事業承継の前に貸借対照表(BS)を整理するときは、①資産が本当にあるか、②帳簿に載っていない負債がないか、③社長個人とのお金が混ざっていないか、の三つを軸に点検します。仮払金や滞留債権、役員借入金など優先したい8項目について、確認する資料と片付け方、税務上の注意点をまとめました。
この記事の結論
承継前のBS整理は、科目ごとの残高明細を出し、中身を説明できない残高をなくしていく作業です。損失や課税が生じる処理も多いため、承継の5年ほど前から決算期をまたいで計画的に進めます。
- 仮払金・仮受金や動きのない売掛金・貸付金は、相手と証拠を確かめて精算・回収・損失処理を決める
- 社長との貸し借り(役員借入金・役員貸付金)は、相続財産や経営者保証の問題につながるため早めに解消策を選ぶ
- 保証債務・リース・未払残業代など、BSに載らない負債は契約書や規程から洗い出す
- 貸倒れ・除却・債権放棄には税務上の要件があり、根拠資料をそろえてから処理する
- 事業承継税制(特例措置)を使う予定なら、特例承継計画の提出期限(2027年9月30日)から逆算する
なぜ承継前にBSを整理しておくべき?
後継者は、先代が長年かけて築いた取引先との関係や業界の商慣習を、短い期間で理解しなければなりません。そのうえBSに実態のわからない項目が残っていると、「この資産は今も価値があるのか」「この負債はいつ、誰に返すものなのか」を一つずつ解きほぐす作業から始めることになります。
BSの中身が問われるのは、後継者の経営判断だけではありません。承継の時期には、金融機関との取引の継続や、株式を後継者へ移すときの税金も同時に動きます。
後継者にとって
- 資産・負債の中身がわかれば、投資や借入の判断ができる
- 「過去の後始末」に時間を取られずに済む
金融機関にとって
- 回収できない債権や含み損を差し引いた「実態の純資産」で返済力を見る
- 会社と社長個人のお金の区分は、経営者保証の判断材料になる
株式を移すときに
- 相続税・贈与税の計算に使う株価は、純資産や利益の影響を受ける
- 第三者への承継では、買い手が財務調査で同じ点を確認する
計算例:帳簿上の純資産と実態の純資産
例えば、帳簿上の純資産が3,000万円の会社に、回収できない貸付金が800万円、売れる見込みのない在庫が500万円残っているとします。この場合、実態に近い純資産は3,000万円−800万円−500万円=1,700万円です。
決算書の印象より1,300万円少なく、金融機関や後継者はこの差を気にします。整理を先送りすると、承継後に後継者がこの差を説明する立場になります。
承継後も金融機関との取引を続けるための考え方は、融資・資金調達ガイドで整理しています。
優先して点検したいBS項目は?
すべての勘定科目を一度に見直すのは現実的ではありません。金額が大きく、中身を説明できない項目から優先順位をつけて点検します。
点検の軸は三つです。①実在性(帳簿に載っている資産が本当にあり、価値があるか)、②網羅性(返す義務のある負債が漏れなく載っているか)、③勘定科目の中身(科目名と実態が合っているか)です。
| 項目 | よくある状態 | 確認する資料 | 片付け方の方向 |
|---|---|---|---|
| 仮払金・仮受金 | 内容が不明のまま何期も残っている | 発生時の伝票・通帳・領収書 | 中身を特定して精算し、本来の科目へ振り替える |
| 売掛金・前渡金 | 取引が終わった相手の残高が動いていない | 得意先元帳・請求書・残高確認書 | 回収を交渉し、難しければ貸倒れの要件を確認する |
| 貸付金(取引先・関係会社) | 返済が止まっている、契約書がない | 金銭消費貸借契約書・返済の履歴 | 回収計画か整理の方針を決める |
| 棚卸資産(在庫) | 帳簿と現物が合わない、売れない在庫がある | 実地棚卸の記録・在庫台帳 | 処分・廃棄し、証拠を残す |
| 固定資産 | 廃棄済みの設備が台帳に残る、使っていない資産がある | 固定資産台帳・現物・償却資産の申告書 | 除却・売却を検討する |
| 有価証券・会員権・保険積立金 | 時価や解約返戻金が帳簿の金額と大きく違う | 証券会社の残高報告・解約返戻金の通知 | 売却・解約したときの損益を試算する |
| 役員貸付金・役員借入金 | 社長個人との貸し借りが積み上がっている | 総勘定元帳・議事録・借用書 | 返済・相殺・資本への振替などを検討する |
| 簿外債務・保証債務 | 帳簿に載っていない返済義務がある | 保証契約書・リース契約書・退職金規程 | 一覧にして金額を見積もる |
出発点として便利なのが、法人税の申告書に添付する「勘定科目内訳明細書」です。科目ごとに相手先と残高が並ぶため、何期も同じ金額が続いている行が整理の候補になります。
資産が「本当にあるか」はどう確かめる?
