介護事業所のM&Aで確認すべき財務論点|指定・処遇改善加算・人員基準

公認会計士・税理士 監修

この記事は、公認会計士・税理士が代表を務める札幌の会計事務所「ジェイスタート会計事務所」が監修しています。

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介護事業所のM&Aでは、決算書の数字に加えて、指定を引き継げるか、処遇改善加算などの加算収入が続くか、人員配置基準を満たし続けられるかを一体で確認します。株式譲渡か事業譲渡かで指定の扱いが変わり、譲渡価格と資金繰りの前提も変わります。

執筆:ジェイスタート会計事務所 編集部(札幌の公認会計士・税理士事務所)2026年10月時点の法令に基づき作成

この記事の結論

介護事業のM&Aは「指定の承継可否」「加算収入の持続性」「人員体制の維持コスト」の3点を切り離さずに財務評価します。どれか一つでも前提が崩れると、収益計画と譲渡価格の根拠が成り立たなくなるためです。

  • 株式譲渡なら法人格が同じで、指定は原則として続く。事業譲渡は譲受法人が新たに指定を受ける必要がある
  • 処遇改善加算は賃金改善に充てる前提の収入。要件を満たし続けられるかと、賃金改善の実績を確かめる
  • 人員配置基準は「基準に対する余裕」と「特定の職員への依存度」に分けて評価する
  • 介護報酬は国保連を通じて翌々月に入金されるため、運転資金の手当てを譲渡の条件と合わせて決める
  • 運営指導での指摘、返還の可能性がある報酬、未払残業代は、財務諸表に表れない債務として確認する
目次

介護事業所のM&Aは一般企業と何が違う?

介護保険サービスは、都道府県や市町村から事業所ごとに指定を受けて運営されています。収入の大半は公定価格の介護報酬で、加算の取得状況や人員の配置によって報酬額そのものが変わります。指定・加算・人員基準という制度上の前提が、譲渡価格や取引の形に直結するのが一般的な企業との大きな違いです。

論点一般的な企業のM&A介護事業所のM&A
事業を続ける根拠取引先との契約、業種ごとの許認可事業所ごとの指定。取引の形によっては新たな指定が必要
売上の決まり方価格交渉と販売量公定の介護報酬と利用実績。加算・減算で単価が変わる
人員業績に合わせて調整しやすい人員配置基準を下回ると減算や指定取消しのリスク
財務諸表に表れない債務保証債務・係争などこれらに加え、報酬の返還、運営指導の指摘の未是正、未払残業代
入金のタイミング取引条件による国保連への請求を経て、サービス提供月の翌々月に入金
一般企業と介護事業所のM&Aの主な違い

運営する法人の種類にも注意が必要です。株式会社や合同会社なら株式・持分の譲渡ができますが、社会福祉法人には株式がないため、合併や事業譲渡など別の方法になり、所轄庁の認可などの手続きも加わります。医療法人やNPO法人も、それぞれの法律が定める手続きに沿って進めます。

株式譲渡と事業譲渡で、指定の扱いはどう変わる?

M&Aのスキームが株式譲渡か事業譲渡かによって、指定の扱いは大きく変わります。株式譲渡は会社の株主が変わるだけで法人格は同じなので、原則として指定はそのまま維持されます。一方、事業譲渡は事業の全部または一部を切り出して別の法人に移すため、譲受側の法人が新たに指定を受ける必要があります。

項目株式譲渡事業譲渡
指定原則として維持される。役員や管理者が変わるときは変更の届出をする譲受法人が新たに指定を受ける。譲渡日に空白が出ないよう日程を組む
利用者との契約そのまま続く譲受法人と結び直す。重要事項の説明と同意が必要
職員の雇用そのまま続く譲受法人で新たに雇用する。職員一人ひとりの同意が前提
過去の債務・リスク法人に残るため、実質的に買い手が引き継ぐ契約で引き継ぐ範囲を限定しやすい
主な税金売り手の株主に株式の譲渡益への課税売り手の法人に譲渡益への法人税。資産によって消費税・不動産取得税・登録免許税がかかる
株式譲渡と事業譲渡の主な違い(介護事業所の場合の一般的な整理)

