廃業(清算)とM&A(株式譲渡)の手取りを比べると、黒字の会社では株式譲渡の方が多く残りやすくなります。清算は資産の処分損や閉鎖コストで分配額が減り、分配の多くが総合課税のみなし配当になる一方、株式譲渡は営業権が上乗せされ、譲渡益の税率も20.315%で済むためです。
この記事の結論
黒字で、顧客・従業員・許認可などの事業基盤がある会社なら、廃業より株式譲渡(M&A)の方が手取りは多くなりやすいです。差を生むのは「資産の評価」「やめるためのコスト」「税金のかかり方」の三つで、引退の2〜3年前から準備すると選択肢が広がります。
- 清算は処分損と閉鎖コストで分配額が減り、資本金等を超える分配はみなし配当として総合課税(所得税5〜45%+住民税10%)
- 株式譲渡の利益は申告分離課税で20.315%。2027年分以後も合計の税率は変わらない
- 事業譲渡のあとに清算すると、会社と株主の二段階で課税される
- どちらの出口でも、役員退職金を組み合わせると手取りが増える場合がある
廃業とM&Aでは何が違う?手取りを左右する3つのポイント
会社をたたむ方法は、大きく「清算(廃業)」「事業譲渡のあとに清算」「株式譲渡(M&A)」の三つです。手取りの差は、資産がいくらで評価されるか、やめるためのコストがかかるか、誰にどの税金がかかるか、の三点で決まります。
| 項目 | 清算(廃業) | 事業譲渡のあとに清算 | 株式譲渡(M&A) |
|---|---|---|---|
| 資産の評価 | 処分価格(簿価を下回りやすい) | 事業の継続を前提とした価格+営業権 | 事業の継続を前提とした時価+営業権 |
| やめるためのコスト | 退職金・原状回復・リースの中途解約など | 譲渡しない資産や残った契約の整理 | 原則として生じない(会社ごと引き継がれる) |
| 会社にかかる税金 | 資産の売却益に法人税など | 事業の譲渡益に法人税など | 生じない(売り手は株主) |
| 株主にかかる税金 | 資本金等を超える分配はみなし配当(総合課税) | 同左 | 譲渡益に20.315%(申告分離課税) |
| 主な外部コスト | 登記・官報公告・清算期間の申告 | 仲介手数料と清算の費用 | 仲介手数料、買い手の調査への対応 |
株式譲渡で売り手になるのは、会社ではなく株主である社長個人です。会社の資産や契約、従業員の雇用はそのまま残り、株主だけが入れ替わります。このため会社段階の課税も閉鎖のコストも生じず、社長個人の譲渡益に一度だけ課税される構造になります。
廃業(清算)で残るお金が帳簿の数字より少なくなる理由
清算とは、会社の資産を売って負債を返し、残った財産(残余財産)を株主に分配して会社を消滅させる手続きです。決算書の純資産がそのまま手元に残るわけではなく、次の三つの段階で目減りします。
- 資産の処分損:事業をやめる前提で売る在庫や機械は買い手が限られ、簿価を下回る価格になりやすくなります。売掛金の回収漏れや、売れない在庫の廃棄も出ます。
- 閉鎖のコスト:従業員の退職金、事務所の原状回復費、リースの中途解約金、解散と清算結了の登記や官報公告の費用、清算期間中の申告の費用がかかります。
- 株主段階の課税:残余財産の分配のうち、資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として配当所得になり、ほかの所得と合算する総合課税の対象です。
みなし配当は、所得が大きいほど税率が上がる累進課税(所得税5〜45%、ほかに住民税10%)で課税されます。分配のときに会社が20.42%を源泉徴収し、翌年の確定申告で精算します。配当控除はあるものの、分配額が大きいほど手取りの目減りは大きくなります。
含み益のある不動産を持つ会社は二段階で課税される
昔に取得した土地などに含み益がある場合、清算で売却すると会社に法人税などがかかり、残った財産を分配するときには株主にもみなし配当として課税されます。株式譲渡なら会社の資産はそのまま引き継がれるため、この二段階の課税は生じません。
