弁護士事務所の法人化は、弁護士法にもとづく「弁護士法人」を設立して行います。課税所得900万〜1,000万円超が検討の目安ですが、社会保険料・均等割・事務負担、源泉徴収の変化まで含めた手取りで比べることが判断の決め手です。税率の比較、弁護士法人ならではの注意点、タイミングの決め方を整理します。
この記事の結論
法人化で得をするかは、所得の水準だけでなく、社会保険料・均等割・事務負担を差し引いた手取りで決まります。所得が安定して高く、複数拠点や勤務弁護士の採用を考えている事務所ほど、法人化のメリットが出やすくなります。
- 課税所得900万〜1,000万円超が一般的な検討の目安(家族構成や経費で変わる)
- 弁護士法人の社員(出資者)は弁護士に限られ、従たる事務所を設けて複数拠点で展開できる
- 法人化後は社会保険が強制適用。赤字でも均等割(札幌市内なら最低年7万円)がかかる
- 法人が受け取る報酬は源泉徴収の対象外になり、入金と納税の流れが変わる
- 所得の安定性・消費税・事業計画の3つの軸でタイミングを決める
弁護士法人とは?個人の事務所や一般の会社との違い
弁護士法人は、弁護士法にもとづいて弁護士が設立する法人です。社員(出資して経営責任を負う人)になれるのは弁護士に限られ、株式会社のように弁護士でない家族や外部の人が出資者・経営者になることはできません。名称には「弁護士法人」という文字を使います。
個人の弁護士は二つ以上の法律事務所を設けられませんが、弁護士法人は従たる事務所を設けて複数の拠点で展開できます。これは個人事務所にはない大きな特徴です。ただし、各事務所には原則として、その地域の弁護士会に所属する社員を常駐させる必要があります。
| 項目 | 個人の弁護士事務所 | 弁護士法人 |
|---|---|---|
| 経営に加われる人 | 弁護士本人 | 社員(出資者)は弁護士に限られる |
| 事務所の数 | 一つだけ | 従たる事務所を設けて複数拠点にできる |
| 報酬を受け取る名義 | 弁護士個人 | 法人 |
| 事業者から受け取る報酬の源泉徴収 | 源泉徴収の対象 | 法人への支払いは対象外 |
| 社会保険 | 常時5人以上の従業員がいれば適用。本人は国民年金・国民健康保険など | 社員1人だけでも強制適用。本人も加入 |
| かかる税金 | 所得税・住民税・個人事業税 | 法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税など |
設立には定款の作成と登記に加え、所属弁護士会を経由した日本弁護士連合会への届出などの手続きが必要です。社員の責任には、法人の財産で債務を払いきれないときに社員が連帯して責任を負う定めや、指定社員の制度など特有のルールがあります。運営の細かな定めは、日弁連や所属弁護士会の資料で確認してください。
法人化の目安となる所得水準は?税率で比べる
個人の所得税は累進課税で、所得が増えるほど税率が上がります。これに住民税10%と、弁護士業にかかる個人事業税(税率5%、事業主控除290万円)が加わります。一方、法人の税率は所得が増えてもおおむね一定の水準に収まるため、所得がある水準を超えると法人化が有利になりやすくなります。
| 課税所得 | 所得税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
| 税目 | 税率 | 補足 |
|---|---|---|
| 法人税 | 年800万円以下の部分15%、超える部分23.2% | 15%は2027年3月31日までに開始する事業年度。延長の有無は令和9年度税制改正で決まる |
| 地方法人税 | 法人税額×10.3% | 国税 |
| 法人道民税(法人税割) | 法人税額×1.0% | 資本金1億円以下かつ法人税額1,000万円以下の場合 |
| 法人市民税(法人税割) | 法人税額×6.0% | 札幌市の税率。条件は道民税と同じ |
| 法人事業税(所得割) | 400万円以下3.5%、800万円以下5.3%、超7.0% | 北海道。別に特別法人事業税(事業税額×37%) |
| 均等割 | 年7万円(道2万円+市5万円) | 資本金等1,000万円以下・従業者50人以下の場合。赤字でもかかる |