仮払金・仮受金は中身を特定して精算する
仮払金には、未精算の出張旅費や、社長の私的な支出の立替えが混ざっていることがあります。私的な支出を会社の経費として処理すると役員給与とみなされ、損金にならないうえに源泉所得税の問題も生じます。
私的な支出とわかったものは社長に返してもらうか、役員貸付金として返済計画を立てます。仮受金は、入金元が特定できないままだと売上の計上漏れを疑われやすいため、通帳と請求書を突き合わせて本来の科目に振り替えます。
売掛金・前渡金・貸付金は相手に確かめる
得意先別・相手先別の残高一覧を出し、何期も動いていない残高を抜き出します。相手に残高確認書を送って金額を照合すると、実在するかどうかがはっきりします。
例えば、「その他資産」に長年残っていた金額を調べると、数年前に取引が終わった相手先への前渡金だった、ということがあります。回収の見込みがあれば早めに精算し、回収できなければ、後で説明する損失処理の要件に当たるかを確認します。
在庫と固定資産は現物を数える
在庫は実地棚卸の結果と帳簿を比べ、長く動いていない品目を洗い出します。金融機関向けに利益を多く見せるため、過去に在庫や売掛金を実態より多く計上してきた場合は、修正の方法と税務上の手続きを専門家と相談しながら決めます。
固定資産は固定資産台帳と現物を照らし合わせます。廃棄したのに台帳に残っている設備は除却の処理をし、市町村への償却資産の申告(毎年1月31日まで)からも外れているかを確認します。
有価証券・会員権・保険積立金は時価と比べる
投資有価証券やゴルフ会員権は取得時の帳簿価額のまま残りやすく、時価との差(含み損益)が大きくなりがちです。保険積立金も、帳簿の金額と解約返戻金の額がずれていることがあります。
売却や解約で損益が確定するため、どの決算期に処理するかで利益と税金が変わります。保険を先代の退職金の原資と考えている場合は、退職金の支給時期とあわせて解約の時期を決めます。
社長との貸し借り(役員借入金・役員貸付金)はどう片付ける?
中小企業のBSで、承継前に手当てが必要になりやすいのが社長個人との貸し借りです。会社が社長から借りている「役員借入金」と、会社が社長に貸している「役員貸付金」では、問題になる点が異なります。
役員借入金は社長の相続財産になる
社長が会社に貸したお金は、社長に相続が起きると「貸付金債権」として相続財産に含まれます。会社の業績が悪く返済の見込みが薄くても、破産などの限られた場合を除き、原則として元本の額で評価されます。
具体例:返済されない役員借入金が残ったまま相続が起きた場合
例えば、社長が会社に5,000万円を貸したまま亡くなると、会社に返済の余力がなくても、原則として5,000万円の貸付金債権が相続財産になります。相続人は現金を受け取れないまま、その分も含めた相続税を負担することになりかねません。
| 解消の方法 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 計画的な返済 | 会社の資金で少しずつ返す | 資金繰りを圧迫しない返済額にする。返済を受けた現金は社長の財産として残る |
| 債権放棄 | 社長が会社への貸付金を放棄する | 会社に債務免除益が生じ、繰越欠損金で吸収できなければ法人税がかかる。株価が上がると、他の株主への贈与とみなされる場合がある |
| DES(債務の株式化) | 貸付金を会社の株式に振り替える | 債権の時価が額面より低いと、会社に利益が生じる場合がある。社長の持株が増える点にも注意 |
| 後継者への贈与 | 貸付金債権を後継者に贈与する | 贈与税の対象になる。会社の返済義務はそのまま残る |
役員貸付金は「会社と個人の分離」の問題
会社が社長に貸しているお金は、金融機関から回収の見込みが低い資産として差し引いて見られやすい項目です。適正な利息を受け取っていないと、利息に相当する額が役員への給与とみなされる場合もあります。
会社と経営者個人のお金が分けられていることは、「経営者保証に関するガイドライン」で、経営者保証を求めない判断の要素の一つとされています。後継者が保証を引き継がずに済むよう交渉するためにも、承継前に解消しておく意味があります。方法としては、役員報酬からの返済、社長所有の資産を会社が時価で買い取って相殺する方法、退任時の退職金と相殺する方法などがあります。
役員借入金・役員貸付金の解消方法は、株価や相続税への影響によって選び方が変わります。整理の方向性は初回無料で確認できます。
無料で相談する帳簿に載っていない負債や資産はどう洗い出す?
