税理士法と職員がしてはいけない行為、守秘義務、マイナンバー、書面添付、脱税相談の禁止、期限徒過が起きたときの初動、品質を守る仕組み。
CHAPTER 15法令遵守とリスク管理
会計事務所の職員は、税理士法の枠組みの中で税理士の補助者として働く。この枠を越える行為は、本人の刑事責任だけでなく税理士の懲戒と事務所の存立に直結する。守秘義務、マイナンバー、書面添付、不正への関与拒否、事故が起きたときの初動までを、行動レベルで押さえる。
1. 税理士法の基礎と、職員がやってはいけないこと
税理士法が定める税理士業務は次の3つである。この3つは、報酬を受けるかどうかにかかわらず、税理士でなければ行えない。いわゆる無償独占である。「知人の確定申告を無料で作ってあげる」ことも違法になる点は、職員が最も誤解しやすいところである。
| 業務 | 内容 | 職員の関わり方 |
| 税務代理 | 税務官公署に対する申告・申請・請求・不服申立て等について、代理し、または代行すること。税務調査の立会いや税務署への主張・陳述を含む | 税理士の指揮監督のもとで補助する。自らの名で代理人として交渉しない |
| 税務書類の作成 | 税務官公署に提出する申告書・申請書・届出書等を、納税者に代わって作成すること | 作成の補助を行う。最終的な内容の責任と署名は税理士が負う |
| 税務相談 | 租税の課税標準等の計算に関する事項について相談に応ずること | 判断を伴う回答は、必ず担当税理士の確認を経てから伝える |
根拠 税理士業務の定義は税理士法第2条第1項。税理士でない者がこれらを業として行うことは同法第52条で禁止されている。税理士が税理士でない者に自己の名義を利用させることは同法第37条の2で禁止され、税理士は使用人その他の従業者が税理士法に違反する行為を行わないよう監督する義務を負う(同法第41条の2)。
職員が絶対にやってはいけない行為
- 担当税理士の確認を経ずに、判断を伴う税務上の結論を顧問先に伝える。
- 自分の名前で、あるいは税理士を名乗って税務署と交渉する。電話で税理士の氏名を名乗ることも含む。
- 申告書等に税理士の記名や電子署名を、税理士本人の了解なく行う。電子申告の利用者識別番号や電子証明書を無断で操作する行為も同じである。
- 事務所を通さず、個人的に顧問先や知人から報酬を受けて申告書を作成する。無償であっても税理士業務にあたる行為は行えない。
- 税理士でない知人や外部業者に、顧問先の申告書作成を任せる。
- 顧問先の実印・銀行印を預かって、無断で押印する。
- 領収書・請求書・帳簿の内容を書き換える、日付を遡って作成する、または顧問先にそれを指示する。
- 顧問先の預金口座やネットバンキングを、担当者個人の管理下に置く。
- 許可なく顧問先の資料やデータを自宅へ持ち帰る、私物の記録媒体や個人のクラウドに保存する。
- 顧問先の情報を、家族・友人・前職の同僚・同業者に話す。退職後も同じである。
注意 「無償なら大丈夫」「頼まれただけ」「所長も知っている前提だと思った」は、いずれも免責の理由にならない。税理士業務の制限に違反した場合、行為者本人が2年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象になりうるうえ、名義を使わせた税理士は懲戒処分を受ける。事務所全体が失う信用は回復できない。
2. 守秘義務
税理士だけでなく、職員自身が法律上の守秘義務の主体である。ここが他業種との決定的な違いであり、就職初日から退職後まで途切れずに続く。
根拠 税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、または窃用してはならない(税理士法第38条)。税理士の使用人その他の従業者は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、または窃用してはならず、これは使用人でなくなった後も同様である(同法第54条)。違反は同法第59条により2年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象となる(告訴がなければ公訴を提起できない親告罪)。
