経営承継円滑化法の金融支援と民法特例は、事業承継で生じる「資金」と「遺留分」の問題に備える制度です。金融支援は知事の認定を受けて後継者の株式買取資金などを借りやすくし、民法特例は相続人全員の合意で自社株式を遺留分の計算から外したり、評価額を固定したりできます。
この記事の結論
金融支援は「承継に必要なお金を借りやすくする」制度、民法特例は「自社株式をめぐる相続人の間の争いを防ぐ」制度です。どちらも事業承継税制とは別に使え、組み合わせることで税・資金・遺留分の三つのリスクに備えられます。
- 金融支援は都道府県知事の認定が前提で、信用保証の別枠や、後継者個人への融資の特例が使える
- 民法特例には、自社株式を遺留分の計算から外す「除外合意」と、評価額を合意時に固定する「固定合意」がある
- 民法特例は、推定相続人全員の合意のあと、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を受けて効力が生じる
- 固定合意には、弁護士・公認会計士・税理士などによる株式の価額の証明が必要
- 事業承継税制(法人版の特例措置)は、特例承継計画の提出が2027年9月30日まで、贈与・相続が2027年12月31日まで
経営承継円滑化法で受けられる支援は?全体像と申請先
経営承継円滑化法(正式名称は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」)は、中小企業の事業承継を税・資金・法律の三つの面から支える法律です。支援は次の4つで、それぞれ解決する悩みと申請先が異なります。
| 支援 | 対応する悩み | 申請先・前提 |
|---|---|---|
| 事業承継税制(贈与税・相続税の納税猶予・免除) | 自社株式を引き継ぐときの税金 | 都道府県知事の認定(法人版の特例措置は特例承継計画の提出が前提) |
| 金融支援 | 株式の買取資金、納税資金、承継に伴う信用の低下 | 都道府県知事の認定 |
| 遺留分に関する民法の特例 | 自社株式をめぐる相続人の間の争い | 推定相続人全員の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可 |
| 所在不明株主に関する会社法の特例 | 連絡のとれない株主の株式の整理 | 都道府県知事の認定 |
4つの支援は独立していて、必要なものだけを選んで使えます。見落とされやすいのは、事業承継税制で贈与税や相続税の納税が猶予されても、遺留分の問題は残るという点です。ほかの相続人から遺留分の侵害額を請求されれば、後継者は現金で支払わなければなりません。
税金への備え
- 事業承継税制(納税猶予)
- 暦年贈与と相続時精算課税の選択
- 株価の把握と引下げ要因の確認
資金への備え
- 金融支援(信用保証の別枠・後継者個人への融資)
- 役員退職金や生命保険による資金の準備
- 経営者保証の扱いの見直し
相続人の間の調整
- 民法特例(除外合意・固定合意)
- 遺言による株式の承継先の指定
- ほかの相続人に渡す財産の準備
承継の準備では、この三つを別々の課題として洗い出し、どの制度で手当てするかを決めていきます。自社株式の評価額(株価)がいくらになるかは、三つすべてに影響する出発点です。
金融支援は何に使える?対象になる資金と認定の考え方
金融支援は、事業承継に伴って必要になる資金を、融資や信用保証の特例で調達しやすくする制度です。会社の主たる事務所がある都道府県の知事から認定を受けることが前提で、認定を受けると主に次の特例が使えるようになります。
- 信用保証の別枠:中小企業信用保険法の特例により、信用保証協会の保証を通常の保証枠とは別枠で受けられる
- 代表者個人への融資:日本政策金融公庫などが、会社の代表者個人(後継者)に、承継に必要な資金を融資できる
後継者個人が借りられる点が、この制度の大きな特徴です。先代や親族から自社株式を買い取る資金は後継者個人の支出なので、会社の借入では賄えません。こうした個人の資金需要に応えるための仕組みが金融支援です。
| 場面 | 必要になる資金 | あわせて検討したい方法 |
|---|---|---|
| 先代や親族から自社株式を買い取る | 株式の買取資金(後継者個人) | 買取の時期と株価の確認、分割での買取 |
| 後継者が自社株式を相続・贈与で取得した | 相続税・贈与税の納税資金 | 事業承継税制による納税猶予、相続税の延納 |
| ほかの相続人から遺留分の侵害額を請求された | 請求額を支払う資金 | 民法特例で計算の基礎を小さくしておく |
| 代表者の交代で取引条件が厳しくなった | 運転資金・仕入資金 | 金融機関への承継計画の説明 |
認定では、事業承継に伴って事業活動の継続に支障が生じていること、またはそのおそれがあることなどを、資金の使い道とあわせて説明します。認定は特例を使うための入口で、融資や保証を受けられるかどうかは、日本政策金融公庫や信用保証協会、金融機関の審査で別に判断されます。
後継者の経営者保証が承継の壁になるとき
後継者が先代の個人保証を引き継ぐことをためらい、承継の話が進まないことがあります。信用保証では、保証料を上乗せする代わりに経営者保証を提供しない選択ができる「事業者選択型経営者保証非提供制度」が2024年3月15日から始まっています。金融支援とあわせて、保証のあり方も金融機関と話し合っておきます。
ツール相続税の納税資金の目安を詳しく試算する財産と相続人の構成から、相続税額の目安を詳しく確認できます。計算する
制度融資や日本政策金融公庫、金融機関の融資の使い分けは、融資・資金調達ガイドで整理しています。承継の資金計画は、株価と納税額の見通しが固まってから金融機関に相談すると話が進みやすくなります。
遺留分が事業承継の障害になるのはなぜ?
遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者や子など)に法律で保障された最低限の取り分です。遺言や生前贈与で自社株式を後継者に集めても、ほかの相続人の遺留分を侵害していれば、後継者は侵害額に相当する金銭の支払いを求められることがあります。
事業承継で遺留分が問題になりやすいのは、次の三つの仕組みがあるためです。
- 後継者への生前贈与も計算に入る:相続人が一定期間内に受けた贈与(生計の資本としての贈与など)は、遺留分を計算する基礎の財産に加えられます。早めに株式を贈与しただけでは、遺留分の問題から外れません。
- 株式の価額は相続開始時で評価される:計算に入る贈与株式は、贈与したときではなく、相続が始まったときの価額で評価されます。後継者が会社の価値を高めるほど、ほかの相続人の遺留分も大きくなる構造です。
- 請求は金銭で行われる:遺留分は、侵害額に相当する金銭を請求する権利(遺留分侵害額請求権)です。株式そのものが分散するおそれは小さい一方、後継者はまとまった現金を用意しなければなりません。
財産の大半が自社株式だと遺留分を満たしにくい
中小企業のオーナーは、財産の多くが自社株式と事業用の不動産に偏っていることがあります。後継者に株式を集めると、ほかの相続人に渡せる財産が足りず、遺留分を満たせないことがあります。財産を一覧にして、株式以外に何を渡せるかを早めに確認しておきます。
計算例:株価が上がると遺留分の計算の基礎はどう変わる?
例えば、先代が後継者に自社株式を贈与し、その時点の評価額が1億円だったとします。後継者の経営努力により、相続開始時には同じ株式の評価額が3億円になった場合です(ほかの財産は考えないものとします)。
- 特例を使わない場合:計算の基礎に入る株式の価額は3億円(相続開始時の価額)
- 贈与と同じ時期に固定合意をした場合:計算の基礎に入る株式の価額は1億円(合意時の価額)
- 計算の基礎の差:3億円−1億円=2億円
ほかの相続人の遺留分は、この計算の基礎に一定の割合を掛けて求めます。固定合意で基礎が2億円小さくなれば、請求され得る金額もその分小さくなります。除外合意をした場合は、株式そのものが計算の基礎から外れます。
民法特例の「除外合意」と「固定合意」は何が違う?
