従業員・役員の横領防止策の基本は、お金の流れを一人に任せず、「依頼と承認の分離」と「月次の照合」を仕組みにすることです。手口ごとに表に出る兆候と、少人数の会社でも始められる5つの対策、発覚したときの初動と税務上の扱いまでを順に整理します。
この記事の結論
横領の多くは、記録と現物の照合が行われていないことを前提に成立します。性善説に頼らず、魔が差しても実行できない仕組みを作ることが、従業員を疑わずに済む一番の予防策です。
- 振込の「依頼(データの作成)」と「承認」を別の人に分ける
- ネットバンキングの承認権限と、通帳・印鑑・カードの保管を分ける
- 月次で預金残高と帳簿、売掛金・買掛金の残高を照合する
- 担当者の連続休暇とローテーションで、業務の独占を防ぐ
- 顧問税理士など外部の目で、会計データを定期的に確認する
横領はなぜ起きる?会社が減らせるのは「機会」
中小企業の横領は、お金の流れを一人に任せきっていることから発生する場合が多いとされます。不正が起きる条件は、お金に困っているなどの「動機」、不正ができてしまう「機会」、自分を納得させる「正当化」の3つがそろうことだと説明されます(不正のトライアングル)。
このうち、会社が仕組みで減らせるのは「機会」です。従業員の事情や気持ちは外から管理できませんが、一人で入出金と記帳を完結できる状態をなくせば、魔が差しても実行しにくくなります。横領は「まさかあの人が」というケースが多く、長く経理を任せてきた人や家族ほど、確認の仕組みから外れやすい点に注意が必要です。
役員の横領は「承認する側」の不正
役員は振込の承認権限を持つことが多く、職務の分担だけでは防ぎにくい面があります。社長(株主)が通帳やネットバンキングの明細を自分で見る、一定額以上の振込は2人の承認を必要にする、会計データを外部の専門家が確認する、といった「上からも外からも見える」仕組みを組み合わせます。
よくある手口と、表に出る兆候は?
横領は派手な事件ではなく、日常業務の小さな穴から始まることがあります。代表的な手口ごとに、表に出やすい兆候と、費用をかけずにできる打ち手を整理しました。
| 手口 | 表に出る兆候 | 費用をかけずにできる打ち手 |
|---|---|---|
| 現金売上の抜き取り | 現金の残高と日報のズレ、レジの欠番、特定の担当者がいる日だけ入金が遅れる | 日次の現金実査。現金を扱う業務は2人体制にする |
| 架空・水増し請求による振込 | 同じ取引先への不自然な連続振込、見慣れない振込先 | 振込の「作成者」と「承認者」を分け、新しい振込先の登録は承認制にする |
| 経費の私的利用・水増し精算 | 使途不明の少額精算の積み重ね、但し書きが毎回同じで具体性に欠ける領収書 | 月次で証憑と試算表を突き合わせる |
| 在庫の横流し | 棚卸の差異が毎回同じ部門で出る | 年1回以上の実地棚卸と、担当のローテーション |
| 給与の水増し・架空の従業員 | 在籍が確認できない人への支給、特定の人の残業代の急増 | 給与データの作成と振込の承認を分け、経営者が人別の支給一覧を確認する |
| 小口現金・会社のカードの私的利用 | 小口現金の補充が増える、カードの明細に業務と関係のない店名 | 小口現金は上限額を決めて定期的に実査し、カードの明細は本人以外が確認する |
| 役員による会社資金の流用 | 仮払金や役員貸付金が増え続け、精算されない | 仮払の精算期限を決め、残高を毎月一覧で確認する |
兆候は数字だけでなく、行動にも表れます。休みを一切取らない、特定の業務を独占して他の人に触らせない、確認を求めると説明が曖昧になる、といった変化は見逃せないポイントです。数字の異常と行動の異常を両方あわせて見ることで、単なる思い込みではなく、根拠のある違和感として扱いやすくなります。
今日から導入できる5つの防止策
上の手口の多くは、次の5つの仕組みで成立しにくくなります。どれも特別なシステム投資をしなくても始められるものです。
| 防止策 | 具体的なやり方 | 主に防げる手口 |
|---|---|---|
| 職務の分担 | 振込の依頼(データの作成)と承認を別の人に。請求書の受取り、支払の承認、記帳もできるだけ分ける | 架空・水増し請求、給与の水増し |
| 口座の管理 | ネットバンキングの承認権限と、通帳・印鑑の保管を分ける。承認者のIDとパスワードは本人だけが管理する | 不正な振込・出金 |