解散から清算結了までの手続きの順番と期間は、廃業・会社の解散清算の流れと所要日数で解説しています。清算中も、解散した事業年度や清算期間の申告が必要です。
M&A(株式譲渡)の手取りが多くなりやすい理由
株式譲渡では、設備や在庫は「これからも事業に使われる資産」として評価されるため、清算時のような投げ売りの価格になりません。さらに、取引先との関係、技術や人材、許認可といった将来の利益を生む力に対して、営業権(のれん)が上乗せされます。
利益が出ている会社なら、時価純資産に営業権を加えた金額が売却価格の目安です。中小企業の実務では、営業権を年間利益の数年分として見積もる方法がよく使われ、収益力が高い会社ほど上乗せが大きくなります。
税金面では、個人が非上場株式を売った利益は申告分離課税で、税率は所得税15%と住民税5%に復興特別所得税を加えた20.315%です。2027年分からは復興特別所得税1.1%と防衛特別所得税1%に組み替えられますが、合計の税率は変わりません。所得がいくら大きくても税率が一定なので、累進課税のみなし配当より低く収まることが多くなります。
- 閉鎖のコストがかからない(従業員の雇用や取引契約はそのまま)
- 含み益のある資産があっても、会社段階の課税が生じない
- 会社の借入に付けた社長の個人保証を、買い手との交渉で外せる場合がある
売却価格がそのまま手取りになるわけではない
仲介会社への手数料や、買い手が行う調査(デューデリジェンス)への対応の費用がかかります。調査で簿外の債務や未払いの残業代、税務上の問題が見つかると、価格の引下げや、契約後の補償(表明保証)の対象になることがあります。売却前に自社の決算書と契約関係を点検しておくことが、価格を守ることにつながります。
買い手が決算書のどこを調べるかは、財務デューデリジェンスの調査項目と進め方が参考になります。売り手の側で同じ視点の点検をしておくと、交渉で不利になりにくくなります。
計算例:簿価純資産5,000万円の会社で手取りを比べる
簿価純資産5,000万円・年間利益1,000万円ほどの会社で、清算と株式譲渡の手取りを比べてみます。社長が1人で全株式を持ち、資本金(株式の取得価額)は1,000万円とします。
計算例:清算した場合の社長の手取り
例えば、処分損と閉鎖コストで残余財産の分配額が4,000万円になった場合です(会社に法人税等はかからず、社長にほかの所得はないものとし、所得控除と配当控除は考慮しない簡便な計算とします)。
- みなし配当:4,000万円−1,000万円=3,000万円
- 所得税:3,000万円×40%−279.6万円=920.4万円
- 復興特別所得税:9,204,000円×2.1%=193,284円
- 住民税:3,000万円×10%=300万円
- 税金の合計:9,204,000円+193,284円+3,000,000円=12,397,284円
- 手取り:40,000,000円−12,397,284円=27,602,716円
分配額のうち資本金にあたる1,000万円は、株式の取得価額と同額のため課税されません。
計算例:株式譲渡(M&A)した場合の社長の手取り
例えば、同じ会社を、時価純資産5,000万円に営業権1,000万円を加えた6,000万円で株式譲渡した場合です(仲介手数料などの譲渡費用は考慮しません)。
- 譲渡所得:6,000万円−1,000万円=5,000万円
- 税金(所得税・復興特別所得税・住民税):50,000,000円×20.315%=10,157,500円
- 手取り:60,000,000円−10,157,500円=49,842,500円
- 清算した場合との差:49,842,500円−27,602,716円=22,239,784円
実際には、配当控除や所得控除を考えると清算の税額はこれより少なくなり、仲介手数料を差し引けば株式譲渡の手取りも減ります。それでも、処分損と税率の差が重なるため、同じ会社でも手取りに1,000万円以上の差が出ることがあります。資産の中身と収益力で結果は大きく変わるため、自社の数字で試算することが出発点です。
役員退職金を組み合わせると手取りはどう変わる?
