建築設計事務所の法人化は、利益の水準、取引先からの信用、設計監理の賠償リスクへの備えの三つの軸で判断すると整理しやすくなります。税負担の面では利益おおむね600万〜800万円超が目安ですが、社会保険の加入や建築士事務所登録のやり直しといったコストと手間も比べ、手取りと受注への効果で決めることが大切です。
この記事の結論
課税される利益がおおむね600万〜800万円を超え、公共案件や大手との取引を広げたいなら、法人化を検討する価値があります。ただし社会保険料、建築士事務所の新規登録、赤字でもかかる均等割などのコストを差し引き、手取りと受注への効果で判断します。
- 個人の所得税は5%〜45%の累進課税。中小法人の所得800万円以下の部分は法人税15%(2027年3月31日までに開始する事業年度)
- 公共建築のプロポーザルや大手からの設計受託では、法人であることや決算書が判断材料になる場面がある
- 法人は原則として有限責任だが、建築士個人の責任や代表者の個人保証は残るため、賠償責任保険と組み合わせる
- 法人は役員1人でも社会保険の強制適用。建築士事務所は法人として登録し直す
法人化を検討する利益の目安はいくらか
個人事業の所得税は、利益が増えるほど税率が上がる累進課税です。一方、法人税は中小法人なら所得800万円以下の部分が15%、超える部分が23.2%と、税率の段階が少なくなっています。そのため利益がある水準を超えると、法人の方が税負担を抑えやすくなります。
目安として、課税される利益がおおむね600万〜800万円を超えてくると、比較の実益が出てくるとされています。ただし、実際に有利になる水準は、役員報酬の設定、家族の状況、社会保険料の増え方によって上下します。
| 課税所得 | 所得税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
個人事業税は、建築設計(設計監督者業)の場合、事業主控除290万円を差し引いた所得に5%がかかります。法人側の主な税率は次のとおりです。
| 税目 | 中小法人の税率 |
|---|---|
| 法人税 | 所得800万円以下の部分15%(2027年3月31日までに開始する事業年度)、超える部分23.2% |
| 地方法人税 | 法人税額×10.3% |
| 法人住民税(法人税割) | 法人税額×7.0%(北海道1.0%+札幌市6.0%。資本金1億円以下かつ法人税額1,000万円以下の場合) |
| 法人事業税(北海道) | 所得400万円以下3.5%、800万円以下5.3%、超える部分7.0%(別に事業税額×37%の特別法人事業税) |
計算例:利益の上乗せ部分にかかる税率の比較(計算上の目安)
例えば、個人の課税所得が900万円を超えている場合と、中小法人の所得400万円超800万円以下の部分を比べます。
- 個人(所得税+住民税):33%+10%=43%
- 個人(個人事業税も加えた場合):43%+5%=48%
- 法人(表面税率の合計):法人税15%+地方法人税1.545%+法人税割1.05%+事業税5.3%+特別法人事業税1.961%=約24.9%
復興特別所得税や事業税の損金算入の影響を除いた単純な比較ですが、利益が増えるほど個人と法人の税率の差が開くことがわかります。
法人化のもう一つの効果は、役員報酬に給与所得控除が使えることです。利益を本人の給与と会社の利益に分けることで、所得が一か所に集中するのを避けられます。
計算例:利益1,200万円の設計事務所が役員報酬を年600万円にした場合
例えば、設計報酬収入2,000万円、外注費や事務所家賃などの経費800万円で、利益が1,200万円の事務所が法人化した場合です(令和8年分の給与所得控除で計算)。
- 給与所得控除:600万円×20%+44万円=164万円
- 本人の給与所得:600万円−164万円=436万円
- 会社に残る利益:1,200万円−600万円=600万円(ここから会社負担の社会保険料などを差し引いた額に法人の税金がかかる)
個人のままなら、青色申告特別控除などを差し引いた後の利益全体に累進税率がかかります。法人化すると所得が給与と会社の利益に分かれ、給与所得控除も使えるため、個人のままより手取りを増やせる可能性があります。