BSに載っている項目を点検しても、載っていない負債(簿外債務)が残っていれば後継者のリスクは消えません。次の項目を、契約書・社内規程・議事録などから確認します。
- 会社が関係会社や社長個人の借入を保証していないか(保証契約書・金融機関の取引資料)
- リース契約の残りの支払額(リース契約書・支払予定表)
- 退職金規程に基づいて将来払う退職金(就業規則・退職金規程・従業員の勤続年数)
- 未払いの残業代・賞与・社会保険料(勤怠記録・給与台帳)
- 係争中の訴訟やクレーム、賃借物件の原状回復義務(契約書・関係者とのやり取り)
- 預り保証金・前受金など、返す義務のあるお金(契約書・入金記録)
承継後に見つかると、後継者は先代の判断の経緯を知らないまま対応することになります。金額を見積もって一覧にし、後継者と金融機関に説明できる状態にしておきます。
社長個人名義の土地・建物を会社が使っている場合
会社の工場や店舗が社長個人の土地に建っている、社長名義の建物を会社が借りている、という形は地場の中小企業でよく見られます。これらは会社のBSに載りませんが、社長の相続で後継者以外の相続人に渡ると、事業の継続に支障が出るおそれがあります。
対応としては、会社が時価で買い取る方法や、遺言・贈与で後継者に引き継ぐ方法があります。会社に売る場合、社長には譲渡所得の税金がかかり、所有期間が5年を超える土地・建物(譲渡した年の1月1日時点で判定)なら税率は所得税・住民税あわせて20.315%(復興特別所得税を含む)です。時価より著しく低い価格で会社に売ると、時価で売ったものとみなして課税される場合があるため、価格は時価を基準に決めます。
無料ツール社長個人の土地・建物を売ったときの税額を試算する譲渡価額と取得費などを入れると、譲渡所得と所得税・住民税の目安を計算できます。計算する
会社と社長の間で地代を払っているか、「土地の無償返還に関する届出書」を出しているかによって、相続のときの土地や株式の評価が変わることもあります。賃貸借の契約書と届出の有無もあわせて確認しておきましょう。
損失処理・債権放棄の税務はどう考える?
BSの整理では、貸倒損失・除却損・廃棄損などの損失を計上する場面が多くなります。ただし、帳簿から消せばそのまま税務上の損金になるわけではなく、処理ごとに要件があります。
| 処理 | 税務上の考え方 | そろえておく資料 |
|---|---|---|
| 売掛金・貸付金の貸倒れ | 法的に債権が消滅した、全額が回収できないことが明らか、など通達で示された場面に当たるかで判断する | 督促の記録、相手の破産・再生手続の資料、取引停止の記録 |
| 取引先・関係会社への債権放棄 | 合理的な再建計画などの事情がなければ寄附金とされ、損金算入が制限される | 再建計画、相手の財務資料、放棄の通知書 |
| 在庫の評価損・廃棄 | 値下がりだけでは評価損は原則認められず、破損や著しい陳腐化などの事実が必要。廃棄した分は廃棄損になる | 廃棄業者の証明書、写真、品目別のリスト |
| 固定資産の除却 | 廃棄すれば除却損。使用をやめ、今後も使う見込みがない資産は、廃棄前でも除却損を計上できる場合がある(有姿除却) | 廃棄の証明、使用停止の記録、社内の決裁書類 |
貸倒れのように、損失を計上する事業年度が事実の発生によって決まる処理もあります。利益の出ている年にまとめて損失を出す、といった調整がいつでもできるわけではない点に注意が必要です。
処理が否認されたときの負担
整理の処理が税務調査で否認されると、本来の税額に加えて過少申告加算税(原則10%。期限内申告税額と50万円のいずれか多い額を超える部分は15%)と延滞税がかかります。事実を隠したり仮装したりした場合は重加算税(35%)の対象です。
更正の期間制限は原則として法定申告期限から5年(偽りその他不正の行為がある場合は7年)です。整理の根拠資料は、法人の帳簿書類と同じく7年(欠損金が生じた事業年度は10年)を目安に保存しておきます。
ツール延滞税・加算税の概算を計算する追加で納める税額と期間を入れると、加算税と延滞税の目安がわかります。計算する
いつから、どの順番で進める?
