相続手続と民法|遺言・相続放棄・遺産分割・遺留分・相続登記

相続の手続と民法のルールを、税金とのつながりとあわせて解説します。死亡後の期限一覧、相続放棄、遺言、遺産分割、遺留分、配偶者居住権、相続登記の義務化、国庫帰属制度など、2026年10月時点の制度に対応しています。

相続税・贈与税 総合ガイド|相続手続と民法

相続手続と民法死亡後の手続・遺言・放棄・遺産分割・遺留分・相続登記の義務化

遺産の分け方や手続の進め方は、相続税の特例が使えるかどうかや、相続後の譲渡所得にも影響します。民法の基本と、2024年以後に変わった相続登記・遺言の制度を押さえておきましょう。

期限の一覧とカレンダーつき相続登記・住所変更登記の義務化に対応2026年10月17日時点
3か月相続放棄・限定承認の期限出典:民法915条
3年相続登記の申請義務出典:不動産登記法76条の2
10年具体的相続分を主張できる期間出典:民法904条の3
3,900円自筆証書遺言の法務局保管の手数料出典:法務省
第1章

死亡後の手続一覧:期限順

家族が亡くなった後の手続は、7日以内の死亡届に始まり、10か月以内の相続税の申告、3年以内の相続登記まで続きます。この章では、期限のある手続を短い順に並べ、窓口と期限の数え始めの違いを整理します。

この章の結論

  • 最初の2週間に、死亡届(7日以内)、年金の死亡届(厚生年金10日以内・国民年金14日以内)、世帯主変更届(14日以内)が集中します。年金の死亡届は、日本年金機構にマイナンバーが収録されている人なら原則として省略できます。
  • お金と権利に関わる大きな期限は、相続放棄・限定承認が3か月、準確定申告が4か月、相続税の申告・納付が10か月、相続登記が3年です。
  • 期限の数え始めは手続ごとに違います。「死亡日から」と決めつけず、「知った日(時)から」なのか、国税のように「知った日の翌日から」なのかを確かめます。

次の計算ツールに亡くなった日などを入れると、相続放棄・準確定申告・相続税の申告・相続登記などの期限の目安を確認できます。国税の期限は土日祝日などに当たれば翌開庁日で表示し、相続放棄など税金以外の期限は日付をずらさずに印を付けて表示します。施行前に始まった相続の相続登記と具体的相続分の期限は、経過措置を反映して表示します。詳しい要件は下の表と各章で確認してください。

計算ツールを表示するには JavaScript を有効にしてください。

期限の短い順に見る主な手続

法律で期限が決まっている主な手続を短い順に並べます。窓口は札幌市の例ですが、期限は全国共通です。

死亡後の主な手続と期限(2026年(令和8年)10月17日時点の法令)
期限手続数え始め・補足主な窓口
7日以内死亡届死亡の事実を知った日から。国外で亡くなった場合は3か月以内市区町村(札幌市は区役所の戸籍住民課)
10日・14日以内年金受給権者死亡届厚生年金は10日以内、国民年金は14日以内。日本年金機構にマイナンバーが収録されている人は原則省略可年金事務所(郵送・電子申請も可)
14日以内世帯主変更届世帯主が変わった日から。残る世帯員の状況により不要な場合あり市区町村(区役所)
速やかに国民健康保険・後期高齢者医療・介護保険の資格喪失と保険証等の返却国民健康保険は死亡日の翌日に資格を失います市区町村(区役所)
遅滞なく遺言書の検認の申立て自宅などで保管の自筆証書遺言と秘密証書遺言。公正証書遺言・法務局保管の遺言は不要家庭裁判所
3か月以内相続放棄・限定承認(期間の伸長の申立ても)自己のために相続の開始があったことを知った時から家庭裁判所(亡くなった人の最後の住所地)
4か月以内準確定申告(亡くなった人の所得税)相続の開始があったことを知った日の翌日から亡くなった人の納税地の税務署
6か月・1年特別寄与料の家庭裁判所への請求相続の開始と相続人を知った時から6か月、相続開始から1年のいずれか早い方家庭裁判所
10か月以内相続税の申告・納付相続の開始があったことを知った日の翌日から亡くなった人の死亡時の住所地を所轄する税務署
1年・10年遺留分侵害額の請求相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈を知った時から1年。相続開始から10年でも消滅贈与・遺贈を受けた相手方へ請求
3年以内相続登記相続の開始と所有権の取得を知った日から。2024年(令和6年)4月1日より前の相続は2027年(令和9年)3月31日まで(知った日から3年の方が遅ければその日)法務局
10年特別受益・寄与分を考慮した遺産分割相続開始から。2023年(令和5年)4月1日より前の相続には猶予があるとされています家庭裁判所への分割の請求

札幌市内の窓口の所在地や管轄区域は札幌の相続の窓口にまとめています。

最初の2週間:死亡届・年金・保険・世帯主

死亡届は、死亡の事実を知った日から7日以内に市区町村へ出します。届け出るのは、親族、同居者、家主、後見人などです。

年金を受け取っていた人が亡くなったときは、年金事務所に年金受給権者死亡届を出します。期限は厚生年金が10日以内、国民年金が14日以内です。ただし、日本年金機構にマイナンバーが収録されている人は、市区町村への死亡届を7日以内に出した場合などには、原則として省略できます。年金の未払い分(未支給年金)や遺族年金は、死亡届とは別に請求します。

国民健康保険は死亡日の翌日に資格を失うため、後期高齢者医療や介護保険とあわせて、区役所などで資格喪失の手続と資格確認書等の返却を速やかに行います。世帯主が亡くなって世帯主が変わるときは、14日以内に世帯主変更届を出します(残る世帯員の状況によっては不要です)。

札幌市の区役所の案内では、印鑑登録証やマイナンバーカード、敬老優待乗車証などの返還も挙げられています。

3か月・4か月・10か月:相続の選択と税金の期限

3か月は、相続放棄か限定承認をするかを決める期限です。自分が相続人になったと知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述しなければ、単純承認(財産も借金もすべて引き継ぐこと)とみなされます。借金の有無がすぐに分からないときは、3か月以内に期間の伸長を申し立てられます(相続放棄・限定承認)。

4か月は、亡くなった人の所得税を申告する準確定申告の期限です。その年の1月1日から死亡日までの所得について、相続人などが申告します。準確定申告で戻ってくる所得税(還付金)は、相続財産になります。

10か月は、相続税の申告と納付の期限です。申告が必要になるのは、特例を使わずに計算した課税価格の合計額が、基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合です。課税価格の合計額は、相続財産から債務などを引き、一定の生前贈与を加えた額です。

特例で税額が0円になる場合も、申告書を出さなければ特例を受けられません。提出先は、亡くなった人の死亡時の住所地を所轄する税務署です。

口座が凍結されて葬儀費用などが払えないとき

遺産分割の前でも、相続人は1人で預貯金の一部を払い戻せます。上限は「相続開始時の残高×1/3×その人の法定相続分」で、1つの金融機関につき150万円までです(遺産分割:協議・調停・審判と10年の期間制限)。ただし、相続放棄を考えている人が預金を払い戻して自分のために使うと、単純承認とみなされるおそれがあります。

1年・3年・10年の期限と、時効のある請求

遺言や生前贈与で最低限の取り分(遺留分)を侵害されたときの請求は、相続の開始と侵害を知った時から1年以内です(遺留分)。相続人ではない親族(亡くなった人の子の配偶者など)が無償の介護などの貢献に応じて求める特別寄与料も、家庭裁判所への請求に6か月・1年の短い期限があります。

不動産を相続したときは、相続の開始と所有権の取得を知った日から3年以内に相続登記を申請する義務があります 施行中。2024年4月1日より前に始まった相続で未登記のものも対象で、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になります(相続登記の義務化と住所変更登記)。

特別受益(結婚や生計の資本としての贈与など)や寄与分を考慮した遺産分割を求められるのは、原則として相続開始から10年までです 施行中。10年を過ぎても分割はできますが、法定相続分などが基準になります。2023年4月1日より前に始まった相続には、猶予期間があるとされています。相続開始から10年と2028年(令和10年)3月31日のいずれか遅い時までに家庭裁判所へ分割を請求すれば、特別受益などが考慮されるとされています。

請求できる期間に限りがある主な給付と保険金
請求するもの請求できる期間請求する人・窓口など
葬祭費(国民健康保険)葬祭を行った日の翌日から2年葬祭を行った人が区役所へ。金額は市区町村が定めます
葬祭費(後期高齢者医療)時効あり(期間は窓口で確認)葬祭を行った人が区役所へ
埋葬料(会社員などの健康保険)時効あり(期間は加入先で確認)被保険者が亡くなり、埋葬を行った人。5万円
高額療養費(亡くなる前の医療費)2年(国民健康保険の場合)相続人が請求
未支給年金5年(支払期月の翌月の初日から)亡くなった時に生計を同じくしていた遺族(配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹、その他3親等内の親族の順)
遺族年金5年年金事務所(遺族基礎年金のみの場合などは区役所でも可)
生命保険金3年(保険法の消滅時効)受取人が保険会社へ。約款も確認

期限の数え始めは手続ごとに違う

期限の起点は、表のとおり手続ごとに違います。「知った日」は人によって異なることがあります。先順位の相続人が全員相続放棄をして自分が相続人になった人の3か月は、そのことを知った時から進みます。

相続税でも、相続人以外で遺贈を受けた人は遺贈を知った日を基準にするなど、人ごとに期限がずれる場合があります。準確定申告と相続税の期限が土曜・日曜・祝日などに当たるときは、その翌日が期限です。

計算例:2026年6月10日(水)に亡くなり、相続人が同じ日に知った場合

  • 相続放棄・限定承認(3か月):初日を数えず6月11日から3か月 → 2026年9月10日(木)
  • 準確定申告(4か月):6月11日から4か月 → 10月10日は土曜、11日は日曜、12日はスポーツの日のため、2026年10月13日(火)
  • 相続税の申告・納付(10か月):6月11日から10か月 → 2027年4月10日は土曜のため、2027年4月12日(月)

答え:相続放棄は2026年9月10日、準確定申告は2026年10月13日、相続税は2027年4月12日が期限です。相続税の日付は、国税庁の申告の手引きの例と同じです。

家庭裁判所の手続の期限が土日祝日に当たる場合の扱いなど、個別の期限は申立先で確認してください。

期限のない手続と、最初にそろえたい書類

公共料金、携帯電話、クレジットカード、サブスクリプションの名義変更や解約に、法律上の期限はありません。ただし、亡くなった人の口座が凍結されると引落しができなくなるため、早めに連絡します。通帳や郵便物のないネット銀行・ネット証券・暗号資産は見落としやすく、スマートフォンのアプリやメールの記録から探すことになります(デジタル遺産)。

多くの手続で、亡くなった人と相続人の関係を示す戸籍が求められます。戸籍一式を法務局に出して法定相続情報一覧図の写しを交付してもらうと、相続登記、預金の払戻し、相続税の申告、年金の手続などで戸籍の束の代わりに使えます。交付は無料です(相続人の調査:戸籍と法定相続情報)。

よくある誤り

  • 「相続税の申告期限は死亡日から10か月」ではなく、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。通常は死亡日と同じ日付の10か月後で、土日祝日などに当たれば翌日になります。月の末日に知った場合は、10か月後の月の末日が期限です(9月30日なら翌年の7月31日)。
  • 「相続登記は死亡日から3年」ではなく、相続の開始と所有権の取得を知った日から3年です。2024年4月1日より前の相続は2027年3月31日が期限です(知った日から3年の方が遅ければその日)。
  • 相続放棄の3か月は「死亡日から」ではなく、自分が相続人になったと知った時からです。一方で、手続を急いで亡くなった人の財産を売ったり使ったりすると、相続放棄ができなくなるおそれがあります。

他の税金とのつながり

相続税がかからない場合も、10か月以内に何か手続が必要ですか

特例を使わずに計算した課税価格の合計額が基礎控除額以下なら、相続税の申告も納税も不要です。小規模宅地等の特例などを使って初めて基礎控除額以下や税額0円になる場合は、申告書を出さないと特例を受けられません。

期限を過ぎてしまうとどうなりますか

手続によって違います。相続放棄は3か月を過ぎると原則として単純承認とみなされます。相続税は、期限後の申告や過少な申告に加算税や延滞税がかかることがあります。相続登記は、法務局からの催告に正当な理由なく応じないと10万円以下の過料の対象になります。

専門家向け:根拠と実務論点

主な根拠

  • 死亡届:戸籍法86条1項。年金受給権者死亡届:厚生年金保険法98条4項(10日)、国民年金法施行規則24条1項(14日)。マイナンバー収録者の省略は厚生年金保険法施行規則41条6項、国民年金法施行規則24条7項。
  • 国民健康保険の資格喪失:国民健康保険法8条。葬祭費・高額療養費の時効:同法110条。埋葬料:健康保険法100条、同法施行令35条。世帯主変更届:住民基本台帳法25条。
  • 熟慮期間:民法915条1項、921条2号。検認:1004条1項、1005条(過料)。遺留分:1048条。特別寄与料:1050条2項。具体的相続分:904条の3。
  • 準確定申告:所得税法125条1項。相続税の申告:相続税法27条1項。休日の期限:国税通則法10条2項。生命保険金請求権の時効:保険法95条1項。未支給年金:国民年金法19条・102条1項。
  • 期間の計算:国税の期間は国税通則法10条1項、熟慮期間は民法140条・143条によります。どちらも初日を数えず、月の初日から起算する期間は最後の月の末日に満了します。9月30日に知った場合の満了日は、熟慮期間が12月31日、準確定申告が翌年1月31日、相続税が翌年7月31日です(休日に当たる場合の扱いは別)。
  • 相続登記:不動産登記法76条の2、164条1項、令和3年法律第24号附則5条6項(施行前に開始した相続)。

実務論点

  • 相続税の「相続の開始があったことを知った日」は相続人ごとに異なりえます(相基通27-4:失踪宣告、認知の裁判、胎児、相続人以外の受遺者など)。共同相続人の間で申告期限がずれる場合があります。
  • 具体的相続分の期間制限の経過措置(相続開始から10年と、施行時から5年を経過する2028年3月31日のいずれか遅い時まで)は、令和3年改正法附則3条によるものとされています。
  • 未支給年金は遺族固有の権利で、受け取った遺族の一時所得とされ相続税の対象外です(国税庁の誤りやすい事例集)。準確定申告の還付金は本来の相続財産です。
第2章

相続人の調査:戸籍と法定相続情報

遺産分割も相続登記も相続税の申告も、相続人が誰かを戸籍で確かめるところから始まります。この章では、戸籍の集め方、本籍地以外でも請求できる戸籍の広域交付、戸籍の束を1枚の証明にまとめる法定相続情報証明制度を説明します。

この章の結論

  • 相続人を確定するには、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍と、相続人全員の戸籍をそろえるのが基本です。
  • 戸籍の広域交付 施行中 を使うと、本籍地以外の市区町村の窓口でまとめて請求できます。ただし請求できるのは本人・配偶者・直系の親族(父母・祖父母、子・孫など)だけで、兄弟姉妹や代理人は使えません。
  • 集めた戸籍を法務局に出すと、法定相続情報一覧図の写しが無料で交付されます。相続登記・預金の払戻し・相続税の申告・年金の手続などで、戸籍の束の代わりに使えます。

なぜ戸籍で相続人を確かめるのか

遺産分割協議は、相続人全員の合意で成立します。家庭裁判所の遺産分割調停も、他の相続人全員を相手方にして申し立てます。相続人が1人でも漏れていると、話合いをやり直すことになりかねません。

誰が相続人になるか(配偶者と、子・父母・兄弟姉妹の順位)や法定相続分の決まりは相続人と法定相続分で説明しています。この章では、それを書類で証明する方法を扱います。

戸籍は、結婚や本籍の移動、戸籍の様式の変更(改製)などのたびに新しく作られます。このため、1人の一生分が複数の戸籍に分かれていることが多く、亡くなった人については出生から死亡までさかのぼって集めます。前の結婚で生まれた子や養子、結婚していない相手との間の子がいないかも、これで確かめられます。

集める戸籍:出生から死亡までと相続人全員

基本になるのは、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍(戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍)と、相続人全員の現在の戸籍です。相続放棄の申述などでは、亡くなった人の最後の住所を示す住民票の除票か戸籍の附票も求められます。

  1. 死亡の記載がある戸籍を取る亡くなった人の最後の本籍地で、死亡が記載された戸籍(除籍)を請求します。
  2. 一つ前の戸籍へさかのぼる戸籍に記載された従前の本籍などをたどり、改製原戸籍や除籍を順に請求します。
  3. 出生までそろえる出生の記載がある戸籍に届くまで続けます。途中に子や養子の記載があれば、その人の戸籍も確認します。
  4. 相続人全員の現在の戸籍をそろえる子が先に亡くなっている場合は、孫が代わりに相続するか(代襲相続)を確かめるため、その子の出生から死亡までの戸籍も必要になることがあります。
  5. 法定相続情報一覧図を作って法務局に出す以後の手続は、無料で交付される一覧図の写しで進められます。

父母や兄弟姉妹が相続人になる場合は、先の順位の相続人(子や孫、父母など)がいないことと、兄弟姉妹全員を確かめる必要があるため、集める戸籍の範囲が広くなります。父母の一方だけが同じ兄弟姉妹(半血)がいれば、その人も相続人です(相続分は父母の双方が同じ兄弟姉妹の2分の1)。

相続人の調査で集める書類のチェックリスト

  • 亡くなった人の出生から死亡までの戸籍(戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍)
  • 亡くなった人の住民票の除票または戸籍の附票(相続放棄の申述などで必要)
  • 相続人全員の現在の戸籍謄本
  • 子が先に亡くなっている場合は、その子の出生から死亡までの戸籍
  • 広域交付を使う場合は、顔写真付きの本人確認書類

戸籍の広域交付:本籍地が遠くても窓口でまとめて請求

2024年(令和6年)3月1日から、本籍地以外の市区町村の窓口でも戸籍証明書を請求できるようになりました 施行中。本籍地が各地に分かれていても、住所地の役所などで出生から死亡までの戸籍をまとめて請求できます。

戸籍の広域交付のポイント
項目内容
請求できる人本人、配偶者、直系尊属(父母・祖父母など)、直系卑属(子・孫など)
請求できない人兄弟姉妹、代理人(法定代理人・任意代理人とも)
請求のしかた請求する本人が窓口で請求します(郵送で請求するときは本籍地の市区町村へ直接)
取れる証明書戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)、除籍全部事項証明書、改製原戸籍。コンピュータ化されていない一部の戸籍・除籍は対象外
本人確認書類顔写真付きの身分証明書(運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど)
札幌市の手数料戸籍1通450円、除籍・改製原戸籍1通750円

出生から死亡までさかのぼる請求は時間がかかり、当日に交付されないこともあります。兄弟姉妹が相続人になる場合、兄弟姉妹は広域交付を使えないため、本籍地の市区町村へ郵送で請求するか、専門職に依頼します。札幌市では戸籍の附票は1通400円で、札幌市が本籍でマイナンバーカードがあれば、コンビニ交付(戸籍250円、附票200円)も使えます。

法定相続情報証明制度:戸籍の束を1枚の証明に

法定相続情報証明制度は、2017年(平成29年)5月に始まった法務局の制度です。相続人が「法定相続情報一覧図」(亡くなった人と相続人の関係を一覧にした図)と戸籍一式を登記所に出すと、登記官が内容を確認し、認証文の付いた一覧図の写しを交付します。手数料はかかりません。

法定相続情報証明制度の手続
項目内容
申出できる人相続人(相続人が亡くなっていれば、その相続人)
申出先次のいずれかを管轄する登記所:①亡くなった人の死亡時の本籍地 ②亡くなった人の最後の住所地 ③申出人の住所地 ④亡くなった人名義の不動産の所在地
方法窓口への持参、郵送のどちらでも可
代理人親族のほか、弁護士・司法書士・土地家屋調査士・税理士・社会保険労務士・弁理士・海事代理士・行政書士
費用無料
保存と再交付一覧図は申出日の翌年から5年間保存され、その間は当初の申出人だけが再交付を受けられます

一覧図の写しが使える場面と注意点

一覧図の写しは、相続登記、預貯金の払戻し、相続税の申告、遺族年金・未支給年金などの年金の手続で、戸籍の束の代わりに使えます。家庭裁判所の相続放棄の申述、遺言書の検認、遺産分割調停などでも、戸籍の代わりに使える場合があります(申立先で確認)。

  • 一覧図に相続人の住所を書いておくと、相続登記で住民票の写しが不要になります。
  • 2024年4月1日からは、不動産登記の申請書に一覧図の右上にある「法定相続情報番号」を書けば、一覧図の写しの添付を省略できます 施行中。この省略は不動産登記の申請などに限られます。
  • 相続税の申告では、図の形式で、続柄を戸籍の記載どおりに書いた一覧図の写しを、戸籍謄本の代わりに添付できます。

よくある誤り・見落とし

  • 相続放棄をしたかどうかは一覧図には表れません。放棄した人がいるときは、家庭裁判所の相続放棄申述受理証明書などで確認します。
  • 家庭裁判所で相続人から廃除された人は、一覧図に記載されません。
  • 亡くなった人や相続人が日本国籍を持たないなどの理由で戸籍を出せない場合は、この制度を使えません。
  • 戸籍の広域交付は兄弟姉妹と代理人は使えません。兄弟姉妹が相続する場合に「最寄りの窓口でまとめて取れる」と思い込まないよう注意します。

実務のコツ

  • 相続税の申告を税理士に頼む場合は、法定相続情報一覧図の申出も税理士に代理を頼めます。
  • 相続登記の義務を期限内にひとまず果たす方法に「相続人申告登記」があります。亡くなった人の出生から死亡までの戸籍は不要で、申し出る人が相続人であることが分かる戸籍で足ります(相続登記の義務化と住所変更登記)。

戸籍の振り仮名と相続手続

2025年(令和7年)5月26日から、戸籍に氏名の振り仮名を記載する制度が始まりました 施行中。本籍地の市区町村から記載予定の振り仮名が通知され、届出の期間は2026年(令和8年)5月25日で終わっています。届出がなかった人には、2026年5月26日以降、通知された振り仮名が本籍地で職権により記載されます。札幌市が本籍の人は、2026年6月から2027年(令和9年)5月にかけて記載される予定です。

職権で記載された人は、一度に限り、家庭裁判所の許可なしで振り仮名を変える届出ができます。自分で届け出て記載された人や、すでに変更した人が変えるには、家庭裁判所の許可が必要です。

相続した不動産の登記では、2025年4月21日から「検索用情報の申出」を登記の申請と同時に行います 施行中。登記名義人になる人の氏名の振り仮名・生年月日・メールアドレスなどを申し出る手続です。手続の詳細は相続登記の義務化と住所変更登記で説明します。

他の税金とのつながり

兄弟姉妹が相続人です。戸籍はどうやって集めますか

兄弟姉妹は戸籍の広域交付を使えません。亡くなった人の本籍地の市区町村へ郵送で請求するか、専門職に依頼します。本籍地が複数あるときは、それぞれの市区町村に請求します。

亡くなった人がどこに不動産を持っていたか分かりません

2026年2月2日から、法務局で「所有不動産記録証明書」を請求できます 施行中。相続人は、亡くなった人が登記名義人として記録されている不動産の一覧を請求でき、相続関係を示す戸籍謄本や法定相続情報一覧図の写しなどを添えます。登記上の氏名・住所が検索条件と一致しないと抽出されないため、過去の住所も条件に加え、市区町村の名寄帳と併用します(財産と債務の調べ方)。

専門家向け:根拠と実務論点

主な根拠

  • 法定相続情報証明制度:不動産登記規則247条・248条。法定相続情報番号による添付省略は2024年4月1日から不動産登記の申請等に限り可能。年金手続での利用は2020年(令和2年)10月26日から。
  • 戸籍の広域交付:戸籍法120条の2(令和元年法律第17号による改正、2024年3月1日施行)。本人等請求(戸籍法10条1項)を本籍地以外の指定市町村長にもできるとするもので、代理人による請求はできません。
  • 戸籍の振り仮名:戸籍法の改正により2025年5月26日施行。届出期間は2026年5月25日で終了し、以後は職権記載。
  • 検索用情報の申出:不動産登記規則の改正により2025年4月21日から同時申出が必要。2026年10月5日以降の申出では国籍等も申し出ます。

実務論点

  • 相続税の申告での添付は「被相続人の全ての相続人を明らかにする戸籍の謄本」で、図形式の法定相続情報一覧図の写し、又はそれらのコピーでも可とされています。養子がいる場合は養子の戸籍の謄本又は抄本も添付します(国税庁「相続税の申告の際に提出していただく主な書類」)。
  • 一覧図には廃除された推定相続人は記載されず、相続放棄の有無も表示されません。相続税の「法定相続人の数」(相続税法15条2項)の判定や、遺産分割協議の当事者の確定は、一覧図とは別に放棄の有無を確認して行います。
  • 戸籍調査で見落としやすい点:半血の兄弟姉妹(民法900条4号ただし書)、兄弟姉妹の代襲は甥・姪まで(889条2項は887条3項を準用しない)、養子縁組前に生まれた養子の子は代襲しない(887条2項ただし書)、特別養子は実方の相続人とならない(817条の9)、嫡出でない子の相続分は2013年(平成25年)9月5日以後に開始した相続では嫡出子と同等。
  • 相続放棄の申述では、先順位者の申述で提出済みの戸籍は不要で、同じ書類は1通で足ります。法定相続情報一覧図の写しで代えられるかは申述先の家庭裁判所に確認します。
第3章

相続放棄・限定承認

相続では、預金や不動産だけでなく借金も引き継ぐのが原則です。借金が多いときなどに使えるのが相続放棄と限定承認で、どちらも原則として3か月以内に家庭裁判所で手続をします。

この章の結論

  • 相続人は、自分が相続人になったと知った時から3か月以内に、単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選びます。何もしないと単純承認とみなされ、財産を処分した場合も同じです。
  • 相続放棄は、家庭裁判所への申述(申述人1人につき収入印紙800円と郵便切手)でだけできます。遺産分割で「何も受け取らない」と決めても、借金の負担は免れません。
  • 放棄をしても、相続税の基礎控除などに使う「法定相続人の数」は変わりません。放棄した人も生命保険金は受け取れますが、非課税枠(500万円×法定相続人の数)は使えません。
  • 限定承認は相続人全員でしかできません。含み益のある不動産などがあると亡くなった人に譲渡所得の課税が生じ、相続人が4か月以内に準確定申告をします。

3つの選択肢:単純承認・限定承認・相続放棄

相続が始まると、相続人は亡くなった人の財産に属していた一切の権利と義務を引き継ぎます。引き継ぎ方として、民法は次の3つを用意しています。

単純承認

  • 財産も借金もすべて引き継ぎます。
  • 特別な手続はありません。3か月以内に限定承認か放棄をしなければ、単純承認とみなされます。
  • 財産を処分した場合も、単純承認とみなされます。

限定承認

  • 相続で得た財産の範囲内で借金や遺贈を支払うことを条件に、相続を引き受けます。
  • 相続人全員が共同で、財産目録を作って家庭裁判所に申述します。
  • 含み益のある財産があると、亡くなった人に譲渡所得の課税が生じます。

相続放棄

  • 初めから相続人でなかったことになり、財産も借金も引き継ぎません。
  • 1人ずつ家庭裁判所に申述します。
  • 同じ順位の全員が放棄すると次の順位の人が相続人になります。放棄した人の子は代わりに相続しません。

期限は「知った時から3か月」:起算点と期間の伸長

選ぶための期間(熟慮期間)は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月です。死亡日から数えるのではありません。相続人はこの期間に、相続財産を調べることができます。

3か月では借金の有無などが分からないときは、家庭裁判所に「相続の承認又は放棄の期間の伸長」を申し立てられます。申し立てるのは相続人などの利害関係人で、3か月の期間内に、亡くなった人の最後の住所地の家庭裁判所へ出します。費用は相続人1人につき収入印紙800円と郵便切手で、どれだけ延びるかは家庭裁判所が判断します。

先順位の相続人が全員放棄して自分が相続人になった人の3か月は、そのことを知った時から進みます。また、相続財産がまったくないと信じ、そう信じたことに相当な理由がある場合などには、財産の存在を知った時から3か月以内の申述でも受理されることがあります。ただし例外的な扱いなので、期限内に手続するのが原則です。

単純承認とみなされる行為(法定単純承認)

次の場合は、本人の意思にかかわらず単純承認したものとみなされます。1や2に当たると、原則としてその後に相続放棄や限定承認をすることはできません。

  1. 相続財産の全部または一部を処分したとき(財産の現状を保つための保存行為や、民法602条の期間を超えない短期の賃貸は除きます)。
  2. 3か月以内に限定承認も相続放棄もしなかったとき。
  3. 限定承認や相続放棄をした後でも、相続財産を隠したり、ひそかに使ってしまったり、わざと財産目録に載せなかったりしたとき(放棄によって相続人になった人が承認した後を除きます)。

たとえば、亡くなった人の預金を解約・払い戻して自分のために使うことや、不動産を売却したり名義を変えたりすることは「処分」に当たりえます。葬儀費用の支払いなどがどう扱われるかは事情によって判断が分かれるため、放棄を考えているときは、財産に手を付ける前に弁護士などの専門家に相談するのが安全です。

よくある誤り

  • 遺産分割協議で「自分は何も受け取らない」と決めても、民法上の相続放棄ではありません。借金は、債権者との関係では法定相続分に応じて引き継ぐため、請求を受けることがあります。
  • 熟慮期間は「死亡日から3か月」ではなく、自分が相続人になったと知った時から3か月です。
  • 親が生きているうちに相続放棄をすることはできません。生前に家庭裁判所の許可を受けてできるのは遺留分の放棄で、相続放棄とは別の制度です(遺留分)。

相続放棄の手続:申述先・費用・必要書類

  1. 財産と借金を調べる預金・不動産のほか、借入金などの債務を確認します。3か月で足りなければ期間の伸長を申し立てます。
  2. 書類をそろえる申述書と戸籍などをそろえます(下の表)。
  3. 家庭裁判所に申述する亡くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、3か月以内に出します。
  4. 受理される受理されなかった(不受理の審判)ときは、2週間以内に即時抗告ができます。
  5. 必要なら受理証明書を取る放棄したことの証明が必要な手続のために、相続放棄申述受理証明書(1件150円の収入印紙)を申請できます。

申述するのは相続人本人です。未成年者や成年被後見人は、法定代理人が代わりに手続します。親と未成年の子がともに相続人で子だけが放棄する場合など、親と子の利益がぶつかるときは、子のために特別代理人を選ぶ必要があります(認知症・未成年者・相続人がいない場合)。

相続放棄の申述に必要な主な書類(裁判所の標準)
申述する人必要な書類
全員に共通相続放棄の申述書、亡くなった人の住民票除票または戸籍附票、申述する人の戸籍謄本
配偶者・子(第1順位)亡くなった人の死亡の記載がある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本。孫などの代襲相続人は、亡くなった親(被代襲者)の死亡の記載がある戸籍謄本も
父母・祖父母(第2順位)、兄弟姉妹・甥姪(第3順位)亡くなった人の出生から死亡までのすべての戸籍謄本。亡くなっている子や孫(代襲者)がいれば、その人の出生から死亡までの戸籍謄本など
費用申述人1人につき収入印紙800円と連絡用の郵便切手(切手の額は裁判所ごとに異なります)

同じ書類は1通で足り、先に放棄した先順位の人の申述で提出済みの書類は不要です。法定相続情報一覧図の写しで戸籍に代えられる場合があるため、申述先に確認してください。札幌市に最後の住所があった人の申述先は札幌家庭裁判所(本庁)です(札幌の相続の窓口)。

放棄の効果と、相続税の計算への影響

相続放棄をした人は、その相続について初めから相続人でなかったものとみなされます。このため、放棄した人の子や孫が代わりに相続すること(代襲相続)は起きません。同じ順位の相続人が全員放棄すると、次の順位の人が相続人になります。

放棄によって相続人が移る順番(配偶者は常に相続人)
全員が放棄した順位次に相続人になる人
第1順位(子と、代襲相続人の孫など)第2順位の直系尊属(父母など)
第2順位(直系尊属)第3順位の兄弟姉妹(亡くなっていれば、その子である甥・姪)
第3順位(兄弟姉妹・甥姪)配偶者がいれば配偶者だけが相続人。配偶者もいない(または放棄した)場合は相続人がいない状態になります(債権者などの請求で、家庭裁判所が相続財産清算人を選びます)

次の順位の人の3か月は、先順位の人の放棄で自分が相続人になったと知った時から進みます。放棄したら、次の順位の親族に早めに伝えておくと、相手が期限内に判断しやすくなります。また、放棄の時に相続財産を現に占有している人には、保存の義務があります(2023年(令和5年)4月1日施行の改正 施行中)。他の相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、自分の財産と同じ注意で保存しなければなりません。

相続税では、放棄した人の扱いに注意が必要です。「法定相続人の数」は、放棄がなかったものとして数えます。この人数は、基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)や、生命保険金・死亡退職金の非課税限度額(500万円×法定相続人の数)の計算に使います。一方、放棄した人は相続税法上の「相続人」に当たらないため、自分が受け取った生命保険金に非課税枠を使えません。

受取人に指定された生命保険金は受取人自身の財産と考えられているため、相続放棄をしても受け取れます。ただし相続税ではみなし相続財産として課税対象です。放棄した子が保険金を受け取っても、子は一親等の血族なので2割加算はありません。

計算例:長女が相続放棄をして生命保険金を受け取った場合

前提:法定相続人は配偶者・長男・長女の3人で、長女だけが相続放棄をしました。亡くなった人が保険料を負担していた死亡保険金を、配偶者が2,000万円、長男が1,000万円、長女が500万円受け取りました。

基礎控除額=3,000万円+600万円×3人=4,800万円(放棄した長女も数える)
非課税限度額=500万円×3人=1,500万円(同じく3人で計算)
相続人の受取額の合計=2,000万円+1,000万円=3,000万円(長女は相続人でないため含めない)
配偶者の非課税額=1,500万円×2,000万円÷3,000万円=1,000万円
長男の非課税額=1,500万円×1,000万円÷3,000万円=500万円

答え:課税される保険金は、配偶者1,000万円(2,000万円−1,000万円)、長男500万円(1,000万円−500万円)、長女500万円(全額)です。国税庁は死亡退職金について同じ数字の例を示しており、生命保険金も同じ計算になります。

限定承認:全員で申述し、譲渡所得の課税に注意

限定承認は、相続で得た財産の範囲内でだけ借金や遺贈を支払うことを条件に、相続を引き受ける方法です。財産と借金のどちらが多いか分からないときの選択肢になります。

相続人が複数いるときは、共同相続人の全員が共同でしか限定承認できません。1人でも単純承認すると(処分などで単純承認とみなされた場合を含む)、限定承認はできなくなります。放棄した人は初めから相続人でないため、残りの全員で申述できます。

手続は、3か月以内に財産目録を作り、亡くなった人の最後の住所地の家庭裁判所に申述します。費用は収入印紙800円と郵便切手で、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍謄本や申述人全員の戸籍謄本などが必要です。

税金で特に注意するのは、限定承認をすると、亡くなった人が相続開始時の時価で財産を譲渡したものとみなされる点です。不動産や株式に含み益(時価と取得費の差)があれば亡くなった人に譲渡所得の課税が生じ、相続人は相続の開始を知った日の翌日から4か月以内に準確定申告で申告・納付します。包括遺贈のうち限定承認に係るものも同じです。限定承認で取得した財産は相続開始時の時価で取得したものとされ、相続した財産を売ったときの取得費加算の特例の対象にはなりません。

他の税金とのつながり

相続放棄をした人も、相続税の申告が必要になることはありますか

あります。放棄した人が生命保険金などのみなし相続財産を受け取ると相続税の課税対象になり、課税価格の合計額が基礎控除額を超えれば申告が必要になることがあります。放棄した人の受取分には非課税枠を使えない点に注意します。

相続人全員が放棄すると、遺産はどうなりますか

相続人がいない状態になり、債権者などの請求で家庭裁判所が相続財産清算人を選びます。清算後に残った財産のうち、特別縁故者に分与されなかったものは国庫に帰属します(相続人がいない場合)。

専門家向け:根拠と実務論点

民法・手続

  • 熟慮期間:民法915条1項(伸長は同項ただし書、相続財産の調査は2項)。財産が全くないと信じ、そう信じるにつき相当な理由がある場合に、財産の存在を認識した時から起算する扱いは、最判昭和59年4月27日の考え方とされます(裁判所の手続案内に同旨)。
  • 法定単純承認:921条1号(処分。保存行為と602条の期間を超えない賃貸を除く)、2号(期間経過)、3号(放棄・限定承認後の隠匿・私的な消費・悪意の目録不記載)。葬儀費用の支出が処分に当たるかは裁判例による個別判断です。
  • 放棄:938条(家庭裁判所への申述)、939条(初めから相続人とならなかったものとみなす)、887条2項(放棄は代襲原因ではない)、940条1項(現に占有する者の保存義務)。申述は家事事件手続法201条。
  • 限定承認:922条(留保付きの承認)、923条(共同相続人の全員が共同して)、924条(財産目録の作成と申述)。
  • 遺贈の放棄:包括受遺者は相続人と同一の権利義務を持つため(990条)、放棄には3か月以内の家庭裁判所への申述が必要です。特定遺贈の放棄はいつでもでき、申述は不要です(986条。遺言がある場合の手続)。

税務

  • 限定承認:所得税法59条1項1号(みなし譲渡)、60条4項(相続人は時価で取得)、125条1項(準確定申告)、租税特別措置法39条7項(取得費加算の対象外)。
  • 放棄者の扱い:相続税法3条1項(同項の「相続人」は放棄者を含まない)、12条1項(生命保険金・退職手当金の非課税は相続人の取得分に限る)、15条2項(法定相続人の数は放棄がなかったものとして計算)、18条・相基通18-1(一親等の血族は放棄しても2割加算なし)、19条の3・19条の4(未成年者控除・障害者控除は放棄がなかったものとした場合の相続人が対象)、20条・相基通20-1(相次相続控除は放棄者には適用なし)。
  • 死亡保険金・死亡退職金だけを受け取った放棄者も、相続税法19条の生前贈与加算の対象になります(国税庁の教育資金の一括贈与Q&Aの注記)。
  • 生命保険金請求権を受取人固有の財産とする考え方は、最判昭和40年2月2日によるとされます。
第4章

遺言の種類と作り方

遺言は、誰にどの財産を残すかを自分で決めておく手段です。2026年(令和8年)10月時点で通常使う方式は、自筆証書遺言(法務局での保管を含む)・公正証書遺言・秘密証書遺言です。民法の方式を守らないと、無効になるおそれがあります。

この章の結論

  • 自筆証書遺言は、全文・日付・氏名を自分で書いて押印します。2026年10月時点では押印が必要です。財産目録だけはパソコンで作れますが、各ページに署名と押印が必要です。
  • 法務局の自筆証書遺言書保管制度(申請手数料3,900円)を使うと、遺言書を法務局が預かり、亡くなった後の家庭裁判所の検認も不要になります。
  • 公正証書遺言は、証人2人以上の立会いのもとで公証人が作ります。2025年(令和7年)10月1日からウェブ会議や電子データでの作成が可能になり、公証人手数料も改定されました(遺言加算は13,000円)。
  • 押印を任意にし、パソコンで作る「保管証書遺言」を設ける改正法は成立していますが、まだ施行されていません 成立・施行待ち。

遺言の方式と、それぞれの違い

普通の方式の遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3つがあります。自筆証書遺言は、自宅などで保管する方法と、法務局に預ける方法に分かれます。方式ごとに、費用、証人の要否、亡くなった後の家庭裁判所の検認の要否が違います。

遺言の方式の比較(2026年10月17日時点)
項目自筆証書(自宅などで保管)自筆証書(法務局で保管)公正証書秘密証書
作り方本人が全文・日付・氏名を自書し押印(財産目録はパソコン可)同左。法務省令の様式で、封をせずに本人が持参本人が内容を公証人に口授し、公証人が作成本人が署名押印して封印し、公証人と証人の前に提出(本文はパソコン可)
証人不要不要2人以上2人以上(ほかに公証人1人)
費用手数料なし保管の申請3,900円公証人手数料(財産額で決まる)公証人手数料13,000円(原則)
検認必要不要不要必要
原本の保管本人など法務局(遺言書保管所)公証役場本人など

秘密証書遺言は、遺言者が署名・押印した証書を封じ、同じ印章で封印して、公証人1人と証人2人以上の前に提出し、自分の遺言書であることと筆者の氏名・住所を申述する方式です。公証人が日付と申述を封紙に書き、遺言者・証人とともに署名・押印します。内容を秘密にできますが、検認が必要です。

自筆証書遺言の作り方

自筆証書遺言は、遺言者が全文・日付・氏名を自分で書き、印を押して作ります。2026年10月時点では押印が必要で、押印のない自筆証書遺言は無効となるおそれがあります。

  • 財産目録は自書しなくて構いません 施行中。パソコンで作った一覧や、預金通帳のコピー、不動産の登記事項証明書を添付する方法も使えます(2019年(平成31年)1月13日から)。ただし、目録の各ページ(両面に記載があれば両面)に署名と押印が必要です。
  • 書き間違いを直すときは、変更した場所を示し、変更した旨を書き添えて署名し、変更した場所に押印します。この方式を守らない訂正は効力を生じません。
  • 封印のある遺言書は、家庭裁判所で相続人などの立会いのもとでなければ開封できません。
  • 法務局に預けていない自筆証書遺言は、亡くなった後に家庭裁判所の検認が必要です(遺言がある場合の手続:検認・遺言執行者・遺贈)。

財産は、相続手続で特定できるように書くことが大切です。不動産は登記事項証明書を見ながら所在や地番を書く、預金は金融機関名と口座が分かるように書く、といった工夫が役立ちます。

法務局の自筆証書遺言書保管制度

法務局の自筆証書遺言書保管制度は、2020年(令和2年)7月10日に始まりました 施行中。自分で書いた遺言書を法務局(遺言書保管所)が預かる制度で、保管された遺言書は家庭裁判所の検認が不要です。

  • 申請先:遺言者の住所地・本籍地・所有する不動産の所在地のいずれかを管轄する遺言書保管所です。すでに別の遺言書を預けているときは、その保管所に申請します。
  • 申請のしかた:法務省令で定める様式の遺言書を、封をしないまま、遺言者本人が保管所に出向いて申請します。代理人による申請や郵送はできません。
  • 亡くなった後の通知:相続人などの誰かが遺言書を閲覧したり遺言書情報証明書を受け取ったりすると、他の関係相続人等にも保管が通知されます。遺言者が希望すれば、法務局が死亡を確認したときに、指定した人(3人まで)へ通知する仕組みもあります。
自筆証書遺言書保管制度の主な手数料(収入印紙)
手続手数料
遺言書の保管の申請(1件)3,900円
遺言書の閲覧(モニター)1,400円
遺言書の閲覧(原本)1,700円
遺言書情報証明書(1通)1,400円
遺言書保管事実証明書(1通)800円
保管の申請の撤回・変更の届出無料

法務省の公表では、制度開始から2026年9月までの保管の申請は累計131,818件(うち保管131,531件)です。北海道の遺言書保管所は20か所で、札幌市内で預けられるのは札幌法務局の本局だけです(市内の出張所では扱っていません)。

公正証書遺言と2025年10月からのデジタル化

公正証書遺言は、証人2人以上の立会いのもと、遺言者が遺言の内容を公証人に口頭で伝え(口授)、公証人が公正証書として作成する方式です。原本は公証役場で保存され、家庭裁判所の検認は不要です。

2025年10月1日から、公正証書の作成手続がデジタル化されました 施行中。メールでの依頼や電子署名による本人確認ができ、原本は原則として電子データで作られます(遺言者は電子ペンなどで電子サインをし、押印は不要)。正本・謄本は紙でも電子データでも受け取れます。

遺言者が希望し、公証人が相当と認め、他の嘱託人に異議がなければ、ウェブ会議で手続できます。ウェブ会議にはパソコン(スマートフォン・タブレットは不可)と電子サイン用の機器が必要です。日本公証人連合会の資料(2025年8月時点)では、順次指定される公証人の役場で利用できるとされています。

証人になれない人も決まっています。未成年者、推定相続人と受遺者(遺言で財産を受ける人)とそれぞれの配偶者・直系血族、公証人の配偶者・4親等内の親族・書記・使用人です。

公証人手数料(2025年10月1日改定後)
目的の価額(財産を受ける人ごと)手数料改定前
50万円以下3,000円5,000円
50万円超100万円以下5,000円5,000円
100万円超200万円以下7,000円7,000円
200万円超500万円以下13,000円11,000円
500万円超1,000万円以下20,000円17,000円
1,000万円超3,000万円以下26,000円23,000円
3,000万円超5,000万円以下33,000円29,000円
5,000万円超1億円以下49,000円43,000円
1億円超3億円以下49,000円+超過額5,000万円ごとに15,000円43,000円+同13,000円
3億円超10億円以下109,000円+超過額5,000万円ごとに13,000円95,000円+同11,000円
10億円超291,000円+超過額5,000万円ごとに9,000円249,000円+同8,000円

目的の価額の合計が1億円以下の遺言は、遺言加算13,000円(改定前11,000円)を加えます。病床で作る場合は手数料の2分の1を加算し、出張には日当20,000円(4時間以内は10,000円)と交通費の実費がかかります。正本・謄本は紙1枚300円、電子データ1件2,500円です。

計算例:公正証書遺言の手数料

前提:妻に4,000万円、長男に2,000万円を相続させる遺言(財産の合計6,000万円)。

妻の分:3,000万円超5,000万円以下 → 33,000円
長男の分:1,000万円超3,000万円以下 → 26,000円
遺言加算:合計6,000万円で1億円以下 → 13,000円
合計:33,000円+26,000円+13,000円=72,000円

同じ6,000万円を長男1人に相続させるなら、5,000万円超1億円以下の49,000円に遺言加算13,000円を加えて62,000円です。手数料は財産を受ける人ごとに計算して合計するため、受ける人が増えると高くなることがあります。

答え:72,000円(長男1人なら62,000円)。このほか正本・謄本の代金がかかり、出張して作る場合は病床執務の加算・日当・交通費が加わります。

成立した遺言制度の見直し:まだ施行されていません

遺言制度を見直す民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)が、2026年6月17日に成立し、6月24日に公布されました 成立・施行待ち。施行日は政令で定める日で、2026年10月17日時点ではまだ施行されていません。最新の施行日は法務省の公表で確認してください。

  1. 2026年6月24日改正法が公布されました(6月17日成立)。
  2. 2027年(令和9年)6月まで公布から1年以内の政令で定める日に、自筆証書遺言・秘密証書遺言などの押印の任意化(訂正時の押印も不要に)や、死亡の危急時などの特別方式の遺言の見直しが施行されます。
  3. 2029年(令和11年)6月まで公布から3年以内の政令で定める日に、新しい方式「保管証書遺言」の創設など、システムの改修が必要なものが施行されます。

保管証書遺言は、パソコンなどで作った遺言のデータや印刷物を法務局に提供し、遺言者が全文を口述して、遺言書保管官が本人確認をする方式です。署名またはそれに代わる措置が必要で、ウェブ会議やオンライン申請も予定され、検認は不要です。このほか、証人などになれない人に受遺者の被用者(受遺者が法人ならその被用者・役員)を加えることや、自筆証書遺言書保管制度の手続のデジタル化も盛り込まれています。

よくある誤り

  • 「遺言の押印はもう不要」「パソコンで作った遺言を法務局に預けられる」は、2026年10月時点では誤りです。今、押印のない自筆証書遺言を作ると、現行の方式を満たさず無効となるおそれがあります。
  • パソコンで作れるのは財産目録だけです。本文・日付・氏名は自書し、目録の各ページにも署名と押印が必要です。
  • 公証人手数料は2025年10月1日改定後の表で計算します(5,000万円超1億円以下は49,000円、遺言加算は13,000円)。改定前の43,000円・11,000円で計算しないよう注意します。
  • 検認が不要なのは、公正証書遺言と法務局に預けた自筆証書遺言です。秘密証書遺言と、自宅などで保管していた自筆証書遺言は検認が必要です。

遺言で決められることと、相続税への影響

遺言では、主に次のことを決められます。ただし、兄弟姉妹以外の相続人には最低限の取り分(遺留分)があり、それを侵害すると金銭の支払を求められることがあります(遺留分)。

  • 相続分の指定(法定相続分と違う割合を決める)
  • 遺贈(財産の全部や割合を与える包括遺贈、特定の財産を与える特定遺贈。相続人以外にも可能)
  • 特定の財産を特定の相続人に承継させること(「自宅を長男に相続させる」などの特定財産承継遺言)
  • 配偶者居住権の遺贈(配偶者が自宅に無償で住み続ける権利)
  • 特別受益の持戻しの免除、相続開始から5年以内の遺産分割の禁止、推定相続人の廃除

遺言そのものに相続税を減らす効果はありませんが、特例の使いやすさが変わります。配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例は、原則として相続税の申告期限までに遺産が分割されていることが条件です。遺言で取得する人が決まっている財産は未分割にならないため、遺産分割の話合いがまとまらなくても、申告期限から両方の特例を使いやすくなります。配偶者の税額軽減の申告には、遺言書の写しか遺産分割協議書の写しを添付します。

ただし、相続分の割合だけを決める遺言や割合による包括遺贈では、具体的に誰が何を取得するかを遺産分割で決める必要があります。特例を使いやすくするためにも、主な財産は取得する人を特定して書いておくと安心です。また、遺言で孫(代襲相続人を除く)や兄弟姉妹など、配偶者・子・父母以外の人に財産を残すと、その人の相続税は2割加算になります。

早めの準備が大切な理由

判断能力が失われると、遺言を含む生前の対策ができなくなります。遺言は後から作り直すこともできるため、元気なうちに一度作り、家族構成や財産が変わったら見直す進め方が現実的です。

他の税金とのつながり

専門家向け:根拠と実務論点

民法・遺言書保管法

  • 自筆証書遺言:民法968条1項(全文・日付・氏名の自書と押印)、2項(財産目録の自書不要と毎葉の署名押印。2019年1月13日施行)、3項(加除変更の方式)。検認:1004条1項、封印のある遺言書の開封:同条3項、過料:1005条。
  • 保管制度:法務局における遺言書の保管等に関する法律4条(申請先・無封・本人出頭)、11条(検認不要)。2023年(令和5年)5月29日の管轄変更後は、住所地・本籍地・所有不動産の所在地のいずれかを管轄する法務局管内の保管所で申請できます。指定者通知の対象は2023年10月2日から3名まで(推定相続人・受遺者・遺言執行者以外も可)。
  • 公正証書遺言:969条(2025年10月1日施行の改正後:証人2人以上の立会いと口授、公証人法による作成。令和5年法律第53号)、974条(証人の欠格)、1004条2項(検認不要)。ウェブ会議に証人が参加する場合の取扱いは公証役場に確認します。秘密証書遺言:970条。
  • 遺言でできること:902条(相続分の指定)、964条(包括・特定の名義での処分)、1014条2項〜4項(特定財産承継遺言と遺言執行者の権限)、1028条1項(配偶者居住権の遺贈)、903条3項(持戻し免除)、908条1項(分割の禁止)、893条(遺言による廃除)。

手数料・改正・税務

  • 公証人手数料令(令和7年政令第263号により改正、2025年10月1日施行)9条・別表、19条(遺言加算)。相続人・受遺者ごとに目的の価額を算定して合算し、総額1億円以下なら遺言加算を加えます。用紙枚数加算は、電子の公正証書を紙に出力して3枚を超える場合に1枚300円です。
  • 令和8年法律第45号:施行期日は政令で定める日(押印の任意化等は公布から1年以内、保管証書遺言等は3年以内、同法による成年後見制度の見直しは2年6月以内)。施行前にされた遺言の扱いは附則の経過措置を確認する必要があります。
  • 令和9年度税制改正要望で、法務省・金融庁が遺言制度の見直しに伴う所要の措置(税法上の「遺言書」の文言を新しい方式に対応させること)を求めています 要望段階。
  • 分割要件:配偶者の税額軽減(相続税法19条の2)と小規模宅地等の特例(租税特別措置法69条の4)は、申告期限までに分割されていない財産を原則として対象外とし、申告期限後3年以内の分割見込書の添付で救済されます。遺言で取得者が特定されている財産は未分割財産に当たらないため、遺言は両特例の適用を安定させる手段になります。
第5章

遺言がある場合の手続:検認・遺言執行者・遺贈

遺言書が見つかったら、最初に種類を確かめ、家庭裁判所の検認が必要かどうかを判断します。この章では、検認・遺言執行者・遺贈の手続と、遺贈を受けた人にかかる相続税のポイントを説明します。

この章の結論

  • 自宅などで保管されていた自筆証書遺言と秘密証書遺言は、家庭裁判所の検認が必要です。公正証書遺言と、法務局に預けた自筆証書遺言は検認がいりません。検認は、遺言が有効かどうかを決める手続ではありません。
  • 遺言執行者がいるときは、遺贈を実行できるのは遺言執行者だけです。「長男に相続させる」型の遺言では、遺言執行者が相続登記の申請や預貯金の払戻しもできます。
  • 遺贈や死因贈与で受けた財産には相続税がかかります。配偶者と一親等の血族(子・父母)以外の受遺者は税額が2割加算され、相続人でない受遺者も生前贈与加算の対象です。法人への遺贈では、亡くなった人に譲渡所得の課税が生じます。

遺言書が見つかったら最初に確認すること

遺言書が見つかったら、まず種類を確かめます。種類によって、家庭裁判所の検認が必要かどうかが変わるためです。検認が必要な遺言書を検認前に執行したり、家庭裁判所の外で開封したりすると、過料の対象になります(民法1005条)。封印のある遺言書は、家庭裁判所で相続人などが立ち会わなければ開封できません(民法1004条3項)。

法務局に預けられた自筆証書遺言があるかどうかは、遺言書保管事実証明書(1通800円)で確認できます。預けられていた場合、原本は法務局が保管しているため、相続人などは遺言書情報証明書(1通1,400円)の交付を受けて内容を確かめます。

  1. 種類を確かめる自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言のどれか、法務局に預けたものかを確認します。
  2. 必要なら検認を申し立てる遺言者の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てます。封印のある遺言書は開けずに提出します。
  3. 遺言執行者を確かめる遺言で指定されていれば、遺言執行者が中心になって遺言の内容を実現します。
  4. 財産ごとに取得者を整理する「相続させる」とされた財産、遺贈された財産、遺言に書かれていない財産に分けます。書かれていない財産は、相続人の遺産分割協議で分けます。
  5. 名義変更と申告不動産は取得を知った日から3年以内に相続登記をします施行中(相続登記の義務化)。相続税の申告は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。

検認の手続と注意点

検認は、遺言書の偽造や変造を防ぐため、家庭裁判所で遺言書の状態を明らかにしておく手続です。遺言書を保管している人は、相続の開始を知った後、遅滞なく家庭裁判所に提出して検認を請求しなければなりません。保管している人がいない場合は、遺言書を見つけた相続人が請求します(民法1004条1項)。

遺言の種類と検認の要否
遺言の種類検認根拠
自筆証書遺言(自宅などで保管)必要民法1004条1項
自筆証書遺言(法務局で保管)不要遺言書保管法11条
公正証書遺言不要民法1004条2項
秘密証書遺言必要民法1004条1項
検認の申立ての概要
項目内容
申し立てる人遺言書の保管者、または遺言書を見つけた相続人
申立先遺言者の最後の住所地の家庭裁判所
費用遺言書1通(封書なら封書1通)につき収入印紙800円と、連絡用の郵便切手
主な書類申立書、遺言者の出生から死亡までの全ての戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本など(法定相続情報一覧図の写しで代えられる場合があります)
検認の期日家庭裁判所から相続人に通知されます。相続人全員がそろう必要はありません
検認の後遺言の執行には検認済証明書が必要です(遺言書1通につき収入印紙150円で申請)

札幌市に最後の住所があった方の遺言書の検認は、札幌家庭裁判所(本庁)が担当します。窓口の情報は札幌の相続の窓口にまとめています。

なお、2026年(令和8年)6月に成立した民法等の改正法で、パソコンなどで作成した遺言を法務局に預ける「保管証書遺言」の新設が決まりました成立・施行待ち。この遺言は検認が不要とされています。施行は公布から3年以内(2029年(令和11年)6月まで)の政令で定める日で、2026年10月時点ではまだ利用できません。今つくる遺言は現行の方式による必要があります(遺言の種類と作り方)。

よくある誤り:検認の意味

  • 「検認を受けたから遺言は有効」ではありません。検認は遺言書の状態を確認する手続で、遺言の有効・無効は判断しません。
  • 「検認を受けないと遺言は無効」でもありません。検認を経ずに遺言を執行したり、家庭裁判所の外で開封したりすると、5万円以下の過料の対象になります(民法1005条)。ただし、検認を経ないことだけで遺言が無効になるわけではありません。
  • 公正証書遺言と法務局に預けた自筆証書遺言については、検認を申し立てる必要はありません。

遺言執行者の役割と権限

遺言執行者は、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利と義務を持ちます(民法1012条1項)。遺言執行者がいる場合、遺贈を実行(履行)できるのは遺言執行者だけです(同条2項)。

「長男にA銀行の預金を相続させる」のように、特定の財産を特定の相続人に受け継がせる遺言を、特定財産承継遺言といいます。この遺言があるとき、遺言執行者は次のことができます(民法1014条2項〜4項)。

登記などの手続
財産を受け継ぐ相続人が登記などの対抗要件を備えるために必要な行為(相続登記の申請など)ができます。
預貯金の払戻し
対象が預貯金なら、払戻しを請求できます。解約の申入れができるのは、その預貯金の全部が遺言の対象になっている場合に限られます。
遺言に別の定めがある場合
遺言者が遺言で別の意思を示していれば、それに従います。

遺言で相続人を廃除する(相続権を失わせる)こともでき、その場合は遺言執行者が遅滞なく家庭裁判所に廃除を請求します。廃除の効力は、亡くなった時にさかのぼります(民法893条)。

遺言で遺言執行者が指定されていないときや、遺言執行者がいなくなったときは、家庭裁判所に選任を申し立てられます(民法1010条)。申し立てられるのは、相続人・受遺者・遺言者の債権者などの利害関係人です。申立先は遺言者の最後の住所地の家庭裁判所で、費用は遺言書1通につき収入印紙800円と連絡用の郵便切手です。遺言執行者は、任務を開始したら遅滞なく遺言の内容を相続人に通知します(民法1007条2項)。

遺贈の種類:包括遺贈・特定遺贈と死因贈与

遺言で財産を無償で与えることを遺贈といい、受け取る人を受遺者といいます。遺言者は、財産の全部または一部を、包括または特定の名義で与えることができます(民法964条)。遺産の全部や「3分の1」のような割合で与えるのが包括遺贈、特定の財産を与えるのが特定遺贈です。どちらかによって、受遺者の立場や放棄の方法が変わります。

包括遺贈(例:遺産の3分の1を与える)

  • 相続人と同じ権利義務を持ちます(民法990条)
  • 借金などの債務も、割合に応じて引き継ぎます
  • 遺産分割協議に参加します
  • 放棄は相続放棄と同じく、3か月以内に家庭裁判所へ申述します

特定遺贈(例:A銀行の預金を与える)

  • 指定された財産を受け取ります
  • 遺言者の死亡後、いつでも放棄できます(民法986条)
  • 放棄に家庭裁判所の手続はいりません
  • 放棄すると、死亡の時にさかのぼって効力が生じます

死因贈与(例:「私が死んだらこの土地を贈る」という契約)

  • 遺言ではなく、贈る人と受ける人の契約です
  • 性質に反しない限り、遺贈の規定が準用されます(民法554条)
  • 贈与税ではなく相続税の対象です
  • 小規模宅地等の特例の対象になります(生前贈与で取得した土地は対象外)

相続税で債務や葬式費用を差し引けるのは、相続人と包括受遺者です。特定遺贈だけを受けた相続人以外の人は、原則として債務や葬式費用を課税価格から差し引けません。ただし、相続を放棄した人が実際に葬式費用を負担した場合は、遺贈で取得した財産からその額を差し引いて差し支えないとされています(相続税法基本通達13-1)。

相続人に財産を渡す遺言は、「相続させる」型でも「遺贈する」型でも書けます。不動産を相続人が受け取る場合は、どちらの書き方でも、相続登記の申請義務があり、登録免許税は不動産の価額の0.4%で、不動産取得税はかかりません。受け取る人が相続人以外かどうかで、扱いは次のように変わります。

遺言で不動産を受け取る場合の主な違い
項目相続させる遺言(相続人)遺贈(相続人へ)遺贈(相続人以外へ)
遺言執行者の役割相続登記の申請などができます遺贈の履行は遺言執行者だけです遺贈の履行は遺言執行者だけです
相続登記の申請義務(3年以内)ありあり義務の対象外(相続と相続人への遺贈が対象)
登録免許税0.4%0.4%0.4%の対象外(2%とされています)
不動産取得税かかりませんかかりません包括遺贈はかかりません。特定遺贈は非課税の範囲に含まれず、課税される場合があります

相続人以外への遺贈の登録免許税・不動産取得税は、登記や納税の前に法務局や都道府県の税事務所で確認してください。死因贈与も、不動産取得税の非課税の範囲には含まれていません。

相続人全員の話合いで、遺言と異なる分け方をすることもあります。国税庁が示す事例は、遺産の全部を相続人の1人に包括遺贈する遺言があったのに、相続人全員の協議で異なる分割をしたものです。この場合、受遺者が遺贈を事実上放棄し、相続人の間で遺産分割をしたものとみてよく、原則として贈与税はかからないとされています。受遺者が相続人でない場合や、遺言執行者がいる場合などは、事前に税務署や専門家に確認してください。

遺贈を受けた人の相続税:2割加算・生前贈与加算・みなし譲渡

遺贈や死因贈与で取得した財産には、贈与税ではなく相続税がかかります(相続税法1条の3)。税額は相続人と同じ計算の流れで、相続税の総額を各人の課税価格の割合で分けて求めます。相続人以外の受遺者の申告期限は、遺贈があったことを知った日の翌日から10か月以内です(相基通27-4)。

2割加算

配偶者と一親等の血族(子・父母。代襲相続人になった孫を含む)以外の人が遺贈を受けると、その人の相続税額に2割が加算されます。代襲相続人でない孫、兄弟姉妹、おい・めい、子の配偶者、友人などが対象です。一方、相続を放棄した子が遺贈を受けても、一親等の血族なので加算されません(相基通18-1)。

生前贈与加算

相続や遺贈で財産を取得した人は、亡くなった人から加算対象期間内に受けた暦年課税の贈与も、相続税の課税価格に加算されます。相続人でない受遺者も同じです。2026年中に亡くなった場合は死亡前3年以内の贈与が対象で、2027年(令和9年)1月1日以後の相続から段階的に7年に延びます施行中。逆に、相続や遺贈で何も取得しない孫などは加算されません。

相続人以外の人が死亡保険金の受取人になっている場合も、その保険金は遺贈で取得したものとみなされます。非課税枠(500万円×法定相続人の数)は使えず、孫が受取人なら2割加算と生前贈与加算の対象にもなります。

計算例:孫に遺贈した場合の2割加算

前提:父が2026年に死亡し、相続人は長男・長女の2人です。遺言で長男・長女に4,800万円ずつ、孫C(長男の子。代襲相続人ではありません)に2,400万円を遺贈しました。課税価格の合計は1億2,000万円です(債務・生前贈与なし)。孫は相続人ではないため、基礎控除の人数は2人のままです。

相続税の計算
項目計算式金額
基礎控除額3,000万円+600万円×2人4,200万円
課税遺産総額1億2,000万円−4,200万円7,800万円
法定相続分に応ずる取得金額7,800万円×2分の1各3,900万円
相続税の総額(3,900万円×20%−200万円)×2人1,160万円
長男・長女の税額1,160万円×4,800万円÷1億2,000万円各464万円
孫Cの算出税額1,160万円×2,400万円÷1億2,000万円232万円
孫Cの2割加算額232万円×20%46万4,000円
孫Cの納付税額232万円+46万4,000円278万4,000円

孫Cの相続税は278万4,000円です。同じ財産を長男・長女だけで取得した場合の税額の合計は、相続税の総額と同じ1,160万円です。孫への遺贈によって、家族全体の税額は2割加算分の46万4,000円増えます。孫Cが死亡前3年以内に暦年課税の贈与を受けていれば、その額も孫Cの課税価格に加算されます。

法人への遺贈とみなし譲渡

会社などの法人に遺贈すると、亡くなった人がその財産を時価で譲渡したものとみなされます(所得税法59条1項1号)。土地や株式に含み益があれば、亡くなった人の譲渡所得として課税されます。相続人が準確定申告(相続の開始を知った日の翌日から4か月以内)で申告・納付します。

個人への包括遺贈でも、限定承認をした場合は同じ扱いです。個人への通常の遺贈なら、受遺者が亡くなった人の取得費と取得時期を引き継ぎます(所得税法60条1項)。

申告後に遺言書が見つかったとき

申告の後に、遺贈について書かれた遺言書が見つかったり、受遺者が遺贈を放棄したりすることがあります。これによって税額が減る人は、そのことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求ができます(相続税法32条1項4号)。税額が増える人は修正申告をします。

他の税金・手続とのつながり

遺言書を家庭裁判所の外で開けてしまいました。どうすればよいですか。

家庭裁判所の外で開封すると、5万円以下の過料の対象になります(民法1005条)。開けてしまった場合も、遺言書をそのまま家庭裁判所に提出して検認を受けてください。遺言が有効かどうかは、検認とは別に、遺言の方式や内容によって判断されます。

遺贈を受けたくないときは、どうすればよいですか。

特定遺贈なら、遺言者の死亡後いつでも放棄でき、家庭裁判所の手続はいりません(民法986条)。包括遺贈は相続人と同じ扱いのため、3か月以内に家庭裁判所へ放棄を申述します。申告後に放棄した場合は、ほかの相続人などの税額が変わるため、更正の請求や修正申告が必要になることがあります。

法務局に預けた遺言書のことは、家族に知らされますか。

遺言者が希望していれば、法務局が死亡の事実を確認したときに、遺言者が指定した人(3名まで)に通知されます(指定者通知)。また、相続人などの誰かが遺言書を閲覧したり遺言書情報証明書の交付を受けたりすると、ほかの全ての関係相続人等に通知されます(関係遺言書保管通知)。

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • 検認:民法1004条1項(保管者・発見した相続人の検認請求)、2項(公正証書遺言の適用除外)、3項(封印のある遺言書の開封)、1005条(5万円以下の過料)、遺言書保管法11条(保管遺言書は検認不要)。
  • 遺言執行者:民法1012条1項・2項(遺贈の履行は遺言執行者のみ)、1014条2項(特定財産承継遺言の対抗要件具備行為)、3項(預貯金債権の払戻し請求、解約申入れは全部が目的の場合に限る)、4項(遺言者の別段の意思表示)。遺言による廃除は民法893条。選任は1010条(利害関係人の請求)、任務を開始したときの相続人への通知は1007条2項。
  • 遺贈:民法964条、986条(特定遺贈の放棄と遡及効)、990条(包括受遺者は相続人と同一の権利義務)、554条(死因贈与への準用)。
  • 相続税:相続税法1条の3(遺贈に死因贈与を含む)、18条・相基通18-1〜18-5(2割加算)、19条・相基通19-3(相続・遺贈で取得しなかった者には加算しない)、相基通27-4(受遺者の「知った日」)、32条1項4号(遺贈に係る遺言書の発見・遺贈の放棄)、55条(未分割の場合の課税価格は包括遺贈の割合等による)。
  • 所得税:所得税法59条1項1号(法人に対する遺贈、限定承認に係る相続・包括遺贈のみなし譲渡)、60条1項(それ以外の遺贈は取得費・取得時期を引継ぎ)、125条1項(準確定申告)。
  • 登記・流通税:不動産登記法76条の2第1項(相続〔遺言による承継を含む〕・相続人に対する遺贈の申請義務)、登録免許税は相続人に対する遺贈を含め0.4%、地方税法73条の7第1号(相続・包括遺贈・相続人に対する遺贈は不動産取得税非課税)。

実務論点

  • 特定財産承継遺言で預貯金の一部だけを承継させた場合、遺言執行者は払戻し請求にとどまり、解約申入れはできません(1014条3項ただし書)。
  • 包括受遺者は遺産分割調停の申立人になれます。未分割で申告する場合、包括受遺者は包括遺贈の割合で課税価格を計算します。債務控除・葬式費用の控除を受けられるのは相続人と包括受遺者に限られます(相続を放棄した者が現実に負担した葬式費用は、遺贈で取得した財産の価額から控除して差し支えないとされています。相基通13-1)。
  • 受遺者も、同じ被相続人から財産を取得した者として相続税の連帯納付義務を負います(相続税法34条1項。受けた利益の価額が限度)。
  • 孫養子は、代襲相続人でなければ2割加算の対象です(相基通18-3)。
  • 遺言と異なる遺産分割:質疑応答事例「遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税」は、全遺産を相続人の1人に包括遺贈する公正証書遺言がある場合に、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をしたときは、包括受遺者が包括遺贈を事実上放棄し(その者は相続人としての権利義務を有する)、共同相続人間で遺産分割が行われたとみて差し支えないとし、原則として贈与税は課されないとしています(令和7年8月1日現在の法令・通達等による。関係法令に民法907条・908条・915条・939条・990条を掲げる)。
  • 相続人以外への特定遺贈・死因贈与は、地方税法73条の7第1号の非課税の文言に含まれていません(包括遺贈は相続人以外への遺贈でも同号の非課税)。相続人以外への遺贈の登録免許税は2%とされています(登録免許税法別表第一)。
  • 令和8年法律第45号(2026年6月24日公布)は2026年10月17日時点で未施行です。現行の自筆証書遺言は、全文・日付・氏名の自書と押印が必要です。
第6章

遺産分割:協議・調停・審判と10年の期間制限

遺言で取得者が決まっていない財産は、相続人全員の話合い(遺産分割協議)で分けます。この章では、協議がまとまらないときの調停・審判、預貯金の払戻し制度、相続開始から10年の期間制限と、相続税の申告期限との関係を説明します。

この章の結論

  • 遺産分割に期限はなく、相続人全員が合意すればいつでも協議で分けられます。まとまらなければ家庭裁判所に調停を申し立て、不成立なら自動的に審判に移ります。調停の申立先は、相手方のうち1人の住所地の家庭裁判所です。
  • 預貯金も遺産分割の対象です。分割前でも「相続開始時の残高×3分の1×法定相続分」まで、1つの金融機関につき150万円を上限に、相続人が単独で払戻しを受けられます。
  • 相続開始から10年を過ぎると、原則として特別受益・寄与分を主張できなくなります。また、相続税の申告期限(10か月)までに分割できないと、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例をすぐには使えません。

遺産分割の進め方:協議・調停・審判

相続人は、遺言で禁止されている場合などを除き、いつでも協議で遺産の全部または一部を分けられます(民法907条1項)。協議には相続人全員が参加し、全員が合意する必要があります。包括受遺者がいれば、その人も協議に加わります。

協議がまとまらないとき、または協議ができないときは、各相続人が家庭裁判所に分割を請求できます(同条2項)。家庭裁判所の手続には、話合いによる解決を目指す調停と、家庭裁判所が分け方を決める審判があります。調停が不成立になると、自動的に審判手続に移ります。

  1. 協議相続人全員で話し合い、全員の合意で分け方を決めます。合意の内容は遺産分割協議書にまとめます(遺産分割協議書の作り方)。
  2. 調停協議がまとまらないときに家庭裁判所へ申し立て、裁判所での話合いで合意を目指します。
  3. 審判調停が不成立になると自動的に移行し、家庭裁判所が分け方を決めます。

遺産分割の効力は、相続開始の時にさかのぼります(民法909条)。ただし、法定相続分を超えて取得した部分は、登記などの対抗要件を備えなければ第三者に対抗できません(民法899条の2)。不動産を取得したら、早めに登記を済ませることが大切です(相続登記の義務化)。

遺言では、相続開始から5年以内の期間を定めて分割を禁止できます。相続人どうしの契約や家庭裁判所の審判でも、5年以内の期間で禁止でき、更新もできます。ただし、いずれも相続開始から10年を超えて禁止することはできません(民法908条)。

遺産分割調停の申立て:申立先・費用・必要書類

調停は、相続人などが、ほかの相続人全員を相手方として申し立てます。申立先は被相続人の最後の住所地ではなく、相手方のうち1人の住所地の家庭裁判所です。当事者が合意で定めた家庭裁判所にも申し立てられます。

遺産分割調停の申立ての概要
項目内容
申し立てる人相続人、包括受遺者、相続分を譲り受けた人
相手方申し立てる人以外の相続人全員
申立先相手方のうち1人の住所地の家庭裁判所、または当事者が合意で定めた家庭裁判所
費用被相続人1人につき収入印紙1,200円と、連絡用の郵便切手
主な書類申立書と相手方の人数分の写し、被相続人の出生から死亡までの全ての戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本と住民票(または戸籍附票)、遺産に関する証明書(不動産の登記事項証明書・固定資産評価証明書、預貯金の残高証明書など)、事情説明書など
不成立のとき自動的に審判手続に移行します

戸籍の束は、法定相続情報一覧図の写しで代えられる場合があります(相続人の調査:戸籍と法定相続情報)。相手方の1人が札幌市内に住んでいれば、札幌家庭裁判所(本庁)に申し立てられます。窓口の情報は札幌の相続の窓口にあります。

よくある誤り:申立先の家庭裁判所

相続放棄、遺言書の検認、相続財産清算人の選任は、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てます。これに対し、遺産分割調停は相手方の住所地(または合意した家庭裁判所)です。被相続人が札幌市に住んでいても、相手方が全員道外に住んでいれば、合意がない限り札幌家庭裁判所には申し立てられません。

預貯金の分割:払戻し制度と無断の引出し

2016年(平成28年)12月19日の最高裁判所大法廷決定で、普通預金・通常貯金・定期貯金は遺産分割の対象になるとされました。相続と同時に、法定相続分で当然に分かれるわけではありません。このため遺産分割が終わるまでは、相続人の1人が自分の法定相続分だけを単独で引き出すことは、原則としてできません。

この不便を補うため、2019年(令和元年)7月1日から、遺産分割の前でも一定額までは相続人が単独で払戻しを受けられるようになりました(民法909条の2)施行中。

単独で払戻しを受けられる額=相続開始時の預貯金の額×3分の1×その相続人の法定相続分
(1つの金融機関につき150万円が上限)

上限の150万円は金融機関ごとに適用され、預金が2つの金融機関にあれば、それぞれで計算します。「全ての金融機関の合計で150万円」ではありません。払戻しを受けた預貯金は、その相続人が遺産の一部の分割によって取得したものとみなされます。

計算例:2つの金融機関に預金がある場合

前提:相続開始時の残高は、A銀行の普通預金1,800万円、B信用金庫の普通預金240万円です。相続人は配偶者(法定相続分2分の1)と長男・長女(各4分の1)です。

遺産分割前に単独で払戻しを受けられる額
相続人A銀行B信用金庫合計
配偶者1,800万円×3分の1×2分の1=300万円→上限150万円240万円×3分の1×2分の1=40万円190万円
長男1,800万円×3分の1×4分の1=150万円240万円×3分の1×4分の1=20万円170万円
長女長男と同じく150万円長男と同じく20万円170万円

遺産分割の前に、配偶者は190万円(150万円+40万円)、長男・長女は各170万円(150万円+20万円)まで単独で払戻しを受けられます。必要な書類は各金融機関に確認してください。

150万円を超える資金が必要な場合は、家庭裁判所の手続を使う方法もあります。遺産分割の調停か審判を申し立てたうえで、特定の預貯金を仮に取得させるよう求めるものです(家事事件手続法200条3項)。相続債務の弁済や相続人の生活費などのために必要と認められれば、150万円の上限はありません。ただし、ほかの相続人の利益を害するときは認められません。

注意:相続放棄を考えている人の払戻し

預貯金の払戻しを受けて自分のために使うと、相続財産の「処分」として単純承認とみなされるおそれがあります(民法921条)。相続放棄をするかどうか決める前の払戻しは、慎重に判断してください(相続放棄・限定承認)。

遺産分割の前に預金が引き出されていたら

遺産分割の前に、相続人の1人が預金を勝手に引き出すなど、遺産が処分されてしまうことがあります。この場合でも、相続人全員の同意があれば、処分された財産が遺産分割の時に遺産として存在するものとみなして分割できます(民法906条の2)。2019年7月1日に施行されたルールです施行中。

処分したのが相続人であれば、その本人の同意は必要ありません。例えば、死亡後に長男が預金500万円を無断で引き出していても、ほかの相続人全員が同意すれば、その500万円を遺産に含めて分け方を決められます。

なお、相続税では、亡くなる前に引き出された現金でも、相続開始の時に残っていれば現金として相続財産になります。

特別受益と寄与分:生前の贈与や介護をどう反映するか

法定相続分どおりでは不公平になる場合に備えて、民法は特別受益と寄与分を定めています。これらを反映して計算した取り分を、具体的相続分といいます。

特別受益

相続人の中に、亡くなった人から遺贈を受けた人や、結婚・養子縁組のため、または生計の資本として贈与を受けた人がいることがあります。この場合は、その贈与の額を相続財産に加えて各人の相続分を計算し、贈与や遺贈を受けた人はその額を差し引きます(民法903条1項)。これを持戻しといいます。亡くなった人が持ち戻さなくてよいという意思を示していれば、それに従います(同条3項)。

婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が、もう一方に住まいの建物や敷地を遺贈・贈与した場合は、持ち戻さなくてよいという意思があったものと推定されます(同条4項。配偶者居住権・配偶者短期居住権・特別寄与料)。民法の持戻しには、何年前の贈与までという期間の制限はありません。

計算例:住宅資金の贈与を持ち戻す場合

前提:相続人は長男・次男の2人(法定相続分は各2分の1)です。相続開始時の財産は6,000万円で、長男は生前に住宅購入資金1,000万円の贈与(生計の資本)を受けています。持戻しを免除する意思表示はありません。

具体的相続分の計算
項目計算式金額
相続財産とみなす額6,000万円+1,000万円7,000万円
各人の法定相続分の額7,000万円×2分の1各3,500万円
長男の具体的相続分3,500万円−1,000万円2,500万円
次男の具体的相続分3,500万円3,500万円

相続開始時の財産6,000万円を、長男2,500万円・次男3,500万円で分けるのが基準になります(2,500万円+3,500万円=6,000万円)。

寄与分

相続人の中には、亡くなった人の事業を手伝ったり、財産を提供したり、療養看護をしたりして、財産の維持や増加に特別の寄与をした人がいることもあります。この場合は、協議(まとまらなければ家庭裁判所)で寄与分を定めます(民法904条の2)。寄与分を相続財産から差し引いて各人の相続分を計算し、寄与した人の相続分に寄与分を加えます。寄与分は、相続開始時の財産から遺贈の額を差し引いた残りを超えられません。

寄与分を主張できるのは相続人だけです。長男の妻のように、相続人でない親族が介護をした場合は、相続人に特別寄与料を請求する別の制度があります(特別寄与料)。

よくある誤り:特別受益と相続税の生前贈与加算を混同する

民法の特別受益は、結婚・生計の資本などのための贈与が対象で、期間の制限がありません。相続税の生前贈与加算は、加算対象期間内の暦年課税の贈与が原則としてすべて対象で、110万円以下の贈与も含みます。2026年(令和8年)中の相続では、死亡前3年以内の贈与が加算されます施行中。対象も期間も別の制度です(生前贈与加算(7年加算))。

相続開始から10年の期間制限

相続開始の時から10年を過ぎた後の遺産分割では、特別受益と寄与分の規定が適用されません(民法904条の3)施行中。原則として、法定相続分(遺言で相続分が指定されていればその割合)で分けることになります。2023年(令和5年)4月1日に施行されたルールです。

次の場合は例外として、10年を過ぎても特別受益・寄与分を主張できます。

  • 10年が過ぎる前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割を請求したとき
  • 10年の満了前6か月以内に遺産分割を請求できないやむを得ない事由があり、その事由がなくなってから6か月以内に家庭裁判所に請求したとき

このルールは施行日より前に始まった相続にも適用され、改正法の附則で猶予期間が設けられているとされています。「相続開始から10年」と「2028年(令和10年)3月31日」のいずれか遅い時までに家庭裁判所に遺産分割を請求すれば、特別受益・寄与分を主張できるとされています。2026年10月時点は、この猶予期間内です。

特別受益・寄与分を主張できる期限(家庭裁判所への請求)
相続が始まった時期期限
施行日(2023年4月1日)以後相続開始から10年
施行日前で、10年が2028年3月31日より前に過ぎるもの(例:2010年(平成22年)の相続)2028年3月31日
施行日前で、10年が2028年3月31日より後に過ぎるもの(例:2020年(令和2年)の相続)相続開始から10年

施行日前に始まった相続の期限は、改正法の附則による経過措置とされているものです。個別の事案は家庭裁判所や弁護士に確認してください。

よくある誤り:10年は遺産分割の期限ではない

10年を過ぎても、遺産分割そのものはできます。特別受益や寄与分が考慮されなくなるだけです。相続人全員が合意すれば、10年後でも特別受益や寄与分を反映した割合で分けられます。

相続税の申告期限までに分割できないとき

遺産分割がまとまらなくても、相続税の申告・納付の期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)は延びません。未分割の財産は、民法の相続分(多くは法定相続分)や包括遺贈の割合で取得したものとして課税価格を計算し、期限内に申告します(相続税法55条)。遺産分割をめぐって争っていることは、期限に遅れてよい理由になりません。

未分割のままでは、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例を適用できません。申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておき、申告期限から3年以内に分割すれば、分割の日の翌日から4か月以内の更正の請求で適用を受けられます。3年以内に分割できないやむを得ない事情があるときは、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月以内に、税務署長に承認を申請します。

分割の結果、税額が増える人は修正申告をし、減る人は分割があったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求ができます(相続税法32条1項1号)。詳しい手続は遺産が未分割のときの申告で説明します。

  1. 相続開始遺産分割はいつでもできます。預貯金の払戻し制度も使えます。
  2. 3か月以内相続放棄・限定承認の期限です(相続の開始を知った時から)。
  3. 10か月以内相続税の申告・納付の期限です。未分割なら民法の相続分などで申告し、分割見込書を添付します。
  4. 申告期限から3年以内この間に分割すれば、配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例を更正の請求で適用できます。
  5. 相続開始から10年過ぎると特別受益・寄与分を主張できなくなります(家庭裁判所への請求などの例外あり)。

他の税金・手続とのつながり

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • 協議・調停・審判:民法907条1項(いつでも協議で全部又は一部を分割)、2項(家庭裁判所への請求。一部分割で他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合は不可)、908条(分割禁止は遺言・契約・審判とも5年以内、終期は相続開始から10年以内。2023年4月1日施行)、909条(遡及効)、899条の2(法定相続分を超える部分の対抗要件)。
  • 預貯金:最大決平成28年12月19日(民集70巻8号2121頁。普通預金・通常貯金・定期貯金は遺産分割の対象)、民法909条の2(相続開始時の債権額×3分の1×法定相続分、みなし一部分割)、平成30年法務省令第29号(債務者ごとに150万円)、家事事件手続法200条3項(預貯金債権の仮分割の仮処分)。
  • 特別受益・寄与分:民法903条1項〜4項、904条の2、904条の3(10年経過後は903条・904条・904条の2を適用しない。2023年4月1日施行)、令和3年法律第24号附則3条(施行前の相続の経過措置)。
  • 遺産の処分:民法906条の2(全員の同意で処分財産を遺産とみなす。処分した共同相続人の同意は不要)。
  • 相続税:相続税法55条(未分割の場合の課税価格)、19条の2第2項・3項、措法69条の4第4項(申告期限後3年以内の分割)、32条1項1号(分割による更正の請求)、相基通32-2(配偶者の税額軽減の規定に該当したことによる更正の請求の期限)。

実務論点

  • 払戻し制度の上限は金融機関単位で、各相続人ごとに計算します。家事事件手続法200条3項の仮分割は調停・審判の申立てが前提で、上限はありません。
  • 904条の3の10年経過後も、全員の合意があれば具体的相続分による分割は可能で、手続は遺産分割によります(共有物分割ではありません)。
  • 施行前に開始した相続は、「相続開始から10年」と「施行時から5年(2028年3月31日の経過時)」のいずれか遅い時が基準とされています(令和3年改正法附則3条。附則の条文で要確認)。期限を過ぎると、法定相続分(指定相続分)が基準になります。
  • 民法上の持戻し(903条)には期間制限がありません。遺留分算定で相続人への贈与を10年以内に限る1044条3項とは区別します。
  • 未分割申告後の分割による更正の請求は、原則として分割の日の翌日から4か月以内です(相続税法32条1項1号)。小規模宅地等の特例もこの4か月が期限で(措法69条の4第4項・第5項)、期限後の請求を不適法とした2021年(令和3年)6月22日の裁決があります。「分割の日の翌日から4か月」と「申告期限から5年」のいずれか遅い日まで請求できるのは、配偶者の税額軽減(19条の2第2項ただし書)に限った取扱いです(相基通32-2)。
  • 3年以内に分割できない場合は、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月以内に「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出します。
第7章

遺産分割協議書の作り方と税金への影響

遺産分割協議がまとまったら、内容を遺産分割協議書にまとめます。協議書は名義変更や相続税の申告に欠かせない書類で、分け方の決め方しだいで、相続税や譲渡所得の税金も変わります。

この章の結論

  • 協議書には相続人全員が署名して実印を押し、印鑑証明書を添えるのが基本です。配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を受ける相続税の申告では、協議書の写しと相続人全員の印鑑証明書が必要です。
  • 分け方は、現物分割・換価分割・代償分割・共有の4種類です。換価分割は相続人ごとに譲渡所得の申告が必要で、代償金は相続税の課税価格で調整します。自分の不動産を代償として渡すと、渡した人に譲渡所得がかかります。
  • 一度成立した分割をやり直して財産を移すと、相続税の上では「分割」による取得とされず、贈与や交換などとして課税される可能性があります。協議書は最初から慎重に作りましょう。

遺産分割協議書の役割と協議に参加する人

民法には、遺産分割協議の内容を書面にすることを求める規定はなく、相続人全員が合意すれば分割は成立します。それでも協議書を作るのは、次の手続で合意の内容を証明する必要があるためです。

  • 不動産の相続登記
  • 預貯金の払戻し・名義変更
  • 相続税の申告(配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例を受けるときは、協議書の写しを添付)

協議は相続人全員で行い、包括受遺者がいればその人も加わります。相続人に未成年者がいて、親権者も相続人である場合は、親と子の利益が相反するため、家庭裁判所が選任する特別代理人が子に代わって協議します。未成年の子が2人いれば、子ごとに別の特別代理人が必要です。

認知症などで判断能力を欠く相続人がいる場合は、家庭裁判所が選任した成年後見人が本人に代わって協議に参加します。成年後見人も同じ相続の相続人であれば、後見監督人がいる場合を除き、特別代理人の選任が必要です(認知症・未成年者・相続人がいない場合)。

よくある誤り:協議書で何も取得しなければ相続放棄になる?

遺産分割協議で何も取得しないことにしても、相続放棄にはなりません。亡くなった人の借金などの債務は法定相続分で引き継ぎ、協議で取得しないと決めたことを債権者に主張できません。債務を引き継ぎたくない場合は、相続の開始を知った時から3か月以内に、家庭裁判所で相続放棄の手続をします(相続放棄・限定承認)。

協議書の書き方:署名・実印・財産の特定

協議書の様式に決まりはありませんが、実務では相続人全員が署名(記名)して実印を押し、印鑑証明書を添付します。相続税の申告で配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を受けるときは、協議書の写しとともに、協議書に押印した相続人全員の印鑑証明書を提出します。相続登記でも、協議書に押印した相続人の印鑑証明書の添付が求められるのが通例です。

財産は、誰が読んでも特定できるように書きます。不動産は登記事項証明書の記載(所在・地番・家屋番号など)どおりに、預貯金は金融機関名・支店名・種類・口座番号まで書くと確実です。

遺産分割協議書のチェックリスト

  • 被相続人の氏名・死亡日・最後の住所など、誰の遺産かが分かる事項を書いた
  • 相続人全員で協議し、全員が合意した旨を書いた
  • 不動産を登記事項証明書の記載どおりに特定した
  • 預貯金・有価証券を金融機関名・支店名・口座番号などで特定した
  • 換価分割・代償分割の場合は、その旨と割合・金額・支払期限を書いた
  • 後日見つかった財産を誰が取得するか(または改めて協議するか)を書いた
  • 相続人全員が署名し、実印を押した
  • 相続人全員の印鑑証明書をそろえた(提出先が発行時期を指定していないか確認した)

協議書に書かれていない財産が後から見つかると、その財産について改めて全員で協議する必要があります。「後日判明した財産は長男が取得する」「別途協議する」などの条項を入れておくと、手続を進めやすくなります。相続税では、後から見つかった財産で税額が増えれば修正申告が必要です。また、隠していた財産は配偶者の税額軽減の対象になりません。

実務のコツ:協議書ができたら名義変更は早めに

法定相続分を超えて取得した部分は、登記などの対抗要件を備えなければ第三者に対抗できません(民法899条の2)。法定相続分での相続登記や相続人申告登記を先に済ませていた場合も注意が必要です。遺産分割で法定相続分を超えて取得した人は、分割の日から3年以内に登記を申請する義務があります施行中(相続登記の義務化)。

分け方は4種類:税金の違いを一覧で確認

遺産の分け方には、財産をそのまま分ける現物分割、売って代金を分ける換価分割、1人が取得してほかの相続人にお金などを払う代償分割、複数人で持ち合う共有があります。相続税の上では、現物分割・換価分割・代償分割のいずれも「分割」として扱われます(相続税法基本通達19の2-8)。ただし、所得税(譲渡所得)の扱いは方法によって大きく変わります。

分割の方法と税金の違い
方法内容相続税所得税(譲渡所得)
現物分割土地は長男、預金は長女のように、財産をそのまま分ける方法取得した財産の評価額で、各人の課税価格を計算します分割の時点ではかかりません。後で売るときは、亡くなった人の取得費・取得時期を引き継いで計算します
換価分割財産を売って代金を分ける方法売却額ではなく、相続開始時の評価額を取得割合で分けて計算します相続人ごとに、取得割合に応じて譲渡所得を申告します
代償分割1人が財産を取得し、ほかの相続人に代償金などを払う方法払う人は代償財産の価額を差し引き、受ける人は加えます代償金を払っても取得費になりません。自分の不動産を代償として渡すと、渡した人に時価で譲渡所得がかかります
共有1つの財産を持分で共有する方法持分に応じて、各人の課税価格を計算します分割の時点ではかかりません。後で共有を解消する方法によっては課税されます

換価分割の税金:相続人ごとに譲渡所得

換価分割では、売った財産に譲渡所得が生じ、相続人がそれぞれの取得割合に応じて確定申告をします。取得費と取得時期は亡くなった人のものを引き継ぐため、亡くなった人が長く持っていた土地なら、相続後すぐに売っても長期譲渡所得になります。相続税の取得費加算や空き家の3,000万円控除を使えるかどうかは、相続人ごとに判定します。

申告する割合は、売った時点で取得割合が決まっているかどうかで変わります。

換価分割の譲渡所得を申告する割合
売った時点の状況申告する割合
協議で取得割合を決めてから売った協議で決めた割合
取得割合が決まっていない(代金を後で分ける合意がある場合など)原則は法定相続分。所得税の確定申告期限までに代金が分割され、相続人全員がその割合で申告すれば、その割合も認められます
法定相続分で申告した後に代金を分割した譲渡所得に変わりはないため、更正の請求や修正申告はできません

売る前に協議書で「この土地を売却し、代金を長男2分の1・長女2分の1で取得する」などと割合を決めておけば、各人がその割合で申告できます。売却の手続のために代表者1人の名義にする場合も、協議書に換価分割である旨と取得割合を書いておきましょう。各人が使える特例は相続税の取得費加算の特例と空き家の3,000万円控除で説明しています。

代償分割の税金:相続税の調整と譲渡所得

代償分割は、不動産や自社株のように分けにくい財産を1人が取得し、ほかの相続人に代償金を払う方法です。相続税では、代償金を払う人は取得した財産の価額から代償財産の価額を差し引き、受け取る人は自分の課税価格に加えます。

代償財産の価額は、原則として代償金の額そのものです。ただし、代償分割の対象となった財産が特定され、代償金の額をその財産の代償分割の時の時価をもとに決めた場合は、次の算式で相続税評価額の水準に引き直します。相続人全員の協議で、これに準じた合理的な方法で計算して申告することも認められています。

代償財産の価額=代償金の額×相続開始時の相続税評価額÷代償分割の時の時価(通常の取引価額)

計算例:土地を長男が取得し、次男に代償金を払う場合

前提:相続人は長男・次男の2人で、遺産は土地(相続税評価額8,000万円、分割時の時価1億円)と預金2,000万円です。長男が土地を取得し、時価1億円の2分の1をもとに決めた代償金4,000万円を次男に払います。預金は1,000万円ずつ取得し、債務・生前贈与はありません。

代償分割の課税価格と相続税
項目計算式金額
代償財産の価額4,000万円×8,000万円÷1億円3,200万円
長男の課税価格8,000万円+1,000万円−3,200万円5,800万円
次男の課税価格1,000万円+3,200万円4,200万円
課税遺産総額1億円−(3,000万円+600万円×2人)5,800万円
相続税の総額(5,800万円×2分の1×15%−50万円)×2人770万円
長男の税額770万円×5,800万円÷1億円446万6,000円
次男の税額770万円×4,200万円÷1億円323万4,000円

長男の相続税は446万6,000円、次男は323万4,000円です(合計770万円)。代償金4,000万円をそのまま差し引くと、2人とも課税価格5,000万円・税額385万円になります。代償金を時価で決めたこの例では、調整後の金額で計算します。

代償金の代わりに、自分がもともと持っていた不動産を渡すこともあります。この場合、渡した人はその不動産を渡した時の時価で譲渡したものとみなされ、譲渡所得がかかります(所得税基本通達33-1の5)。受け取った人は、その時の時価で新たに取得したことになり、取得日も渡された日です(同38-7)。

代償金を払った人は、その代償金を、相続した財産を将来売るときの取得費に加えられません(同38-7)。代償金を払って取得した財産を売って取得費加算を使う場合は、加算額の計算でも調整があります。

代償金の原資として、受取人を特定の相続人にした死亡保険金が使われることもあります。ただし、保険金の額が遺産に比べて著しく大きいなど特段の事情があると、特別受益に準じて持戻しの対象になりえます。2004年(平成16年)10月29日の最高裁判所の決定が示した考え方です(生命保険の活用と契約形態)。

共有で分ける場合と、分割をやり直す場合の注意

不動産を複数の相続人の共有にすると、分割の時点では譲渡所得はかかりません。後で共有を解消するとき、1つの土地を持分に応じて現物で分ける場合は、譲渡はなかったものとされます(所得税基本通達33-1の7)。面積の比率が持分と違っても、分けた後の各土地の価額の比率が持分とおおむね等しければ、持分に応じた分割に当たります。

一方、別々の不動産の持分を入れ替えて、それぞれの単独所有にする場合は、持分の交換として譲渡所得の課税関係が生じます。例えば、A土地とB土地を兄弟で共有していて、A土地を兄、B土地を弟の単独所有にする場合です。固定資産の交換の特例(所得税法58条)の要件を満たせば、その特例を使えます。

また、共有の不動産は、相続税の物納には原則として充てられません(管理処分不適格財産)。共有にするかどうかは、将来の売却や納税の方法まで考えて決めましょう。

分割のやり直し

いったん成立した遺産分割をやり直して、各相続人に帰属した財産を配り直すことがあります。この場合、配り直しで取得した財産は、相続税の上では「分割」によって取得したものとはされません(相続税法基本通達19の2-8)。その結果、贈与や交換などとして課税される可能性があります。協議書に署名する前に、税金への影響まで確認しておくことが大切です。

他の税金・手続とのつながり

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • 民法:907条(協議による分割)、899条の2(対抗要件)、902条の2(相続債権者は法定相続分により権利行使できる)、826条(親権者と子の利益相反・特別代理人)、859条・860条(成年後見人の代理権と利益相反。後見監督人がいれば特別代理人は不要)。
  • 相続税:相基通11の2-9・11の2-10(代償分割の課税価格と代償財産の価額)、19の2-8(分割の意義。ただし書で再配分は分割による取得に当たらない)。配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例の添付書類は、遺言書の写し又は遺産分割協議書の写しと、協議書に押印した相続人全員の印鑑証明書。
  • 所得税:所基通33-1の5(代償財産の交付は時価による譲渡)、38-7(代償債務は取得費に算入しない・代償財産は履行時の時価で取得)、33-1の7(共有地を持分に応じて現物分割した場合は譲渡なし)、所得税法58条(固定資産の交換)、60条1項(取得費・取得時期の引継ぎ)、措通39-7(代償金を支払って取得した相続財産の取得費加算)。換価分割の申告割合は質疑応答事例(所得税法33条・36条、国税通則法23条2項)。
  • 判例:最決平成16年10月29日(死亡保険金請求権は受取人固有の権利で903条の遺贈・贈与に当たらないが、著しい不公平という特段の事情があれば同条の類推適用により持戻しの対象となる)。
  • その他:地方税法73条の7第2号の3(共有物の分割による不動産取得税は分割前の持分を超えない部分は非課税)、不動産登記法76条の2第2項・76条の3第4項(分割による法定相続分超過取得は分割の日から3年以内に登記)、相続税の物納では共有財産は管理処分不適格財産。

実務論点

  • 相基通11の2-10の調整式は、対象財産が特定され、代償債務の額が代償分割時の通常の取引価額を基に決定されている場合に適用します。協議書に代償金の算定根拠(時価を基にしたか)を残しておくと、申告時の判断がしやすくなります。
  • 換価分割で換価時に取得割合が未確定の場合は、法定相続分で申告するのが原則です。所得税の確定申告期限までに換価代金が分割され、全員がその割合で申告すれば認められます。期限後の分割確定を理由とする更正の請求・修正申告はできません。
  • 代償財産として不動産を受けた者の取得日は履行日で、被相続人の取得時期を引き継ぎません(直後の売却は短期譲渡になり得ます)。
  • 別々の不動産の持分を入れ替える分割は、等価でも交換として課税関係が生じます。所得税法58条の要件を満たすかを確認します。
  • 遺産分割後に認知を受けた者に分割済みの遺産の土地を交付した場合は、代物弁済に当たります。ただし、最終的な遺産分割協議書等で被認知者が現物分割により取得したと認められれば、譲渡所得課税は行わないのが相当とされています(質疑応答事例)。
  • やり直しによる再配分は、相基通19の2-8ただし書により分割による取得に当たりません。贈与・交換等としての具体的な課税関係は、個別に検討します。
第8章

遺留分

遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人に法律で保障された最低限の取り分です。遺言や生前贈与で遺留分を下回る財産しか受け取れなかった相続人は、多く受け取った人に金銭の支払を請求できます。

この章の結論

  • 遺留分があるのは配偶者・子(代襲相続人を含む)・直系尊属で、兄弟姉妹にはありません。割合は全体で2分の1(直系尊属だけが相続人なら3分の1)で、これに各人の法定相続分を掛けます。
  • 2019年(令和元年)7月1日以後に始まった相続では、遺留分侵害額請求は金銭の支払を求める権利です。相続の開始と、遺留分を侵害する贈与・遺贈を知った時から1年、相続開始から10年で請求できなくなります。
  • 相続人への生前贈与は、相続開始前10年以内の特別受益に当たるものが遺留分の計算に入ります。支払額が確定したら相続税の更正の請求や修正申告が必要で、金銭の代わりに不動産で払うと譲渡所得がかかります。

遺留分がある人と割合

遺留分を持つのは、兄弟姉妹以外の相続人、つまり配偶者、子(その代襲相続人を含む)、直系尊属(父母など)です(民法1042条1項)。兄弟姉妹とその代襲相続人(おい・めい)には遺留分がありません。このため兄弟姉妹が相続人になる場合、遺言で兄弟姉妹に財産を残さなくても、兄弟姉妹から遺留分を請求されることはありません。

遺留分の割合は、相続人全体で「遺留分を算定するための財産の価額」の2分の1、直系尊属だけが相続人の場合は3分の1です。相続人が複数いれば、これに各人の法定相続分を掛けたものが、その人の遺留分になります(同条2項)。

相続人の組合せと各人の遺留分(遺留分を算定するための財産の価額に対する割合)
相続人全体の遺留分各人の遺留分
配偶者のみ2分の1配偶者2分の1
配偶者と子2人2分の1配偶者4分の1、子は各8分の1
子2人のみ2分の1子は各4分の1
配偶者と父母2分の1配偶者3分の1、父母は各12分の1
父母のみ3分の1父母は各6分の1
配偶者と兄弟姉妹2分の1配偶者2分の1、兄弟姉妹はなし
兄弟姉妹のみなしなし

例えば、配偶者と子2人が相続人で、遺留分を算定するための財産の価額が1億円の場合です。遺留分は、配偶者が2,500万円(1億円×4分の1)、子が各1,250万円(1億円×8分の1)になります。

遺留分侵害額請求:金銭の支払を求める権利

遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)は、遺贈を受けた人や贈与を受けた人に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できます(民法1046条1項)。「相続させる」型の遺言で財産を受け継いだ相続人や、遺言で相続分の指定を受けた相続人も、請求の相手方になります。

この仕組みは、2019年7月1日以後に開始した相続に適用されます施行中。それより前に始まった相続は、旧制度の「遺留分減殺請求」の対象で、財産そのものを取り戻す(共有になる)効果がありました。現在の制度では、金銭で精算します。

遺留分侵害額=遺留分−遺留分権利者が受けた遺贈・特別受益の贈与の額−遺産分割の対象となる財産のうち具体的相続分に応じて取得すべき額+遺留分権利者が引き継ぐ相続債務の額

遺贈を受けた人と贈与を受けた人がいるときは、遺贈を受けた人が先に負担します。贈与を受けた人が複数いれば、新しい贈与を受けた人から順に負担します。どちらも、受けた遺贈や贈与の額が負担の上限です(民法1047条1項)。すぐに支払えない場合、請求を受けた人の求めにより、裁判所が支払に相当の期限を与えることができます(同条5項)。

請求できる期間

遺留分侵害額請求権は、相続の開始と、遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと、時効で消滅します。知らなかった場合でも、相続開始から10年を過ぎると請求できません(民法1048条)。後で請求した日を示せるよう、書面で請求しておくと安心です。

  1. 相続開始遺言の内容や生前贈与を確かめ、遺留分が侵害されていないか計算します。
  2. 知った時から1年相続の開始と、侵害する贈与・遺贈を知った時から1年以内に請求します。
  3. 相続開始から10年知らなかった場合も、この時点で請求できなくなります。

遺留分の計算に入る生前贈与と生命保険金

遺留分は、次の算式で求めた「遺留分を算定するための財産の価額」をもとに計算します(民法1043条1項)。贈与した財産は、相続開始の時の価額で評価します。

遺留分を算定するための財産の価額=相続開始時の財産の価額+算入される贈与の価額−債務の全額

遺留分の計算に入る生前贈与
贈与の相手算入される贈与
相続人相続開始前10年間の贈与のうち、結婚・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与(特別受益に当たるもの)
相続人以外(第三者)相続開始前1年間の贈与
当事者双方が遺留分権利者に損害を与えると知っていた贈与期間の制限なく算入(1年より前の贈与でも算入)

計算例:全財産を長男に相続させる遺言と、長男への住宅資金の贈与がある場合

前提:父が2026年(令和8年)に死亡し、相続人は長男・長女の2人(法定相続分は各2分の1)です。相続開始時の財産は6,000万円で、債務はありません。遺言は「全財産を長男に相続させる」です。長男は5年前に住宅購入資金1,200万円の贈与(生計の資本)を受けています。父の友人への8年前の贈与500万円もあります(損害を与えると知ってした贈与ではありません)。

長女の遺留分侵害額
項目計算式金額
算入される贈与長男への1,200万円(10年以内の特別受益)。友人への500万円は1年より前なので算入しない1,200万円
遺留分を算定するための財産の価額6,000万円+1,200万円−0円7,200万円
長女の遺留分7,200万円×2分の1×2分の11,800万円
長女の遺留分侵害額1,800万円−0円(受けた遺贈・贈与)−0円(遺産分割で取得する財産)+0円(引き継ぐ債務)1,800万円

長女は長男に1,800万円の支払を請求できます。遺言で長女に1,000万円を残していれば、侵害額は1,800万円−1,000万円=800万円です。

よくある誤り:相続税の生前贈与加算と同じ範囲だと思う

相続税の生前贈与加算は、2026年中の相続なら死亡前3年以内の暦年課税の贈与が対象です施行中。上の例の5年前の贈与は、暦年課税なら相続税の課税価格には加算されませんが、遺留分の計算には入ります。民法の遺留分と相続税では、対象となる贈与の範囲が違います。

生命保険金は遺留分の計算に入るか

亡くなった人を被保険者とし、特定の相続人を受取人とする死亡保険金は、受取人が自分の固有の権利として受け取るもので、相続財産に属しません。このため、原則として遺留分の計算には入らないとされています。遺産分割では、保険金の額が遺産に比べて著しく大きいなど特段の事情があると、特別受益に準じて持戻しの対象になりえます(2004年(平成16年)10月29日の最高裁判所の決定)。この考え方が遺留分の計算でどう扱われるかは、事案ごとの判断になります。

一方、相続税では、亡くなった人が保険料を負担した死亡保険金は「みなし相続財産」として課税されます。民法の遺留分と相続税で扱いが分かれる点に注意してください(生命保険の活用と契約形態)。

遺留分を支払ったとき・受け取ったときの税金

相続税:支払額が確定したら申告をやり直す

遺留分侵害額の支払額が確定すると、支払う人と受け取る人の相続税の課税価格が変わります。支払う人は、支払額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求をして、納め過ぎた相続税の還付を受けられます(相続税法32条1項3号)。受け取る人は修正申告をし、もともと申告義務がなかった人は期限後申告をします。

所得税:不動産で支払うと譲渡所得

遺留分侵害額の請求を受けた人が、金銭の支払に代えて土地などを渡すと、代物弁済に当たります。渡した人は、消滅した債務の額に相当する価額でその土地を譲渡したものとされ、譲渡所得の課税を受けます(所得税基本通達33-1の6)。遺言や贈与で受け取った土地を渡す場合も同じです。受け取った人は、消滅した債権の額でその土地を取得したことになります(同38-7の2)。

宅地で代物弁済した場合、その宅地を受け取った人は相続や遺贈で取得したわけではないため、小規模宅地等の特例を使えません。もともと宅地を取得した人の特例の適用は、失われません。

他の税金・手続とのつながり

遺留分の放棄と相続放棄の違い

相続が始まる前(親が生きているうち)に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条1項)。相続開始後は、許可なく放棄できます。1人が遺留分を放棄しても、ほかの相続人の遺留分は増えません(同条2項)。

許可の申立ては、遺留分を持つ相続人本人が、被相続人の住所地の家庭裁判所に行います。費用は収入印紙800円と郵便切手で、申立書のほか、被相続人と申立人の戸籍謄本が必要です。

遺留分の放棄

  • 相続開始前でもできる(家庭裁判所の許可が必要)
  • 失うのは遺留分だけで、相続人の立場は残る
  • 遺言がなければ、相続人として相続する
  • 相続人のままなので、債務も引き継ぐ

相続放棄

  • 相続開始前はできない
  • 相続の開始を知った時から3か月以内に、家庭裁判所へ申述する
  • 初めから相続人でなかったものとみなされる
  • 財産も債務も引き継がない

実務のコツ:遺言をつくる段階で遺留分を計算しておく

遺言で特定の人に多くの財産を残すときは、ほかの相続人の取り分が遺留分を下回らないか、あらかじめ計算しておきましょう。下回る場合は、支払に充てる資金の準備(生命保険の活用など)、生前の遺留分の放棄(家庭裁判所の許可が必要)、事業承継なら次の民法特例も選択肢になります。

事業承継と遺留分:民法特例(除外合意・固定合意)

後継者が先代経営者から自社株の贈与を受けると、その株式は遺留分の計算に入ります(相続人への贈与なら、相続開始前10年以内の特別受益に当たるもの)。贈与した株式は相続開始時の価額で評価するため、会社が成長して株価が上がると、ほかの相続人の遺留分も大きくなります。この問題に対応するため、経営承継円滑化法に遺留分に関する民法の特例があります。

先代経営者の推定相続人全員と後継者が、書面で次の合意をすることができます(円滑化法4条1項)。

除外合意
後継者が先代経営者から贈与などで取得した自社株式の全部または一部を、遺留分を算定するための財産に入れない合意です。
固定合意
その株式を合意の時の価額で遺留分の計算に入れる合意です。合意後に株価が上がっても、上昇分は遺留分に影響しません。価額が相当であることについて、弁護士・公認会計士・税理士などの証明が必要です。

対象は、合意の時点で3年以上継続して事業を行っている非上場の中小企業です。後継者は、合意の時に代表者で、先代経営者からの贈与などで取得した株式により議決権の過半数を持っている必要があります。後継者が合意の対象外の株式だけで議決権の過半数を持っている場合は、合意できません。個人事業者向けにも、事業用資産を除外する特例(固定合意はなし)があります。

  1. 合意推定相続人全員と後継者が書面で合意します。後継者が株式を処分した場合などに、ほかの推定相続人がとれる措置もあわせて定めます。
  2. 経済産業大臣の確認合意をした日から1か月以内に、後継者が申請します。
  3. 家庭裁判所の許可確認を受けた日から1か月以内に、先代経営者の住所地の家庭裁判所に申し立てます。許可を受けると、合意の効力が生じます。

事業承継税制(相続税・贈与税の納税猶予)を使っても、遺留分の問題は解決しません。税金と民法の両面から準備することが大切です。

子も親もいないため、兄弟姉妹が相続人になります。兄弟姉妹に財産を残さない遺言を書いても、遺留分の心配はありませんか。

兄弟姉妹には遺留分がないため、遺言で配偶者などに全財産を残しても、兄弟姉妹から遺留分侵害額を請求されることはありません。遺言がないと兄弟姉妹も相続人になるため、意思を実現するには遺言を残しておくことが大切です(遺言の種類と作り方)。

遺留分を請求されましたが、すぐに現金を用意できません。

請求を受けた人の求めにより、裁判所が支払に相当の期限を与えることができます(民法1047条5項)。金銭の代わりに不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得の課税が生じる点にも注意してください。

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • 民法:1042条(遺留分権利者と割合)、1043条1項(遺留分を算定するための財産の価額)、1044条1項(第三者への贈与は相続開始前1年間、損害を加えることを知ってした贈与は期間制限なし)、2項(904条の準用=相続開始時の価額)、3項(相続人への贈与は10年間の特別受益に限る)、1046条(遺留分侵害額請求。受遺者には特定財産承継遺言・相続分の指定を受けた相続人を含む)、1047条1項(負担の順序と限度)、5項(期限の許与)、1048条(1年・10年)、1049条(遺留分の放棄)。2019年7月1日以後に開始した相続に適用。
  • 相続税:相続税法32条1項3号(遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額の確定。知った日の翌日から4か月以内)、30条・31条(期限後申告・修正申告)、35条3項(他の相続人の更正の請求に伴う更正・決定)。
  • 所得税:所基通33-1の6(遺留分侵害額の支払に代えた資産の移転は、消滅した債務の額で譲渡)、38-7の2(取得者は消滅した債権の額で取得)。
  • 小規模宅地等:措法69条の4。遺留分侵害額請求に対する宅地での代物弁済は、受領者にとって相続・遺贈による取得ではない(質疑応答事例)。
  • 円滑化法:4条1項(除外合意・固定合意、合意対象外の株式で議決権過半数を有する場合は不可)、2項(後継者等は価額証明者になれない)、3項・5項(個人事業の除外合意)、4項(付随合意)、7条(合意から1か月以内の経済産業大臣の確認)、8条(確認から1か月以内の家庭裁判所の許可。全員の真意によるとの心証が必要)。
  • 判例:最判平成14年11月5日(平成11年(受)第1136号、民集56巻8号2069頁。死亡保険金受取人の変更は旧1031条の遺贈・贈与に当たらないとされる)、最決平成16年10月29日(死亡保険金と特別受益の特段の事情)。

実務論点

  • 受遺者が複数の場合、または同時にされた贈与の受贈者が複数の場合は、目的の価額の割合に応じて負担します(遺言で別段の意思表示があればそれに従います)。
  • 遺留分の計算では相続人への贈与は10年以内の特別受益に限られる一方、民法903条の持戻しには期間制限がありません。相続税の生前贈与加算(2026年中の相続は3年、2031年(令和13年)1月1日以後の相続で7年)とも範囲が異なります。
  • 2019年7月1日前に開始した相続の遺留分減殺請求で当初の小規模宅地等の対象地を取得できなくなった場合は、選択替えに当たらないとして変更が認められた質疑応答事例があります。侵害額請求に対する宅地での代物弁済では、当初の取得者の特例適用は失われません。
  • 相続開始前の遺留分の放棄の許可基準は、裁判所の手続案内には示されていません。
  • 民法特例は、後継者が経済産業大臣の確認前・家庭裁判所の許可前に死亡すると、その相続人は申請・申立てができません。事業承継税制は遺留分侵害額請求を防がないため、民法特例や遺言・生命保険と組み合わせて検討します。
第9章

配偶者居住権・配偶者短期居住権・特別寄与料

残された配偶者の住まいを守る制度と、相続人ではない親族の介護に報いる制度を説明します。いずれも民法の相続法改正で設けられた制度で、相続税の計算にも影響します。

この章の結論

  • 配偶者居住権は、2020年(令和2年)4月1日以後の相続で、遺産分割か遺贈により取得する「自宅に無償で住み続ける権利」です。原則は終身で、第三者に対抗するには登記が必要です。売ることはできません。
  • 配偶者短期居住権により、自宅に無償で住んでいた配偶者は、相続開始から少なくとも6か月は無償で住み続けられます。婚姻20年以上の夫婦間の自宅の贈与・遺贈は、遺産分割で持ち戻さないものと推定されます。
  • 長男の妻など相続人でない親族が無償で介護した場合は、特別寄与料を請求できます。期限は、相続の開始と相続人を知った時から6か月、相続開始から1年です。受け取った額は遺贈とみなされて相続税の対象になり、長男の妻なら2割加算です。

配偶者居住権:所有権と住む権利を分ける

配偶者居住権は、亡くなった人の配偶者が、住んでいた自宅に無償で住み続けられる権利です。2020年4月1日以後に始まった相続から使えます施行中。

建物の所有権とは別に、住むための権利だけを配偶者に与える仕組みです。たとえば自宅の所有権は子が相続し、配偶者は配偶者居住権を取得します。配偶者は住まいを確保できるうえ、自宅を丸ごと取得するより取り分が小さくて済みます。そのため、預貯金など老後の生活資金も受け取りやすくなります。

配偶者が自宅を相続する

  • 自宅の価額の全部が配偶者の取り分になります
  • 法定相続分の範囲内では、預貯金などの取り分が少なくなりがちです
  • 配偶者が亡くなると、自宅は配偶者の相続財産になります

配偶者居住権を使う

  • 配偶者は住む権利、子は所有権を取得します
  • 配偶者の取り分は住む権利の価額にとどまり、預貯金なども受け取りやすくなります
  • 配偶者が亡くなると権利は消滅し、子が制約のない所有権を持ちます

配偶者居住権の取得方法・登記・注意点

配偶者居住権は、相続が始まれば自動的に生じる権利ではありません。次のどちらかで取得します。

  • 遺産分割:相続人の協議、または家庭裁判所の調停・審判で、配偶者が取得すると決めます。
  • 遺贈:亡くなった人が遺言で配偶者居住権を遺贈しておきます。

要件は、配偶者が相続開始の時にその建物に住んでいたことと、建物が亡くなった人の財産だったことです。亡くなった人が配偶者以外の人と建物を共有していた場合は設定できません。審判で取得させるのは、相続人の間に合意がある場合か、配偶者が希望し、所有者の不利益を考えてもなお生活の維持に特に必要な場合に限られます。

住める期間は、原則として配偶者が亡くなるまで(終身)です。遺産分割・遺言・審判で、10年間のように期間を定めることもできます。

取得した後のルール

  • 登記:配偶者居住権は建物に登記でき、登記をすると第三者に権利を主張できます。所有者は登記に協力する義務を負います。敷地の利用権の登記はありません。
  • 譲渡できない:配偶者居住権を売ったり、人に譲ったりすることはできません。
  • 使い方の制限:善良な管理者の注意をもって、従前の用法に従って住む必要があります。増改築や第三者に貸すには所有者の承諾が要ります。違反があれば、所有者は催告のうえ権利を消滅させることができます。

実務のコツ:決めたらすぐに登記する

登記をしないまま所有者が建物を売ったり担保に入れたりすると、配偶者は買主などに権利を主張できなくなるおそれがあります。遺産分割協議書や遺言で配偶者居住権を定めたら、早めに設定の登記をしましょう。

よくある誤り:いざとなれば配偶者居住権を売ればよい

配偶者居住権は譲渡できません。老人ホームへの入所などで自宅を出る場合でも、権利を売って資金にすることはできません。

所有者との合意で権利を消滅させることはできます。ただし、対価を受け取れば配偶者に譲渡所得、無償なら所有者に贈与税の問題が生じます(下の「税金への影響」参照)。設定するかどうかは、配偶者の今後の住まい方まで考えて決めることが大切です。

配偶者短期居住権:少なくとも6か月の住まいを保障

配偶者短期居住権は、配偶者が亡くなった人の建物に無償で住んでいた場合に、法律上当然に認められる権利です。遺言や遺産分割の内容にかかわらず、次の期間は無償で住み続けられます。

  • 配偶者を含む相続人で遺産分割をする場合:遺産分割で建物を取得する人が決まった日と、相続開始から6か月を経過する日の、いずれか遅い日まで。
  • それ以外の場合(遺言で配偶者以外の人が建物を取得した、配偶者が相続放棄をしたなど):建物を取得した人から消滅の申入れを受けた日から6か月を経過する日まで。

配偶者居住権を取得した場合と、相続欠格・廃除で相続権を失った場合は対象外です。相続放棄をした配偶者でも、申入れから6か月は住まいが保障されます。

配偶者居住権と配偶者短期居住権の違い
項目配偶者居住権配偶者短期居住権
生じ方遺産分割(協議・調停・審判)か遺贈で取得要件を満たせば当然に発生
居住の要件相続開始時にその建物に居住相続開始時にその建物に無償で居住
期間原則として終身(期間の定めも可)少なくとも6か月(上の2つの場合で異なる)
登記可能(第三者への対抗要件)不可

婚姻20年以上の夫婦の自宅:持戻し免除の推定

相続人の一部が生前贈与や遺贈を受けていると、遺産分割ではその分を遺産に足し戻して取り分を計算します。これを特別受益の持戻しといいます(遺産分割の章)。

ただし、婚姻期間20年以上の夫婦の一方が、もう一方に居住用の建物またはその敷地を遺贈・贈与したときは、持戻しをしない意思があったものと推定されます。この規定は2019年(令和元年)7月1日に施行されました施行中。配偶者居住権の遺贈にも当てはまります。あくまで推定なので、亡くなった人が別の意思を示していればそれに従います。

計算例:自宅の生前贈与と遺産分割

前提:婚姻30年の夫が妻に自宅(2,000万円)を生前贈与しました。夫が亡くなった時の遺産は預金4,000万円、相続人は妻と子1人(法定相続分は各2分の1)です。

持ち戻す場合と推定が働く場合の取り分
区分妻(預金)子(預金)妻の合計(自宅を含む)
持ち戻す場合1,000万円3,000万円3,000万円
推定が働く場合2,000万円2,000万円4,000万円

持ち戻す場合:(4,000万円+2,000万円)×1/2=3,000万円
妻 3,000万円−2,000万円=1,000万円、子 3,000万円
推定が働く場合:4,000万円×1/2=2,000万円ずつ

答え:推定が働くと、妻は自宅に加えて預金2,000万円を受け取れます。持ち戻す場合より1,000万円多くなります。

この推定は遺産分割での扱いです。遺留分の計算は別のルールによります(遺留分の章)。また、贈与税の配偶者控除(婚姻20年以上・最高2,000万円)とは要件が似ていますが、別の制度です。

特別寄与料:相続人でない親族の介護に報いる

相続人でない親族が、亡くなった人を無償で療養看護するなどして財産の維持・増加に特別の寄与をした場合、相続人に特別寄与料(寄与に応じた金銭)を請求できます施行中。典型例は、義理の親を介護した長男の妻です。

  • 請求できる人:亡くなった人の親族で、相続人でない人。相続放棄をした人と、相続欠格・廃除で相続権を失った人は除かれます。
  • 対象になる寄与:無償の療養看護その他の労務の提供。相続人に認められる寄与分とは別の制度です。
  • 請求の相手:相続人。相続人が複数いれば、各人が法定相続分(遺言で相続分の指定があればその割合)に応じて負担します。
  • 上限:相続開始時の財産の額から遺贈の額を差し引いた残額。

まず相続人と話し合い、まとまらなければ家庭裁判所に「特別の寄与に関する処分調停」を申し立てます。申立先は相手方(相続人)の住所地の家庭裁判所か、当事者が合意で決めた家庭裁判所です。費用は収入印紙1,200円(相手方が複数ならその人数分)と郵便切手です。2019年7月1日より前に始まった相続では申し立てられません。

  1. 相続開始被相続人が死亡。相続人との話し合いを始めます。
  2. 知った時から6か月相続の開始と相続人を知った時から6か月を過ぎると、家庭裁判所に請求できなくなります。
  3. 相続開始から1年相続の開始などを知らなくても、相続開始から1年を過ぎると請求できません。
  4. 額の確定から10か月相続税がかかる場合、特別寄与者は額の確定を知った日の翌日から10か月以内に申告します。

よくある誤り:話し合いが続いていれば期限は気にしなくてよい

6か月・1年の期限を過ぎると、家庭裁判所に請求できなくなります。協議が長引きそうなら、期限内に調停を申し立てておくことが大切です。

税金への影響:評価・消滅・二次相続・2割加算

配偶者居住権の評価

相続税では、配偶者居住権も配偶者が取得した財産として評価します。建物の時価から、存続年数(終身なら平均余命)と建物の残りの耐用年数をもとに計算した所有者側の価値を差し引いて求めます。敷地も、配偶者の敷地利用権と、子が取得する敷地の所有権に分けて評価します。詳しい計算方法は配偶者居住権の評価で説明します。

自宅(建物1,000万円・土地3,000万円)に配偶者居住権を設定した場合の評価
財産取得する人評価額
配偶者居住権配偶者7,663,333円
敷地利用権配偶者8,970,000円
建物(所有権)子2,336,667円
敷地(所有権)子21,030,000円

前提:2026年(令和8年)に遺産分割で設定し、配偶者は80歳の女性です(存続年数12年、法定利率3%の複利現価率0.701)。建物は木造(耐用年数33年)で、経過年数は15年です。配偶者居住権=1,000万円−1,000万円×(33−15−12)÷(33−15)×0.701=7,663,333円(円未満四捨五入)。敷地利用権=3,000万円−3,000万円×0.701=8,970,000円。配偶者側の合計は16,633,333円で、自宅全体(4,000万円)の約42%です。

配偶者居住権が消滅したとき

  • 配偶者の死亡・期間満了で消滅:課税はありません(贈与税の対象外)。
  • 合意解除・放棄で、所有者から対価を受け取った:配偶者の譲渡所得(総合課税)になります。
  • 合意解除・放棄で、所有者が対価を払わない(著しく低い):所有者が配偶者から贈与を受けたものとされ、贈与税の対象です。

配偶者が亡くなると配偶者居住権は消滅し、相続される財産としては残りません。消滅に贈与税もかからないため、二次相続(配偶者の相続)で課税される財産を減らす効果があるとされています。ただし、売れない・住み替えにくいという民法上の制約があるので、税額だけで決めないことが大切です。

特別寄与料の相続税

特別寄与料の額が確定すると、受け取った人は、その額を亡くなった人から遺贈により取得したものとみなされます。長男の妻は一親等の血族でも配偶者でもないため、相続税額が2割加算されます。支払った相続人は、負担した額を自分の課税価格から差し引きます。

計算例:長男の妻が特別寄与料300万円を受け取った場合

前提:相続人は長男と次男の2人(法定相続分は各2分の1)です。遺産は1億2,000万円で、2人が6,000万円ずつ取得しました。長男の妻への特別寄与料300万円(申告前に確定)は、2人が150万円ずつ負担しました。

課税価格:長男・次男 各6,000万円−150万円=5,850万円、長男の妻 300万円(合計1億2,000万円)
基礎控除:3,000万円+600万円×2人=4,200万円(長男の妻は法定相続人に数えない)
課税遺産総額:1億2,000万円−4,200万円=7,800万円
相続税の総額:7,800万円×1/2=3,900万円、3,900万円×20%−200万円=580万円、580万円×2人=1,160万円
長男・次男:1,160万円×5,850万円÷1億2,000万円=5,655,000円
長男の妻:1,160万円×300万円÷1億2,000万円=29万円、2割加算58,000円を足して348,000円

答え:長男・次男は各5,655,000円、長男の妻は348,000円です。特別寄与料がない場合(長男・次男 各580万円)と比べると、兄弟の税額は各145,000円減り、家族全体の税額は2割加算の58,000円だけ増えます。

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠条文

  • 配偶者居住権:民法1028条〜1036条(成立要件と配偶者以外との共有の除外は1028条1項、審判による取得は1029条、存続期間は1030条、登記義務と対抗力は1031条、用法遵守・譲渡禁止・増改築等の承諾・消滅請求は1032条)。婚姻20年以上の夫婦間の配偶者居住権の遺贈には903条4項を準用(1028条3項)。
  • 配偶者短期居住権:民法1037条(期間は1項1号・2号、消滅の申入れは3項)。
  • 持戻し免除の推定:民法903条4項(2019年7月1日施行)。遺留分の算定では別に扱われます。
  • 特別寄与料:民法1050条(請求期間は2項、上限は4項、負担割合は5項)。
  • 相続税:配偶者居住権等の評価は相続税法23条の2、特別寄与料のみなし遺贈は4条2項、負担した相続人の課税価格からの控除は13条4項、2割加算は18条1項、特別寄与者の申告期限は29条1項。

実務論点

  • 1028条1項2号は「遺贈の目的とされたとき」と定めるため、遺言で配偶者居住権を与えるときは遺贈として記載するのが条文に沿います。2020年4月1日より前にされた遺贈は対象外とする経過措置があるとされています。死因贈与による設定も、554条による遺贈規定の準用で可能とされています。
  • 評価上の「設定された時」は、遺産分割なら分割の時(協議成立日・調停成立日・審判確定日)、遺贈なら相続開始の時で、登記日ではありません(相基通23の2-2)。法定利率は設定時のもので、2026年4月1日から2029年(令和11年)3月31日までも年3%です。平均余命は設定時の属する年の1月1日現在で公表されている最新の完全生命表によります(国税庁の評価明細書(2023年(令和5年)1月1日以降用)は第23回生命表に基づく平均余命を掲載)。
  • 小規模宅地等の特例では、配偶者居住権の目的となっている建物の敷地は、宅地等の面積に敷地利用権・敷地の所有権それぞれの価額の割合を乗じた面積を特例の面積とみなします(措令40条の2第6項)。
  • 消滅の課税:合意解除・放棄の対価は配偶者の譲渡所得の収入金額(所基通33-6の8)で総合課税、長期・短期は被相続人が取得した建物等の所有期間で判定します。対価なし(著しく低い対価)の合意解除・放棄は、建物所有者へのみなし贈与(相基通9-13の2)。期間満了・配偶者の死亡による消滅は同通達の対象外です。建物所有者が後に建物を譲渡する場合の取得費は所法60条2項によります。
  • 特別寄与者が被相続人の父母(子がいるため相続人でない場合)など一親等の血族であれば、2割加算はありません。
  • 特別寄与料の額が申告後に確定した場合、負担した相続人は、その事由を知った日の翌日から4か月以内に更正の請求ができます(相続税法32条1項7号)。
第10章

相続登記の義務化と住所変更登記

不動産を相続したら、名義を変える相続登記が法律上の義務になりました。2026年(令和8年)4月からは、住所や氏名が変わったときの変更登記も義務です。期限・過料・費用と、負担を軽くする仕組みを整理します。

この章の結論

  • 相続で不動産を取得したら、取得を知った日から3年以内に相続登記をする義務があります(2024年(令和6年)4月1日施行)。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象です。施行前の相続も対象で、期限は2027年(令和9年)3月31日(知った日から3年の方が遅ければその日)です。
  • 遺産分割がまとまらないときは、相続人が1人でできる相続人申告登記で、3年以内の義務を果たせます。ただし、売却や担保の設定には相続登記が必要です。
  • 住所・氏名の変更登記は2026年4月1日から義務になり、変更から2年以内(5万円以下の過料)です。相続登記の登録免許税は不動産の価額の0.4%で、100万円以下の土地などの免税措置は2027年3月31日まで(2026年10月時点で期限内)です。

相続登記の義務:3年以内・10万円以下の過料

相続(遺言による承継を含む)や相続人への遺贈で不動産の所有権を取得した人は、相続登記を申請しなければなりません施行中。期限は、自分のために相続が始まったことを知り、かつ所有権を取得したことを知った日から3年以内です。

起算点は死亡日ではありません。たとえば、亡くなった親が持っていた山林の存在を後から知った場合は、知った日から3年です。

法定相続分で登記した後や、相続人申告登記の後に遺産分割がまとまることもあります。この場合、法定相続分を超えて取得した人は、分割の日から3年以内にその内容の登記を申請します。ほかの相続人の申請で登記がされれば、その分の義務はなくなります。

過料の手続と正当な理由

正当な理由がないのに申請を怠ると、10万円以下の過料の対象になります。ただし、いきなり科されるわけではありません。登記官が違反を知ったときに、まず期間を定めて申請を催告し、それでも正当な理由なく申請しない場合に限って、地方裁判所に通知されます。

催告は、登記官が職務上違反を知った場合に限られます。たとえば、別の不動産の登記に添付された遺言書や遺産分割協議書に、未登記の不動産が書かれていた場合です。法務省は、正当な理由の例として次の事情を挙げています。

  • 相続人が非常に多く、戸籍の収集や相続人の把握に時間がかかる場合
  • 遺言の有効性や遺産の範囲が争われている場合
  • 申請する人に重い病気などの事情がある場合
  • DV被害などで避難を余儀なくされている場合
  • 経済的に困窮していて、登記の費用を負担できない場合

これ以外の事情でも、個別の事情によって正当な理由と認められることがあります。

施行前の相続も対象:期限の一覧

2024年4月1日より前に始まった相続で、名義が亡くなった人のままになっている不動産も、義務の対象です。期限は「2027年3月31日」と「知った日から3年」のいずれか遅い日で期限あり、2026年10月時点では期限内です。関連する制度の日付をまとめると、次のとおりです。

  1. 2024年4月1日相続登記の申請義務化がスタート(3年以内・10万円以下の過料)。
  2. 2025年(令和7年)4月21日所有権の登記を申請するときに、検索用情報の申出を同時にすることが必要になりました。
  3. 2026年2月2日所有不動産記録証明制度の運用開始。
  4. 2026年4月1日住所・氏名の変更登記の義務化(2年以内・5万円以下の過料)。職権による住所等の変更登記も開始。
  5. 2027年3月31日施行前の相続の相続登記の期限(知った日から3年の方が遅ければその日)。相続登記の登録免許税の免税措置の期限。
  6. 2028年(令和10年)3月31日施行前の住所・氏名の変更の登記の期限。

相続人申告登記:分割がまとまらないとき

遺産分割がまとまらず、3年以内に相続登記ができない場合は、相続人申告登記を使えます施行中。登記名義人について相続が始まったことと、自分がその相続人であることを登記官に申し出る制度です。3年以内に申し出れば、相続登記の義務を果たしたものとみなされます。

相続登記

  • 誰がどれだけの持分を取得したかが登記されます
  • 売却や担保の設定ができます
  • 登録免許税は不動産の価額の0.4%です
  • 相続関係を証明する戸籍など(法定相続情報一覧図でも可)が必要です

相続人申告登記

  • 申し出た人の氏名・住所などが付記されるだけで、持分は記録されません
  • 売却や担保の設定には、別に相続登記が必要です
  • 登録免許税は非課税です
  • 相続人が1人で申し出られます。申し出た人が相続人とわかる戸籍で足り、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍は不要です。押印は不要で、オンラインでも書面でも手続できます

よくある誤り:相続人申告登記をすれば、もう登記は不要

相続人申告登記は、権利関係を示す登記ではありません。申し出た後に遺産分割がまとまったら、分割で取得した人は分割の日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。申し出る前に遺産分割で取得していた分は、相続人申告登記では義務を果たせません。

  1. 不動産を洗い出す固定資産税の課税明細書・名寄帳や、所有不動産記録証明書で、亡くなった人の不動産を確認します。
  2. 遺言と分割の見通しを確認する遺言があれば内容を確認し、なければ遺産分割協議を進めます。
  3. 3年以内に登記する分割がまとまれば相続登記、まとまらなければ相続人申告登記で期限内の義務を果たします。
  4. 分割後に相続登記をする相続人申告登記の後に分割が成立したら、分割の日から3年以内に相続登記を申請します。
  5. 検索用情報もあわせて申し出る相続登記の申請と同時に検索用情報を申し出て、将来の住所変更に備えます。

住所等の変更登記の義務化とスマート変更登記

不動産の登記名義人の氏名・名称・住所が変わったときは、変更の日から2年以内に変更登記を申請する義務があります施行中。2026年4月1日に施行され、正当な理由なく怠ると5万円以下の過料の対象です。相続登記と同じく、登記官の催告を経てから過料の手続に進みます。法人の名称変更や本店移転も対象です。

施行日より前の変更で、まだ登記していないものも対象です。期限は2028年3月31日です期限あり。

相続との関係

亡くなった人の名義のままの不動産は、住所変更登記ではなく相続登記の対象です。相続登記をした相続人がその後に引っ越せば、その相続人に住所変更登記の義務が生じます。

検索用情報の申出とスマート変更登記

個人の所有者が、氏名・氏名の振り仮名・住所・生年月日・メールアドレスなどの検索用情報を法務局に申し出ておくと、登記官が住民基本台帳ネットワークで住所等の変更を確認します。そのうえで本人の意思を確認し、職権で変更登記をします。これをスマート変更登記と呼び、登録免許税はかかりません施行中。

  • 2025年4月21日から、所有権の保存・移転などの登記を申請するときは、検索用情報の申出を同時にする必要があります。相続登記も同じです。
  • すでに所有者になっている人も、単独で申し出られます。オンラインか申出書で手続し、費用はかかりません。2026年10月5日以降の申出では国籍等も必要です。
  • 海外に住む人は職権による変更の対象外なので、自分で2年以内に申請します。法人は検索用情報を申し出られず、会社法人等番号を使った別の仕組みがあります。

所有不動産記録証明制度:亡くなった人の不動産を探す

亡くなった人がどこに不動産を持っていたか分からないときは、所有不動産記録証明書が役立ちます施行中。2026年2月2日に始まった制度で、登記簿に所有者として記録されている不動産の一覧(なければその旨)を証明します。相続人は、亡くなった人についての証明書を請求できます。

  • 請求先:全国の法務局・地方法務局(支局・出張所を含む)。書面(郵送も可)かオンラインで請求します。
  • 必要書類:相続関係がわかる戸籍謄本や法定相続情報一覧図の写しなど。過去の氏名・住所でも検索するなら、それを証明する除籍謄本・住民票・戸籍の附票なども必要です。
  • 手数料(検索条件1件・1通あたり):書面請求1,600円、オンライン請求で郵送交付1,500円、オンライン請求で窓口交付1,470円。たとえば書面で検索条件4件・1通なら1,600円×4件=6,400円です。該当がなくても返還されません。

よくある誤り:この証明書で全国の不動産が漏れなく分かる

抽出されるのは、登記記録の氏名・住所が検索条件と一致する不動産だけです(氏名は前方一致、住所は市区町村まで一致か末尾5文字の一致)。住所変更登記をしていない不動産は、今の住所では抽出されないことがあります。亡くなった人の過去の住所も検索条件に加えましょう。

同姓同名の別人の不動産が含まれることもあり、表題登記だけの不動産やコンピュータ化されていない登記簿は対象外です。市町村ごとの名寄帳や固定資産税の課税明細書と組み合わせて、漏れを防ぎます。

登録免許税と免税措置(2027年3月31日まで)

相続登記には登録免許税がかかります。税率は不動産の価額の0.4%で、価額には通常、固定資産課税台帳の価格(固定資産税評価額)を使います。贈与による所有権の移転登記の2%と比べると低い税率です。

計算例:自宅の相続登記の登録免許税

前提:固定資産税評価額は土地1,800万円、建物400万円です。相続人が1人で自宅を相続しました。

(1,800万円+400万円)×0.4%=88,000円

答え:登録免許税は88,000円です。実際の申請では、課税標準と税額に端数処理があります。

免税措置

次の2つの登記は、登録免許税がかかりません期限あり。対象は2027年3月31日までの登記で、2026年10月時点では期限内です。

  • 数次相続の中間の登記:相続で土地を取得した人が、その登記をしないまま亡くなった場合の、亡くなった人を名義人とする移転登記。たとえば、祖父の土地を父が相続し、登記前に父が亡くなった場合の父名義への登記です。
  • 100万円以下の土地:不動産の価額が100万円以下の土地の、相続による移転登記(表題部所有者の相続人がする所有権保存登記を含む)。持分を相続する場合は「土地全体の価額×持分」で判定します。たとえば価額300万円の土地の持分4分の1なら、300万円×1/4=75万円で免税です。

どちらも申請書に「租税特別措置法第84条の2の2第1項(または第2項)により非課税」と書く必要があり、書かないと免税されません。期限後の扱いについては、法務省が2年延長と拡充を要望しています要望段階。2026年12月の令和9年度税制改正大綱で決まる予定で、2026年10月時点では未確定です。

実務のコツ:札幌市内の不動産の登記先

札幌市内の不動産登記は、中央区が札幌法務局本局、北区・東区が北出張所、白石区・厚別区が白石出張所、豊平区・南区・清田区が南出張所、西区・手稲区が西出張所の管轄です。東出張所はありません。窓口の詳細は札幌の相続の窓口をご覧ください。

祖父の名義のまま何十年も放置している土地はどうすればよいですか。

2024年4月1日より前の相続も対象なので、2027年3月31日(知った日から3年の方が遅ければその日)までに登記が必要です。祖父から父、父から自分へと相続が重なっている場合、父を名義人とする中間の登記には土地の免税措置が使えます。相続人が非常に多く戸籍の収集に時間がかかる事情は、正当な理由の例に挙げられています。

相続登記の期限と相続税の申告期限は同じですか。

違います。相続税の申告は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内、相続登記は取得を知った日から3年以内です。ただし、遺産分割が決まれば相続税の申告にも相続登記にも使えるので、分割協議書を作ったら登記もあわせて申請すると手間が省けます。

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠条文

  • 相続登記の申請義務:不動産登記法76条の2第1項(3年)、2項(法定相続分での登記等の後の遺産分割は分割の日から3年)、3項(他の者の申請による登記で義務消滅)。過料は164条1項(10万円以下)。催告と裁判所への通知は不動産登記規則187条。施行前の相続の経過措置は民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則5条6項。
  • 相続人申告登記:不動産登記法76条の3(1項申出、2項みなし履行、3項職権の付記登記、4項申出後の遺産分割)。
  • 住所等の変更登記:不動産登記法76条の5(2年)、過料は164条2項(5万円以下)、職権による変更登記は76条の6。施行前の変更の経過措置は令和3年改正法附則5条7項(法務省の案内による)。
  • 所有不動産記録証明:不動産登記法119条の2(2項で相続人その他の一般承継人の請求)。
  • 登録免許税:登録免許税法9条・別表第一。免税措置は租税特別措置法84条の2の2(2026年4月1日前は84条の2の3。条番号のみ移動し、内容・期限は同じ)。

実務論点

  • 相続人申告登記は持分を公示しないため、義務履行の手段にとどまります。申出前に遺産分割で取得した分は対象外で、申出後の分割による取得は分割の日から3年以内の登記が必要です(76条の3第4項)。
  • 法定相続情報番号を申請書に記載すれば、法定相続情報一覧図の写しの添付を省略できます(2024年4月1日以後の不動産登記の申請等に限る)。
  • スマート変更登記は、検索用情報の申出をした個人が対象です。本人への意思確認の通知を拒否したり回答しなかったりすると、義務違反の把握につながります。会社法人等番号が登記されているのに職権変更がされていない場合は、正当な理由の例とされています。
  • 所有不動産記録証明は、異体字は一部のみ変換、審査中の申請は反映されません。交付まで当初は約2週間かかることもあるとされ、申告期限から逆算して早めに請求します。
  • 登録免許税の課税標準は通常、固定資産課税台帳の価格です。課税標準の1,000円未満切捨て、税額の100円未満切捨ては登録免許税法の規定によるとされています。
  • 免税措置の延長・拡充は、法務省の令和9年度税制改正要望(2年延長)の段階です。2027年4月1日以後の登記の扱いは大綱・改正法の公表後に確認が必要です。
第11章

相続土地国庫帰属制度と空き家・いらない土地

使う予定のない土地や空き家を相続したときの選択肢を整理します。相続した土地だけを国に引き取ってもらう制度と、財産全体を手放す相続放棄は、仕組みも費用もまったく違います。

この章の結論

  • 相続土地国庫帰属制度は、相続などで取得した土地を、審査を経て国に引き取ってもらう制度です(2023年(令和5年)4月27日施行)。建物がある土地や境界が明らかでない土地などは申請できません。
  • 費用は、審査手数料が1筆14,000円、承認後の負担金が原則20万円です。市街化区域の宅地、一定の農地、森林は面積に応じて高くなり、市街化区域の宅地100㎡なら548,000円です。
  • 相続放棄は、預貯金や借金を含む全部を手放す手続で、土地だけを選べません。空き家は住む・貸す・売るを先に検討し、売るなら空き家の3,000万円控除(2027年(令和9年)12月31日までの譲渡)を確認します。

相続土地国庫帰属制度のしくみ

相続土地国庫帰属制度は、相続などで取得したものの使う予定がない土地を、一定の要件のもとで国に引き取ってもらう制度です施行中。手放せるのは申請した土地だけで、ほかの財産はそのまま相続します。

  • 申請できる人:相続または遺贈(相続人への遺贈に限る)で、土地の所有権の全部または一部を取得した人。売買や贈与で取得した人は申請できません。
  • 共有の土地:共有者全員で共同して申請します。相続以外の理由で持分を取得した共有者も、相続で取得した共有者と一緒なら申請できます。
  • 申請先:土地の所在地を管轄する法務局・地方法務局で、本局が窓口とされています。北海道では、札幌法務局と函館・旭川・釧路の各地方法務局です。
  1. 要件を確認する建物を取り壊す、境界を明らかにするなど、申請できない土地に当たらないようにします。
  2. 承認申請をする申請書を提出し、審査手数料(1筆14,000円)を納めます。
  3. 審査を受ける法務局が、申請できない土地・承認できない土地に当たらないかを審査します。
  4. 承認と負担金の通知承認されると、負担金の額が通知されます。
  5. 負担金を納付する通知から30日以内に納付します。納付した時に所有権が国に移ります。期限内に納めないと、承認は効力を失います。

負担金は、納入告知書を使って日本銀行やその代理店などで納めます。法務局の窓口で現金で納めることはできません。

申請できない土地・承認されない土地

管理や処分に過分の費用・労力がかかる土地などは対象外です。申請の段階で却下される土地と、審査の結果承認されない土地があります。

国庫帰属が認められない土地
区分土地の例
申請できない(却下)①建物がある土地
②担保権や、賃借権など使用・収益のための権利が設定されている土地
③通路など、他人による使用が予定されている土地
④基準を超える土壌汚染がある土地
⑤境界が明らかでない土地など、所有権の存否・帰属・範囲に争いがある土地
承認されない(不承認)①一定の勾配・高さのがけがあり、管理に過分の費用・労力がかかる土地
②管理・処分を妨げる工作物・車両・樹木などがある土地
③除去が必要な物が地下にある土地
④隣地の所有者などと争わなければ管理・処分できない土地
⑤災害の危険、鳥獣・病害虫の被害、追加の造林・間伐が必要な森林など、管理に過分の費用・労力がかかる土地

よくある誤り:空き家が建ったままでも引き取ってもらえる

建物がある土地は、申請の段階で却下されます。空き家付きの土地は、建物を取り壊して更地にすることが前提です。解体の費用と、下で説明する負担金を合わせて、売却など他の方法と比べて判断します。

費用:審査手数料と負担金

審査手数料は土地1筆あたり14,000円で、申請時に納めます。承認されたら、10年分の標準的な管理費用を考慮して決められた負担金を納めます。

負担金は、原則として面積にかかわらず20万円です。ただし、次の土地は面積に応じて計算します(1,000円未満切捨て)。

  • 市街化区域内(区域区分のない都市計画区域では用途地域内)の宅地
  • 主に農地として使われている土地のうち、市街化区域内・農用地区域内・土地改良事業などの施行区域内にあるもの
  • 主に森林として使われている土地(区域を問わない)
負担金の計算例
土地計算負担金
市街化区域外の宅地、原野、雑種地など面積にかかわらず定額200,000円
市街化区域の宅地100㎡100㎡×2,720円+276,000円548,000円
市街化区域の宅地200㎡200㎡×2,450円+303,000円793,000円
農用地区域の畑500㎡500㎡×850円+298,000円723,000円
森林1,500㎡1,500㎡×24円+237,000円273,000円
森林1万㎡(1ヘクタール)10,000㎡×8円+287,000円367,000円

隣り合う2筆以上の同じ種目の土地は、申し出れば1筆とみなして負担金を計算できます。

計算例:隣り合う2筆(市街化区域外の宅地100㎡ずつ)を引き取ってもらう

審査手数料:14,000円×2筆=28,000円
負担金:合算を申し出ると1筆とみなして200,000円(申し出なければ200,000円×2筆=400,000円)
合計:28,000円+200,000円=228,000円

答え:合算を申し出れば、費用の合計は228,000円です。

利用状況:申請5,997件・帰属3,119件

法務省の統計(2026年(令和8年)8月31日現在の速報値、9月16日公表)では、申請5,997件に対し、国庫に帰属した土地は3,119件です。申請件数の約52%に当たります。

相続土地国庫帰属制度の利用状況(2026年8月31日現在・速報値)
区分件数内訳
申請5,997件地目別:田・畑2,335件、宅地2,091件、山林902件、その他669件
帰属3,119件種目別:宅地1,164件、農用地989件、森林203件、その他763件
却下85件―
不承認100件―
取下げ1,139件有効活用の見込みが生じた586件、却下・不承認と判明した405件、その他148件

取下げの約半数(586件)は、申請後に土地を活用できる見込みが生じたものです。2024年(令和6年)2月29日現在は申請1,761件・帰属150件だったので、利用は増えています。都道府県別の件数は、法務省の統計ページには掲載されていません。

相続放棄との違い:全部を手放すか、土地だけ手放すか

相続放棄は、相続財産の全部を受け継がない手続です。特定の土地だけを放棄することはできません。預貯金は相続し、使わない土地だけを手放したいなら、国庫帰属制度を検討します。

相続放棄と相続土地国庫帰属制度の違い
項目相続放棄相続土地国庫帰属
手放すもの預貯金・借金を含む相続財産の全部(土地だけは選べません)申請した土地だけ(ほかの財産は相続します)
期限相続の開始を知った時から3か月以内相続で取得した後に申請(3か月の制限はありません)
手続先亡くなった人の最後の住所地の家庭裁判所土地の所在地を管轄する法務局・地方法務局
費用収入印紙800円+郵便切手審査手数料1筆14,000円+負担金(原則20万円)
ほかの人への影響次の順位の人が相続人になりますなし
相続税放棄した人は相続人でなくなります(基礎控除の人数には数えます)相続した財産として通常どおり計算します

相続放棄をしても、放棄の時にその財産を現に占有している人は、ほかの相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、自分の財産と同じ注意で保存する義務があります。相続人全員が放棄すると、相続財産清算人の手続に進みます(相続人がいない場合)。放棄の手続は相続放棄・限定承認で説明します。

よくある誤り:遺産分割で土地はいらないと言えば、土地を放棄したことになる

遺産分割で土地を取得しないと決めても、民法上の相続放棄ではありません。相続放棄は家庭裁判所への申述でしかできず、しかも全部の財産が対象です。また、国庫帰属させても、相続税は亡くなった時点の財産で計算するため、その土地は相続財産として課税価格に含まれます。

空き家の選択肢:住む・貸す・売る

国庫帰属制度は、建物を取り壊したうえでの手続です。空き家を相続したら、まず建物を生かせる選択肢を検討します。

住む

  • 相続人や家族が住みます
  • 相続税の小規模宅地等の特例は、亡くなった人と同居していた親族などの要件で判定します(特定居住用宅地等)

貸す

  • 賃貸に出して活用します
  • 修繕の費用や管理の手間を見込んでおきます

売る

  • 要件を満たせば、譲渡所得から最高3,000万円を控除できます
  • 家屋と敷地を相続した人が3人以上なら、各人の控除は最高2,000万円です

空き家の3,000万円控除は、2027年12月31日までの譲渡が対象です期限あり。主な要件は次のとおりで、詳しくは空き家の3,000万円控除で説明します。

  • 家屋が1981年(昭和56年)5月31日以前に建築され、区分所有の登記がなく、相続開始の直前に亡くなった人以外に住んでいた人がいないこと(老人ホームに入所していた場合の特例あり)
  • 相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
  • 売却代金が1億円以下であること
  • 耐震改修か取壊しをすること。2024年1月1日以後の譲渡は、譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに行えば対象になります。

国土交通省は、令和9年度税制改正でこの特例の4年延長と拡充を要望しています要望段階。2026年10月時点では未確定です。

札幌市の空き家対策

総務省の令和5年住宅・土地統計調査(2023年10月1日現在)では、札幌市の空き家は155,800戸、空き家率は13.8%で、全国の空き家率(13.8%)と同じです。北海道全体の空き家率は15.6%で、全国を上回っています。

札幌市は、第2次札幌市空家等対策計画(計画期間は2021年度(令和3年度)〜2030年度(令和12年度))に基づいて空き家対策に取り組んでいます。札幌市内の空き家を売って3,000万円控除を使うときは、市が発行する被相続人居住用家屋等確認書を確定申告に添付します。窓口と手続は札幌の空き家と被相続人居住用家屋等確認書で説明します。

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠条文

  • 相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律:申請権者・共有地は2条1項・2項、却下事由は2条3項、不承認事由は5条1項(具体的な基準は同法施行令4条)、負担金は10条(納付期限は10条3項の30日以内。法務省は通知が到達した日の翌日から30日以内と案内)。
  • 負担金の算定は同法施行令5条(1,000円未満切捨ては同条2項)、隣接する2筆以上の合算は施行令6条。
  • 相続放棄の効果は民法939条、現に占有する放棄者の保存義務は940条1項(2023年4月1日施行)。相続税の基礎控除の法定相続人の数は放棄がなかったものとして数えます(相続税法15条2項)。
  • 空き家の3,000万円控除は租税特別措置法35条3項。取得費加算の特例(措法39条)とは同じ資産について選択適用です。

面積で算定する負担金の算式

  • 宅地(市街化区域内・用途地域内):50㎡以下は面積×4,070円+208,000円、50㎡超100㎡以下は×2,720円+276,000円、100㎡超200㎡以下は×2,450円+303,000円、200㎡超400㎡以下は×2,250円+343,000円、400㎡超800㎡以下は×2,110円+399,000円、800㎡超は×2,010円+479,000円。
  • 農地(市街化区域内・農用地区域内・土地改良事業等の施行区域内):250㎡以下は×1,210円+208,000円、250㎡超500㎡以下は×850円+298,000円、500㎡超1,000㎡以下は×810円+318,000円、1,000㎡超2,000㎡以下は×740円+388,000円、2,000㎡超4,000㎡以下は×650円+568,000円、4,000㎡超は×640円+608,000円。
  • 森林(区域を問わない):750㎡以下は×59円+210,000円、750㎡超1,500㎡以下は×24円+237,000円、1,500㎡超3,000㎡以下は×17円+248,000円、3,000㎡超6,000㎡以下は×12円+263,000円、6,000㎡超12,000㎡以下は×8円+287,000円、12,000㎡超は×6円+311,000円。

実務論点

  • 申請窓口が本局に限られる点は、法務省の負担金の案内(合算の申出は承認申請書を提出した法務局の本局へ)に沿った整理です。審査手数料は、却下・不承認・取下げでも返還されないとされています。
  • 取下げ1,139件のうち405件は却下・不承認の見込みが判明したもので、建物・境界・工作物などの事前確認が重要です。
  • 相続税の課税時期は相続開始時なので、国庫帰属させた土地も相続開始時の時価(評価額)で課税価格に算入します。負担金や解体費は、相続税の計算とは別の、相続後の費用です。
  • 北海道に多い山林・原野は、主に森林として利用されていれば面積で算定し、原野などそれ以外は定額20万円です。どの区分になるかは主な利用状況で決まるため、申請前に確認が必要です。
  • 札幌市の空き家の2018年(平成30年)からの推移と内訳は、札幌の空き家と被相続人居住用家屋等確認書にまとめています。
第12章

認知症・未成年者・相続人がいない場合・デジタル遺産

相続人に認知症の人や未成年者がいる場合、相続人が誰もいない場合、ネット上の財産がある場合は、通常とは違う手続が必要です。家庭裁判所の手続と、税金への影響をあわせて説明します。

この章の結論

  • 判断能力を欠く相続人がいると、そのままでは遺産分割協議ができません。家庭裁判所が選ぶ成年後見人が代わりに参加します。現行制度では、後見は遺産分割が終わっても原則として続きます。
  • 親と未成年の子がともに相続人になると、親は子を代理して協議できず、子ごとに特別代理人が必要です。申告期限までに分割できないと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を申告時に使えません。
  • 家族信託は財産の管理・承継の手段で、相続税を減らす仕組みではありません。相続人がいない場合は相続財産清算人が清算し、特別縁故者への分与(遺贈とみなされ相続税の対象)の残りは国庫に帰属します。

相続人に認知症などの人がいる:成年後見人

遺産分割協議には、相続人全員の参加と合意が必要です。認知症などで意思能力を欠く相続人がした遺産分割協議は、無効になり得ます。この場合は、家庭裁判所に成年後見人を選んでもらい、後見人が本人に代わって協議に参加します。成年後見人は本人の財産を管理し、財産に関する法律行為について本人を代表する立場です。

  • 申立て:本人・配偶者・4親等内の親族・検察官などが、本人の住所地の家庭裁判所に申し立てます。
  • 費用:収入印紙800円、登記手数料2,600円、郵便切手。鑑定が必要な場合は鑑定費用もかかります。
  • 主な添付書類:本人の診断書(発行から3か月以内)、本人情報シート、財産や収支の資料など。

後見人は本人の代理人として協議に参加します。家庭裁判所の後見人向けの手引き(京都家庭裁判所など)は、遺産分割協議では原則として本人の法定相続分を確保するよう求めています。特殊な事情で法定相続分での協議が難しいときは、事前に家庭裁判所へ相談します。

成年後見人自身も同じ相続の相続人である場合は、利益が相反します。たとえば、母の後見人である長男が、父の相続で母と一緒に相続人になる場合です。このときは、さらに家庭裁判所に特別代理人の選任を請求します。後見監督人がいる場合は、特別代理人は不要です。

よくある誤り:遺産分割のためだけに後見人をつけ、終わったらやめられる

現行制度では、遺産分割が終わっても、後見は原則として本人が亡くなるまで続きます。後見を始めるかどうかは、その後の財産管理まで含めて考える必要があります。亡くなる人が生前に遺言で財産の取得者を決めておけば、その財産については遺産分割協議が不要になります(遺言の種類と作り方)。

成年後見制度の見直し成立・施行待ち

2026年(令和8年)6月に、民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)が成立しました。後見と保佐を廃止して補助に一元化し、必要がなくなれば家庭裁判所が終了できる仕組みなどが導入されます。施行は公布から2年6か月以内(2028年(令和10年)12月まで)の政令で定める日です。2026年10月17日時点では、現行の後見・保佐・補助の3類型のままです。

税金への影響

後見人の選任に時間がかかり、申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までに分割できないこともあります。その場合、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例は申告時に使えません。申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、3年以内に分割すれば、後から適用を受けられます(遺産が未分割のときの申告)。

また、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある相続人は、相続税の障害者控除で特別障害者に当たります。法定相続人で国内に住所があれば、満85歳になるまでの年数(1年未満の端数は切上げ)×20万円を控除できます。80歳なら5年×20万円=100万円です。

未成年の相続人:特別代理人

父が亡くなり、母と未成年の子が相続人になると、母が子を代理して遺産分割協議をすれば、母と子の利益が相反します。この場合、母は家庭裁判所に、子のための特別代理人の選任を請求しなければなりません。未成年の子が2人いれば、子ごとに別の特別代理人が必要です。

  • 申立人:親権者、利害関係人
  • 申立先:子の住所地の家庭裁判所
  • 費用:子1人につき収入印紙800円+郵便切手
  • 添付書類:遺産分割協議書の案など利益相反に関する資料、特別代理人の候補者の住民票または戸籍の附票など

協議書の案を添付するので、分け方の原案を先に作ってから申し立てます。親が相続放棄をせずに、子だけに相続放棄をさせる場合も、特別代理人の選任が必要です。

相続税では、18歳未満の法定相続人に未成年者控除があります。控除額は10万円×18歳になるまでの年数(1年未満の端数は切上げ)で、15歳9か月なら3年×10万円=30万円です。本人の税額から引ききれない分は、扶養義務者の税額から控除できます(未成年者控除・障害者控除)。

家族信託(民事信託)と税金

家族信託は、親(委託者)が子など(受託者)に財産を移し、受益者のために管理・処分してもらう仕組みです。親の判断能力が低下した後も受託者が不動産の管理や売却をできるため、認知症による資産凍結への備えとして使われます。二次相続以降の承継先を決めておく目的でも使われます。

  • 遺言代用信託:委託者の死亡時に受益者となる人を定めておく信託です。委託者は、別の定めがない限り受益者を変更できます。
  • 受益者連続信託:受益者が亡くなると次の人が順に受益権を取得する定めのある信託です。信託をした時から30年を経過した時以後に受益権を取得した受益者が死亡するまで(またはその受益権が消滅するまで)有効です。

受益者に課税され、相続税は原則として減らない

適正な対価を払わずに受益者になった人は、委託者から信託の権利を贈与で取得したものとみなされます。委託者の死亡がきっかけなら遺贈とみなされます。受益者は、信託財産の資産・負債をそのまま持っているものとして扱われます。

  • 親が委託者と受益者を兼ねる形(自益信託)なら、ほかに受益者になる人がいないので、設定の時に贈与税はかかりません。
  • 親が亡くなって子が受益権を取得すると、遺贈とみなされて相続税の対象になります。元本と収益の受益者が同じなら、評価は信託財産そのものの価額です。
  • 受益者が交代したときや、信託が終わって残った財産を受け取ったときも、贈与または遺贈とみなされます。

このため、相続税の課税価格は、財産を直接持っている場合と原則として変わりません。家族信託で相続税が安くなるわけではない点に注意してください。信託した賃貸物件の赤字を他の所得と通算できない点など、税務の詳細は家族信託・遺言・認知症対策と税務で説明します。

死後事務委任と成年後見人の死後事務

亡くなった後の葬儀・納骨・役所の手続・遺品整理・公共料金の解約などを、生前に第三者へ頼んでおく契約を死後事務委任契約といいます。身寄りのない方の備えとして使われます。委任契約は委任者の死亡で終わるのが原則ですが、死後の事務を任せる合意は有効とされています。公正証書にする場合の手数料は、2025年(令和7年)10月1日から、通常の委任契約の半額です施行中。

成年後見人がついていた人が亡くなった場合、後見人は、相続人が財産を管理できるようになるまで次のことができます。ただし、必要があり、相続人の意思に反することが明らかでないときに限られます。

  • 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為
  • 弁済期が来た債務の弁済
  • 火葬・埋葬に関する契約の締結など、相続財産の保存に必要な行為(家庭裁判所の許可が必要。申立ての収入印紙は800円)

葬儀に関する契約は、この許可の対象ではありません。

相続人がいない場合:相続財産清算人・特別縁故者・国庫

相続人がいることが明らかでない場合は、利害関係人(債権者・特別縁故者など)や検察官の請求で、家庭裁判所が相続財産清算人を選びます。相続人全員が相続放棄して、相続する人がいなくなった場合も同じです。2023年(令和5年)4月1日の改正で「相続財産管理人」から名称が変わり、手続の期間も短くなりました施行中。

  1. 申立て亡くなった人の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てます。
  2. 選任と相続人捜索の公告家庭裁判所が清算人を選び、相続人がいれば6か月以上の期間内に権利を主張するよう公告します。
  3. 債権者・受遺者への公告清算人が2か月以上の期間を定めて、請求の申出を公告します。この期間は、2の期間内に終わるように定めます。
  4. 相続人の不存在が確定2の期間内に相続人が現れなければ確定します。最短6か月で、改正前は公告を3回重ねて計10か月以上かかりました。
  5. 特別縁故者への分与2の期間の満了後3か月以内に請求します。家庭裁判所は、清算後に残った財産の全部または一部を分与できます。
  6. 国庫に帰属分与されなかった財産は国のものになります。

特別縁故者は、亡くなった人と生計を同じくしていた人、療養看護に努めた人、その他特別の縁故があった人です。分与を受けた財産は、分与の時の時価で、亡くなった人から遺贈により取得したものとみなされ、相続税の対象になります。申告期限は、分与を受けたことを知った日の翌日から10か月以内です。特別縁故者は相続人ではないため、一親等の血族や配偶者に当たらなければ、相続税額が2割加算されます(各人の税額と2割加算)。

よくある誤り:相続人がいなければ、同居や介護をしていた人が当然に財産を受け取れる

特別縁故者への分与は、期限内の請求に対して家庭裁判所が認めた場合に限られます。請求の期限は相続人捜索の公告期間の満了後3か月以内で、財産の全部が分与されるとも限りません。特定の人に財産を渡したいときは、生前に遺言で遺贈しておく方法があります。

この章で出てくる家庭裁判所の主な手続
手続申立先費用(収入印紙など)
後見開始本人の住所地の家庭裁判所800円+登記手数料2,600円+郵便切手(鑑定費用が別にかかる場合あり)
特別代理人の選任(親権者と子の利益相反)子の住所地の家庭裁判所子1人につき800円+郵便切手
死後の火葬・埋葬に関する契約の許可家庭裁判所800円
相続財産清算人の選任亡くなった人の最後の住所地の家庭裁判所800円+郵便切手+官報公告料(5,582円。時期により異なる)+予納金(財産で費用を賄えない見込みの場合)

デジタル遺産:ネット銀行・ネット証券・暗号資産

相続人は、亡くなった人の財産に属した一切の権利義務を引き継ぎます(本人だけに属する一身専属の権利を除く)。そのため、ネット銀行の預金、ネット証券の株式や投資信託、暗号資産、電子マネーの残高など財産的価値のある権利は、通帳や紙の書類がなくても相続財産です。相続税の課税対象にもなります。

  • 暗号資産:評価方法は暗号資産などの評価で説明します。
  • ポイント・マイル・SNSなどのアカウント:相続できるかどうかは各社の規約によるため、個別に確認します。

デジタル遺産は郵送物が届かないことが多く、存在に気づきにくい財産です。次の手がかりから探します。

デジタル遺産の確認リスト

  • スマートフォンやパソコンの銀行・証券アプリ
  • メールの受信履歴(取引の報告や残高の通知など)
  • 確定申告書の控えや特定口座年間取引報告書
  • 預金通帳やクレジットカードの明細にある口座振替・引落し
  • 有料サービス(サブスク)の契約。解約するまで引落しが続きます

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠条文

  • 成年後見人の財産管理・代表権は民法859条1項。後見人と被後見人の利益相反は860条で826条を準用し、後見監督人がいるときは特別代理人は不要です(860条ただし書。この場合は後見監督人が被後見人を代表するとされています)。
  • 親権者と子の利益相反は民法826条1項、子同士の利益相反は2項。成年後見人の死後事務は873条の2、委任の終了は653条1号。
  • 相続人不存在は民法951条・952条(相続財産清算人の選任と6か月以上の公告)、957条1項(2か月以上の請求申出の公告)、958条の2(特別縁故者への分与、期間満了後3か月以内)、959条(国庫帰属)。デジタル遺産を含む包括承継は896条。
  • 信託:遺言代用信託の受益者変更権は信託法90条1項、後継ぎ遺贈型の受益者連続信託の存続期間は91条。課税は相続税法9条の2(1項効力発生時、2項新たな受益者等、3項一部の受益者等の消滅、4項信託終了、5項特定委託者、6項資産・負債の取得承継のみなし)。受益者連続型信託は9条の3にも定めがあります。
  • 特別縁故者のみなし遺贈は相続税法4条1項(分与時の時価)、申告期限は29条1項、2割加算は18条。障害者控除は19条の4、未成年者控除は19条の3。
  • 成年後見制度の見直しは令和8年法律第45号(公布日2026年6月24日、公布から2年6月以内に政令で施行)。補助への一元化、判断能力を欠く常況の人の特定補助、必要がなくなった場合の終了、本人の意向の尊重、解任事由の追加、補助人の死後事務の権限、任意後見との併存などが内容です。

実務論点

  • 後見開始の申立てには本人の診断書(発行3か月以内)や本人情報シートが必要で、鑑定が必要なら鑑定費用もかかります。相続税の申告期限から逆算し、分割見込書の提出も視野に入れて進めます。
  • 後見人が代理する遺産分割では、原則として本人の法定相続分(民法900条)を確保し、後見人の判断で本人の取り分を放棄したり減らしたりしないよう求められています。分割の結果は定期報告で家庭裁判所に報告します(京都家庭裁判所「成年後見人ハンドブック」Q12)。特別代理人の選任の審理でも、本人の法定相続分が確保されていないなど不利益な内容なら、協議の内容の修正を求めることがあるとされています(千葉家庭裁判所の案内)。
  • 特別代理人の選任申立てには遺産分割協議書の案を添付するため、分割案を固めてから申し立てます。未成年の子が複数なら、子ごとに別の特別代理人(候補者)が必要です。
  • 家族信託で自益信託として設定すれば、9条の2第1項の要件(適正な対価を負担せずに受益者等となる者)に当たる者がいないため設定時の課税はありません。信託から生じた不動産所得の損失はなかったものとみなされ、損益通算・繰越控除ができません(措法41条の4の2)。公正証書で信託契約を作る場合、2025年10月1日から手数料に13,000円(信託財産1億円以下)が加算されます。
  • 死後事務委任契約の公正証書の手数料は、通常の委任契約の10分の5です(公証人手数料令18条の2)。
  • 相続財産清算人の申立てでは、官報公告料(裁判所の案内では5,582円、時期により異なる)と、財産から清算人報酬などを賄えない見込みのときは予納金が必要です。
  • 特別縁故者への分与に係る相続税の基礎控除は、相続人がいないため3,000万円(法定相続人0人)で計算すると解されます。個別の事案では税務署等に確認してください。
  • 共有者の1人が相続人なく死亡した場合、その持分は他の共有者が持分に応じて遺贈により取得したものとして扱います(相基通9-12)。
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このページの出典・参考資料(123件)

このページは、2026年10月17日時点で確認できた法令・通達・国税庁などの公表資料にもとづく一般的な解説です。税制や運用は改正されることがあり、個別の事情によって取扱いが異なる場合があります。実際の申告・手続の際は、最新の公表資料を確認するか、税理士などの専門家にご相談ください。

計算例・設例の数値は説明のための仮定です。計算ツールの結果は概算で、正確性や個別の結果を保証するものではありません。確定度ラベル(施行中・成立・施行待ち・通達案・検討中・要望段階など)は2026年10月17日時点の状態を示します。

最終確認日:2026年10月17日 作成:ジェイスタート会計事務所(公認会計士・税理士)

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