カーブアウト財務諸表は、会社全体の決算書から、譲渡対象の事業部門や子会社の部分だけを切り出して作る財務諸表です。事業切り出し型のM&Aでは、本社費の按分方法と、独立後に新たにかかるスタンドアロンコストの見積り次第で、対象事業の収益性と価格の見え方が大きく変わります。
この記事の結論
事業切り出し型のM&Aでは、対象事業だけのカーブアウト財務諸表を作り、そのうえで独立後に必要になるスタンドアロンコストを見積もって、利益と価格に織り込みます。この分析を軽視すると、譲渡後に想定外のコスト増や収益性の悪化を招くおそれがあります。
- 本社機能のコストをどう按分するかで、対象事業の見かけ上の利益が変わる
- スタンドアロンコストは管理部門・IT・契約・不動産・資金調達など幅広く発生する
- 一時的な移行コストと恒常的なコストを分けて、価格と契約に反映する
- 移行期間のサービス(TSA)は、範囲・期間・対価を契約で明確にする
- 株式譲渡・事業譲渡・会社分割のどれを選ぶかで、契約・従業員・税金の論点が変わる
カーブアウト財務諸表とは?通常の決算書と何が違う?
会社全体ではなく、特定の事業部門や子会社だけを譲渡する「事業切り出し型」のM&Aでは、通常の決算書だけでは譲渡対象の実態を正しく把握できません。決算書は法人単位で作られており、事業部門ごとの損益や資産・負債が独立した形で管理されていないことが多いためです。
そこで、対象事業の部分だけを切り出して作るのがカーブアウト財務諸表です。売り手にとっては価格の根拠を説明する資料になり、買い手にとってはデューデリジェンス(買収前の調査)で収益力を検証する出発点になります。
| 項目 | 通常の決算書 | カーブアウト財務諸表 |
|---|---|---|
| 作る単位 | 法人全体 | 譲渡対象の事業部門・子会社 |
| 本社機能のコスト | 法人の費用としてそのまま計上 | 一定の仮定を置いて対象事業に按分する |
| 資産・負債の範囲 | 法人が持つすべての資産・負債 | 対象事業に属するものだけを特定する |
| 前提条件 | 会計基準と法令に沿って作成 | 按分方法や範囲の仮定を文書で示す |
| 主な使い道 | 申告・金融機関・株主への報告 | 価格の検討、デューデリジェンス、契約条件の交渉 |
中小企業では、事業承継の際に一部門だけを譲る、不採算部門を切り離す、グループ内の子会社を売却するといった場面で必要になります。財務面から見たM&Aや経営改善の全体像は、中小企業の財務コンサルティングガイドで整理しています。
カーブアウト財務諸表はどう作る?
対象事業の売上や直接費用は比較的把握しやすい一方、本社機能(経理・人事・情報システムなど)が提供していたサービスのコストは、一定の仮定を置いて按分計算をする必要があります。作成は次の順番で進めます。
- 対象範囲を確定する譲渡する事業・拠点・人員・契約・資産を一覧にし、どこまでを切り出すかを売り手と買い手で合わせます。
- 直接帰属する損益を集計する対象事業の売上・原価・人件費・経費を、部門コードや請求書・給与台帳から拾い出します。
- 共通費を按分する本社家賃や管理部門の人件費など、複数の事業で使っている費用を、利用実態に合った基準で割り振ります。
- 資産・負債を切り出す在庫・売掛金・固定資産、買掛金・未払費用・リース債務など、対象事業に属するものを特定し、運転資本(売掛金+在庫−買掛金など)の水準を把握します。
- 前提条件を文書にする按分の基準、範囲から外したもの、仮定を置いた項目を注記として残し、第三者が検証できるようにします。
| 共通費 | 按分基準の例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 経理・総務・人事の人件費 | 従業員数、取引件数、業務時間の配分 | 兼務者の時間配分は聞き取りで裏づける |
| 情報システム・ソフトウェア | 利用者数、利用している機能 | 全社一括のライセンスは独立後に同条件で使えないことがある |
| 本社・倉庫の賃料 | 使用している床面積 | 共用部分の扱いを決めておく |
| 役員報酬・経営者の関与 | 業務時間の配分 | 独立後に専任の責任者が必要になるかを別に検討する |
| 支払利息・保険料 | 対象事業に紐づく借入・契約の有無 | 親会社の信用力に頼った条件は、独立後に変わる可能性がある |
按分方法の妥当性が分析の出発点
按分の仕方によって、対象事業の見かけ上の収益性は大きく変わります。複数の基準で計算して結果の幅を確かめ、なぜその基準を選んだのかを説明できるようにしておくことが、カーブアウト分析の出発点になります。
スタンドアロンコストとは?どこで発生する?