ツール法人成りした場合の税金と手取りを試算する個人事業のままと法人化した場合で、税金と手取りがどう変わるかを比べられます。計算する
税率や控除額は改正で変わります。令和8年度税制改正では給与所得控除の最低保障額などが見直されたため、改正の全体像は令和8年度税制改正のガイドで確認できます。
受注の幅が変わる — 信用面のメリット
設計事務所の場合、税金と同じくらい重要なのが信用面です。公共建築のプロポーザルや入札、大手デベロッパー・ゼネコンからの設計受託では、法人であることや決算書の提出が事実上の参加条件になる場面があります。
金融機関からの融資や事業性評価でも、法人の決算書があると話が早いことがあります。法人は事業と家計のお金が分かれ、業績を決算書で説明しやすいためです。入札参加資格を持っている場合は、法人化に伴う変更や新規申請の扱いを発注者ごとに確認しておきます。
将来スタッフを増やして組織設計事務所として育てたいのか、アトリエ系として身軽に続けたいのかによっても判断は変わります。組織化を目指すなら、採用力や社会保険の整備の面から、法人化を早めに検討する価値があります。
組織設計事務所を目指す場合
- 社会保険を整えて建築士やスタッフを採用したい
- 公共・大型案件の実績を法人として積み上げたい
- 融資を受けて人員や設備に投資する予定がある
- 法人化を早めに検討する理由が多い
アトリエ系で身軽に続ける場合
- 一人または少人数で、個人の施主の住宅設計が中心
- 社会保険料の負担が手取りに与える影響が大きい
- 信用面の必要性は取引先次第
- 利益水準と手取りの試算で判断する
設計監理の賠償リスクと有限責任
建築設計は、設計ミスや監理の不備が大きな損害賠償につながりうる業務です。個人事業では事業上の債務に無限責任を負いますが、法人化すれば原則として出資額の範囲の有限責任となり、万一の際に個人資産を守りやすくなります。
ただし、専門家としての責任が代表者個人に及ぶ場合もあり、法人化だけでリスクが消えるわけではありません。法人化しても個人に残りやすい責任は、次のとおりです。
法人化しても残る個人の責任
- 設計者・工事監理者である建築士個人に対する、建築士法に基づく処分
- 建物の安全性にかかわる設計ミスなどで、契約の相手方以外から不法行為の責任を問われる可能性
- 借入や事務所の賃貸借で、代表者が個人保証をした債務
そのため、建築士事務所賠償責任保険などと組み合わせて備えるのが現実的です。法人化した後は保険の契約者を法人に切り替え、補償の範囲(設計業務だけか、監理業務も含むか)と支払限度額を、受注する案件の規模に合わせて見直します。
借入の個人保証については、信用保証協会の保証付き融資で、保証料を上乗せして経営者保証を外せる「事業者選択型経営者保証非提供制度」(2024年3月15日開始)もあります。法人化を機に、借入の条件もあわせて見直すとよいでしょう。
法人化の手続きとコストで見落としやすい点
法人化すると、建築士事務所登録は個人事務所のものを引き継げず、法人として登録をやり直す必要があります。管理建築士の配置などの要件もあるため、北海道の登録窓口で最新の要件と必要書類を確認します。個人事務所については廃業の届出も必要です。
また、法人は赤字の年でも住民税の均等割が発生し、社会保険への加入も義務となります。設立登記の費用や決算の手間も含め、増えるランニングコストを節税効果と見比べて判断することが大切です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設立登記の登録免許税 | 資本金の0.7%(最低 株式会社15万円、合同会社6万円) |
| 法人住民税の均等割 | 資本金等1,000万円以下・従業者50人以下なら年7万円(北海道2万円+札幌市5万円)。赤字でもかかる |
| 社会保険料 | 役員1人だけでも健康保険・厚生年金の強制適用。保険料は会社と本人で折半 |
| 決算・申告の手間 | 法人税・消費税・地方税の申告は事業年度終了の日の翌日から2か月以内。帳簿書類は7年保存 |