一般的には、課税所得が900万から1,000万円を超えるあたりが検討ラインといわれますが、家族構成や経費の構造によって変わります。例えば所得1,200万円の弁護士が法人化し、役員報酬を800万円に設定して残りを法人に残す形にするとします。累進税率の高い部分を避けながら、給与所得控除や退職金の仕組みも使えるようになります。
計算例:所得のうち400万円を個人で受け取るか、法人に残すか
例えば、個人の課税所得が900万円超1,800万円以下の区分にあり、上乗せになる400万円がすべて税率33%の部分に当たるとします。個人で受け取る場合の税負担は次のとおりです。
- 所得税:400万円×33%=132万円
- 復興特別所得税等:132万円×2.1%=27,720円
- 住民税:400万円×10%=40万円
- 個人事業税:400万円×5%=20万円
- 合計:132万円+27,720円+40万円+20万円=1,947,720円
同じ400万円を、札幌市内の法人の所得として残す場合(2027年3月31日までに開始する事業年度)は次のとおりです。
- 法人税:400万円×15%=60万円
- 地方法人税:60万円×10.3%=61,800円
- 法人道民税(法人税割):60万円×1.0%=6,000円
- 法人市民税(法人税割):60万円×6.0%=36,000円
- 法人事業税:400万円×3.5%=14万円
- 特別法人事業税:14万円×37%=51,800円
- 合計:60万円+61,800円+6,000円+36,000円+14万円+51,800円=895,600円
差は 1,947,720円−895,600円=1,052,120円 です。ただし、法人に残したお金を個人で使うには役員報酬・配当・退職金などで受け取る必要があり、その段階でも課税されます。均等割の年7万円や社会保険料の増加も差し引いて判断します。
なお、防衛特別法人税は基準法人税額から500万円を控除するため、この例では0円です。ただし、2026年4月1日以後に開始する事業年度からは、税額が0円でも申告が必要です。
計算例:役員報酬800万円の給与所得控除
役員報酬は給与所得になり、収入から給与所得控除を差し引けます。例えば役員報酬が年800万円なら、令和8・9年分の給与所得控除は 800万円×10%+110万円=190万円 です。個人事業の所得にはない控除で、法人化の効果の一つになります。
ツール法人成りの損得を自動計算する個人事業のままの場合と法人化した場合の税負担を、所得を入れて比べられます。計算する
法人化のデメリットと、弁護士ならではの注意点は?
法人化すると、社員が1人だけでも健康保険・厚生年金保険への加入が義務になり、報酬の設定によっては保険料の負担が大きく増えます。赤字でも均等割の負担が生じ、法人の決算・申告や登記、弁護士会関係の事務も増えます。なお、弁護士などの士業の個人事務所も、常時5人以上の従業員を使用すると社会保険の適用事業所になります。
| 保険料 | 料率(労使合計) | 適用 |
|---|---|---|
| 健康保険(協会けんぽ北海道) | 10.28% | 2026年3月分から |
| 介護保険(40歳以上65歳未満) | 1.62% | 2026年3月分から |
| 子ども・子育て支援金 | 0.23% | 2026年4月分から(賞与も対象) |
| 厚生年金保険 | 18.3% | 現行 |
計算例:役員報酬が月50万円の場合の社会保険料
例えば標準報酬月額が50万円の場合、毎月の保険料は次のとおりです。これを会社と本人で半分ずつ負担します。
- 健康保険料:50万円×10.28%=51,400円
- 厚生年金保険料:50万円×18.3%=91,500円
- 合計:51,400円+91,500円=142,900円
年間では 142,900円×12=1,714,800円 になり、40歳以上なら介護保険料、さらに子ども・子育て支援金も加わります。将来の厚生年金の受給額は増えますが、手元のお金の比較ではこの負担を差し引いて考えます。
税と社会保険のほかにも、弁護士法人には次のような特有の論点があります。法人化の前に整理しておくと、切替えの時期に慌てずに済みます。
| 論点 | 内容 | 法人化の前にやること |
|---|---|---|