整理には時間がかかります。取引先への確認や資産の売却には相手があり、損失の計上は決算期をまたいで考える必要があるため、承継の5年ほど前から少しずつ着手しておくと直前に慌てずに済みます。
- 資料を集める直近数期の決算書、勘定科目内訳明細書、固定資産台帳、借入・保証・リースの契約書をそろえます。
- 説明できない残高に印をつける科目ごとに残高の中身を説明できるかを確認し、実在性・網羅性・中身の三つの軸で問題項目の一覧を作ります。
- 証拠を集める残高確認書、実地棚卸、現物確認、契約書の読み込みで、項目ごとの事実を固めます。
- 処理方針と影響を試算する回収・精算・売却・除却・損失処理のどれにするかを決め、税金・株価・資金繰りへの影響を見積もります。
- 決算期ごとに実行する計画に沿って処理し、根拠資料を保存します。金融機関には、処理の前に目的と見通しを伝えておきます。
- 後継者に引き継ぐ整理前と整理後の実態の純資産、残った課題と対応方針を資料にまとめ、後継者と共有します。
事業承継税制(特例措置)で株式を後継者に移す予定がある場合は、制度の期限から逆算します。特例承継計画の提出期限は2027年9月30日(旧期限の2026年3月31日から延長)で、特例措置による贈与・相続の期限は2027年12月31日のまま変わっていません。今後の見直しの内容は決まっていないため、現行の期限を前提に計画を立てます。制度の要件は事業承継税制の要件と手続きの流れで確認できます。
整理の作業は後継者と一緒に進める
残高の中身を一つずつ確かめる作業は、取引先との経緯や資産を持っている理由を後継者に伝える機会にもなります。先代だけで片付けるより、後継者が同席して判断の理由を聞いておくほうが、承継後の説明や経営判断に役立ちます。
よくある質問
整理で損失を出すと、融資に悪い影響はありませんか?
損失を計上した期は利益が減りますが、金融機関はもともと回収できない債権や含み損を差し引いて実態を見ていることが多く、実態に合ったBSはかえって説明しやすくなります。処理の前に、整理の目的と整理前後の実態の純資産を金融機関に伝えておくと、誤解を防げます。
BSを整理すると、自社株の評価は変わりますか?
相続税・贈与税の計算に使う非上場株式の評価額は、会社の規模などに応じて、純資産や利益・配当などをもとに計算します。不良資産の処分や退職金の支給で純資産や利益が減れば評価額が下がる一方、役員借入金の債権放棄のように評価額が上がる処理もあります。承継の方法とあわせて試算してから進めます。
名義株があると、承継のときに困りますか?
名義株とは、株主名簿上の株主と実際にお金を出した人が異なる株式です。議決権の行使や、相続で誰の財産になるかが争いになるおそれがあるため、出資の経緯や配当の受取状況を確認し、承継前に名義を実態に合わせておくことが望まれます。
第三者に会社を譲る場合も、同じ準備が必要ですか?
必要です。買い手は買収前の財務調査(財務デューデリジェンス)で、資産の実在性や簿外債務を同じ視点で確認します。整理されていないと、価格の引下げや契約条件の追加につながることがあります。進め方は第三者承継(M&A)で会社を譲渡する流れもあわせてご覧ください。
先代に役員退職金を払うときの注意点は?
役員退職金を支給すると会社の純資産が減るため、株式を移す前の時期に支給を計画することがあります。ただし、退任後も代表者として実質的に経営に関わり続けると、退職の事実がないとして退職金と認められないおそれがあります。保険積立金の解約時期や資金繰りとあわせて準備します。
まとめ
承継前のBS整理は、科目ごとの残高明細から「説明できない残高」を一つずつなくしていく作業です。仮払金・滞留債権・在庫・遊休資産・社長との貸し借り・簿外債務を優先して点検し、損失処理は税務の要件と根拠資料をそろえてから行います。承継の5年ほど前から計画的に進めれば、後継者に見通しのよいBSを渡せます。
札幌の公認会計士・税理士事務所
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- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂(令和8年度税制改正を反映)