| 建築士事務所の登録 | 法人として新たに登録。手数料の負担と、管理建築士の配置の確認が必要 |
計算例:役員報酬が月50万円の場合の社会保険料(協会けんぽ北海道)
例えば、40歳以上65歳未満の代表者で、標準報酬月額が50万円の場合です(2026年4月分以後の料率)。
- 健康保険:50万円×10.28%=51,400円
- 介護保険:50万円×1.62%=8,100円
- 子ども・子育て支援金:50万円×0.23%=1,150円
- 厚生年金:50万円×18.3%=91,500円
- 合計:51,400円+8,100円+1,150円+91,500円=152,150円(会社と本人で半分ずつ負担)
年間では152,150円×12か月=1,825,800円です。個人事業のときに払っていた国民健康保険料・国民年金保険料との差額が、法人化で増える負担の目安になります。
消費税・インボイスは取引先の顔ぶれで考える
主な取引先がゼネコンやデベロッパーなど本則課税の事業者なら、インボイスの登録を求められます。個人で登録していても法人には引き継がれないため、法人として改めて登録を申請します。
簡易課税を選ぶ場合、建築設計はサービス業として第5種(みなし仕入率50%)です。個人事業者に認められる3割特例(令和9・10年分)は法人にはなく、法人の2割特例も2026年9月30日を含む課税期間で終わります。個人で特例を使える人は、法人化で消費税が増えないかも確認します。
法人化で手取りがいくら変わるかは、役員報酬の設定や社会保険料、家族の状況で変わります。設計事務所の数字に合わせた試算は、初回無料でご相談いただけます。
無料で相談する家族への給与と役員報酬はどう決める?
個人事業で家族に給与を払うには、青色事業専従者給与の届出をし、家族がその事業に専ら従事している必要があります。法人化すると、家族を役員や従業員として、図面作成や経理などの仕事の内容に見合った給与を支払う形になります。
役員報酬は、毎月同じ額を支払う定期同額給与が基本で、金額を改定できるのは原則として事業年度開始の日から3か月以内です。期の途中で増額しても、増やした分は原則として損金になりません。設立前に1年分の受注の見通しを立てて金額を決めます。
役員に賞与を支給したい場合は、事前確定届出給与として届け出る方法があります。届出の期限は、株主総会等の決議の日から1か月を経過する日と、事業年度開始の日から4か月を経過する日の早い方で、新設法人は設立の日から2か月を経過する日までです。
無料ツール役員報酬の金額を試算する役員報酬の額を変えたときの、税金と手取りのバランスを比べられます。計算する
判断軸の一覧と法人化の手順
ここまでの判断軸を一覧にすると、次のようになります。複数の軸で「法人化を検討しやすい状況」に当てはまるほど、法人化の効果は大きくなります。
| 判断の軸 | 法人化を検討しやすい状況 | 注意点 |
|---|---|---|
| 所得水準 | 課税される利益がおおむね600万〜800万円を超える | 社会保険料を含めた手取りで比べる |
| 社会保険 | スタッフを採用し、社会保険を整えたい | 役員1人でも加入義務。保険料は会社と本人で折半 |
| 消費税 | すでに課税事業者で、インボイスの登録をしている | 法人には3割特例がない。簡易課税は第5種 |
| 信用力 | 公共案件や大手との取引、融資を広げたい | 決算書と実績の積み上げが前提 |
| 事務所登録 | 法人として登録し直す準備ができている | 管理建築士の配置と、個人事務所の廃業手続き |
| 家族への給与 | 家族が設計補助や事務で実際に働いている | 仕事に見合う金額にし、役員報酬は期首から3か月以内に決める |
- 試算する税金・社会保険料・手取りを個人と法人で比べ、役員報酬の額を決めます。
- 会社の基本事項を決める商号、本店所在地、事業目的(設計・工事監理など実際に行う業務)、資本金と出資者、決算月、役員構成を決めます。
- 定款の作成と設立登記登録免許税は資本金の0.7%で、最低額は株式会社15万円、合同会社6万円です。