| 源泉徴収の変化 | 事業者が個人の弁護士に払う報酬は、100万円以下の部分が10.21%、超える部分が20.42%の源泉徴収の対象。弁護士法人への支払いは対象外になる | 顧問先などに請求名義・振込先の変更と、源泉徴収が不要になることを伝える |
| 受任中の事件・顧問契約 | 契約の当事者を個人から法人に切り替えるには、依頼者の理解と手続きが要る | 着手金・報酬金を個人と法人のどちらの収入にするか、事件ごとに整理する |
| 個人が選任される業務 | 国選弁護や破産管財人など、弁護士個人が選任される業務の報酬の扱い | 法人の収入とするか個人の収入とするかの取り決めを決めておく |
| 預り金・口座 | 依頼者からの預り金の口座や会計処理の名義 | 法人名義の口座と管理のルールを用意する |
| 社員の責任 | 社員が連帯して責任を負う定め、指定社員の制度など | 日弁連・所属弁護士会の資料で運営のルールを確認する |
一人の弁護士でも法人化は可能ですが、増える維持コストに税のメリットが見合うかの見極めが欠かせません。社会保険の最新の料率や制度改正は、人事労務・社会保険の最新情報でも確認できます。
タイミングを決める三つの判断軸
法人化のタイミングは、所得の安定性、消費税、事業計画の3つの軸で考えます。判断の材料を整理すると次のとおりです。
| 判断の軸 | 法人化が向くケース | 個人のままが向くケース |
|---|---|---|
| 所得の水準と安定性 | 直近2〜3年とも課税所得が高い水準で安定している | 単発の大型案件で一時的に所得が増えただけ |
| 社会保険 | 厚生年金に加入して将来の年金を厚くしたい | 保険料の増加分が税の軽減を上回る |
| 消費税 | 課税事業者になる時期と設立の時期を合わせられる | 個人の特例を使い続けたほうが有利 |
| 家族への給与 | 事務を担う家族に、業務に見合う給与を払える | 家族が業務に関わっていない |
| 事業計画 | 支店の展開、勤務弁護士の採用、将来の承継を考えている | 一人で、一つの事務所で続ける予定 |
①所得の安定性:大型案件の年を基準にしない
成功報酬の大きい事件が解決した年だけを基準にすると、判断を誤ります。直近2〜3年の実績と今後の見込みで試算しましょう。法人の役員報酬は、期首から3か月以内に決めた額を毎月同じ額で払う「定期同額給与」が基本で、期中に大型の報酬が入っても原則として増額できません。報酬が年によって大きく動く事務所ほど、役員報酬の設定に工夫が要ります。
②消費税:法人化で使えなくなる特例に注意
弁護士報酬は消費税の課税売上で、簡易課税では第5種(みなし仕入率50%)に当たります。新しく設立した法人は、出資の金額が1,000万円未満なら、原則として最初の2期は免税事業者になれます。ただし、前期の最初の6か月の売上と給与がともに1,000万円を超えると、2期目から課税されます。企業の顧問先が多くインボイスの登録が必要な事務所は、設立直後から課税事業者になる前提で考えます。
インボイスの登録で課税事業者になった小規模事業者向けの2割特例は、2026年9月30日を含む課税期間までで終わります(個人は令和8年分まで)。その後、個人事業者には令和9・10年分に限り、売上税額の3割を納める3割特例が設けられました。対象は、基準期間の課税売上高が1,000万円以下など、登録しなければ免税事業者になる個人で、法人には同様の特例がありません。個人で3割特例を使える見込みがある場合は、法人化の時期によって消費税の負担が変わる点に注意が必要です。インボイスの実務はインボイス制度の実務ガイドで解説しています。
③事業計画:拠点展開・採用・承継
支店の展開や勤務弁護士の採用、将来の承継を視野に入れるなら、法人格があるほうが動きやすい場面が増えます。家族が事務を担っているなら、給与による所得の分散も選択肢です。ただし、弁護士でない家族は社員にはなれないため、従業員として業務に見合う給与を払う形になります。迷う場合は、法人化した場合としない場合の手取り額を並べた試算表を作るのが近道です。
無料ツール役員報酬の最適な金額を試算する役員報酬の金額を変えたときの、法人と個人を合わせた負担の変化を試算できます。計算する
法人化の損益分岐点は、報酬の構成や家族の状況、消費税の立場で一人ひとり異なります。手取りでの比較は初回無料でご相談いただけます。
無料で相談する法人化の手続きは、どの順番で進める?