「正当な理由」とは、本人の承諾がある場合や、法令に基づく場合(裁判での証言義務など)に限られる。顧問先の役員から「別の役員に知られたくない」と言われた情報を、社内の他の人に話してよいかといった場面では、誰が委任者かを確認したうえで所長に判断を仰ぐ。
漏えいが起きる経路と防止策
| 経路 | 典型的な場面 | 防止策 |
| 会話 | エレベーター、電車、飲食店、喫煙所、取引先の待合室での社名入りの会話 | 事務所の外では顧問先名を口にしない。社内でも会議室以外で具体的な数字を話さない |
| 家族・友人 | 「今日は〇〇の決算だった」という何気ない会話。家族は他人ではないという誤解 | 家族にも話さない。守秘義務に身内の例外はない |
| 交流サイトへの投稿 | 訪問先の写真、社名の入った書類の写り込み、業種や地域が分かる投稿 | 業務に関する投稿を一切しない。特定につながる情報は業種・地域だけでも危険 |
| 資料の持ち出し | 自宅作業のための持ち帰り、車内への放置、電車内での置き忘れ | 持ち出しは所長の許可制にし、持出簿に記録する。車内に置いたまま離れない |
| 電子データ | 私物の記録媒体へのコピー、個人のクラウドやメールへの転送、私用パソコンでの作業 | 事務所が認めた環境以外で業務データを扱わない。持出し用データは暗号化する |
| メールの誤送信 | 宛先の予測変換ミス、同姓の別顧問先、添付ファイルの取り違え | 送信前に宛先と添付を声に出して確認する。重要なファイルはパスワードを別送する |
| 画面・印刷物 | 訪問先で他社の画面が見える、共有画面に通知が出る、印刷したまま複合機に放置 | 画面共有はウィンドウ単位で行う。印刷したらその場で回収する |
| 退職時 | 顧客名簿の持ち出し、退職後の顧問先への直接接触 | 退職時に資料とデータを全て返却し、返却の記録を残す。退職後も守秘義務は続く |
よくあるミス 「社名を出さなければよい」と考えて、「地元で有名な建設会社の決算が大変で」と話す。地域と業種と時期が揃えば特定できることは多い。守秘義務違反の判定基準は、本人が特定されうるかどうかであって、社名を出したかどうかではない。
3. 個人情報保護とマイナンバーの取扱い
会計事務所は個人情報取扱事業者であり、同時に顧問先から個人番号関係事務の委託を受ける立場でもある。マイナンバー(特定個人情報)は、通常の個人情報より厳しい規律に服する。利用目的を超えた利用が原則としてできず、必要がなくなれば廃棄しなければならない点が最大の違いである。
| 段階 | ルール | 実務での行動 |
| 取得 | 利用目的を特定して通知または公表する。本人確認として番号確認と身元確認を行う | 個人番号カード等で確認し、確認方法を記録する。取得は法令で定められた事務のために必要な場合に限る |
| 利用 | 法令に定められた事務(源泉徴収票、支払調書、社会保険関係の書類など)以外に使わない | 顧客管理番号や社内資料の照合キーに流用しない |
| 保管 | 必要がある場合に限り保管できる。書類は施錠された場所、データはアクセス権限を限定して保管する | 担当者以外がアクセスできない状態にする。机上に出したまま離席しない |
| 提供 | 法令で認められた場合以外は、本人の同意があっても第三者に提供できない | 顧問先の別会社や関連会社へ回さない。再委託は委託元の許諾が必要 |
| 廃棄・削除 | 事務を行う必要がなくなり、法令の保存期間も経過したときは、できるだけ速やかに廃棄・削除する | 復元できない方法で廃棄し、廃棄した記録(日付・対象・方法・実施者)を残す |
安全管理措置の4分類
- 組織的安全管理措置 — 取扱担当者と責任者を定める、取扱状況が分かる記録を残す、事故発生時の報告体制を整える。
