クリニック(診療所)の開業では、保健所への診療所開設届や保険医療機関の指定申請と並行して、税務署へ開業届・青色申告承認申請書などの届出を期限内に出す必要があります。保険診療は消費税が非課税、自由診療は課税という区分も、開業時の届出と記帳の設計に影響します。
この記事の結論
クリニック開業時の届出は「医療法・保険診療」「税務」「労務・社会保険」の3分野に分かれ、税務署への届出は開業日から1〜2か月以内に期限が集中します。
- 開業届は開業の日から1か月以内。青色申告承認申請書は開業の日から2か月以内(1月15日までの開業はその年の3月15日まで)
- スタッフを雇うなら、給与支払事務所等の開設届出書(1か月以内)と源泉所得税の納期の特例の申請をあわせて出す
- 保険診療の収入は消費税が非課税、自由診療・健診・診断書料などは課税。新規開業の個人は原則として最初の2年は免税
- インボイス登録は、企業健診や産業医の契約など、事業者との取引があるかで判断する
- 開業前の支出は開業費として資産に計上でき、医療機器は取得価額に応じて処理が変わる
開業前後に必要な主な届出の全体像
クリニック開業で発生する手続きは、大きく「医療法・保険診療関係」「税務関係」「労務・社会保険関係」の3つに分類できます。税理士が主に関与するのは税務関係ですが、全体を把握しておくと準備の抜け漏れを防げます。
| 分類 | 主な届出・手続き | 提出先 |
|---|---|---|
| 医療法・保険診療 | 診療所開設届、エックス線装置を備える場合の届出、保険医療機関の指定申請 | 保健所、北海道厚生局 |
| 税務(国税) | 個人事業の開業届出書、青色申告承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書、源泉所得税の納期の特例の申請書など | 所轄の税務署 |
| 税務(地方税) | 個人事業税の事業開始の申告 | 北海道(道税事務所など) |
| 労務・社会保険 | 労働保険の成立届、雇用保険の適用事業所の設置届、健康保険・厚生年金保険の新規適用届(常時5人以上を使用する場合など) | 労働基準監督署、ハローワーク、年金事務所 |
保険診療を行うクリニックは、診療所開設届の後に保険医療機関の指定を受ける必要があり、指定の申請には月ごとの締切があります。開業日と指定日がずれると保険診療を始められない期間が生じるため、税務の届出より先に、医療法・保険診療関係のスケジュールを固めます。
診療所は社会保険の法定の業種に含まれるため、個人のクリニックでも常時5人以上のスタッフを使用すると、健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所になります。院長本人は加入の対象外で、国民健康保険(医師国民健康保険組合を含む)と国民年金に加入します。保険料率や最低賃金の改定は人事労務・社会保険の最新情報で確認できます。
税務署への届出:期限を逃さないために
個人開業のクリニックでは、開業日から1か月以内に「個人事業の開業届出書」を税務署へ提出するのが原則です(所得税法第229条)。あわせて出す届出と期限を、次の表で確認してください。
| 届出 | 提出期限 | 対象・ポイント |
|---|---|---|
| 個人事業の開業届出書 | 開業の日から1か月以内 | 開業するすべての人 |
| 所得税の青色申告承認申請書 | その年の3月15日まで(1月16日以後に開業した場合は開業の日から2か月以内) | 期限を過ぎると、その年は白色申告になる |
| 青色事業専従者給与に関する届出書 | 青色申告承認申請書と同じく、原則その年の3月15日まで(1月16日以後の開業は開業の日から2か月以内) | 家族に給与を支払う場合 |
| 給与支払事務所等の開設届出書 | 開設の日から1か月以内 | スタッフ(家族を含む)に給与を支払う場合 |
| 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書 | 随時。提出した月の翌月末日までに承認・却下の通知がなければ、翌々月の納付分から特例を適用 | 給与の支払を受ける人が常時10人未満の場合 |
| 棚卸資産の評価方法・減価償却資産の償却方法の届出書 | 最初の確定申告の期限まで | 出さない場合は法定の方法(減価償却は定額法など) |
| 消費税の課税事業者選択届出書・簡易課税制度選択届出書 | 適用を受けたい課税期間の初日の前日まで(開業した課税期間はその課税期間中) | 選ぶ必要がある場合だけ |
青色申告承認申請書を期限内に出すと、その年から青色申告ができます。正規の簿記で記帳し期限内に申告するなどの要件を満たすと、令和8年分までは最大65万円、令和9年分からは仕訳帳・総勘定元帳を電子帳簿保存法の要件で保存するなどの要件を満たすと75万円の青色申告特別控除を受けられます。損失の繰越しや、少額の医療機器を一括で経費にできる特例も青色申告が前提です。
無料ツール青色申告と白色申告の節税効果を比べる所得の見込みを入れると、青色申告特別控除などでどれだけ税金が変わるかを試算できます。計算する
源泉所得税の納期の特例を受けると、スタッフの給与から天引きした源泉所得税を、1〜6月分は7月10日、7〜12月分は翌年1月20日の年2回にまとめて納付できます。毎月10日の納付を忘れて延滞するリスクも減るため、開業時にあわせて申請しておくと安心です。
札幌市内の税務署の管轄
個人の届出の提出先は、原則として院長の住所地を管轄する税務署です(届出により、住所地に代えて診療所の所在地を納税地にすることもできます)。北区・東区は札幌北、豊平区・南区・清田区は札幌南、西区・手稲区と中央区の西側は札幌西、白石区・厚別区は札幌東、中央区のおおむね西10丁目以東は札幌中の各税務署の管轄です。個別の住所は国税庁の管轄区域表で確認します。
2026年7月10日から、市内5署の内部事務は札幌業務センターに集約され、書面の届出は同センターへ郵送します。e-Taxや窓口への持参は、所轄の税務署で受け付けています。
消費税の取扱い:社会保険診療報酬は非課税
クリニックの税務で特有なのが、消費税の取扱いです。健康保険・国民健康保険を使った社会保険診療報酬(保険診療)は消費税が非課税となります。一方、自由診療(健診・美容医療・予防接種など保険適用外のもの)は課税売上になります。
| 収入の種類 | 消費税 | 主な例 |
|---|---|---|
| 社会保険診療 | 非課税 | 健康保険・国民健康保険の診療報酬と、患者の一部負担金 |
| 公費負担医療・労災保険・自賠責保険の診療 | 非課税 | 生活保護の医療扶助、労災保険の療養の給付など |
| 自由診療 | 課税(10%) | 美容医療、人間ドック・健康診断、予防接種、自費の検査 |
| 文書料・物販など | 課税(10%、食品は8%) | 診断書・証明書の作成料、院内で販売する商品 |
また、租税特別措置法第26条では、社会保険診療報酬が年間5,000万円以下の場合に、概算経費の特例(概算経費率を使って必要経費を計算できる制度)が設けられています。医業の収入全体の額にも要件があり、実際の経費のほうが多い年は使う意味がないため、毎年どちらが有利かを比べます。適用の可否は規模や収入構造によって異なるため、詳細は国税庁のタックスアンサーや担当の税理士に確認するとよいでしょう。
新規開業の個人は基準期間(前々年)の売上がないため、最初の2年は原則として消費税が免除されます。ただし2年目は、前年1〜6月の課税売上高と給与等の支払額がいずれも1,000万円を超えると課税事業者になります。保険診療は非課税なので課税売上高には入らず、自由診療や健診の比率が高いクリニックほど、この判定を早めに確認しておく必要があります。
無料ツール消費税の課税事業者になるかを判定する基準期間・特定期間の課税売上高などを入れて、納税義務があるかを確認できます。判定する
課税事業者になったときの注意点
保険診療が中心のクリニックは課税売上の割合が小さいため、課税事業者になっても、医療機器や医薬品の仕入れにかかった消費税の多くは控除できません。控除できるのは主に課税売上に対応する部分で、自由診療の売上と経費を区分して記録しておくことが計算の土台になります。
インボイス登録は必要?取引先が事業者かで判断する
インボイスの登録が必要かは、誰からお金を受け取るかで決まります。患者は消費者なので、保険診療や自由診療の患者からインボイスを求められることはほとんどありません。一方、企業との健診契約、産業医の報酬、企業向けの予防接種など、相手が事業者の取引では、相手が仕入税額控除のためにインボイスを求めます。
登録を検討したいクリニック
- 企業と健康診断・人間ドックの契約がある
- 産業医として事業所と契約している
- 企業向けの予防接種を請け負っている
- 自由診療の売上が大きく、課税事業者になる見込みがある
登録しなくても影響が小さいクリニック
- 保険診療が中心で、患者は個人
- 自由診療も個人の患者が中心
- 事業者からお金を受け取る取引がほとんどない
登録すると、免税事業者でも消費税の申告が必要になります。個人で登録した場合、令和8年分までは2割特例、令和9・10年分は3割特例(登録しなければ免税事業者になる人が対象)を使える場合があります。登録しない場合、事業者の取引先は経過措置により、2026年10月1日〜2028年9月30日は仕入税額の70%を控除できます。制度の全体像はインボイス制度の実務ガイドにまとめています。
健診や産業医の契約があるかどうかで、インボイス登録と消費税の計算方法の選び方が変わります。開業前の段階から初回無料で整理できます。
無料で相談する開業前の支出と医療機器はどう処理する?
開業準備のために支出した広告宣伝費、内覧会の費用、開業前の打合せの交通費などは「開業費」として資産に計上し、開業後に任意の時期に経費にできます。医療機器や内装工事は開業費ではなく、それぞれ固定資産として扱います。
| 取得価額 | 処理 | 償却資産(固定資産税)の申告 |
|---|---|---|
| 10万円未満 | 消耗品費などとして全額をその年の経費にする | 対象外 |
| 20万円未満 | 一括償却資産として3年で均等に経費にすることも選べる | 一括償却を選んだものは対象外 |
| 40万円未満 | 青色申告の中小事業者は、少額減価償却資産の特例で全額経費(年300万円まで)。2026年3月31日までの取得は30万円未満 | 対象 |
| 上記以外 | 耐用年数に応じて減価償却 | 対象 |
開業時は医療機器や内装などの資産が一度に増えるため、償却資産(固定資産税)の申告も必要です。毎年1月1日時点で持っている資産を、1月31日(休日の場合は翌開庁日)までに市町村へ申告します。課税標準額の合計が150万円未満なら課税されず、令和9年度分からは180万円未満に引き上げられます。
最初の1年の記帳と資金管理で気をつけること
保険診療の報酬は、レセプトを請求してから審査を経て入金されるため、診療した月の翌々月ごろまで入金されません。開業直後は人件費や家賃が先に出ていくため、運転資金は入金の遅れを見込んで準備します。
売上は、入金した時ではなく診療した月に計上します。年末に診療した分の多くは翌年に入金されるため、未収の診療報酬として計上します。返戻や査定で減額された分は、確定した時点で調整します。
- 事業用の口座とカードを開業前に分け、診療報酬の入金口座を一本化する
- 窓口で受け取る現金(患者の一部負担金・自由診療)は、日計表とレジの記録を毎日照合する
- 医薬品・診療材料の在庫は、年末に棚卸をして記録を残す
- 電子取引で受け取った請求書・領収書は、電子データのまま保存する(2024年1月1日以後は義務)
- 会計ソフトの科目は、保険診療・自由診療・物販を分けて記帳できるように設定する
記帳を院内で行う場合も、月次で専門家が確認する体制にしておくと、自由診療の課税区分の誤りや未収の計上漏れを早い段階で直せます。開業1年目は所得税の確定申告、消費税の判定、償却資産の申告と期限が続くため、個人事業主の年間スケジュールで1年の流れを押さえておくと安心です。
法人化(医療法人)との違いを事前に把握する
個人開業か医療法人かによって、届出の範囲や税制が異なります。個人開業では所得税(累進課税)が適用されますが、利益が一定水準を超えると、法人化による法人税率との差が節税効果につながることがあります。
個人開業
- 開業届などの届出で始められる
- 所得税5〜45%の累進課税+住民税10%
- 院長本人に退職金はない
- 院長は国民健康保険・国民年金に加入
医療法人
- 都道府県の認可を受けて設立する
- 法人税は年800万円以下の部分15%(2027年3月31日までに開始する事業年度)、超える部分23.2%
- 理事長に役員退職金を支給できる
- 剰余金の配当は禁止。理事長も社会保険に加入
医療法人(持分なし)への移行は都道府県の認可が必要で、設立認可・登記・医療法に基づく変更届など、手続きが複雑です。開業当初から将来の法人化を見据えて会計・税務の体制を整えておくと、移行時の負担を減らせます。
よくある質問
勤務医を辞めた年に開業した場合、確定申告はどうなりますか?
勤務医としての給与所得と、開業後の事業所得をあわせて確定申告します。退職した病院の源泉徴収票が必要なので、早めに受け取っておきます。所得税の確定申告は翌年2月16日〜3月15日(土日の場合は翌平日)で、令和8年分は2027年2月16日〜3月15日です。
青色申告承認申請書の期限を過ぎてしまったら、どうなりますか?
その年は白色申告になり、65万円の青色申告特別控除や少額減価償却資産の特例は使えません。翌年から青色申告にするには、翌年の3月15日までに申請書を提出します。
開業資金の借入金の返済は、経費になりますか?
利息は経費になりますが、元本の返済は経費になりません。借入金で購入した医療機器や内装は、取得価額に応じて減価償却などで経費にしていきます。返済額と減価償却費の差が手元資金のずれになるため、資金計画では両方を分けて見込みます。
家族を受付や経理のスタッフにする場合、何を届け出ますか?
家族に給与を支払うには、青色事業専従者給与に関する届出書を期限内に提出し、届け出た金額の範囲で支給します。給与を支払う事務所として、給与支払事務所等の開設届出書も必要です。仕事の内容と勤務時間に見合う金額であることが前提です。
まとめ
クリニック開業時の届出は、医療法・保険診療、税務、労務・社会保険の3分野にまたがり、税務署への届出は開業日から1〜2か月以内に期限が集中します。保険診療は非課税、自由診療や健診は課税という区分と、企業健診や産業医の契約の有無が、消費税とインボイス登録の判断を左右します。開業前の支出や医療機器の処理、診療報酬の入金の遅れまで見込んで、最初の1年の記帳と資金の段取りを整えましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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出典・参考(公的機関)
- 国税庁 タックスアンサー No.2090 新たに事業を始めたときの届出など
- 国税庁 タックスアンサー No.2072 青色申告特別控除
- 札幌国税局「税務署の所在地・管轄区域」
- 札幌国税局「札幌業務センター」
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