事業譲渡で新しい指定を受ける場合、指定権者との事前協議から指定までには時間がかかり、申請の締切日が月ごとに決められていることもあります。指定の空白期間が生じないよう、譲渡日から逆算して日程を組みます。病院・診療所が行う一部のサービスのように、別の指定によって介護保険の指定があったものとみなされる「みなし指定」の対象もあるため、対象サービスごとに確認します。

財務DD(財務の調査)の段階でスキームが固まっていないと、収益計画の前提そのものが崩れてしまいます。指定の継続を重視するなら株式譲渡、過去の債務を切り離したいなら事業譲渡というように、メリットとリスクを並べ、専門家を交えて早い段階で検討します。

札幌市内の事業所の場合

札幌市は政令指定都市のため、サービスの種類によって指定権者(北海道か札幌市か)や担当の窓口が異なる場合があります。指定の引継ぎや新規の指定の日程、必要な届出は、対象サービスの担当窓口に事前に確認しておきましょう。

株式譲渡と事業譲渡のどちらが適しているかは、指定の種類・法人の形・過去の債務の状況で変わります。初回無料で論点を整理できます。

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処遇改善加算の持続性を、財務評価にどう織り込む?

介護職員の処遇改善に関する加算は、介護事業所の収益に占める割合が小さくありません。M&Aの財務評価では、この加算収入を「恒常的な収益」として単純に織り込んでよいかを慎重に見極めます。

加算の算定要件には、賃金改善の実施やキャリアパス要件、職場環境等要件などが含まれ、要件を満たし続けられるかは人員体制や運営方針に左右されます。譲受後に運営方針が変わって要件を満たせなくなれば、加算の区分が下がり、収益計画に狂いが生じます。

加算は、受け取った額を職員の賃金改善に充てることが前提の収入です。加算が減っても、いったん上げた賃金はすぐには下げられないため、減少分がそのまま利益を圧迫します。また、賃金改善の実績が加算の額に届いていなければ返還を求められるおそれがあり、財務諸表に表れない債務として確認が必要です。

  • 加算の届出の内容(算定している区分と、算定を始めた時期)
  • 処遇改善の計画書と実績報告書(直近の数年分)
  • 賃金台帳と、賃金改善額の計算の根拠
  • キャリアパスの規程(職位・職責・賃金体系)と、職員への周知の記録
  • 職場環境等要件に当たる取組みの記録
  • 加算の名称や区分は報酬改定で見直されることがあるため、過去の年度の数字を同じ基準にそろえて比べているか

計算例:加算の区分が下がった場合の影響

例えば、加算収入が月100万円の事業所で、譲受後に要件を満たせなくなり、加算が月80万円に下がったとします(説明のための仮の数値です)。

  • 月の減収:100万円−80万円=20万円
  • 年間の減収:20万円×12か月=240万円

上げた賃金を据え置くなら、この240万円がそのまま利益の減少になります。譲渡価格の交渉では、加算の区分を維持できる前提と下がる前提に分けて収益力を示すと、譲渡側・譲受側の認識をすり合わせやすくなります。

人員配置基準の充足状況と労務コストの実態をどう把握する?

介護事業所は、サービスの種類ごとに人員配置基準が定められており、これを下回ると報酬の減算の対象になります。財務DDでは人件費の総額を見るだけでなく、資格要件(介護福祉士、介護支援専門員など)を満たす職員が基準どおりに配置されているかを確認します。

慢性的な人手不足の地域では、ぎりぎりの人員で基準を満たしている事業所も見られます。この場合、譲渡後にキーパーソンとなる職員が退職すると、基準割れによる減算や、最悪の場合はサービスの継続が難しくなるリスクがあります。人員体制のリスクは、次の観点に分けて整理すると判断しやすくなります。

観点確認すること主な資料
基準に対する余裕度基準を満たすための必要最小人員と、実際の配置人数の差勤務形態の一覧表、資格証の写し
特定の個人への依存管理者や資格保有者のうち、特定の職員に頼っている業務がないか組織図、職員の配置表
離職と採用直近の離職率と採用コストの推移職員名簿の入退職の記録、求人広告費の明細
労務の簿外債務残業代の未払い、有給休暇の管理、社会保険の加入漏れタイムカード、賃金台帳、就業規則
人員体制と労務の確認ポイント