- 人的安全管理措置 — 担当者への教育、就業規則や誓約書による守秘の徹底。年1回の研修を記録に残す。
- 物理的安全管理措置 — 区域の管理、施錠保管、持出し時の暗号化、削除・廃棄の記録。
- 技術的安全管理措置 — アクセス制御、識別と認証、外部からの不正アクセス対策、通信の暗号化。
注意 個人データの漏えい等が発生し、本人の権利利益を害するおそれが大きい場合には、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務づけられている。速報はすみやかに、確報は原則30日以内(不正の目的によるおそれがある行為による漏えい等は60日以内)である。特定個人情報の漏えいも報告の対象となる。事故を隠すと、この期限を守れなくなり、違反が二重になる。気づいた時点で即座に所長へ報告する。
4. 書面添付制度と意見聴取
書面添付制度は、税理士が申告書の作成にあたって計算し整理した事項や、相談に応じた事項を記載した書面を申告書に添付する制度である。添付がある申告書について税務調査の事前通知をしようとする場合、税務署は事前通知の前に税理士から意見を聴かなければならない。この意見聴取で疑問点が解消すれば、調査に至らないこともある。
根拠 税理士法第33条の2第1項(自ら作成した申告書への添付)、同条第2項(他人の作成した申告書を審査した場合の添付)、および同法第35条第1項(調査の事前通知前の意見聴取)。書面に虚偽の記載をした場合は懲戒処分の対象となる。
添付書面に書く内容
- 自ら計算し、整理し、または相談に応じた事項(どの科目について、どの資料を用いて、どのように確認したか)
- 顕著な増減事項とその理由(金額の増減が大きい科目について、事業上の理由を記載する)
- 会計処理方法に変更があった事項とその理由
- 相談を受けた事項と、それに対して行った回答の内容
- 他人が作成した申告書を審査した場合は、審査の方法と審査事項
記載の良い例と悪い例
| 項目 | 意味のない記載 | 意味のある記載 |
| 現金預金 | 現金預金を確認した | 全〇口座の期末残高を通帳原本と残高証明書で照合し、一致を確認した。現金は毎月末に金種表を作成し、帳簿残高との一致を月次で確認している |
| 売上 | 売上高を確認した | 売上計上基準は出荷基準。期末月と翌期首月の請求書控えと納品書を突合し、期ずれのないことを確認した。前期比で12%増加した理由は、〇〇向けの新規取引が通期で寄与したことによる |
| 役員報酬 | 適正額を確認した | 定時株主総会議事録を確認し、改定時期と金額が定期同額給与の要件を満たすことを確認した。期中の変更はない |
| 消費税 | 消費税は適正に処理した | 課税区分は取引先別に確認。免税事業者からの課税仕入れについて、経過措置の適用割合を仕入時期に応じて区分し、帳簿にその旨を記載していることを確認した |
| 相談事項 | 税務相談に応じた | 〇月に〇〇の取得に関する相談を受け、少額減価償却資産の特例の適用可否について取得日と取得価額をもとに検討し、通常償却とする旨を回答した |
補足 職員の役割は、添付書面の材料を月次で蓄積することである。確認した資料名、残高の照合方法、増減の理由として社長から聞いた説明を議事メモに残しておけば、決算時に書面へ落とし込める。決算期になってから増減理由を思い出そうとすると、実態のない一般論しか書けない。
注意 書面添付は「調査が来ない制度」ではない。中身のない記載を付けることは、かえって信頼性を損ない、虚偽記載として懲戒の対象になりうる。書けるだけの確認を実際に行っていることが前提である。
5. 利益相反・脱税相談の禁止・粉飾決算
根拠 税理士は、不正に国税もしくは地方税の賦課もしくは徴収を免れ、または不正に還付を受けることにつき、指示をし、相談に応じ、その他これらに類する行為をしてはならない(税理士法第36条)。違反は同法第58条により3年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金の対象となる。