| 月次の照合 | 預金残高と帳簿、売掛金・買掛金の残高を毎月確認し、現金は実査する | 現金の抜き取り、入金の着服、架空請求 |
| ローテーションと連続休暇 | 担当者がいなくても業務が回る状態を作り、休暇中は別の人が業務を見る | 業務の独占による長期間の不正 |
| 外部の目 | 顧問税理士などが会計データを定期的にチェックする | 帳簿の操作、不自然な取引 |
例えば月100万円規模の仕入振込がある会社なら、振込データの作成者と承認者を分けるだけで、架空の振込のリスクは下がります。承認者は、振込の一覧と請求書の原本を突き合わせてから承認するのが基本です。
月次の照合は、この順番で行う
- 預金通帳やネットバンキングの月末残高と、帳簿の預金残高が一致しているかを確認します。
- 売掛金取引先ごとの残高を見て、入金予定日を過ぎた残高があれば理由を確認します。
- 買掛金・未払金取引先の請求書と帳簿の残高を突き合わせ、見慣れない支払先がないかを見ます。
- 現金金庫やレジの現金を数え、帳簿の残高と合わせます。担当者以外が立ち会います。
- 経費の精算領収書の日付・内容・金額を、精算の記録と突き合わせます。
照合や承認を含めた社内の仕組みの全体像は「中小企業の内部統制の基本」で整理しています。
少人数の会社でもできる体制づくり
「経理の担当者が1人しかいないから内部統制は無理」と考えがちですが、少人数でも工夫はできます。大切なのは、誰か一人がすべてを担わない状態を作ることで、それ自体が不正の抑止力になります。
- 現金や通帳の実物確認だけは、経営者自身が定期的に行う
- 通帳の記帳と会計ソフトへの入力を、別の人が行う
- 口座からの出金や振込には、経営者の確認を挟む
- ネットバンキングの入出金明細を、経営者が月に1回は自分で見る
- 新しい取引先や振込先の登録は、経営者が承認する
- 会計データを、顧問税理士など外部の目でも定期的にチェックしてもらう
抑止のコツは、チェックをしていることが従業員にも自然に伝わる形にしておくことです。「見られている」という認識があるだけで、出来心による不正のハードルは大きく上がります。疑うためではなく、担当者を守るための仕組みとして位置づけると、長く続けられます。
小さな違和感を放置しない
発覚が遅れるほど、被害額も対応の難しさも大きくなりがちです。現金の実査や領収書のダブルチェックなど、日常の小さな確認を積み重ねておくことが、従業員を疑心暗鬼にさせずに済む予防策になります。数字に違和感を覚えたら、一人で抱え込まずに早めに税理士へ相談してください。
会計データで「記録が残る」仕組みにする
クラウド会計とネットバンキングを連携し、取引の記録が自動で残る環境は、それ自体が抑止力になり得ます。手入力の部分が減るほど、帳簿だけを書き換えて不正を隠すことが難しくなるためです。会計ソフトに変更の履歴を残す機能や、締めた月の仕訳を変更できなくする機能があれば、あわせて活用します。
近年は、AIを使って取引データから異常値(同じ口座への連続振込や、金額の不自然な増加)を拾い出す下準備も現実的になってきました。ただし、AIが示すのはあくまで「確認すべき候補」で、最終的な判断は証憑を見て人が行います。経理でのAIの使い方は「Claudeを経理に活かす実務ガイド」で紹介しています。
メールやダウンロードで受け取った請求書・領収書は、2024年1月1日以後、改ざん防止などの要件を満たして電子データのまま保存する義務があります。電子データの保存のルールを整えることは、税務のためだけでなく、不正があったときに取引を追跡する手がかりにもなります。記帳の土台は「仕訳と総勘定元帳の基本」をご覧ください。
横領が発覚したら?初動の手順
横領の疑いに気づいたときは、最初の動き方がその後の回収や処分の進めやすさを左右します。次の順番を意識してください。
- 感情的に問い詰めない本人への直接の追及は、証拠の隠滅や事実の歪曲を招くことがあります。まず客観的な資料を集める段階を優先します。
- 証拠を保全する該当する期間の帳簿・領収書・入出金の記録・メールのやり取り・会計ソフトの操作履歴などを、変更が加えられる前に確保します。
- 被害の範囲を調べる同じ手口が過去にさかのぼって行われていないか、期間と金額を帳簿と証憑で確認します。
