型」になりがちです。選考が甘くなり早期離職を招きます。
欠員が出てから探すと「早く埋めたい」が優先され、選考が甘くなります。急いで採った人ほど早く辞める、という悪循環が起きます。
| 構造的要因 | よくある症状 | 対応の方向性 |
|---|---|---|
| 期待値のギャップ | 入社後すぐの「聞いていた話と違う」という不満 | 求人票・面接での実態説明を具体化する |
| 評価・賃金の不透明さ | 昇給・昇格の見通しが立たず将来に不安 | 評価項目を3〜5個に絞って見える化する |
| オンボーディング不足 | 入社後3か月・6か月時点での孤立感 | 定期面談と簡単なマニュアル整備 |
| 求人費用対効果の低さ | 欠員が出てからの後追い型採用 | 日常的な情報発信で応募母集団を確保 |
日頃から自社のホームページやSNSで働く様子を発信しておくと、欠員の有無にかかわらず応募を集められ、中長期的に採用コストも抑えられます。
採用コストだけでなく、教育担当者が現場を離れる時間や、引き継ぎ不足による手戻りも、従業員数が少ない会社ほど重くのしかかります。
求人票に業務内容だけでなく、1日の流れや一緒に働く人数まで具体的に書いておくと、入社後のギャップを事前に減らせます。
3. 明日からできる定着策
ひとことで言うと大きな制度改革は不要です。評価の見える化と月1回の面談だけでも、離職の予兆に早く気づけるようになります。
3-1. 評価と賃金の見える化
評価項目を3〜5個程度に絞り、「何ができれば昇給・昇格するか」を一覧表にして共有するだけで、従業員の納得感は大きく変わります。
3-2. 定期的な1on1面談
月1回・15分程度でも、業務の進み具合だけでなく「困っていること」を聞く時間を設けると、不満やギャップの芽を早期に把握できます。
3-3. 柔軟な働き方・福利厚生
時差出勤や半日単位の有給取得など、大きなコストをかけずに導入できる柔軟な働き方は、育児・介護と両立する従業員の定着に直結します。
3-4. 小さな成功体験の共有
新人が最初の1〜2週間で小さな成功体験を積めるよう、達成しやすい業務から任せ、そのつど声をかけることが効果的です。「できた」という実感が定着率を左右します。
3-5. 感謝・承認の可視化
小規模な会社ほど、日々の頑張りが「言わなくても伝わっているはず」という空気になりがちです。朝礼やチャットで具体的な行動を名指しで褒めるなど、コストをかけずにできる工夫を増やしましょう。
4. そのまま使えるテンプレート4点
ひとことで言うと制度をつくる必要はありません。この4枚を紙かエクセルに写して、来週から回すだけで十分です。すべて費用ゼロで始められます。
ここからは「考え方」ではなく「そのまま使えるもの」を載せます。自社の言葉に置き換えて、A4用紙かエクセル1枚にしてください。
4つとも、専任の人事担当がいない会社を前提にしています。作成にかかる時間の目安は合計で2〜3時間です。
テンプレート①|評価シート(3〜5項目・A4半分)
等級や号俸は要りません。「何ができれば給料が上がるか」が伝われば十分です。まず自社で差がついている点を3つ書き出してください。
下は製造・建設・サービス業でよく使う型です。項目名は自社の仕事の言葉に変えてください。金額はモデルです。
| 評価項目 | 何を見るか(行動で書く) | A | B | C |
|---|---|---|---|---|
| 仕事の正確さ | 手戻り・やり直しが月に何件あったか | 0〜1件 | 2〜3件 | 4件以上 |
| 納期と段取り | 期日を守れたか。遅れそうなときに前日までに言えたか | ほぼ守れた | 数回遅れた | 連絡なしの遅れあり |
| 周りへの協力 | 新人に教えたか。手が空いたときに声をかけたか | 自分から動く | 頼めば動く | 自分の仕事のみ |
| お客様対応 | クレーム・再訪の有無。指名や感謝の声があったか | 指名・感謝あり | 問題なし | クレームあり |
| 改善の提案 | 「こうしたら早い」を月1件出したか | 月1件以上 | 年数件 | なし |
テンプレート②|1on1面談の台本(15分・そのまま読める)
面談は「悩みを聞く場」です。評価を伝える場と混ぜると、社員は本音を言わなくなります。別の日に分けてください。
時間は15分で十分です。長く話すことより、毎月同じ日に必ずやることのほうが効きます。