断らなければならない依頼
| 依頼の内容 | 問題点 | 担当者の対応 |
| 売上の一部を除外してほしい | 脱税相談。仮装隠蔽として重加算税の対象 | その場で明確に断る。曖昧に流さない。当日中に所長へ報告する |
| 架空の外注費・人件費を計上したい | 脱税相談。源泉徴収漏れも同時に生じる | 断る。すでに計上されている疑いがあれば所長に報告し、事実確認を行う |
| 期末に日付を遡って請求書を作る | 証憑の偽造。期ずれではなく仮装にあたる | 断る。正しい期に計上する処理を提案する |
| 銀行提出用に利益を増やした決算書がほしい | 粉飾決算。金融機関に対する詐欺の幇助になりうる | 断る。二種類の決算書は作らない。融資の相談であれば、実態に基づく資料の作り方を提案する |
| 個人の生活費を会社の経費に入れてほしい | 役員給与の認定と源泉徴収漏れ。悪質なら重加算税 | 否認された場合の追徴の姿を金額で説明し、業務使用分の合理的な区分を提案する |
| 他の相続人には知らせずに進めてほしい | 利益相反。相続人間で利害が対立する | 担当者限りで判断しない。所長に上げ、受任範囲と説明の方法を決める |
不正を持ちかけられたときの手順
- STEP1 その場で同意しない
「持ち帰ります」「検討します」も、相手には含みのある返事に聞こえる。「その処理はできません」と明確に言う。曖昧な返答は、後で「担当者は了承していた」という主張の材料になる。
- STEP2 発言を記録する
日時、場所、同席者、発言の内容をそのまま記録する。要約せず、可能な限り言葉どおりに残す。
- STEP3 当日中に所長へ報告する
担当者個人の判断で処理しない。断ったから報告不要、とはならない。
- STEP4 所長同席で正式に断る
事務所としての立場を、担当者ではなく所長から伝える。担当者と顧問先の個人的な関係の問題にしない。
- STEP5 断った記録を残す
顧客ファイルに、依頼内容・断った日・伝えた相手・伝えた内容を記録する。将来、事務所を守る証拠になる。
- STEP6 継続を求められる場合は契約の見直しを検討する
関与を続けること自体がリスクになる。所長が判断する。
6. 反社会的勢力・マネーロンダリング対策
新規の受任時と、既存顧問先の状況が変わったときに確認する。契約書には暴力団排除条項を入れ、該当が判明した場合に無催告で解除できる形にしておく。
- 受任前の確認 — 商号・代表者名・所在地の確認、登記情報の確認、報道情報の検索、紹介者からの情報。少しでも疑義があれば受任前に所長へ上げる。
- 犯罪収益移転防止法上の取扱い — 税理士は同法上の特定事業者にあたり、一定の特定取引(会社の設立または合併に関する行為の代理、現金・預金等の管理、不動産の売買に関する行為の代理など)を行う場合には、取引時確認とその記録および取引記録の作成・保存が求められる。保存期間は7年である。なお、税理士を含む士業については、疑わしい取引の届出義務は課されていない。
- 気づいたときの行動 — 判断は担当者が行わない。事実を記録し、所長に報告する。相手に対して疑っていることを示唆しない。
実務で気づくサイン
- 事業規模に比して現金取引が不自然に多い、現金の入出金の理由が説明されない
- 実体の確認できない外注費・コンサルティング料が継続して計上されている
- 短期間に多額の資金が入出金され、残高がほとんど残らない
- 説明のつかない海外送金がある、送金先が事業と無関係
- 名義上の代表者と実際に指示を出す人物が異なる
- 短期間で代表者・株主・商号が繰り返し変更されている
- 設立直後に不相応な規模の取引が発生している
7. 期限徒過・誤指導が起きたときの対応
事故は起きる。事故の大きさを決めるのは、事故そのものではなく初動である。隠すこと・一人で直そうとすることが、最も損害を大きくする。