どちらの出口でも、社長が会社から役員退職金を受け取る方法を組み合わせると、手取りが増えることがあります。退職金は会社の損金になり、受け取る側では退職所得控除を差し引いたうえで課税対象をさらに圧縮する計算になっているため、給与や配当で受け取るより税負担が軽いからです(勤続年数が短い役員などは、この圧縮が制限されます)。
退職所得控除は、勤続20年以下なら40万円×勤続年数(最低80万円)、20年を超えるなら800万円+70万円×(勤続年数−20年)です。
計算例:清算の前に役員退職金を受け取る場合
例えば、役員としての勤続が30年の社長が、清算の前に役員退職金2,000万円を受け取る場合です。
- 勤続20年を超える部分の控除:70万円×10年=700万円
- 退職所得控除:800万円+700万円=1,500万円
- 控除を超える部分:2,000万円−1,500万円=500万円
2,000万円のうち1,500万円には税金がかからず、残りの500万円も退職所得として軽い計算で課税されます。同じ2,000万円を残余財産の分配で受け取れば、みなし配当として累進課税の高い税率がかかるため、退職金を先に受け取る方が手取りは増えやすくなります。
株式譲渡の場合も、譲渡の前に退職金を支払えば、その分だけ会社の財産が減り、株式の売却価格は下がります。それでも受け取る側の税負担は、譲渡所得の20.315%より軽くなる部分があるため、売却価格と退職金の配分を買い手と調整することがよくあります。
退職金が認められないケースに注意
会社の損金になるのは、勤続年数や功績に照らして相当な額までです。また、退職金を受け取った後も代表者として経営に関わり続けると、退職の実態がないとして退職金と認められないおそれがあります。M&Aの引継ぎ期間に会社に残る場合は、立場と報酬の決め方を事前に整理しておきます。
ツール役員退職金の目安を功績倍率法で計算する最終報酬月額・勤続年数・功績倍率から、退職金の目安額を計算できます。計算する 無料
ツール退職金の手取りを計算する退職所得控除を差し引いた後の所得税・住民税と、手取り額を確認できます。計算する
清算と売却のどちらが有利か、退職金と売却価格をどう配分するかは、会社の財産と株主の状況で変わります。初回無料で試算の進め方を確認できます。
無料で相談するM&Aが難しいのはどんな会社?廃業を選ぶ場合の注意点
すべての会社が売れるわけではありません。次のような場合は買い手が見つかりにくく、廃業を含めて検討することになります。
| 状況 | 買い手がつきにくい理由 | 検討できる方法 |
|---|---|---|
| 債務超過で、資産を売っても借入を返しきれない | 引き継ぐ負債が大きい | 金融機関と返済方法を協議し、清算の方法を専門家と検討する |
| 赤字が続き、改善の見込みが立たない | 営業権がつかず、時価純資産でも評価されにくい | 顧客・設備・人材など事業の一部だけを同業者に譲る |
| 売上が社長個人の技術や人脈に依存している | 社長が抜けると売上が残らない | 引継ぎ期間を設け、社長の役割を従業員に移していく |
| 許認可や主要な契約が社長個人の名義になっている | 会社を買っても事業を続けられない | 名義や契約の見直しを先に進める |
廃業を選ぶ場合も、手取りを増やす余地はあります。在庫や設備は事業をやめる直前ではなく、同業者が引き取りやすい時期に売る。従業員の再就職先を取引先や同業者に相談する。役員退職金を清算の前に受け取る。こうした段取りを、解散の決議より前に決めておくことが大切です。
北海道の会社の場合
道内でも、地元の同業者や取引先が後継者のいない会社を引き継ぐ形の承継は選択肢になります。「うちのような会社は売れない」と決めつける前に、許認可、顧客基盤、従業員、技術者やドライバーといった、買い手から見た価値を棚卸ししてみてください。公的な相談先として、国が各都道府県に設置している事業承継・引継ぎ支援センターも使えます。
売れる会社にするために、いつ・誰に相談するか
引退を考え始める2〜3年前から動くのが理想です。決算書の整理には時間がかかり、買い手探しから契約までにも一定の期間が必要だからです。進め方の流れは次のとおりです。
- 決算書を整える私的な経費や社長との貸し借り(役員貸付金・役員借入金)を整理し、在庫や売掛金が実在するかを確認します。点検の項目は経理・決算セルフチェックが使えます。
- 株価と手取りを試算する清算した場合、株式譲渡した場合、親族や従業員に引き継ぐ場合の手取りと税金を比べます。
- 相談先の役割を分ける株価の算定や税負担の試算は税理士・公認会計士、買い手探しは仲介会社や金融機関、公的な相談は事業承継・引継ぎ支援センターと、役割を分けて依頼します。
- 買い手と交渉して契約する秘密保持契約を結んだうえで条件を交渉し、買い手の調査(デューデリジェンス)を経て株式譲渡契約を結びます。
- 売却後に申告・納税する譲渡した年の翌年の確定申告で譲渡所得を申告し、納付します。住民税は申告の後に課税されます。
専門家の費用に使える補助金
事業承継・M&A補助金は、M&Aの仲介手数料などの専門家費用や、廃業に伴う費用の一部を補助する制度です。2026年10月3日時点では16次の公募(受付2026年10月2日〜11月6日17時、予定)が行われており、専門家活用枠は上限450万〜2,000万円、廃業・再チャレンジ枠は上限150万〜300万円です。補助金は後払いで、採択されても入金は事業の完了後になります。時期や要件は変わるため、最新の公募要領で確認してください。
親族や従業員に引き継ぐ道がある場合は、株式の贈与税・相続税の納税を猶予する事業承継税制の使い方もあわせて比べます。売るか、継がせるか、たたむかを同じ物差し(手取りと税金)で並べると、判断がぶれにくくなります。
よくある質問
赤字の会社でも、M&Aで売れることはありますか?
あります。営業権はつきにくいものの、顧客基盤や許認可、技術者などの人材、設備に価値があれば、買い手が見つかることがあります。赤字の原因が多めの役員報酬や一時的な費用であれば、それを除いた実力の利益を説明できるよう資料を整えます。
株式を売った代金の税金は、いつ払いますか?
売った年の翌年の確定申告で申告し、納付します。例えば2026年中に売却した場合は、令和8年分として2027年2月16日〜3月15日です。住民税は申告の後に課税され、退職後に国民健康保険に加入する場合は、譲渡所得が保険料の計算にも含まれます。
仲介会社に払った手数料は、税金の計算で差し引けますか?
株式を売るために直接かかった仲介手数料などは、譲渡費用として譲渡所得の計算で差し引けます。契約書や請求書を保管し、何のための費用かが分かるようにしておきます。
従業員の雇用は、清算と株式譲渡でどう違いますか?
株式譲渡では会社がそのまま残るため、雇用契約も原則として引き継がれます。清算では雇用契約を終了させる必要があり、退職金の支払いや解雇の予告など、労働法上の手続きが生じます。
事業譲渡と株式譲渡では、どちらが手取りが多くなりますか?
一般には株式譲渡の方が多く残ります。事業譲渡では譲渡益に会社段階で法人税などがかかり、そのお金を清算で分配するときに株主にもみなし配当の課税がかかるためです。ただし、買い手が簿外債務のリスクを避けて事業譲渡を希望することもあり、価格とあわせて比べます。
まとめ
廃業(清算)は、資産の処分損と閉鎖コストで分配額が減り、分配の多くが総合課税のみなし配当になるため、手取りが目減りしやすい方法です。黒字で事業基盤のある会社なら、営業権が上乗せされ、譲渡益の税率が20.315%で済む株式譲渡の方が多く残りやすくなります。役員退職金の組み合わせも含めて、引退の2〜3年前から決算書の整理と手取りの試算を始めましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