テンプレート③|入社30日プラン(早期離職はここで決まる)
入社から3か月以内の離職は、受け入れ体制の不足が引き金になりやすいといわれます。誰が何をするかを先に決めておけば、現場任せになりません。
下の表をそのまま貼り出し、終わったらチェックを入れる運用にしてください。担当は「社長」と「先輩1名」の2人で足ります。
- 入社前日まで|担当:社長席・作業着・PC・初日の集合時間と持ち物を、前日までにメールかLINEで送る。初日の不安の大半はこれで消えます。
- 1日目|担当:社長全員に紹介する。1日の流れと休憩・退勤のルールを口頭で説明する。昼食は必ず誰かと一緒にとってもらう。
- 3日目|担当:先輩5分だけ「困っていることないですか」と聞く。この時点の小さな詰まりを取ると、1週間後の離脱がぐっと減ります。
- 1週間目|担当:先輩1人で最後まで終わらせられる小さい仕事を1つ任せる。終わったらその場で「助かりました」と伝える。
- 2週間目|担当:先輩手順書のわかりにくい所を本人に直してもらう。教わる側から書く側になると、当事者意識が生まれます。マニュアルも同時に整います。
- 1か月目|担当:社長30分の面談。「できるようになったこと」を3つ、具体的な作業名で伝える。改善点は1つだけにする。
- 3か月目|担当:社長評価シート(テンプレート①)を一緒に見て、期待していることをすり合わせる。ここで初めて評価の話をします。
テンプレート④|離職の予兆チェック(毎月1回・5分)
辞める人は、辞表を出す1〜3か月前から行動が変わることが多いといわれます。月末に社長が1人で5分見るだけで、面談のタイミングを逃さなくなります。
これは社員を疑うための表ではありません。「早めに話を聞く順番」を決めるための表です。
| チェック項目 | 具体的にどう見えるか | 該当 |
|---|---|---|
| 有給の取り方が変わった | これまで取らなかった人が、平日に単発の休みを取り始めた | □ |
| 遅刻・早退が増えた | 月1回以下だった遅刻が、2回以上になった | □ |
| 雑談・質問が減った | 以前は聞いてきたことを、聞かずに自己判断で進めるようになった | □ |
| 会議で発言しなくなった | 意見を求めても「特にないです」が続く | □ |
| 残業や急な依頼を断るようになった | これまで引き受けていた頼みごとを断るようになった | □ |
| 引き継ぎ資料を自分から作り始めた | 頼んでいないのに手順書やリストを整理している | □ |
| 「この会社では」という言い方が増えた | 「うちは」ではなく「この会社は」と距離のある言い方になる | □ |
| 体調不良の申し出が増えた | 短い欠勤や通院が続いている | □ |
5. 規模別アクションプラン(1〜5名/6〜10名/11〜20名)
ひとことで言うと同じ「定着策」でも、5名の会社と18名の会社ではやるべきことが違います。自社の人数の欄だけ読んで、そこから始めてください。
よくある失敗は、社員5名の会社が人事制度の本を読んで、等級表づくりに3か月かけて挫折することです。規模に合わない施策は続きません。
以下は「使える時間」から逆算した現実的な順番です。上の段から順に、1つ終わったら次に進んでください。
| 規模 | 使える時間の目安 | まずやること(この順) | 費用の目安 | 担当 |
|---|---|---|---|---|
| 1〜5名 社長がプレイヤー | 月2時間まで | ①給与の決め方を紙1枚に書く(3項目)②月1回15分の困りごと確認 ③繁忙期の前に「来月きつい日」を全員で共有 | 0円 | 社長のみ |
| 6〜10名 社長+現場リーダー | 月4〜6時間 | ①評価シート(3〜5項目)と昇給額の開示 ②入社30日プランの運用 ③面談を社長と先輩の2人体制に ④離職予兆チェックを毎月 | 0〜5万円 (勤怠アプリ等) | 社長+リーダー1名 |
| 11〜20名 役割分担が必要 | 月8時間以上 | ①評価と賃金レンジを半期で運用 ②メンター役に手当をつけて任命 ③正社員転換の計画づくり ④人件費率を四半期でモニタリング ⑤属人化リストの作成 | 年5〜30万円 | 社長+総務+メンター |
1〜5名の会社が最初の1か月でやること
この規模では、制度より「社長の言葉」が定着を決めます。まずA4用紙1枚に、次の3行を書いて渡してください。
