介護事業所のM&A(合併・買収)や事業承継を検討する際、一般的な企業のM&Aとは異なる論点が数多く存在します。介護保険サービスは指定制度のもとで運営されており、指定の継続可否、処遇改善加算の取り扱い、人員配置基準の充足状況などが、譲渡価格や取引スキームそのものに直結します。結論から言えば、介護事業のM&Aは「指定の承継可否」「加算収入の持続性」「人員体制の維持コスト」の3点を切り離さずに財務評価する必要があります。
介護事業M&Aで最初に確認すべき指定関係の論点
介護保険サービスは、都道府県または市町村から事業所ごとに指定を受けて運営されています。M&Aのスキームが株式譲渡か事業譲渡かによって、この指定の扱いが大きく変わる点が最初の分岐点です。
株式譲渡(会社の株主が変わるだけで法人格は同一)であれば、原則として指定はそのまま維持されます。一方、事業譲渡(事業の一部または全部を切り出して譲渡する)の場合は、譲受側の法人が新たに指定申請を行う必要があり、指定の空白期間が生じるリスクや、みなし指定が使えるかどうかの確認が必要になります。財務DDの段階でこのスキーム選択が固まっていないと、収益計画の前提そのものが崩れてしまうため、早い段階で専門家を交えたスキーム検討が欠かせません。
また、指定更新の時期が近い場合は、直近の実地指導や監査での指摘事項の有無も確認しておくべき事項です。過去の指摘事項が是正されていない場合、指定取消しや効力停止のリスクが残っている可能性があり、これは財務諸表には表れない偶発債務(将来発生しうる債務)として評価する必要があります。
処遇改善加算の持続性をどう財務評価に織り込むか
介護職員の処遇改善に関する加算は、介護事業所の収益に占める割合が小さくありません。M&Aの財務評価では、この加算収入を「恒常的な収益」として単純に織り込んでよいかどうかを慎重に見極める必要があります。
加算の算定要件には、賃金改善の実施やキャリアパス要件、職場環境等要件などが含まれており、要件を満たし続けられるかどうかは人員体制や運営方針に左右されます。譲受後に運営方針が変わり、要件を満たせなくなれば加算区分が下がり、収益計画に狂いが生じます。財務DDでは、直近の加算算定実績だけでなく、要件充足の裏付けとなる賃金台帳やキャリアパス制度の整備状況まで確認することが望まれます。
仮設例として、月間の介護報酬収入のうち一定割合を加算が占めている事業所を想定します。加算区分が一段階下がった場合、年間の収益にどの程度の影響が出るかを試算しておくと、譲渡価格交渉における具体的な論点として活用できます。このような試算は仮の数値であっても、譲渡側・譲受側双方の認識をすり合わせる材料として有効です。
人員配置基準の充足状況と労務コストの実態把握
介護事業所は、サービス種別ごとに人員配置基準が定められており、これを下回ると報酬の減算対象となります。財務DDにおいては、単に人件費の総額を見るだけでなく、資格要件(介護福祉士、ケアマネジャーなど)を満たす職員が基準どおりに配置されているかを確認する必要があります。
特に地方の介護事業所では、慢性的な人手不足により、ぎりぎりの人員で基準を満たしているケースも見られます。この場合、譲渡後にキーパーソンとなる職員が退職すると、基準割れによる減算や、最悪の場合はサービス提供の継続が困難になるリスクがあります。財務評価にあたっては、次の観点から人員体制のリスクを整理しておくと分かりやすくなります。
- ①基準を満たすための必要最小人員と実際の配置人数の差(余裕度)
- ②資格保有者のうち特定の個人に依存している業務の有無
- ③直近の離職率と採用コストの推移
これらを踏まえたうえで、譲受後に人員体制を維持・強化するための追加コストを織り込んだ収益計画を作成することが、実態に即したM&A評価につながります。
利用者・稼働率と地域包括ケアにおける立ち位置
介護事業所の企業価値は、施設や設備の帳簿価額だけでは測れません。利用者の稼働率、要介護度の構成、そして地域の居宅介護支援事業所や医療機関との連携関係といった無形の要素が、将来の収益力を大きく左右します。
札幌市や北海道内の各地域では、高齢化の進行度合いや近隣の競合事業所の状況が地域ごとに異なります。財務DDと並行して、対象事業所が地域の中でどのようなポジションを築いているか(紹介元との関係性、待機者の有無など)を定性的に把握しておくことで、数値だけでは見えないリスクとチャンスの両面を評価できます。
まとめ
介護事業所のM&Aでは、一般的な財務指標に加えて、指定制度・加算要件・人員基準という介護保険制度特有の論点を丁寧に確認することが不可欠です。要点を以下に整理します。
- 株式譲渡か事業譲渡かで指定の承継方法が異なり、スキーム選択が財務評価の前提を左右する
- 処遇改善加算などの加算収入は、要件充足の持続可能性を確認したうえで収益計画に織り込む
- 人員配置基準は基準割れリスクと特定職員への依存度を分けて評価する
- 稼働率や地域連携といった無形の要素も企業価値評価の重要な材料となる
- 過去の実地指導・監査での指摘事項は偶発債務として確認しておく
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※本記事は2026年7月時点の法令・情報に基づく一般的な解説であり、個別の税務判断を保証するものではありません。実際の適用にあたっては税理士等の専門家にご相談ください。
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