遺留分に関する民法の特例(民法特例)は、後継者と先代の推定相続人全員が合意し、所定の手続きを経ることで、自社株式を遺留分の計算から切り離せる制度です。合意の内容は次の2種類で、どちらか一方だけでも、両方を組み合わせることもできます。
除外合意
- 後継者が先代から贈与などで取得した自社株式を、遺留分を計算する基礎の財産から除く
- 株価がどれだけ上がっても、その株式について遺留分の問題が生じない
- 個人事業の事業用資産も対象にできる
- ほかの相続人の取り分が大きく減るため、合意を得るハードルが高い
固定合意
- 計算に入れる自社株式の価額を、合意した時点の価額に固定する
- 合意後の値上がり分(後継者の貢献分)が計算に入らない
- 弁護士・公認会計士・税理士など(法人を含む)による「合意時の相当な価額」の証明が必要
- 対象は会社の株式で、個人事業の事業用資産は対象外
合意には、次のような定めを加えることもできます(付随合意)。
- 後継者が先代から贈与を受けた株式以外の財産(事業用の不動産など)を、遺留分の計算から除く定め
- 後継者以外の相続人が先代から贈与を受けた財産を、遺留分の計算から除く定め(相続人の間の衡平を図るため)
合意書に定めておかなければならない事項
後継者が合意の対象とした株式を売却した場合や、先代の生存中に後継者が代表者でなくなった場合に、ほかの相続人がとれる措置(合意の解除や金銭の支払いなど)を、合意書に定めておく必要があります。後継者だけが得をする内容にしないことが、合意を得る前提にもなります。
どちらを選ぶかは、ほかの相続人の受け止め方と株価の見通しで決まります。除外合意は後継者にとって効果が大きい反面、ほかの相続人の取り分が大きく減るため、合意を得にくくなります。株価の上昇が見込まれ、値上がり分だけを切り離せば足りる場合は、固定合意の方が話し合いを進めやすいことがあります。
民法特例を使うための要件と手続きの流れ
民法特例は、会社・先代・後継者のそれぞれに要件があります。主なものは次のとおりです。
| 対象 | 主な要件 |
|---|---|
| 会社 | 非上場の中小企業者で、合意の時点で一定期間以上継続して事業を行っていること |
| 先代(旧代表者) | 現在または過去に会社の代表者であり、後継者に株式を贈与した人であること |
| 後継者 | 合意の時点で会社の代表者で、先代から贈与を受けた株式を含めて議決権の過半数を持っていること(合意の対象とする株式を除いても過半数を持っている場合は使えない) |
| 合意の当事者 | 先代の推定相続人のうち遺留分を持つ人の全員と後継者 |
- 合意の内容を決める除外合意か固定合意か、対象とする株式、付随合意、後継者が株式を売却した場合などの措置を決めます。
- 株式の価額の証明を受ける固定合意をする場合は、弁護士・公認会計士・税理士など(法人を含む)から、合意時の相当な価額であることの証明を受けます。
- 合意書を作成する先代の推定相続人のうち遺留分を持つ人の全員と後継者が、書面で合意します。
- 経済産業大臣の確認を受ける後継者が、合意の日から定められた期間内に申請します(窓口は中小企業庁)。
- 家庭裁判所の許可を受ける確認を受けた日から定められた期間内に、後継者が先代の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます。許可によって合意の効力が生じます。
確認の申請と許可の申立てには、それぞれ短い期限があります。合意書に署名してから書類集めを始めると間に合わないおそれがあるため、申請書類は合意の前から準備しておきます。
合意が効力を失う場合がある
先代の生存中に後継者が亡くなった場合や、合意の後に先代の再婚や養子縁組で新たに推定相続人が加わった場合などは、合意が効力を失います。家族構成の変化が見込まれるときは、合意の時期を慎重に検討します。
除外か固定か、どの株式を対象にするかは、家族構成と株価の見通しで変わります。株価の試算から初回無料で整理できます。
無料で相談する遺言・遺留分の放棄とどう使い分ける?
