社会保険労務士事務所の法人化は社会保険労務士法人の設立で、社員1人でも設立できます。課税所得がおおむね800万円を超えたあたりから試算の価値が出やすい一方、自分の社会保険料や、赤字でもかかる均等割(札幌市内は最低年7万円)も増えるため、手取りと保障の両面で判断します。
この記事の結論
判断の軸は「所得水準」「社会保険」「事業の将来像」の3つです。税率の差だけでなく、社会保険料を含めた手取りで試算してから決めます。
- 社労士業務を法人で行うなら社会保険労務士法人。社員1人でも設立できる
- 課税所得がおおむね800万円を超えると試算の価値が出やすい(家族構成や控除で分岐点は動く)
- 法人は役員1人でも健康保険・厚生年金の強制適用。保険料の負担と保障を両面で評価する
- 中小法人の15%の税率は2027年3月31日までに開始する事業年度の扱いで、延長は未決定
- 決算期は、算定基礎届や年度更新の繁忙期を避けて設定できる
社労士の法人化は「社会保険労務士法人」の設立になる
社労士が業務を法人の形で行う場合、株式会社ではなく社会保険労務士法人を設立します。現在は社員(出資者となる社労士)が1人でも設立できるため、個人事務所からの移行のハードルは以前より下がっています。
設立には、登記に加えて所属する社労士会・連合会への手続きが必要です。名称に「社会保険労務士法人」の文字を使うことや、社員は社労士に限られることなど、株式会社とは違う決まりがあります。具体的な流れは所属会の案内で確認してください。
見落としやすいのが、顧問契約の当事者が個人の社労士から法人に変わる点です。顧問先との契約の結び直し、請求書の名義、入金口座の変更を顧問先の数だけ行うため、切り替えの時期と段取りを先に決めておきます。インボイスの登録番号も個人のものは引き継げないため、法人として改めて登録します。
個人の社労士事務所
- 所得税(5〜45%)・住民税10%・個人事業税5%
- 事業主本人は健康保険・厚生年金に入れない
- 職員が常時5人以上なら社会保険の強制適用(士業も対象の業種)
- 決算は12月31日、確定申告は翌年3月15日まで
社会保険労務士法人
- 法人税(中小法人は年800万円以下15%・超23.2%)と地方税
- 役員1人でも健康保険・厚生年金の強制適用
- 赤字でも均等割(札幌市内は最低年7万円)がかかる
- 決算月を選べ、欠損金は10年繰り越せる
税金面の判断基準:所得水準が出発点
個人事業の所得税は、所得が増えるほど税率が上がる累進課税です。これに住民税10%と、社労士業では個人事業税5%(事業主控除290万円)が加わります。一方、法人税の税率構造は比較的フラットなため、所得が一定水準を超えると法人のほうが有利になりやすくなります。
| 所得の段階 | 個人(所得税+住民税) | 法人(法人税・中小法人) |
|---|---|---|
| 695万円以下の部分 | 5〜20%+10% | 15% |
| 695万円超800万円以下の部分 | 23%+10% | 15% |
| 800万円超900万円以下の部分 | 23%+10% | 23.2% |
| 900万円超1,800万円以下の部分 | 33%+10% | 23.2% |
一般には課税所得がおおむね800万円を超えたあたりが検討ラインと言われますが、家族構成や所得控除の状況で損益分岐点は動きます。表のとおり、900万円を超える部分には所得税33%と住民税10%がかかるため、この水準に近づいたら一度試算しておく価値があります。
計算例:所得800万円にかかる税金の比較(概算)
例えば、所得800万円をすべて札幌市内の法人に残した場合と、個人の課税所得として受けた場合を比べます(法人は2027年3月31日までに開始する事業年度、個人は所得税と住民税の課税所得を同じとみなした概算)。
- 法人税:800万円×15%=120万円
- 地方法人税:120万円×10.3%=123,600円
- 法人住民税(法人税割):120万円×1.0%=12,000円(道)、120万円×6.0%=72,000円(札幌市)
- 法人事業税:400万円×3.5%=14万円、400万円×5.3%=212,000円
- 特別法人事業税:352,000円×37%=130,240円
- 均等割:2万円+5万円=7万円
- 法人の合計:1,959,840円
- 所得税:800万円×23%−636,000円=1,204,000円
- 復興特別所得税:1,204,000円×2.1%=25,284円