- STEP1 事実を確定する
何の期限か、いつが期限だったか、現在どういう状態か。推測を混ぜず、確認できた事実だけを整理する。所要時間は15分でよい。
- STEP2 当日中に所長へ報告する
「明日の朝に報告しよう」はしない。救済手段には期限があるものが多く、1日の遅れが選択肢を消す。報告の遅れは事故そのものより重い過失として扱われる。
- STEP3 救済手段を検討する
期限後申告でも損害を最小化できるか、更正の請求が使えるか、宥恕規定の適用余地があるか、届出の効力がどこから生じるか。所長と一緒に確認する。
- STEP4 損害額を試算する
本来の税額との差額、加算税、延滞税、青色申告特別控除の減少額など、金額を明らかにする。金額が分からないまま謝罪しても話が進まない。
- STEP5 顧問先へ説明する
所長が同席する。事実 → 原因 → 影響(金額)→ 当方の対応 → 再発防止策の順で話す。言い訳を先に言わない。
- STEP6 保険の取扱いを確認する
賠償の可能性がある事案は、事故の可能性を知った時点で速やかに保険者へ通知する必要がある。通知が遅れると保険金が支払われないことがある。担当者は所長に事実を渡し、判断を委ねる。
- STEP7 再発防止を仕組みに落とす
「気をつける」で終わらせない。チェックリストへの項目追加、管理表の様式変更、ダブルチェックの対象拡大など、人が変わっても効く形にする。
税理士職業賠償責任保険の考え方
- 補償されるのは、税理士の過失によって顧問先が本来負担しなくてよかった税負担を負った部分である。本来納めるべき本税そのものは、顧問先が当然に負担すべきものであり、損害とは扱われない。
- 故意による行為や、脱税に関与した場合は補償されない。事実を隠して手続を進めた場合も同様である。
- 事故の可能性を認識した時点での通知が前提となる。だから「様子を見る」「自分で直してから報告する」が最も危険な行動になる。
- 加算税・延滞税の取扱いや免責の範囲は契約によって異なる。※加入している保険の担保範囲と免責事由は、最新の約款で要確認
典型的な事故事例
| 事故類型 | 典型的な状況 | 顧問先の損害 | 防止策 |
| 消費税の届出失念 | 設備投資を行う事業年度に課税事業者選択届出書を提出しなかった。簡易課税をやめるべき年に不適用届出書を出し忘れた | 還付を受けられない、または有利な計算方法を選べない | 顧問先ごとに消費税の届出状況一覧を作り、設備投資や売上変動の情報を得た時点で判定する |
| 2割特例の終了に伴う選択誤り | 2割特例は令和8年9月30日の属する課税期間をもって終了する。終了後の課税期間で簡易課税が有利であるにもかかわらず、選択届出を検討しなかった | 本来より多い納税額を負担する | 該当する顧問先を一覧化し、終了時期の前に本則・簡易・個人事業者向けの3割特例を比較試算する |
| 選択の誤り | 簡易課税の事業区分を誤った。本則課税と簡易課税の有利判定を行わずに継続した | 過大納付、または修正申告と加算税 | 事業区分は取引の実態を確認して決める。判定の根拠を毎期文書で残す |
| 期限後申告 | 資料の未回収を放置し、法人税・所得税の申告が期限後になった | 無申告加算税・延滞税。青色申告特別控除の減額。2期連続なら青色申告の承認取消しのおそれ | 期限管理表で残日数を可視化し、未回収資料は期限の1か月前に所長へ上げる |
| 控除・特例の適用漏れ | 賃上げ促進税制の適用要件を満たしていたのに適用しなかった。繰越欠損金の記載を落とした。少額減価償却資産の明細を添付しなかった | 本来受けられた税額控除を失う。当初申告要件のあるものは後から救済できない | 決算前に適用可能性のある特例をチェックリストで通す。当初申告要件のあるものに印を付ける |
| 年末調整の誤り | 令和8年分の基礎控除の特例加算や特定親族特別控除を反映せずに計算した | 過納・不足。再年調と源泉徴収票の再発行が発生する | 改正年は様式の変更点を一覧化し、申告書の記載欄と控除額表の対応を事前に確認する |