①いま任せている仕事のうち、1人でできるようになってほしいものは何か。②それができたら月いくら上げるか。③いつ確認するか(例:半年後の面談)。
6〜10名の会社が最初の3か月でやること
この規模から、社長1人では全員の様子を見きれなくなります。「見る人」を増やすことが最優先です。
1か月目に評価シートを作り、2か月目に全員へ説明し、3か月目から面談を回します。同時に入社30日プランを紙にしておきます。
11〜20名の会社が1年でやること
この規模になると、離職の原因は「特定の人に仕事が集中していること」に移ります。属人化の解消が最大の定着策です。
まず「この人が1週間休んだら止まる業務」を全員分書き出してください。多い人から順に、1つずつ手順書化して別の人に渡します。
6. 離職1人あたりのコストを自社の数字で出す
ひとことで言うと「1人辞めるといくら損か」を一度計算すると、定着策にかける費用の上限が決まります。従業員10名の会社で、ざっと80万円が目安です。
定着策が後回しになる理由は、効果がお金に見えないからです。逆に、離職の損失を金額にすると判断が早くなります。
難しい計算は不要です。次の5項目を足すだけで、自社の数字が出ます。
計算例|従業員10名・月給25万円の社員が1人辞めた場合
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| ① 求人広告費 | 掲載課金型の媒体に1回掲載 | 15万円 |
| ② 選考にかけた社長の時間 | 10時間 × 時間単価5,000円 | 5万円 |
| ③ 入社後の教育で先輩が手を取られた時間 | 40時間 × 時間単価2,200円 | 9万円 |
| ④ 戦力になるまでの差 | 月28.75万円(社保込)× 不足4割 × 3か月 | 35万円 |
| ⑤ 欠員期間に増えた残業 | 2名 × 月20時間 × 2か月 × 2,000円 | 16万円 |
| 合計 | ①〜⑤ | 約80万円 |
目に見える求人広告費15万円は、全体の2割にすぎません。残り8割は「時間」という見えない形で消えています。
ここが小さい会社ほど痛い部分です。教える人も残業を引き受ける人も、社内の限られた戦力だからです。
自社の数字を入れる記入表
下の表を紙に写して、直近1年で辞めた社員1人分を思い出しながら埋めてください。所要10分です。
| 項目 | 自社の数字の出し方 | 記入欄 |
|---|---|---|
| ① 求人費用 | 前回の採用でかかった媒体費、または紹介手数料の実額 | 円 |
| ② 選考の時間 | 社長の時間単価 × 書類確認・面接・日程調整にかけた時間 | 円 |
| ③ 教育の時間 | 教えた人の時間単価 × 付きっきりだった時間 | 円 |
| ④ 戦力化までの差 | 月給(社保込)× 不足していた割合 × 一人前になるまでの月数 | 円 |
| ⑤ 欠員期間の残業増 | 残業単価 × 増えた残業時間 × 人数 × 月数 | 円 |
| 合計 | ①〜⑤を合計 | 円 |
この金額を、定着策の予算の上限にする
計算した金額が、そのまま「1人の離職を防ぐために使ってよい金額」になります。
約80万円という試算は、従業員10名全員に月5,000円のベースアップ(社会保険料込みで年約70万円)を1年以上まかなえる金額です。
効果が出たかどうかは、この3つで見る
定着策は効果が見えにくいため、測る指標を先に決めておきます。難しい計算は要りません。
| 指標 | 出し方 | 見方 |
|---|---|---|
| 離職率 | 1年間に辞めた人数 ÷ 期首の在籍者数 | 年1回。前年と比べる |
| 入社半年在籍率 | 半年前に入社した人のうち、いま残っている割合 | 受け入れ体制が機能しているかが最も早く出る |
| 人件費率 | 人件費 ÷ 売上高 | 四半期ごと。賃上げの余力を見る |
このうち最も早く変化が出るのは「入社半年在籍率」です。オンボーディングを直した効果は、半年後に数字で表れます。
7. 賃上げ原資のつくり方
ひとことで言うと原資のない賃上げは続きません。価格転嫁と生産性向上のどちらで穴を埋めるかを、先に決めてから昇給額を約束しましょう。
定着策の中でも従業員の関心が高いのは賃金です。しかし原資のない賃上げは長続きしません。