スタンドアロンコストとは、対象事業が独立した会社として運営される場合に、新たに発生する(あるいは水準が変わる)コストのことです。親会社のもとでは意識されていなかった機能を、独立後は自前で用意するか、外部に委託する必要が出てくるために生じます。
| 領域 | 親会社のもとでの状態 | 独立後に必要になること |
|---|---|---|
| 管理部門(経理・総務・人事) | 本社の担当者が兼務で対応 | 担当者の採用、または記帳・給与計算の外部委託 |
| 情報システム・ITインフラ | 会計・基幹システムを全社で共用 | システムの新規導入、データの移行、ライセンスの切替え |
| 保険・リース・各種サービス契約 | 本社が一括で契約 | 新会社名義での契約の取り直し |
| オフィス・倉庫などの不動産 | 親会社と共用 | 賃貸借契約の締結、移転や区画の分割 |
| 資金調達 | 親会社の信用力や借入枠に依存 | 新会社としての借入れ、保証や担保の手当て |
| 許認可・取引口座 | 親会社の名義で取得・開設 | 許認可の取り直し、取引先での口座開設や登録 |
これまで親会社の規模を背景に有利な条件で調達できていたものが、独立後も同じ条件で維持できるとは限りません。特に中小企業同士の事業切り出しでは、独立に伴う管理コストの増加が、対象事業の規模に対して相対的に大きな負担になることがあるため、慎重な見積りが求められます。
資金調達の機能が親会社に依存していた場合は、独立後の運転資金をどう確保するかも早めに検討します。新会社としての借入れの考え方は融資・資金調達ガイドを参考にしてください。
スタンドアロンコストの見積り方と価格への反映
スタンドアロンコストの見積りは、単に「今かかっている間接費を按分する」だけでは不十分です。按分コストは親会社の規模を前提にした金額で、独立後に実際にかかる金額とは一致しないためです。実務では次の順番で検討します。
- 提供されている間接サービスを棚卸しする経理・給与・IT・購買・物流など、対象事業が親会社から受けているサービスを一覧にします。
- 独立後の調達方法を決める機能ごとに、自前で用意するか、外部に委託するか、買い手の既存の体制に統合するかを検討します。
- コストを見積もり、按分コストと比べる調達方法ごとに想定されるコストを見積もり、カーブアウト財務諸表に載っている按分コストとの差を把握します。
- 一時コストと恒常コストを分けるシステム移管やライセンス切替えなどの一時的な移行コストと、毎年かかり続ける恒常的なコストを分けて整理します。
- 価格と契約に反映する恒常コストは調整後の利益に、一時コストは価格の調整や負担の取り決めに反映し、移行期間の扱いは契約で定めます。
計算例:按分後の利益とスタンドアロンの利益
例えば、対象事業の営業利益(本社費の按分前)が3,000万円、カーブアウト財務諸表で按分した本社費が600万円、独立後に必要な管理部門・ITなどの恒常的なコストが1,000万円と見積もられた場合です。
- 按分後の営業利益:3,000万円−600万円=2,400万円
- スタンドアロンでの営業利益:3,000万円−1,000万円=2,000万円
- 両者の差:2,400万円−2,000万円=400万円
利益に倍率を掛けて価格を考える場合、この差は倍率の分だけ価格に響きます。仮に倍率を5倍とすると、400万円×5=2,000万円の差になります。システム移行などの一時コストは、この恒常的な差とは別に、価格からの控除や負担の取り決めで調整します。
買い手がすでに同様の機能を持っている場合は、既存の体制に統合することでコストの増加を抑えられる可能性があります。逆に、買い手が受け皿として新設会社を設立する場合は、スタンドアロンコストの負担がより大きく表れやすくなります。
見積りで見落としやすい点
- 按分コストをそのままスタンドアロンコストとみなしてしまう
- 一時コストを恒常コストに混ぜ、利益を過小(または過大)に見積もる
- 経営者の兼務、無償で使っていた倉庫、親会社名義の保険など「無償で受けていたサービス」を見落とす
- 購買量の減少による仕入条件の悪化など、切り離しで失われる規模のメリット(ディスシナジー)を見落とす
移行期間のサービス(TSA)はどう決める?
事業切り出し型のM&Aでは、クロージング日をもって即座にすべての機能が独立するわけではありません。一定期間、親会社が管理業務の一部を代行する「トランジション・サービス」を提供する形が取られることもあり、その内容はTSA(トランジション・サービス契約)で定めます。
移行期間を設けると独立直後の混乱を避けられる一方、期間が長引くほど本来の独立コストが見えにくくなります。買い手としては、移行期間中に自前の体制づくりを計画的に進め、契約終了までに独立して運営できる状態を整えておくことが望ましいといえます。
- 提供するサービスの範囲(経理・給与計算・IT・物流など)
- 提供期間と、延長できる条件・延長時の対価
- 対価の算定方法(実費精算か固定額か、上乗せの有無)
- サービスの水準と、不具合や遅延が起きたときの対応
- 終了時のデータ・帳簿・資料の引渡し方法
- 従業員や取引先の個人情報・機密情報の取扱い
株式譲渡・事業譲渡・会社分割で何が変わる?