| 助言義務違反 | 有利な選択肢があることを伝えなかった。制度改正の影響を知らせなかった | 本来より多い税負担 | 伝えた内容を議事メモに残す。改正情報は顧問先への周知記録を作る |
注意 免税事業者からの課税仕入れに係る経過措置は、令和8年(2026年)10月1日から控除割合が80%から70%に下がる。会計ソフトの税区分の設定変更を失念すると、控除額を過大に計上したまま申告してしまう。9月中に対象となる顧問先の設定を点検し、点検した記録を残す。
8. 業務品質を守る仕組み
品質を個人の注意力に依存させない。人は必ず間違えるという前提で仕組みを作る。
チェックの3層
| 層 | 担当 | 見るもの | 記録 |
| 第1層 自己チェック | 作成者 | 入力誤り、勘定科目、消費税の区分、残高の一致、前期比較の異常 | チェックリストに確認した資料名を記入する |
| 第2層 クロスチェック | 作成者以外の職員 | 作成者が見落としやすい箇所。前期からの継続性、届出との整合、添付書類の有無 | 誰がいつ確認したかを残す。指摘事項と修正結果も残す |
| 第3層 最終確認 | 税理士 | 税務判断、特例の適用可否、書面添付の記載、署名 | 確認日と確認者を記録する |
実務のコツ 自己チェックは検証ではない。自分が作ったものは、自分の思い込みごと読んでしまうからである。第2層を省略してよいのは、金額的にも影響が小さく、様式が単純な書類だけに限る。忙しい時期ほど第2層を飛ばしたくなるが、事故が集中するのもその時期である。
チェックリストを形骸化させない工夫
- 「確認した」ではなく「何で確認したか」を書かせる。資料名を書く欄があるだけで、通し確認ができなくなる。
- 項目を増やしすぎない。全項目を毎回見る前提の長大なリストは、まとめて印を付ける運用に堕ちる。
- 事故が起きたら項目を1つ足し、代わりに使われていない項目を1つ削る。総数を保つ。
- チェック者の氏名と日付を必須にする。無記名のチェックは責任の所在を消す。
判断根拠の文書化
判断を伴う処理を行ったら、次の5項目を1枚のメモにして顧客ファイルに保存する。数年後の税務調査や、担当者の交代時に効く。
- 事実
- 誰が、いつ、何を、いくらで。判断の前提となった事実関係と、それを確認した資料名。
- 根拠
- 適用した法令・通達・質疑応答事例。条文番号まで書く。
- 結論
- 採用した処理と金額。
- 検討した代替案
- 採用しなかった処理と、採用しなかった理由。ここが最も価値が高い。
- 確認者と日付
- 判断した税理士の氏名と確認日。
9. 労務・ハラスメント・働き方
会計事務所は繁忙期の負荷が極端に偏る業種である。労務管理は職員を守る仕組みであると同時に、疲労による事故を防ぐ品質管理でもある。
- 労働時間の把握 — 始業と終業の時刻を客観的な方法で記録する。自己申告に任せると、繁忙期の実態が見えなくなる。
- 時間外労働の上限 — 36協定を締結しても、時間外労働は原則として月45時間・年360時間以内である。特別条項を結んだ場合でも、年720時間以内、時間外と休日労働の合計が単月100時間未満、複数月平均80時間以内という上限を超えられない。繁忙期に特別条項を使う事務所ほど、月次で残時間を管理する必要がある。
- 年次有給休暇 — 年10日以上付与される者には、年5日を確実に取得させる義務がある。繁忙期を外した時期に計画的に取得日を決めておく。
- 繁忙期の健康管理 — 連続勤務日数の上限を決める、深夜作業を減らす、申告期限の翌週に休暇を配置する。体調不良を申し出やすい空気を作ることが、結果的に期限内申告を守る。
- ハラスメントの防止 — 職場におけるハラスメント防止のための雇用管理上の措置は、中小規模の事業所にも義務づけられている。相談窓口の設置、相談者への不利益取扱いの禁止、事案発生時の迅速な事実確認が必要である。