- 住民税:800万円×10%=80万円
- 個人の合計:2,029,284円(このほか個人事業税)
この水準では法人のほうが税額はやや少なくなります。ただし法人に利益を残すだけでは生活費になりません。実際には役員報酬を受け取るため、報酬と法人の利益の配分、社会保険料まで含めて比べます。
法人化すると、税負担の調整以外にも選択肢が広がります。主なものは次のとおりです。
- 自分への役員報酬に給与所得控除が使える
- 役員退職金を支給して経費にでき、受け取る側は退職所得控除(勤続20年以下は1年40万円)を使える
- 決算期を繁忙期とずらして自由に設定できる
- 欠損金を繰り越せる期間が10年と、個人の青色申告より長い
ツール法人成りした場合の手取りを試算する個人のままの場合と法人化した場合で、税金と社会保険料を含めた負担の違いを比べられます。計算する
数値イメージ:顧問40件・月3万円のケース
具体例:顧問料収入から見る法人化の検討ライン
例えば、顧問先40件・平均月3万円の顧問料なら、年商は次のとおりです。
40件×3万円×12か月=1,440万円
給与計算の受託やスポットの手続き報酬を加え、経費を差し引いた課税所得が900万円前後あるなら、法人化を試算する価値は十分にあります。逆に、所得が500万円程度で今後も大きく増やす予定がなければ、設立や維持のコストを考えると急ぐ理由は乏しいといえます。
このケースでは消費税も確認します。課税売上高が1,000万円を超えると、2年後(基準期間)から個人のままでも課税事業者になります。顧問先の多くは事業者でインボイスを求められやすいため、個人のうちから登録して課税事業者として申告しているケースもあります。簡易課税を選ぶ場合、社労士業はサービス業として第5種(みなし仕入率50%)です。
つまり社労士の場合、法人化で消費税の免税期間を得られるかは決め手になりにくく、所得水準と社会保険で判断するのが基本です。所得以外に、次のような場面も法人化を検討するきっかけになります。
- 顧問先が増え、課税所得が800万〜900万円を超えてきた
- 職員を増やして事務所を広げたい(法人として採用し、社会保険を整えたい)
- 将来、別の社労士を社員に迎えて事務所を引き継ぐことを考えている
- 自分の退職金を、法人の経費として準備したい
法人化の損益分岐点は、所得・家族構成・役員報酬の決め方で変わります。今の数字で試算した結果を初回無料で確認できます。
無料で相談する社労士ならではの考慮点
社会保険の専門家だからこそ、法人化で自分自身が社会保険に加入する立場になる点は冷静に見ておきましょう。法人は役員1人でも健康保険・厚生年金の強制適用事業所です。保険料の事業主負担が発生する一方、厚生年金による将来の年金額や保障が手厚くなるプラス面もあります。コストと保障の両面で評価するのが、専門家らしい判断です。
計算例:役員報酬にかかる社会保険料(協会けんぽ北海道)
例えば、標準報酬月額が50万円の場合の月額です(健康保険10.28%は2026年3月分から、子ども・子育て支援金0.23%は2026年4月分から)。
- 健康保険:50万円×10.28%=51,400円
- 厚生年金:50万円×18.3%=91,500円
- 子ども・子育て支援金:50万円×0.23%=1,150円
- 合計:51,400円+91,500円+1,150円=144,050円
これを法人と本人で半分ずつ負担します(144,050円÷2=72,025円)。介護保険の対象年齢に当たる場合は、介護保険料1.62%も加わります。
個人の社労士事務所でも、職員を常時5人以上使用していれば、すでに社会保険の強制適用事業所です。この場合、法人化で新たに加入するのは主に代表者本人です。職員が5人未満の事務所は、法人化によって職員も含めて加入が必要になるため、人件費の増加と採用面の安心感をあわせて検討します。
無料ツール社会保険料の月額を等級表から計算する役員報酬の月額から標準報酬月額と保険料の目安を確認できます。計算する
毎月の顧問料という安定収入が中心の社労士業は、収入予測が立てやすく、役員報酬の設定がしやすい業種です。役員報酬は原則として事業年度の開始から3か月以内に決め、その後は毎月同じ額を払う必要があります(定期同額給与)。助成金申請などスポット収入の波が大きい場合は、報酬を保守的に設定しておくと資金繰りが安定します。報酬額の目安は役員報酬の最適化シミュレーションでも確認できます。
算定基礎届や年度更新で忙しい時期と決算が重ならないよう、決算期の設定も工夫できます。法人の申告期限は事業年度終了の日の翌日から2か月以内です。例えば8月決算なら申告は10月末までとなり、夏の算定基礎届・年度更新とも、年末調整の時期とも重なりません。
法人化のコストと手続きの順番
法人化すると、設立時の費用のほかに毎年のコストが増えます。法人住民税の均等割は利益が出なくてもかかり、札幌市内で資本金等1,000万円以下・従業者50人以下なら、北海道2万円と札幌市5万円の年7万円です。法人の決算書・申告書の作成も、個人の確定申告より手間がかかります。
また、2026年4月1日以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が始まります。税額は(基準法人税額−500万円)×4%で、小規模な法人では税額が0になることが多いものの、0でも申告が必要です。
- 名称(「社会保険労務士法人」の文字を含める)と主たる事務所の所在地
- 出資の額と社員(社労士)の構成
- 決算月(繁忙期を避けると申告が楽)
- 設立日と、個人事業を終える日
- 顧問契約・請求書・入金口座・インボイス登録の切替え時期
上の事項を決めたら、次の順番で進めます。
- 試算する役員報酬の額を決め、個人のままの場合と法人化した場合の手取りを比べます。
- 設立の登記と社労士会の手続き登記をして、所属する社労士会・連合会に法人の手続きをします。
- 税務署・道・市への届出法人設立届出書は設立の日以後2か月以内です。青色申告の承認申請書は、設立の日以後3か月を経過した日と最初の事業年度終了の日のうち早い日の前日までに出します。
- 給与と社会保険の手続き給与支払事務所等の開設届出書を開設の日から1か月以内に出し、健康保険・厚生年金の加入手続きをします。
- 顧問契約とインボイスの切替え顧問先と法人名義で契約を結び直し、法人としてインボイスの登録をします。
- 個人事業を閉じる個人事業の廃業の届出を廃業の日から1か月以内に出し、消費税の事業廃止の届出も行います。翌年に、廃業した年分の確定申告をします。
札幌市内に事務所を置く法人の地方税と提出先
法人住民税の法人税割は、資本金1億円以下かつ法人税額1,000万円以下なら北海道1.0%・札幌市6.0%です。法人事業税(北海道)は所得400万円以下3.5%、800万円以下5.3%、超える部分7.0%です。
書面で申告書や届出書を出す場合、札幌市内の5つの税務署の分は、2026年7月10日から札幌業務センターへ郵送する扱いになっています。e-Taxや所轄の税務署の窓口への持参は従来どおりです。
開業時に出した届出の一覧は社会保険労務士事務所の開業時の税務手続きと届出一覧で確認できます。
よくある質問
家族を社会保険労務士法人の役員にして報酬を払えますか?
社会保険労務士法人の社員は社労士に限られるため、資格のない家族は社員(役員)になれません。家族には職員として、実際の仕事の内容に見合った給与を支払う形になります。
法人化すれば、消費税の免税期間を使えますか?
設立したばかりの法人は基準期間がないため、免税になる場合があります。ただし特定期間の判定などで課税になることがあり、インボイスの登録をすれば課税事業者として申告します。顧問先が事業者中心の社労士は、登録を前提に考えるのが現実的です。
法人化した年の個人の確定申告はどうなりますか?
1月1日から個人事業を終えた日までの事業所得と、法人から受け取った役員報酬(給与所得)をあわせて、翌年に確定申告をします。廃業した年分の個人事業税は、見込額を必要経費に入れることができます。
個人事務所で使っていたパソコンや備品は、法人に引き継げますか?
個人の資産は、法人に売却するか、個人のまま法人に貸す形で使えます。売却する場合は、帳簿価額や時価を基準に金額を決めて契約書を残します。事務所の賃貸借契約を法人名義に切り替えるかは、貸主と相談します。
まとめ
社労士事務所の法人化は社会保険労務士法人の設立で、課税所得がおおむね800万円を超えたあたりから試算の価値が出やすくなります。ただし損益分岐点は所得や家族構成によって一人ひとり異なり、自分の社会保険料や均等割、顧問契約の切替えの手間も伴います。税金・社会保険料・将来像を並べて試算し、繁忙期を避けた決算月で始めるのが堅実です。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