2026年3月の中小企業庁調査では、価格転嫁率は54.2%にとどまります。労務費の転嫁率は50.0%、原材料費は55.7%、エネルギーは48.9%です。
| 費用区分 | 価格転嫁率(2026年3月) |
|---|---|
| 全体平均 | 54.2% |
| 労務費 | 50.0% |
| 原材料費 | 55.7% |
| エネルギー費 | 48.9% |
税理士の視点で見た考え方はシンプルです。①損益分岐点売上高を把握する②賃上げを織り込んだ新しい損益分岐点を試算する③差額を価格転嫁と生産性向上のどちらで埋めるか決める、の順です。
具体例です。従業員10名の会社が全員に月5,000円のベースアップ(年間60万円)をすると、社会保険料を含め年70万円前後の追加コストになります。
一方、第6章の試算では1人の離職で約80万円が失われます。1人でも離職を防げれば、この昇給を1年以上まかなえる計算です。
生産性が上がっている業種ほど賃金上昇率も高い傾向があります。値上げの根拠を数字で示せる会社ほど、価格交渉と定着の両方で有利に立てます。
2026年10月の最低賃金引上げを、先に原資計算へ織り込む
2026年7月28日、中央最低賃金審議会が令和8年度の引上げ額の目安を答申しました。北海道が属するBランクは56円です。
目安どおりに改定されれば、北海道の最低賃金は現行1,075円から1,131円になります。全国加重平均は1,176円(前年度比55円・4.9%の引上げ)となる見込みです。
最終的な金額と発効日は、各都道府県の地方最低賃金審議会の答申を経て、都道府県労働局長が決定します。北海道は令和7年度が10月4日発効でした。近年は引上げ幅が大きく、発効日を10月より後ろにずらす都道府県も出ています。
原資はいくら足りないのか、先に逆算する
「賃上げは無理」と感じている会社の多くは、必要な金額を計算していません。逆算すると、思ったより小さい数字が出ることがあります。
例として、年商5,000万円・粗利益率30%・従業員10名の会社が、年70万円(月5,000円のベースアップ・社会保険料込み)の原資をつくる場合を見てみます。
| 原資のつくり方 | 必要な数字 | 現実味 |
|---|---|---|
| ① 値上げする | 全体で1.4%の値上げ(5,000万円×1.4%=70万円)。1,000円の商品なら1,014円 | 最も小さい数字で済む |
| ② 数量を増やす | 売上を233万円増やす(70万円÷粗利率30%)。年商比4.7%の増収 | 人手が要るため両立が難しい |
| ③ 経費を減らす | 年70万円の固定費削減。月あたり約6万円 | 初年度は効きやすい |
| ④ 仕事を入れ替える | 粗利率の低い仕事を減らし、高い仕事に置き換える | 時間はかかるが持続する |
実際には①と③の組み合わせが現実的です。②は人手が必要になるため、人手不足の会社では両立しにくいのが実情です。
なお、価格転嫁の交渉は「上げてください」ではなく、上げざるを得ない根拠を数字で示すほうが通りやすくなります。労務費の上昇率や最低賃金の改定率は、公表資料をそのまま資料に使えます。
8. 使える支援策|助成金と専門家の役割
ひとことで言うと助成金は「使えるから使う」のではなく、決めた定着策に後から当てはめるほうがうまくいきます。
| 制度 | 内容 | 1〜20名規模での使い方 |
|---|---|---|
| キャリアアップ助成金(令和8年度) | 正社員化コースを拡充。情報公表加算(中小企業1事業所20万円・大企業15万円)新設 | 有期・パート従業員の正社員転換で定着と待遇改善を両立 |
| 業務改善助成金(令和8年度) | 賃金引き上げ額別の50円・70円・90円の3コース。最大600万円 | 最低賃金引き上げと設備投資をあわせ賃上げ原資を補う |
制度活用の順序は、まず自社の賃金・雇用形態を整理し、正社員転換や賃上げの計画を立てたうえで、要件に合う助成金を後から当てはめる進め方が現実的です。
助成金以外にも、定着策の原資という意味では資金繰り管理が土台になります。毎月の試算表で人件費率(人件費÷売上高)の推移を確認しましょう。
従業員数が少ない会社ほど、1人あたりの人件費率の変化が経営に直結します。四半期ごとに前年同期と比較する習慣をつけておくと、賃上げの意思決定がしやすくなります。
賃上げや採用投資を行う前に、自社の適正水準からどれだけ余裕があるかを把握しておくと、思いつきの施策で資金繰りを悪化させるリスクを避けられます。