- 顧問先からの迷惑行為 — 暴言、長時間の拘束、不当な要求は、担当者個人が耐える問題ではない。事実を記録し、所長に上げる。事務所として対応方針を決める。※顧客からの著しい迷惑行為に関する事業主の措置義務は法制化されており、適用時期は最新の情報を要確認
- 副業・兼業 — 事務所の許可制であることに加え、税理士業務にあたる行為は無償であっても行えない。知人の申告書作成を個人で請け負う行為は、副業の可否以前に税理士法の問題になる。
補足 繁忙期に事故が集中するのは、知識が足りないからではなく、確認の工程が省かれるからである。労務管理と品質管理は別の話に見えて、同じ問題の表と裏である。人員配置は12月から5月にかけて先に組んでおく。
10. 事務所内の報連相の基準
「報告するかどうか迷ったら報告する」では基準にならない。迷う場面ほど報告されないからである。次のリストに1つでも当てはまれば、判断を挟まず即報告とする。
ただちに所長へ報告すべき事象
- 申告書・届出書の誤りを発見した(税額に影響するかどうかを問わない)
- 提出期限を過ぎている、または過ぎるおそれがある
- 税務署から連絡があった(調査の事前通知、お尋ね、行政指導を含む)
- 顧問先から不満・苦情の申出があった
- 顧問先から損害賠償や返金に言及があった
- 顧問先から解約の申出、または解約を示唆する発言があった
- 報酬の減額要求、支払いの遅延、未収の発生があった
- 脱税・粉飾・仮装隠蔽につながる依頼を受けた(断った場合も含む)
- 顧問先の資金繰りが逼迫している兆候がある(納税の遅延、給与の遅配、手形や借入の条件変更)
- 反社会的勢力との関係、または不自然な資金の動きが疑われる
- 資料の紛失、メールの誤送信、データの持出し、記録媒体の紛失が起きた
- 顧問先の代表者・株主・事業内容に大きな変更があった
- 自分の担当業務が期限までに終わらない見込みになった
- 体調不良その他の事情で、担当業務の遂行が難しくなった
報告の型
- STEP1 結論を最初に言う
「〇〇社の消費税の届出が出ていません」。経緯から話し始めない。聞き手は最初の1文で緊急度を判断する。
- STEP2 事実だけを述べる
確認できたことと、まだ確認できていないことを分ける。推測は「推測ですが」と明示する。
- STEP3 影響を示す
金額、期限、対象となる顧問先の範囲。分かる範囲で数字にする。
- STEP4 自分の案を添える
「〇〇すべきと考えますが、いかがでしょうか」。案がなくても報告は必要だが、案があると判断が速くなる。
- STEP5 指示を復唱して記録する
誰が・何を・いつまでに、を確認する。対応の記録は顧客ファイルに残す。
よくあるミス 「もう少し調べてから報告しよう」と考えて、半日から数日を失う。調べてから報告するのは、期限に余裕があり、税額にも影響しない事項に限る。期限と税額のどちらかに触れる事象は、調べる前に一報を入れる。所長が持っている選択肢は、担当者が持っている選択肢より多い。
実務のコツ 悪い情報ほど早く上げる文化は、報告する側の勇気ではなく、受け取る側の反応で決まる。先輩職員の立場になったときは、悪い報告を持ってきた相手をまず労う。事故の芽が早く見えることは、事務所にとって利益である。
- 税理士業務の3つの範囲を説明でき、自分が補助者であることを理解している
- 守秘義務が退職後も続くことを理解し、交流サイトへの業務関連の投稿を一切していない
- マイナンバーを含む書類の保管場所と廃棄手順を、記録の残し方まで言える
- 書面添付の材料を月次の議事メモに蓄積している
- 不正を持ちかけられたときに、その場で断り、当日中に報告する手順を覚えている
- 期限徒過に気づいた場合の初動が「当日中の所長への報告」であると理解している
- 自分の担当業務について、第2層のクロスチェックを誰が行うか決まっている
- ただちに報告すべき事象のリストを、机の見えるところに置いている