弁護士法人の設立では、税務の届出と弁護士会の手続きを並行して進めます。設立前に決めておくことから、設立後の届出までの流れは次のとおりです。
- 手取りで試算する個人のままの場合と法人化した場合の税・社会保険料・手取りを、直近2〜3年の実績と見込みで比べます。
- 設立前に決めることを固める名称(「弁護士法人」を含める)、主たる事務所と従たる事務所の所在地、社員と出資の額、決算月(繁忙期を避けると決算が楽)、設立日を決めます。
- 定款の作成と設立登記定款を作成し、主たる事務所の所在地で設立の登記をします。
- 弁護士会への届出所属する弁護士会を経由して、日本弁護士連合会に設立を届け出ます。
- 税務署・道・市への届出法人設立届出書は設立の日以後2か月以内、給与支払事務所等の開設届出書は開設の日から1か月以内に出します。青色申告の承認申請書は、設立の日以後3か月を経過した日と最初の事業年度終了の日のいずれか早い日の前日までです。
- 個人の事務所を閉じる手続き個人事業の廃業の届出、契約・口座・請求名義の切替えを行い、法人化した年の分も個人の確定申告をします。インボイスの登録番号は法人に引き継げないため、法人として新たに登録します。
札幌で弁護士法人を設立する場合の届出先
法人の税務の届出は、主たる事務所の所在地を管轄する税務署に出します。中央区はおおむね西10丁目以東が札幌中税務署、大通西11丁目以西や円山・宮の森などは札幌西税務署の管轄です。個別の住所は、国税庁の管轄区域表で確認してください。
e-Taxや窓口への持参は所轄の税務署に、書面を郵送する場合は2026年7月10日から市内5署の内部事務を集約した札幌業務センターあてに送ります。
給与の源泉所得税は、常時10人未満なら納期の特例(1〜6月分は7月10日、7〜12月分は翌年1月20日に納付)を選べます。申請した月の翌月末日までに通知がなければ、翌々月の納付分から特例が適用されます。
個人事業主の節税策を使い切ってから法人化を考える、という順番もあります。個人のうちにできることは、令和8年度の改正点とあわせて2026年度税制改正のポイントで確認できます。
よくある質問
一人で開業している弁護士でも、法人化できますか?
社員が一人の弁護士法人も設立できます。ただし、従たる事務所を設けるには原則としてその事務所に常駐する社員が必要なため、一人のままでは拠点展開のメリットは限られます。税のメリットが社会保険料や維持コストを上回るかで判断します。
法人化すると、顧問先からの源泉徴収はどうなりますか?
弁護士法人に支払う報酬は源泉徴収の対象外になります。請求書の名義と振込先を法人に変え、顧問先に源泉徴収が不要になることを伝えましょう。個人で受け取っていた期間の源泉徴収税は、個人の確定申告で精算します。
年の途中で法人化してもよいですか?
年の途中でも法人化できます。その年は、1月から法人化の前までを個人の確定申告で、設立日以後を法人の申告で処理します。消費税の課税事業者になる時期、役員報酬を決める時期、決算月とのかね合いを考えて設立日を選びます。
法人化すると退職金を受け取れますか?
社員弁護士は、退任時に法人から退職金を受け取れます。退職所得は他の所得と分けて課税されます。退職所得控除は、勤続20年以下なら40万円×勤続年数(最低80万円)、20年超なら800万円+70万円×(勤続年数−20年)です。役員としての勤続年数が短い場合は扱いが異なるため、事前に確認が必要です。
まとめ
弁護士法人は複数拠点の展開ができる一方、社会保険の強制適用や均等割、源泉徴収の変化、受任中の事件の切替えなど、特有の論点があります。課税所得900万〜1,000万円超を目安に、所得の安定性・消費税・事業計画の3つの軸で、手取りベースの試算をしてからタイミングを決めましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
弁護士事務所の法人化のご相談は、ジェイスタート会計事務所へ
- 初回相談は無料(オンライン対応可)
- フォーム・LINEは24時間受付、翌営業日までにご返信
- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
- 国税庁 タックスアンサー No.2260 所得税の税率
- 国税庁 タックスアンサー No.5759 法人税の税率
- 国税庁 タックスアンサー No.2798 弁護士や税理士等に支払う報酬・料金
- 全国健康保険協会「令和8年度保険料額表」
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