これらを踏まえ、譲受後に人員体制を維持・強化するための追加コスト(採用費、処遇の見直し、人材紹介の手数料など)を織り込んだ収益計画を作ることが、実態に即した評価につながります。

人件費の見通しには、制度改定による事業主負担の変化も入れます。協会けんぽ北海道の健康保険料率は令和8年3月分から10.28%、介護保険料率は1.62%で、令和8年4月分からは子ども・子育て支援金0.23%も加わりました。北海道の最低賃金は2026年10月1日から1,131円で、パート職員の時給が最低賃金に近い事業所では、引上げに伴う人件費の増加も試算に含めます。

運転資金・設備・偶発債務:財務DDで数字をどう確かめる?

介護報酬は、国民健康保険団体連合会(国保連)に請求し、サービス提供月の翌々月に入金されるのが一般的です。売上のおよそ2か月分が常に未収金として立っているため、事業譲渡で譲渡日前の未収金を売り手に残す場合、買い手は入金が始まるまでの運転資金を自分で用意する必要があります。

計算例:事業譲渡で必要になる運転資金の目安

例えば、月の介護報酬が800万円の事業所を事業譲渡で引き継ぎ、譲渡日前の分の未収金は売り手が回収する場合です。

  • 入金が始まるまでに立て替える額の目安:800万円×2か月=1,600万円

この間も給与や家賃の支払いは続くため、融資の実行時期や譲渡代金の支払時期とあわせて資金繰りを組みます。

運転資金の調達方法は融資・資金調達ガイドで整理しています。財務DDでは、運転資金のほかに次の項目を確認します。

項目確認すること
正常収益力役員報酬・一時的な補助金・修繕の先送りなどを調整した、毎年続けて稼げる利益の水準
稼働率・利用者利用者数・稼働率・要介護度の構成の推移、紹介元の偏り
運転資本介護報酬と利用者負担分の未収金、未払の給与・賞与
設備送迎車両・建物・設備の状態と、近い将来の更新・修繕の費用
借入金・リース返済の条件、経営者保証、車両や機器のリース契約を引き継げるか
偶発債務報酬の返還の可能性、運営指導の指摘事項の是正状況、未払残業代、係争
介護事業所の財務DDで確認する主な項目

正常収益力の調整では、介護事業ならではの項目に注意します。一時的に交付された補助金や、人員不足で基準をぎりぎり満たしていた期間の人件費の少なさは、そのまま将来の利益とはみなせません。

指定更新の時期が近い場合は、直近の運営指導(以前の実地指導)や監査での指摘事項の有無も確認します。過去の指摘が是正されていなければ、指定の取消しや効力の停止のリスクが残っている可能性があり、財務諸表には表れない偶発債務(将来発生し得る債務)として評価します。調査の全体の進め方は財務デューデリジェンス(財務DD)完全ガイドで解説しています。

利用者・稼働率と地域での立ち位置をどう評価する?

介護事業所の企業価値は、施設や設備の帳簿価額だけでは測れません。利用者の稼働率、要介護度の構成、地域の居宅介護支援事業所や医療機関との連携関係といった無形の要素が、将来の収益力を大きく左右します。

札幌市や北海道内の各地域では、高齢化の進み具合や近隣の競合事業所の状況が地域ごとに異なります。財務DDと並行して、対象の事業所が地域の中でどのような立ち位置を築いているかを把握しておくと、数値だけでは見えないリスクとチャンスの両面を評価できます。

  • 主な紹介元(居宅介護支援事業所、病院の地域連携の窓口など)と、紹介件数の推移
  • 待機者の有無
  • 近隣の同じ種類の事業所の数と、新規開設の動き
  • 管理者や介護支援専門員など、紹介元との関係を担う職員が譲受後も残るか

北海道の冬季の影響を収益計画に入れる

冬季は送迎の安全対策や除雪、暖房の費用が増え、通所系のサービスでは悪天候による利用の中止も起こり得ます。月別の稼働率と光熱費・除雪費を前年同月と比べ、季節による収益と費用の変動を収益計画に織り込みます。

譲渡価格・契約・税金:最終合意の前に決めておくこと

財務DDで見つかったリスクは、譲渡価格の調整、契約での表明保証(売り手が一定の事実を保証する条項)、特別な補償、クロージングの条件(新しい指定の取得など)に反映させます。一般的な進め方は次のとおりです。