切り出しの方法(スキーム)によって、契約や従業員の引継ぎ方と税金の論点が変わります。カーブアウト財務諸表の範囲も、どのスキームを使うかを前提に決めます。
| スキーム | 契約・従業員の引継ぎ | 税務の主な論点 |
|---|---|---|
| 子会社の株式譲渡 | 法人格が変わらないため、契約や許認可は原則そのまま。株主の変更で契約を見直せる条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)は確認が必要 | 売り手側で株式の譲渡損益が生じる。親会社からのサービスが切れる分のスタンドアロンコストが論点になる |
| 事業譲渡 | 資産・負債・契約を個別に移すため、契約の相手方や従業員の個別の同意が必要 | 建物・在庫・のれんなど課税資産の譲渡は消費税の対象、土地は非課税。価格を資産ごとにどう割り振るかが税額に影響する |
| 会社分割 | 事業を新設会社や既存の会社に包括的に承継させる。労働契約は労働契約承継法の手続きに沿って承継 | 分割による資産の移転は消費税の対象外。一定の要件を満たすと適格分割として課税を繰り延べられるが、分割後に株式を売却する予定があると要件を満たさないことがある |
受け皿として新しい会社を通常の手続きで設立する場合は、設立の登記に登録免許税がかかります。税率は資本金の0.7%で、最低額は株式会社15万円・合同会社6万円です。会社分割で新しい会社をつくる場合は、登記の種類が異なるため税額の計算も別に確認します。不動産を移す場合は、移転の登記にかかる登録免許税や不動産取得税も見積りに含めます。
無料ツール登録免許税を登記の種類別に計算する会社設立や不動産の移転など、登記の種類と金額を選ぶと登録免許税の目安を計算できます。計算する
どのスキームで切り出すかによって、範囲の決め方と税負担が変わります。初回無料で確認できます。
無料で相談する中小企業の事業切り出しで集める資料
中小企業では、経営者や経理担当者が複数の事業を兼務していることがあり、部門別の数字が帳簿に残っていない場合もあります。譲渡を検討し始めた段階で、次の資料をそろえておくと、カーブアウト財務諸表の作成とスタンドアロンコストの見積りが進めやすくなります。
- 部門別の損益の根拠(部門コード付きの試算表、売上・原価の管理資料)
- 共通費の一覧と、按分に使える基準のデータ(人員・面積・取引件数など)
- 人員の一覧(兼務している人と、業務時間の配分)
- 契約の一覧(名義、譲渡を制限する条項、チェンジ・オブ・コントロール条項)
- 情報システム・ソフトウェアのライセンスの一覧
- 共用している不動産・車両・設備の一覧
- 借入・保証・担保の状況(親会社の保証に頼っているものの有無)
- 許認可・登録の一覧と、名義・引継ぎの可否
部門別の記帳ができていない場合でも、請求書・給与台帳・契約書・固定資産台帳から再集計できます。日々の記帳で部門コードを使い分けておくと、将来の切り出しや事業別の採算管理にも役立ちます。記帳の仕組みづくりは中小企業の経理・会計処理ガイドも参考にしてください。
専門家費用と補助金
M&Aの専門家に支払う費用は、事業承継・M&A補助金の専門家活用の枠の対象になる場合があります。2026年10月時点では、16次の受付が2026年10月2日〜11月6日(予定)と公表されています。対象となる経費や要件は、公募要領で確認してください。
よくある質問
カーブアウト財務諸表には監査が必要ですか?
非上場の中小企業同士の取引では、カーブアウト財務諸表の作成や監査を法律で義務づける仕組みは一般にありません。売り手が作った資料を、買い手側の専門家がデューデリジェンスで検証する形が中心です。金融機関から買収資金を借りる場合などは、作成の前提を説明できる資料を求められることがあります。
スタンドアロンコストは、売り手と買い手のどちらが負担しますか?
独立後の恒常的なコストは、譲り受けた後の会社(買い手側)が負担するのが通常で、その分を価格にどう反映させるかが交渉の論点になります。一時的な移行コストは、価格から差し引く、売り手が一部を負担する、TSAの対価に含めるなどの方法で調整します。
カーブアウトとスピンオフは何が違いますか?
どちらも事業の切り出しですが、一般に、切り出した事業を第三者に売却したり外部から出資を受けたりする場合をカーブアウト、元の会社の株主に新会社の株式を分配して独立させる場合をスピンオフと呼びます。中小企業のM&Aで問題になるのは、主にカーブアウトの形です。
何期分のカーブアウト財務諸表を用意すればよいですか?
決まった期数はありませんが、利益の推移が分かる複数期分と、直近の月次の数字を求められるのが一般的です。季節変動がある事業は、月次の推移もあわせて示すと、運転資本の水準の議論がしやすくなります。
まとめ
事業切り出し型のM&Aでは、対象事業だけを切り出したカーブアウト財務諸表を作り、本社費の按分方法の妥当性を確かめることが出発点です。そのうえで、管理部門・IT・契約・不動産・資金調達などのスタンドアロンコストを、一時コストと恒常コストに分けて見積もり、価格と契約に反映します。移行期間のサービスを使う場合は、範囲・期間・対価を契約で明確にしておきましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
事業切り出し・M&Aの財務のご相談は、ジェイスタート会計事務所へ
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- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂
