M&Aの買収予算の決め方の基本は、希望価格ではなく「使える自己資金+借入余力−周辺費用と買収後に必要な資金」から逆算することです。借入余力は自社と買収先のキャッシュフローで返せる額から見積もり、仲介手数料や調査費用、事業譲渡なら消費税も予算に含めます。
この記事の結論
買収予算の上限は、本業に支障のない自己資金と、返済できる範囲の借入を足し、周辺費用と買収後の運転資金を差し引いて決めます。
- 自己資金は現預金の全額ではなく、運転資金・納税資金・季節の資金需要を残した余剰分で数える
- 借入余力は、自社と買収先のキャッシュフローで無理なく返せる額から逆算する
- 仲介・デューデリジェンス(買収監査)の費用、手続費用、買収後の運転資金を予算に含める
- 事業譲渡では、消費税や不動産の取得にかかる税など、株式譲渡にはない資金が出やすい
- 予算は「上限(撤退ライン)」と「目標価格」の2段で決め、調査の結果で見直す
なぜ買収予算を「希望価格」から決めてはいけない?
初めてM&Aを検討する経営者は、「この規模の会社なら、このくらいで買えるだろう」というイメージから予算を決めがちです。しかし、その金額は自社の資金力と離れていることが多く、後から資金調達で行き詰まる原因になります。
買収は成約して終わりではありません。契約後の運転資金や統合の費用もかかりますし、交渉の過程で価格が上振れすることもあります。デューデリジェンス(買収監査)で未払の残業代や設備の修繕の必要が見つかり、追加の資金が要る場面もあります。調査で何を確認するかは「財務デューデリジェンスの進め方」で整理しています。
希望価格から決めた場合
- 資金力と合わない案件に時間を使う
- 価格が上振れしたときに対応できない
- 成約後の運転資金が足りなくなる
- 無理な借入で本業の資金繰りまで苦しくなる
資金力から逆算した場合
- 検討する案件の規模を最初から絞れる
- 上振れや追加費用の余力を持てる
- 金融機関に説明しやすい資金計画になる
- 撤退ラインが明確で、交渉で無理をしにくい
自己資金として使える金額はいくら?洗い出し方
最初に、自己資金として買収に充てられる金額を洗い出します。会社と経営者個人に分けて、次のように整理すると漏れが減ります。
| 資金の出どころ | 数え方 | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 会社の余剰資金 | 現預金から、本業の運転資金・予定している設備投資・納税資金を差し引いた残り | 資金繰り表、納税予定、設備投資の計画 |
| 経営者個人の資産 | 預貯金や有価証券のうち、生活資金を残して拠出できる額 | 個人の預金残高、保有資産の一覧 |
| 社内で調整できる資金 | 増資、役員借入金の返済の見合わせなど | 貸借対照表、株主構成 |
「今ある現預金の全額」を自己資金にしない
本業の季節的な資金繰りや、法人税・消費税の納付、既存の設備投資の計画を踏まえ、買収に回しても本業に支障が出ない金額を見極めます。自己資金を大きく見積もるほど、買収後に資金繰りが苦しくなるリスクが高まります。
計算例:会社の余剰資金を数える
例えば、現預金が8,000万円で、運転資金として2,500万円、予定している設備投資に1,500万円、法人税などの納税資金に1,000万円を残すと決めた会社の場合(いずれも仮の数字)。
- 残しておく資金:2,500万円+1,500万円+1,000万円=5,000万円
- 買収に充てられる余剰資金:8,000万円−5,000万円=3,000万円
この3,000万円が、会社として出せる自己資金の目安です。経営者個人から拠出する資金があれば、別に上乗せして考えます。
借入余力はどう見積もる?返済原資から逆算する
金融機関は、既存の借入の状況と、買収先を含めた事業全体の返済能力(キャッシュフロー)で借入余力を判断します。買収時の借入では、買収先の将来のキャッシュフローも返済原資として評価されることが多く、自社単体だけで考えると予算を小さく見積もりすぎる場合もあります。