- 建築士事務所の登録法人として登録を受け、個人事務所の廃業を届け出ます。
- 税務・社会保険の届出法人設立届出書(設立の日以後2か月以内)、青色申告の承認申請書(設立の日以後3か月を経過した日と最初の事業年度終了の日の早い方の前日まで)、給与支払事務所等の開設届出書(開設から1か月以内)、社会保険の新規適用の届出を出します。
- 契約・口座・保険を切り替える銀行口座、設計・監理契約、賠償責任保険、インボイスの登録を法人名義にします。法人化の前後にまたがる案件は、どこまでを個人の売上とするかを、契約の切替え時期と成果物の引渡し時期で整理します。
- 個人事業を締める個人事業の廃業を届け出て、法人化した年の個人の所得は翌年に確定申告します。
会社設立の前に決めておくことは、次のとおりです。法人化した後の経理の流れは中小企業の経理・会計処理ガイドも参考になります。
- 商号(会社名)・本店所在地・事業目的
- 資本金の額と出資者の構成
- 決算月(繁忙期を避けると決算・申告の負担を分散できる)
- 役員構成と任期
- 設立日
札幌市内に本店を置く場合の届出先
法人設立届出書など税務署への書類は、本店所在地を管轄する税務署に出します。例えば北区・東区なら札幌北税務署、中央区はおおむね西10丁目以東が札幌中税務署、大通西11丁目以西などが札幌西税務署です(個別の住所は国税庁の管轄区域表で確認)。書面を郵送する場合は、2026年7月10日から札幌業務センターあてに送ります(e-Taxや窓口への持参は所轄の税務署)。
法人事業税・法人道民税は北海道、法人市民税は市にも、それぞれ法人の設立の届出が必要です。
よくある質問
法人化するなら、いつの時期がよいですか?
個人の年の途中で法人化すると、その年は個人の確定申告と法人の決算の両方が必要になります。法人の決算月は自由に決められるため、納期が集中しやすい時期など事務所の繁忙期を避けて決算月を設定すると、決算・申告の負担を分散できます。
株式会社と合同会社のどちらがよいですか?
設立時の登録免許税の最低額は、株式会社が15万円、合同会社が6万円です。合同会社は役員の任期がなく費用を抑えられる一方、公共案件や大手との取引では株式会社の方が説明しやすい場面もあります。株式会社は役員の任期ごとに登記が必要になる点も含めて選びます。
個人事業で使っていたパソコンやCADソフト、車はどうなりますか?
法人に売却するか、個人の所有のまま法人に貸すかを選びます。売却する場合は適正な価額で売買契約を結び、個人側では最後の確定申告で処理します。CADソフトのライセンスは、契約者を法人に変更できるかを提供元の規約で確認しておきます。
一人で設計している事務所でも、法人化する意味はありますか?
一人でも、給与所得控除や信用面の効果はあります。ただし役員1人でも社会保険の加入が必要なため、保険料の増加分を差し引いても手取りが増えるかを確認します。利益水準が目安に届かないうちは、個人のまま記帳と節税策を整える方が合う場合もあります。
法人化した後に赤字の年があったらどうなりますか?
赤字でも法人住民税の均等割はかかります。青色申告の法人なら、赤字(欠損金)を10年繰り越して翌期以後の所得から差し引け、中小法人等は所得の全額まで控除できます。赤字が続く見通しなら、法人化の時期そのものを見直します。
まとめ
建築設計事務所の法人化は、利益水準(課税される利益おおむね600万〜800万円超が目安)、取引先からの信用、賠償リスクへの備えの三つの軸で判断します。法人税の軽減税率や給与所得控除の効果がある一方、社会保険料や均等割、事務所登録のやり直しといったコストと手間も増えます。結果は役員報酬の設定や家族の状況で変わるため、手取りと受注への効果を数字で比べてから決めましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
設計事務所の法人化のご相談は、ジェイスタート会計事務所へ
- 初回相談は無料(オンライン対応可)
- フォーム・LINEは24時間受付、翌営業日までにご返信
- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