9. 数値・期限の早見表(2026年後半〜2027年)
ひとことで言うと定着策にかかる費用の目安を先に知っておくと、優先順位を数字で判断しやすくなります。
従業員1〜20名規模の会社で定着策を検討する際の費用感を、公表データをもとに1つの表にまとめました。自社の規模・業種の実態とあわせてご検討ください。
| 施策・データ | 費用目安 | 出典・根拠 |
|---|---|---|
| 中途採用コスト(全体平均) | 1人あたり約100万〜130万円 | 民間人材サービス各社の調査(2026年時点の目安) |
| 法定外福利費(全体平均) | 月2万4,125円/人 | 経団連 福利厚生費調査(2019年度。大企業中心の調査で、小規模事業者の実態とは差があります) |
| 有料求人媒体(掲載課金型) | 1回あたり5万〜30万円程度 | 一般的な相場感 |
| 人材紹介(成功報酬型)の手数料相場 | 想定年収の30〜35%程度 | 一般的な業界目安 |
| 新入社員研修費用 | 1人あたり数万円〜10万円程度(内容による) | 民間研修各社の公表相場 |
| 【期限】地域別最低賃金の改定 | 2026年10月頃に発効の見込み | 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安」 |
| 【期限】キャリアアップ助成金の支給申請 | 正社員転換後6か月分の賃金支給日の翌日から2か月以内 | 厚生労働省「キャリアアップ助成金」 |
数字はいずれも目安です。原資の大きさによって着手できる施策の順番も変わるため、自社の資金繰りとあわせて検討してください。
原資が小さいうちは、コストのかからない評価の見える化や面談から始め、資金に余裕が出てから採用媒体や研修費を増やす順番が現実的です。
10. 成功事例と失敗事例に学ぶ|離職防止・定着(1〜20名)
ひとことで言うとうまくいった会社は「基準を紙に書いた」「受け入れ担当を決めた」の2つをやっています。失敗した会社は、どちらも現場任せにしていました。
中小企業の現場で一般に指摘されるパターンを整理・再構成したモデルケースです。当事務所の関与先の事例を示すものではありません。
各事例は「状況→やったこと→費用→結果→再現のコツ」の順で書いています。自社に近い規模・業種の欄から読んでください。
| 分かれ目 | うまくいった会社 | うまくいかなかった会社 |
|---|---|---|
| 昇給の基準 | 3〜5項目と金額を紙にして全員に説明した | 社長の頭の中にあり、聞かれても後回しにした |
| 入社直後の受け入れ | 担当者を名指しで決め、手当をつけた | 「現場で見て覚えて」で担当者を決めなかった |
| 業務の偏り | 月1回、誰に何時間集中しているか集計した | シフトが埋まっているかだけを見ていた |
| 賃上げの進め方 | 原資を先に確保してから昇給額を決めた | 募集条件だけ上げ、既存社員は据え置いた |
成功事例
失敗事例
※本事例は、業界で典型的に見られるパターンを一般化・再構成したモデルケースです。特定の企業・個人の事実を示すものではなく、当事務所の関与実績を示すものでもありません。記載した金額・人数・効果は前提条件を明示したうえでの試算であり、同様の成果を保証するものではありません。
11. 経営者からよくある質問(離職防止)
ひとことで言うと初任給の逆転・辞める兆候・評価制度・賃上げ原資は、どれも「早く数字で把握する」ことで対応できます。
Q. 新卒・中途の初任給を上げたら、既存社員とのバランスはどう取ればよいですか。
A. 初任給だけを上げると勤続年数の長い社員との「賃金逆転」が起きやすくなります。勤続2〜3年目以降の昇給幅も同時に見直しましょう。
Q. 従業員が辞める兆候は、どうすれば早く見抜けますか。
A. 有給消化パターンの変化、遅刻・早退の増加、雑談や発言の減少といった勤怠の変化が有効なサインです。定期的な情報共有で早期発見につながります。
Q. 従業員10名前後の会社でも、評価制度は作れますか。
A. 等級や号俸まで作り込む必要はありません。評価項目を3〜5個に絞った簡易な一覧表から始めれば十分で、半年〜1年で見直す前提で構いません。
Q. 賃上げの原資は、値上げ以外にどう作ればよいですか。
A. 業務の見直しによる生産性向上が主な選択肢です。単価の低い業務を減らし、生まれた余力を昇給原資に回す進め方が現実的です。