| 確認項目 | 見るポイント | 使う資料 |
|---|---|---|
| 既存借入の状況 | 借入残高と年間の返済額、担保の余力 | 借入一覧、返済予定表 |
| 自社の返済能力 | 本業の利益とキャッシュフローで、新たな返済にどこまで耐えられるか | 決算書3期分、試算表 |
| 買収先の収益力 | オーナーの報酬や一時的な損益を調整した、実力ベースの利益とキャッシュフロー | 買収先の決算書、調査の結果 |
| 買収先の借入 | 前のオーナーの個人保証の解除に伴い、借換えや一括返済を求められないか | 買収先の借入契約、保証の一覧 |
| 金融機関との関係 | 普段の取引金融機関が、買収案件をどう評価するか | 事前相談の結果 |
返済原資の目安には、税引後利益に減価償却費(現金の出ていかない費用)を足した「簡易キャッシュフロー」がよく使われます。金融機関は、借入金をこのキャッシュフローの何年分で返せるか(債務償還年数)もあわせて見ています。
計算例:借入余力の目安を逆算する
例えば、自社の税引後利益が1,200万円、減価償却費が800万円、既存借入の年間返済が1,200万円で、買収先の実力ベースの税引後利益が600万円、減価償却費が300万円の場合(いずれも仮の数字。利息は省いた単純計算)。
- 自社の簡易キャッシュフロー:1,200万円+800万円=2,000万円
- 既存の返済後に残る額:2,000万円−1,200万円=800万円
- 買収先の簡易キャッシュフロー:600万円+300万円=900万円
- 新たな返済に回せる額の合計:800万円+900万円=1,700万円
- 余裕を3割残す場合:1,700万円×70%=1,190万円
- 返済期間を7年とした場合の借入余力:1,190万円×7年=8,330万円
実際の借入可能額は金融機関の審査で決まるため、この段階の数字はあくまで目安です。それでも「自己資金+借入余力」の上限イメージを持っておくと、候補の絞り込みが速くなります。
買収価格以外にかかる費用は?予算に入れる周辺費用
買収予算は、買収価格だけでなく周辺費用まで含めて組みます。周辺費用を見込まずに予算を組むと、成約直後から資金繰りが苦しくなることがあります。
| 費用 | 内容 | 予算に入れるときのポイント |
|---|---|---|
| 仲介・アドバイザーの手数料 | 着手金・中間金・成功報酬など | 成功報酬は取引金額に応じて料率が下がる方式(レーマン方式)が使われることが多く、最低報酬額の定めも確認する |
| デューデリジェンスの費用 | 財務・税務・法務・労務・事業の調査 | 調査の範囲と深さで変わる。範囲を絞る場合は、何を確認しないかも決める |
| 契約・登記などの手続費用 | 契約書の作成、役員変更や不動産の登記、許認可の手続き | 許認可が引き継げない業種では、取り直しの費用と期間も見込む |
| 事業譲渡で生じる税金 | 課税資産にかかる消費税、不動産の取得にかかる税 | 株式譲渡では生じないため、買収の形を決める前に試算する |
| 買収後の資金と統合費用 | 当面の運転資金、システムや会計の統合、人員の手当て | 買収先の運転資金の谷(季節や入金サイト)を基準に見積もる |
事業譲渡の場合、土地は消費税が非課税ですが、建物・設備・のれん(営業権)などの課税資産には消費税10%がかかります。また、不動産を引き継ぐと、北海道の不動産取得税(土地・住宅は3%、住宅以外の家屋は4%。宅地は2027年3月31日までの取得なら課税標準が2分の1)と登録免許税(土地の売買による移転は2029年3月31日まで1.5%)がかかります。
計算例:事業譲渡で別に用意する消費税
例えば、事業譲渡の対価が土地1,500万円・建物と設備1,000万円・のれん2,500万円の場合(いずれも税抜の仮の数字)。
- 対価の合計:1,500万円+1,000万円+2,500万円=5,000万円
- 消費税がかかる部分:1,000万円+2,500万円=3,500万円
- 対価とは別に支払う消費税:3,500万円×10%=350万円
この350万円は、本則課税の課税事業者であれば仕入税額控除で取り戻せる場合がありますが、申告までの間は資金が出ていきます。簡易課税や免税事業者の場合は、原則として取り戻せない前提で予算に入れます。
売り手のオーナーに支払う役員退職金を、買収先の会社の資金から支払う形にすると、株式の価格は下がる一方で、買収先の手元資金も減ります。予算は「株式の代金」だけでなく、「買収先から出ていく資金」もあわせて考えます。
予算レンジはどう決める?仮の数値で逆算する
本業に支障のない自己資金をA、金融機関との相談を踏まえた借入余力をB、周辺費用と買収後の運転資金として確保したい金額をCとすると、買収価格の上限は「A+B−C」です。AとBの合計が大きく見えても、Cを十分に見込まなければ成約後の資金繰りに余裕がなくなります。
計算例:買収価格の上限と目標価格
例えば、先の例の自己資金3,000万円と借入余力(端数を切り下げて)8,000万円、周辺費用と買収後の運転資金に1,500万円を確保する場合(いずれも仮の数字)。
- 買収価格の上限:3,000万円+8,000万円−1,500万円=9,500万円
- 目標価格(上限の8割とする場合):9,500万円×80%=7,600万円
上限は「これを超えたら見送る」撤退ライン、目標価格は交渉で目指す水準です。事業譲渡で消費税の立替えが生じる場合は、その分もCに加えます。
予算は、次の5つの手順で固めていきます。候補が見つかってから慌てて計算するのではなく、探し始める前に手順1〜4を終えておくのが理想です。
- 自己資金を洗い出す会社と個人に分けて、本業に支障のない金額を確定します。
- 借入余力を試算し、金融機関に事前相談する自社と買収先のキャッシュフローから返済可能額を逆算し、取引金融機関の感触を確かめます。
- 周辺費用と買収後の資金を見積もる手数料・調査費用・手続費用・税金・運転資金を一覧にします。
- 上限と目標価格を決める撤退ラインを社内で合意し、交渉の途中で動かさないようにします。
- 候補ごとに当てはめ、調査の後に見直すデューデリジェンスで見つかった論点を、価格や条件に反映します。
買収の形や買い手の立場で予算はどう変わる?
同じ買収価格でも、株式譲渡か事業譲渡か、会社が買うか個人が買うかで、必要な資金と返済の仕組みが変わります。
| 区分 | 引き継ぐもの | 予算上の注意点 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 会社をまるごと引き継ぐ(資産・負債・契約・許認可) | 株式の取得に消費税はかからない。簿外債務などのリスクも引き継ぐため、調査と補償条項で備える |
| 事業譲渡 | 契約で選んだ資産・負債・契約だけを引き継ぐ | 課税資産の消費税や不動産の取得にかかる税が出やすい。契約や許認可の移し替えに手間と費用がかかる |
| 会社が買う | 買収先を子会社にするなど | 返済原資を子会社から親会社へ移す方法(配当など)と、その税務を事前に設計する |
| 個人が買う | 個人が株式を取得する | 個人で借りると、返済は役員報酬から税金と社会保険料を引いた手取りで行うため、必要な報酬が大きくなる |
どの形が有利かは、買収先の資産の中身、許認可、借入の状況によって変わります。事業そのものの将来性をどう評価するかは「事業デューデリジェンスの進め方」も参考にしてください。
買収の形によって、必要な資金も税金も変わります。決算書3期分と候補の概要をもとに、予算の上限を初回無料で一緒に試算できます。
無料で相談する資金の調達先と、使える公的支援は?
買収資金は、自己資金と金融機関からの借入の組み合わせが基本です。普段の取引金融機関のほか、日本政策金融公庫も選択肢になります。どの組み合わせが合うかは「融資・資金調達ガイド」で整理しています。
国の「事業承継・M&A補助金」には、M&Aの仲介やデューデリジェンスなど専門家への費用を対象にした専門家活用の枠(450万〜2,000万円)があります。買収後の統合を支えるPMIの枠(150万〜1,000万円)もあります。2026年10月時点では、16次公募の受付が2026年10月2日〜11月6日17時(予定)とされています。公募の回ごとに要領を確認してください。
補助金は後払い。予算は補助金なしで組む
補助金は、採択された後に経費を支払い、実績報告を経てから入金されます。採択されても入金までの資金は自分で用意する必要があるため、買収予算は補助金を当てにせずに組み、入金されたら余力として扱います。
北海道の会社を買うときは「季節の谷」と成約時期に注意
道内には、冬に売上が落ちる業種や、観光シーズンに売上が集中する業種が多くあります。成約が閑散期の直前になると、買収後の最初の数か月に運転資金が多く必要になります。買収先の月次の資金繰りを12か月分確認し、成約時期に合わせて運転資金を見積もってください。
また、事業承継やM&Aの公的な相談窓口として、各都道府県に事業承継・引継ぎ支援センターが設けられています。
資金計画は、買収後の数字の管理と一体で考えると精度が上がります。予算と実績を月次で比べる仕組みづくりは「中小企業の財務コンサルティングガイド」で紹介しています。
よくある質問
買収価格は、利益の何倍が目安ですか?
一律の倍率はありません。中小企業のM&Aでは、時価純資産に数年分の利益を上乗せする方法(いわゆる年買法)や、営業利益に減価償却費を足した額の何倍かで見る方法などが使われます。ただし価格の考え方がどうであれ、払える上限は自社の資金力で決まります。
自己資金がほとんどなくても会社を買えますか?
借入だけで買う計画は、金融機関が慎重に見ます。買収先のキャッシュフローだけを返済の当てにすると、業績が少し下がっただけで返済が苦しくなるためです。自己資金を一定程度入れたうえで、売り手との条件(代金の一部の後払いなど)も含めて検討するのが現実的です。
買収後に問題が見つかり、追加の資金が必要になったら?
契約の表明保証や補償の条項で、売り手に負担を求められる場合があります。ただし回収には時間がかかるため、予算には一定の予備費を入れておきます。調査で把握できた論点は、成約前に価格や条件へ反映するのが基本です。
金融機関にはいつ相談すればよいですか?
候補が具体化し、意向表明をする前の段階が目安です。自社の決算書3期分と、秘密保持の範囲で出せる候補の概要(業種・規模・利益の水準)を持参すると、借入余力の感触をつかみやすくなります。
まとめ
買収予算は、希望する会社の規模や価格から決めるのではなく、本業に支障のない自己資金と、自社と買収先のキャッシュフローで返せる借入余力から逆算して決めます。仲介・調査の費用、事業譲渡の消費税、買収後の運転資金を差し引いて上限と目標価格を定め、借入可能額は金融機関や専門家との相談で精度を高めていきましょう。
札幌の公認会計士・税理士事務所
買収予算・資金計画のご相談は、ジェイスタート会計事務所へ
- 初回相談は無料(オンライン対応可)
- フォーム・LINEは24時間受付、翌営業日までにご返信
- その場でご契約を迫ることはありません
対応:法人の決算・税務顧問/個人事業主の確定申告/相続・贈与・事業承継/融資・資金繰り
出典・参考(公的機関)
本記事は2026年10月時点の法令等に基づく一般的な解説です。個別の状況により取扱いが異なる場合がありますので、実際の申告・手続きは税理士等の専門家にご相談ください。
更新履歴:2026年10月 全面改訂