- 専門家に早めに相談する税理士や弁護士に状況を共有し、懲戒・返還請求・刑事告訴の要否などの対応を一緒に整理します。
- 本人の説明を記録に残す弁護士と相談のうえで本人から事情を聞き、説明の内容や返済の意思を書面に残します。
- 再発防止策を決めるどの穴を使われたかを確認し、職務の分担や照合の仕組みを見直します。
横領の損失は税務上どう扱う?過去の申告への影響
横領によって会社のお金が失われた場合、その損失は会社の損金になり得ます。一方で、会社は横領した本人に対して損害賠償を請求できるため、その請求権を収益(資産)として計上する必要があるかも検討します。損失と請求権をどの事業年度に計上するかは、横領したのが役員か従業員か、請求できる額が確定しているか、回収の見込みがあるかなどで扱いが分かれます。
現金売上の抜き取りがあった場合は、会社の売上が帳簿から漏れていたことになり、過去の法人税や消費税の申告を修正する必要が出ることがあります。過少申告加算税は原則10%(期限内に申告した税額と50万円のいずれか多い額を超える部分は15%)で、仮装・隠ぺいがあったとされると重加算税(過少申告の場合35%)の対象になり得ます。従業員が隠した売上について会社に重加算税が課されるかどうかは、隠ぺいの事実関係や会社の管理の状況で判断されます。
| 確認すること | 内容 |
|---|---|
| さかのぼる期間 | 税務署が更正できる期間は、原則として法定申告期限から5年。偽りその他不正の行為がある場合は7年 |
| 帳簿の保存 | 法人の帳簿書類は原則7年間(欠損金が生じた事業年度は10年間)の保存が必要。調査の範囲を決める資料になる |
| 役員による流用 | 会社が返還を求めない場合は、役員への給与(いわゆる認定賞与)とされ、損金にならず源泉徴収の対象になることがある |
| 消費税 | 売上の計上漏れがあれば、消費税の申告も修正が必要になる場合がある |
横領の損失の計上時期や過去の申告の修正は、手口と発覚の時期で扱いが変わります。帳簿の調べ方から、初回無料でご相談いただけます。
無料で相談する再発を防ぐうえでは、毎月の試算表を外部の専門家と一緒に確認する体制が効果的です。月次で数字を見ている顧問がいれば、不自然な動きに早い段階で気づきやすくなります。顧問契約で対応する内容は会計・税務顧問のご案内にまとめています。
よくある質問
被害額を、本人の給与から差し引いて回収してもよいですか?
賃金は全額を支払うのが原則(労働基準法の賃金全額払いの原則)で、会社が一方的に給与と相殺することは原則としてできません。返済の方法や時期は、本人の同意の取り方も含めて弁護士に相談して決めましょう。
入社時に身元保証書を取っていれば、身元保証人に請求できますか?
契約の内容によっては請求できる場合があります。ただし、現在の民法では、個人が保証人になる身元保証の契約は、保証の上限額(極度額)を定めていないと効力を生じません。契約した時期や内容で扱いが変わるため、請求の可否と範囲は弁護士に確認します。
社長の家族に経理を任せている場合も、対策は必要ですか?
必要です。家族であっても、入出金と記帳を一人で完結できる状態は、誤りにも不正にも気づきにくくなります。通帳の確認を経営者が行う、会計データを外部の専門家が見るといった仕組みは、担当している家族を守ることにもつながります。
従業員の不正による損害に備える保険はありますか?
従業員の不正行為による損害を補償する身元信用保険などの商品があります。補償の範囲や条件は商品によって異なるため、保険会社や代理店に確認してください。保険金を受け取った場合は、損失の額から差し引いて処理します。
まとめ
横領は仕組みの穴から起きるため、性善説に頼らず、依頼と承認の分離、口座と印鑑の管理の分離、月次の照合、ローテーション、外部の目という5つの仕組みで「機会」を減らすことが基本です。少人数の会社でも、通帳と現金の確認を経営者が行い、会計データを外部と一緒に見るだけで抑止力は大きく変わります。万一発覚したら、感情的に問い詰めずに証拠を保全し、税務と法律の両面から早めに専門家に相談しましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。労務・法律上の対応は弁護士・社会保険労務士にご確認ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂
