司法書士事務所の法人化は、課税所得が800万円を超える状態が続き、職員の採用や拠点の展開を視野に入れた段階が検討の目安です。司法書士法人は社員1人でも設立できますが、社員は無限連帯責任を負います。判断は、税金の差から社会保険料と法人の固定費の増加分を差し引いた「手取りの差」で行います。
この記事の結論
課税所得800万円超が続き、採用や拠点展開を考え始めた段階が法人化の検討どきです。節税額だけでなく、社会保険料と法人の固定費の増加分を差し引いた手取りで判断します。
- 司法書士法人は1人でも設立できるが、社員は法人の債務に無限連帯責任を負う
- 個人は課税所得900万円超の部分に所得税33%と住民税10%、法人は年800万円以下の所得に法人税15%(2027年3月31日までに開始する事業年度)
- 法人化すると代表者も健康保険・厚生年金に加入し、保険料の約半分を法人が負担する
- 支店を置くには社員の常駐が必要で、司法書士でない家族は社員(役員)になれない
- 個人のインボイス登録は法人に引き継げないため、法人として登録し直す
司法書士法人の特徴は?一人法人と社員の責任
司法書士法人は、法改正により社員1人でも設立できるようになりました。一方で、社員である司法書士は、法人の財産で債務を払いきれない場合などに、法人の債務について連帯して弁済する責任(無限連帯責任)を負います。株式会社のような有限責任ではない点は、最初に押さえておきましょう。
事務所を置く場合はその事務所に社員の常駐が求められるため、従たる事務所(支店)を出す多拠点展開は、有資格者の確保とセットで考える必要があります。簡裁訴訟代理等関係業務を法人として行うには、その認定を受けた司法書士が社員にいることも条件です。
社員になれるのは司法書士だけで、法人の名称には「司法書士法人」の文字を使います。設立の登記をした後は、司法書士会と日本司法書士会連合会への届出も必要です。個人の司法書士としての登録はそのまま残り、法人の社員として業務を行います。
税負担の目安は?数値例で個人と法人を比べる
個人の所得税は累進課税のため、所得が増えるほど税率が上がります。課税所得が695万円を超える部分は23%、900万円を超える部分は33%で、これに住民税10%と、事業主控除290万円を差し引いた所得にかかる個人事業税(司法書士業は5%)が加わります。法人税は、中小法人なら年800万円以下の所得に15%(2027年3月31日までに開始する事業年度)です。
例えば課税所得900万円の司法書士が法人化し、役員報酬を年600万円に設定したとします。報酬には給与所得控除が使え、法人に残る約300万円の利益には中小法人向けの法人税率が適用されます。所得を個人と法人に分けることで、全体の税負担を抑えられる可能性があります。
計算例:上乗せの300万円を個人で受けるか、法人に残すか(概算)
例えば、個人の課税所得が900万円の場合と600万円の場合の所得税(復興特別所得税を除く)は、900万円×23%−636,000円=1,434,000円、600万円×20%−427,500円=772,500円です。上乗せの300万円にかかる所得税は1,434,000円−772,500円=661,500円で、住民税300万円×10%=30万円、個人事業税300万円×5%=15万円を加えると、661,500円+30万円+15万円=1,111,500円です。
同じ300万円を札幌市内の法人の所得にした場合は、法人税300万円×15%=45万円、地方法人税45万円×10.3%=46,350円、法人住民税の法人税割45万円×7.0%=31,500円(道1.0%・市6.0%)、法人事業税300万円×3.5%=105,000円、特別法人事業税105,000円×37%=38,850円で、合計45万円+46,350円+31,500円+105,000円+38,850円=671,700円です。差は1,111,500円−671,700円=439,800円で、ここから法人の均等割(最小区分で年7万円)を差し引いて考えます。
このほか、役員報酬600万円には給与所得控除が600万円×20%+44万円=164万円(令和8年分)使えるため、個人の課税所得も下がります。
ただし、法人化すると社会保険への加入が義務となり、保険料の約半分を法人が負担します。節税額から社会保険料の増加分を差し引いた「手取りの差」で判断してください。協会けんぽ北海道の料率は、健康保険10.28%、介護保険1.62%(対象年齢の人のみ)、子ども・子育て支援金0.23%で、厚生年金は18.3%です。
計算例:役員報酬を月50万円にした場合の社会保険料(概算)
例えば、役員報酬を月50万円(年600万円)とし、標準報酬月額を50万円、介護保険料の対象年齢と仮定します。料率の合計は10.28%+1.62%+0.23%+18.3%=30.43%で、年間の保険料は50万円×30.43%×12か月=1,825,800円です。法人と本人で半分ずつ負担しますが、一人法人では実質的にどちらも代表者の負担です。
個人のときに払っていた国民健康保険料・国民年金保険料との差額が、実質的な負担増になります。一方で厚生年金の加入期間が増え、将来の年金は増えます。
職員を常時5人以上雇用している個人事務所は、士業の事務所としてすでに健康保険・厚生年金の適用事業所になっているため、法人化で新たに増えるのは主に代表者本人の保険料です。職員が5人未満の事務所は、法人化すると職員も加入の対象になります。
| 項目 | 個人事務所 | 司法書士法人 |
|---|---|---|
| 課税の仕組み | 所得税(累進課税)・住民税・個人事業税 | 法人税等+役員報酬に所得税・住民税 |
| 社会保険 | 国保・国民年金が基本(職員を常時5人以上雇用する事務所は職員が健康保険・厚生年金に加入) | 代表者を含めて健康保険・厚生年金に加入義務 |
| 赤字の年 | 所得税は発生しない | 均等割など一定の負担が残る(札幌市内の最小区分で年7万円) |
| 報酬の源泉徴収 | 法人の依頼者から支払いを受けるとき源泉徴収される | 源泉徴収されない |
| 本人への給与 | 本人には給与を払えない(青色事業専従者給与は家族のみ) | 役員報酬を払い、給与所得控除が使える |
| 本人の退職金 | 経費にならない | 役員退職金として計画的に準備できる |
ツール法人成りした場合の税負担を試算する個人のままの場合と法人化した場合の税金の差を、所得と役員報酬の額から比較できます。計算する
役員報酬をいくらにすれば手取りが最も多くなるかは、家族構成や職員数で変わります。数年分の試算から、初回無料でご相談いただけます。
無料で相談する司法書士業務ならではの判断材料は?
相続登記の義務化以降、相続関連の依頼が増え、個人事務所のままで受けきれるかを考え始めた方も多いのではないでしょうか。決済の立会いや金融機関・不動産会社との継続取引では、組織として対応できる体制が信頼につながります。担当者が不在でも業務が止まらないことは、紹介元にとって安心材料です。
成年後見や民事信託のように長期に及ぶ案件では、個人の健康リスクに左右されない業務継続性が重みを持ちます。採用の面でも、社会保険を完備した法人は補助者や勤務司法書士を集めやすくなります。
報酬の源泉徴収と入金額
個人の司法書士が法人の依頼者から報酬を受け取る場合、1回の支払額から1万円を差し引いた残りの10.21%が源泉徴収されます。司法書士法人が受け取る報酬は源泉徴収の対象外のため、入金額がその分増え、資金繰りの面でも違いが出ます。
個人で選任されている成年後見人の報酬
個人として成年後見人などに選任されている案件の報酬は、法人化しても選任された個人に対して支払われます。これを法人の収入として扱えるかは、法人との契約関係などで判断が分かれるため、法人化の前に案件ごとに整理しておきます。
法人化を急がなくてよいのはどんなケース?
課税所得が600万円前後で年による変動が大きい場合や、拠点を増やす予定がない場合は、個人のまま小規模企業共済や経営セーフティ共済を活用する選択も合理的です。個人のままでも使える節税策は、法人・個人・相続の節税一覧で整理しています。
引退時期が近く、承継者が決まっていない場合も、慌てて法人化する必要はありません。法人は作るより畳むほうが手間がかかり、解散・清算の手続きや最後の申告が必要です。社員が1人の法人では、その社員が欠けると法人の存続にも関わります。
「800万円」は目安で、続くかどうかが大事
一時的に所得が増えた年だけを見て法人化すると、翌年以降に所得が下がったときに社会保険料と固定費の負担だけが残ります。直近数年の推移と、依頼の見通しの両方で判断します。
法人化後の役員報酬はどう配分し、いつ見直す?
法人化した初年度は代表者一人に役員報酬を集中させ、事業が軌道に乗った後に配分を見直す、という進め方が考えられます。ただし、司法書士法人の社員(役員)になれるのは司法書士だけです。司法書士でない配偶者などには、職員として実際の業務に見合った給与を払う形になり、後継者が司法書士であれば社員に加えて役員報酬を分けることができます。
役員報酬は、原則として事業年度の途中で変えられません。毎月同額を払う定期同額給与なら、改定は期首から3か月以内に行います。賞与として払う場合は、事前確定届出給与の届出(決議の日から1か月か期首から4か月の早い日まで。新設法人は設立後2か月以内)が必要です。毎年の利益水準にあわせて、翌期の報酬配分を期首の前に見直す姿勢が、法人化のメリットを維持するポイントです。
家族の給与は「実態」が問われる
業務の内容や時間に見合わない高額な給与は、経費(損金)として認められない部分が出ることがあります。担当業務と勤務時間がわかる記録を残しておきます。
ツール役員報酬の最適な水準を試算する法人の利益と役員報酬の配分を変えたときの、税金と社会保険料の合計を比較できます。計算する
見落としやすいポイントは?インボイス・立替金・固定費・退職金
消費税とインボイスの取扱いの変化
インボイスの登録は個人と法人で別のため、個人で登録していても、法人として改めて登録申請が必要です。新たに設立した法人は、設立した課税期間の末日までに申請すれば、設立日にさかのぼって登録を受けられる取扱いがあります。基準期間のない新設法人は免税事業者になれる場合がありますが、登録すれば課税事業者です。
2割特例は2026年9月30日を含む課税期間で終わり、個人向けの3割特例(令和9年分・令和10年分)にあたる制度は法人にはありません。簡易課税を選ぶ場合、司法書士業はサービス業として第5種(みなし仕入率50%)です。令和8年度の改正点は令和8年度税制改正の実務ガイドにまとめています。
登録免許税などの立替金
依頼者から預かる登録免許税や印紙代などの立替金は、報酬とは分けて記帳します。売上に混ぜると、消費税の課税売上高が実際より大きくなり、納税義務や簡易課税の判定、納税額を誤る原因になります。法人化を機に、預り金・立替金の管理口座とルールを見直しておくと安心です。
名称・取引口座の切り替え
個人事業から法人化すると、事務所の名称や取引口座を法人名義に切り替える手続きが必要です。依頼者や金融機関、不動産会社への案内のタイミングも含めて準備しておくと、業務への影響を抑えられます。
顧問料など固定費の増加
法人化すると、税理士報酬や社会保険の事務コストなど、個人事業のときにはなかった固定費が発生します。赤字でも法人住民税の均等割がかかり、2026年4月1日以後に開始する事業年度からは、防衛特別法人税の税額がゼロでも申告が必要です。手取りの差を試算するときは、これらの費用もあわせて考慮します。
退職金の準備
将来の引退や事業承継を考える場合、法人であれば役員退職金として計画的に準備できる選択肢が増えます。退職所得は、勤続年数に応じた退職所得控除(勤続20年以下は1年あたり40万円)を差し引けるため税負担が軽くなりますが、勤続年数は法人での期間で数えるため、法人化から短期間で退職する場合は優遇が小さくなる点に注意します。
法人化を判断する前に整理しておきたいこと
課税所得や役員報酬の金額だけでなく、その水準がどの程度続きそうか、職員採用や拠点展開の具体的な計画があるかをあわせて整理しておくと、シミュレーションの精度が上がります。次の軸で、法人化の向き不向きを確認します。
| 判断の軸 | 確認すること |
|---|---|
| 所得水準 | 課税所得800万円超が数年続く見込みか。一時的な増加ではないか |
| 社会保険 | 代表者の保険料の増加額と、職員の加入による採用面の効果 |
| 消費税・インボイス | 法人として登録し直す手続きと、免税期間を使えるかどうか |
| 信用力・業務継続 | 決済や長期の後見・信託案件で、組織として対応できる体制が評価されるか |
| 資格・登録 | 常駐社員の確保、簡裁訴訟代理等関係業務の認定社員、司法書士会への届出 |
| 家族への給与 | 家族が実際に業務をしているか、給与の水準が実態に見合うか |
| 引退・承継 | 承継者の有無と、将来法人を畳む場合の手間 |
判断に迷う場合は、法人化した年だけでなく数年先までの試算をもとに相談すると、目先の節税額だけでなく将来の負担まで含めて検討しやすくなります。
法人化の手続きはどんな順番で進める?
- 手取りを試算する役員報酬の水準、社会保険料、法人の固定費を含めて、個人のままの場合と比べます。
- 法人の基本事項を決める名称、目的、主たる事務所、社員、事業年度(決算月)を決めます。決算月は繁忙期を避けると申告の負担を分散できます。
- 設立の登記をする主たる事務所の所在地で設立の登記をします。
- 司法書士会などに届け出る成立後、司法書士会と日本司法書士会連合会に届け出ます。
- 税務と社会保険の届出をする法人設立届出書(設立の日以後2か月以内)、青色申告承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書、健康保険・厚生年金の新規適用、インボイスの登録申請を進めます。
- 個人事業を整理する個人事業の廃業の届出、口座や契約・備品の引継ぎを行い、個人としての最後の確定申告を準備します。
法人の青色申告承認申請書は、設立の日以後3か月を経過した日と、最初の事業年度終了の日のうち、いずれか早い日の前日までに出します。期限を過ぎると、最初の事業年度は白色申告になります。
よくある質問
株式会社をつくって司法書士の業務を行うことはできますか?
できません。司法書士法により、司法書士の業務は司法書士または司法書士法人でなければ行えないとされており(他の法律で認められる場合を除く)、株式会社では登記の代理などの業務を行えません。業務を法人で行うには、司法書士法人を設立します。
開業の時点から司法書士法人で始めることはできますか?
司法書士が社員となって設立すれば、開業時から法人で始めることもできます。ただ、開業直後は所得の見通しが立ちにくく、法人の固定費と社会保険料が先に発生するため、所得が安定してから法人化を検討する方法もあわせて比べます。
法人化した年の個人の確定申告はどうなりますか?
法人化した日までの個人事業の所得と、法人から受けた役員報酬(給与所得)を合わせて、その年分の確定申告をします。個人事業の最後の年の経費や、法人に引き継いだ備品の扱いを整理しておくと、申告がスムーズです。
法人の申告期限はいつですか?
事業年度終了の日の翌日から2か月以内に、法人税・地方法人税と法人住民税・法人事業税を申告・納付します。申告期限の延長の特例は原則1か月です。
まとめ
司法書士法人は1人でも設立できますが、社員は無限連帯責任を負い、社員になれるのは司法書士だけです。課税所得800万円超が続き、採用や拠点展開を視野に入れた段階が検討の目安で、節税額から社会保険料と固定費の増加分を差し引いた手取りで判断します。インボイスの登録し直しや立替金の管理、役員報酬の決め方も、法人化の前に整理しておきましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