遺留分への備えは、民法特例だけではありません。主な方法を比べると次のとおりです。
| 方法 | しくみ | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 遺言 | 自社株式を後継者に相続させると指定する | 相続人の合意を取りつけにくいとき | 遺留分の請求そのものは防げない |
| 遺留分の事前放棄 | 相続人が先代の生前に、家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄する | 放棄する相続人が少なく、見返りの財産を用意できるとき | 放棄する人ごとに申立てが必要。本人の意思や見返りの有無などを踏まえて許可が判断される |
| 民法特例 | 推定相続人全員と後継者の合意に、大臣の確認と家庭裁判所の許可を加える | 株式だけを計算から外したい、評価を固定したいとき | 全員の合意が必要。確認と許可の手続きは後継者が行う |
| 代わりの財産の準備 | 株式以外の財産や生命保険金で、ほかの相続人に配慮する | 株式以外にも財産があるとき | 財産の評価と相続税の負担を試算しておく |
実務では、生前贈与した株式は民法特例で値上がり分を切り離し、残りの株式は遺言で後継者に集め、ほかの相続人には不動産や保険金を渡すといった組み合わせで考えます。どの方法を選んでも、家族への説明と合意づくりの進め方が成否を分けます。
説明の場では、会社の数字(株価の見込み、借入と個人保証の状況、後継者が負うリスク)を共有すると、後継者が株式を多く受け取る理由を理解してもらいやすくなります。数字の準備は、顧問税理士や公認会計士に早めに依頼しておくと安心です。
事業承継税制とあわせて使うときのスケジュール
自社株式の贈与に事業承継税制(法人版の特例措置)を使う場合は、特例承継計画を都道府県知事に提出し、期限内に贈与・相続をする必要があります。2026年10月時点の主な期限は次のとおりです。
| 期限 | 内容 |
|---|---|
| 2027年9月30日 | 法人版(特例措置)の特例承継計画の提出期限(改正前の2026年3月31日から延長) |
| 2027年12月31日 | 法人版(特例措置)の対象となる贈与・相続の期限(延長されていない) |
| 2028年9月30日 | 個人版の個人事業承継計画の提出期限 |
| 2028年12月31日 | 個人版の対象となる贈与・相続等の期限 |
延長されたのは計画の提出期限だけで、法人版の贈与・相続の期限は2027年12月31日のままです。制度の見直しは要望が出ている段階で、2026年10月時点では決まっていません。要件や手続きの詳細は事業承継税制の要件と手続きのガイドで解説しています。
贈与税の納税猶予を受けて株式を後継者にまとめて贈与する場合、同じ時期に民法特例の合意を進めると、税と遺留分の両方に一度に備えられます。株式が値上がりする前の価額で固定できるためです。ほかの相続人に渡す資金が必要なら、金融支援の認定もあわせて検討します。
札幌・北海道の会社の窓口
金融支援や事業承継税制の認定、特例承継計画の提出は、会社の主たる事務所がある都道府県が窓口です。札幌市など道内に本社がある会社は、北海道に申請します。民法特例の確認は経済産業大臣(窓口は中小企業庁)、許可は先代の住所地を管轄する家庭裁判所です。様式や必要書類は、申請前に各窓口の最新の案内で確認してください。
株価の算定、納税と代償の資金計画、家族への説明資料づくりは、一つの計画として進めるのが効率的です。承継の資金面の設計は中小企業の財務コンサルティングの進め方でも紹介しています。
よくある質問
金融支援の認定を受ければ、融資の審査はなくなりますか?
なくなりません。認定は特例を使うための前提で、融資や保証を受けられるかは、日本政策金融公庫や信用保証協会、金融機関の審査で決まります。返済の見通しを示す事業計画や資金繰りの資料をそろえておくことが大切です。
民法特例の合意に反対する相続人がいたら、どうなりますか?
遺留分を持つ推定相続人全員の合意が要件のため、1人でも反対すると使えません。その場合は、遺言で株式の承継先を指定する、ほかの相続人に渡す財産を用意する、贈与の内容を見直すなど、別の方法で遺留分に備えます。
親族以外の役員や従業員に会社を引き継ぐ場合も使えますか?
民法特例の後継者は親族に限られません。親族外の後継者が先代から株式の贈与を受ける場合に、先代の推定相続人全員と合意することで使えます。親族外の承継では、株式の買取資金をどう用意するかもあわせて検討します。
先代の兄弟姉妹も合意に加わる必要がありますか?
合意が必要なのは、遺留分を持つ推定相続人です。兄弟姉妹には遺留分がないため、合意の当事者にはなりません。配偶者や子が推定相続人の場合は、その全員が当事者になります。
民法特例を使うと、相続税や贈与税は安くなりますか?
安くなりません。民法特例は民法上の遺留分の計算に関する特例で、相続税や贈与税の計算には影響しません。税負担への備えは、事業承継税制や贈与の方法の選択など、別に検討します。
まとめ
経営承継円滑化法の金融支援は承継に必要な資金を後継者個人でも借りやすくする制度、民法特例は自社株式を遺留分の計算から外したり評価を固定したりして、相続人の間の争いを防ぐ制度です。事業承継税制だけでは遺留分の問題は解決しないため、税・資金・相続人の間の調整を分けて準備します。民法特例は全員の合意と期限の短い手続きが必要なので、株価の把握と家族への説明を早めに始めましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