  1. 秘密保持契約と初期資料の確認指定の通知書、加算の届出、直近の決算書、勤務形態の一覧表などで、論点の当たりをつけます。
  2. スキームの仮決め株式譲渡か事業譲渡か、指定と雇用をどう引き継ぐかを決めます。
  3. 財務・労務・制度面の調査正常収益力、運転資本、偶発債務、加算と人員基準の充足状況を確かめます。
  4. 価格と契約条件の交渉調査の結果を、価格・表明保証・補償・クロージングの条件に反映させます。
  5. 指定・届出とクロージング事業譲渡なら新規の指定、株式譲渡なら変更の届出を行い、利用者と職員へ説明します。
  6. 統合後の運営加算の要件の維持、職員の定着、資金繰りの管理を、譲受後の最初の数か月で軌道に乗せます。

税金の負担もスキームで変わります。売り手が個人株主の株式譲渡では、譲渡益に所得税・住民税などあわせて20.315%の申告分離課税がかかります。事業譲渡では、売り手の法人に譲渡益の法人税がかかり、建物や車両、のれんなど課税資産の対価には消費税がかかります。介護保険サービスの収入は原則として消費税が非課税のため、買い手は支払った消費税の多くを控除できず、実質的なコストになりやすい点に注意します。

事業譲渡で土地・建物を移すと、不動産取得税(北海道では土地が3%(2027年3月31日までの取得)、住宅以外の家屋が4%)や登録免許税もかかります。株式譲渡なら、不動産の名義は法人のままなので、これらの税はかかりません。

専門家の費用に使える補助金と、親族内承継との比較

事業承継・M&A補助金(16次)は、受付期間が2026年10月2日〜11月6日17:00(予定)で、専門家活用枠ではM&Aの専門家に支払う費用などが対象になり、上限は450万〜2,000万円です(2026年10月3日時点)。要件と対象経費は公募要領で確認してください。

親族や役員への承継も検討している場合は、事業承継税制の特例措置(特例承継計画の提出期限は2027年9月30日)も比較の対象になります。制度の概要は事業承継税制 完全ガイドで確認できます。

よくある質問

小規模な訪問介護の事業所でも、財務DDは必要ですか?

規模が小さくても、指定・加算・人員基準の確認は省けません。決算書が税務申告のための簡易なものであることも多いため、範囲を絞った調査でも、未収金と未払給与、加算の実績報告は最低限確認します。

譲渡価格はどのように決まりますか?

中小規模の事業では、時価で評価し直した純資産に、正常収益力をもとにした営業権(のれん)を加える考え方がよく使われます。介護事業では、加算の区分や人員体制の前提によって正常収益力が変わるため、前提ごとに価格の幅を示して交渉します。

事業譲渡の場合、職員の勤続年数や有給休暇は引き継がれますか?

事業譲渡では雇用契約は自動的には移らず、譲受法人で新たに雇用するのが一般的です。勤続年数や有給休暇の残りを引き継ぐかは当事者の合意で決まるため、職員への説明と条件の提示をクロージングまでに整えます。退職金を売り手の側で精算するか、譲受側で通算するかで、資金の負担も変わります。

譲受後に就業規則や賃金体系を統合すると、加算に影響しますか?

加算の要件は、賃金体系やキャリアパスの規程、職場環境の取組みなどに基づいています。統合によって要件から外れることがあるため、統合の前に加算の届出と計画書の内容を見直す手順を、統合の計画に組み込んでおきます。

まとめ

介護事業所のM&Aでは、一般的な財務指標に加えて、指定制度・加算の要件・人員配置基準という介護保険制度に特有の論点を一体で確認することが欠かせません。株式譲渡か事業譲渡かで指定・契約・雇用・税金の扱いが変わるため、スキームを早めに固め、加算の持続性と人員体制の維持コスト、翌々月入金に伴う運転資金を織り込んだ収益計画で価格を判断しましょう。過去の運営指導の指摘や報酬の返還の可能性などの偶発債務は、表明保証や価格の調整で手当てしておきます。

札幌の公認会計士・税理士事務所

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出典・参考(公的機関)

本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。

更新履歴:2026年10月 全面改訂

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