Q. 経営者1人ですべての定着策を回すのは負担が大きいのですが。
A. 最初から完璧を目指す必要はありません。評価の見える化と月1回の面談など、優先度の高い施策に絞って半年続け、効果を見ながら広げる進め方で十分です。
Q. 定着率が改善したかどうかは、何で判断すればよいですか。
A. 半年・1年単位の離職率の推移に加え、入社半年時点の在籍率や面談での満足度の変化をあわせて見ると実態をつかみやすくなります。現場からの定性的な変化も重要な判断材料です。
Q. 評価シートを配ったら、かえって不満が噴出しませんか。
A. 「試験運用です。半年後に皆さんの意見で直します」と最初に宣言してください。完成版として出すと、不満が行き場を失って離職につながります。むしろ意見が出るのは、会社に期待している証拠です。
Q. 面談をしても「特にありません」しか返ってきません。
A. 質問が抽象的だと答えられません。「困っていることは?」ではなく「いま一番手こずっている作業は何ですか」と、具体的な作業名を聞いてください。それでも出ない場合は「先月やった仕事で、一番やりにくかったのはどれですか」と過去形で聞くと出てきます。
Q. 評価が低い社員の給料を、下げることはできますか。
A. 賃金の引き下げは、就業規則や労働契約の内容によって取り扱いが異なり、原則として本人の同意が必要です。個別の可否は社会保険労務士や弁護士にご確認ください。実務上は「下げる」より「上げない(据え置く)」で差をつけ、その理由を面談で伝える会社が多いです。
Q. 社長も現場に出ていて、面談の時間がまったく取れません。
A. 全員と毎月やる必要はありません。第4章の予兆チェックで該当が多い人から順に、月2人だけ15分話す運用でも効果があります。移動中の車内や作業後の10分でも構いません。場所より頻度が重要です。
Q. どうしても賃上げの原資が作れません。他に打つ手はありますか。
A. 金銭以外で効くのは「時間」と「役割」です。時間単位の有給や早上がり日など働き方の柔軟性を広げること、メンターや発注担当など役割に名前をつけることは、費用をほとんどかけずに定着に効きます。そのうえで、翌期の原資づくりを第7章の逆算から始めてください。
12. 今後12か月のアクションチェックリスト
ひとことで言うと評価の見える化・正社員転換・賃上げ原資・フォロー面談は、四半期に1つずつ進めれば1年で一巡します。
| 時期 | やること | 関連制度 |
|---|---|---|
| 2026年7〜9月 | 評価基準の見える化と1on1面談の運用を開始し、離職の予兆を把握できる体制をつくる | 定着策の内製化 |
| 2026年9〜10月 | 10月発効の最低賃金改定に備え、下回る人がいないかと賃金の圧縮が起きないかを点検する | 地域別最低賃金(令和8年度改定) |
| 2026年10〜12月 | 正社員転換・待遇改善を検討し、キャリアアップ助成金の活用可否を確認 | キャリアアップ助成金 |
| 2027年1〜3月 | 次年度の賃上げ原資を試算し、価格転嫁・生産性向上の計画に反映 | 賃上げ促進税制、価格転嫁 |
| 2027年4〜6月 | 入社半年〜1年の従業員向けフォロー面談を実施し、定着策の効果を振り返る | オンボーディング体制の見直し |
人材の定着は一度取り組んで終わりではありません。四半期に一度は評価制度・賃金・面談運用を振り返り、必要に応じて内容を更新しましょう。
人材の定着に近道はありませんが、優先順位をつけて一つずつ実行すれば、1〜20名規模の会社でも離職率を下げられる可能性は高まります。
13. 関連情報・よくある質問
ひとことで言うと定着策の悩みは、労務・補助金・経営全般のページとつながっています。あわせて確認すると理解が深まります。
人材の定着と資金繰りは、実務に強い税理士へ
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対象:従業員1〜20名の会社の経営者の方(オンライン対応可・初回相談無料)
無料相談を申し込む 料金・契約の流れを見る※本ページは2026年8月時点の公表情報に基づく一般的な情報提供です。制度・金額・期限は今後の改正等により変更される場合があります。個別の適用可否や税務判断については、顧問税理士または当事務所にご確認ください。
