生前対策と二次相続|生命保険・生前贈与・不動産・法人化の効果とリスク

相続対策は、争いを防ぐ(分ける)、納税資金を用意する(納める)、税負担を適正にする(減らす)の順で考えます。二次相続、生命保険、生前贈与、不動産、法人化、信託などの効果とリスクを、2026年10月時点の制度と判例で検証します。

相続税・贈与税 総合ガイド|生前対策と二次相続

生前対策と二次相続分ける・納める・減らすの順で考える、効果とリスクの検証

節税だけを目的にした対策は、総則6項や名義預金の指摘で逆効果になることがあります。数字で効果を確かめ、二次相続まで見通してから選ぶことが大切です。

二次相続シミュレーターつき2027年の評価見直しに対応2026年10月17日時点
26%設例で一次+二次が最小になった配偶者の取得割合出典:本ガイド試算
500万円×人数生命保険金の非課税出典:相続税法12条
2027年1月貸付用不動産の評価見直し(通達案)出典:財務省・国税庁
10年相次相続控除の対象期間出典:相続税法20条
第1章

相続対策の考え方:分ける・納める・減らす

相続対策というと節税を思い浮かべがちですが、目的はそれだけではありません。この章では、対策を「分ける」「納める」「減らす」の3つの目的に分け、考える順番、代表的な手段、申告のときに見落としやすい特例を整理します。

この章の結論

  • 相続対策の目的は、①分ける(遺産分割をまとめ、争いを防ぐ)、②納める(納税資金を用意する)、③減らす(税負担を適法に軽くする)の3つです。この順に考えます。
  • 手段を選ぶ前に、財産目録を作り、一次相続(最初の相続)と二次相続(残された配偶者の相続)の概算税額を出して、現状を数字で把握します。
  • 「減らす」対策が効くのは、評価額と時価の差、非課税枠、加算されない贈与など、制度の仕組みの範囲だけです。借入れや家族信託それ自体は相続税を減らしません。申告で特例の適用もれを防ぐことも、税額を左右します。

3つの目的と、この順に考える理由

最初に考えるのは「分ける」です。相続税の申告期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。この期限までに遺産分割がまとまらないと、税額を大きく下げる2つの特例をすぐには使えません。

1つは配偶者の税額軽減(配偶者が取得した遺産は、1億6,000万円か法定相続分相当額の多い方まで相続税がかからない制度)です。もう1つは小規模宅地等の特例(自宅の敷地などの評価額を最大80%減らす制度)です。どちらも、申告期限までに分割された財産が対象です。

分割がまとまらないときは、「申告期限後3年以内の分割見込書」を付けて申告し、3年以内に分割すれば後から適用を受けられます。ただし、それまでは特例を使わずに計算した税額を、期限内に納めなければなりません。

次が「納める」です。相続税は、申告期限までに金銭で一括して納めるのが原則です。延納(分割払い)や物納(財産での納付)は、申請して許可を受けた場合に限られます。遺産の多くが自宅・賃貸不動産・自社株で預貯金が少ない家庭では、納税資金の準備が課題になります。

最後が「減らす」です。節税だけを先に進めると、分けにくい不動産が増えたり、手元の現金が減って納税に困ったりします。減らす対策は、分け方と納税資金の見通しが立ってから、効果とリスクを数字で確かめて選びます。

代表的な手段と、3つの目的への効き方

主な生前対策を、効く目的ごとに整理すると次の表のとおりです。

主な生前対策の効果と注意点(2026年(令和8年)10月17日時点)
手段主な目的相続税への効果主な注意点詳しく
遺言分ける税額は直接変わらない。取得する人が決まるので、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例の分割要件を満たしやすい自筆証書遺言は、現時点では全文・日付・氏名の自書と押印が必要。遺留分への配慮家族信託・遺言
生命保険分ける・納める・減らす死亡保険金のうち500万円×法定相続人の数までは非課税(受取人が相続人の場合)被保険者・保険料を負担した人・受取人の組合せで、相続税・所得税・贈与税に分かれる。孫が受取人だと非課税枠なし生命保険
生前贈与減らす・分ける加算対象期間より前の贈与と、相続・遺贈で財産を取得しない人への贈与は、相続税の対象外加算対象期間は、2026年中の相続で3年、2031年(令和13年)以後の相続で7年施行中。名義預金とされない実体が必要生前贈与
不動産の取得・賃貸減らす時価と相続税評価額の差、貸家建付地・貸家の評価減、小規模宅地等の特例借入れ自体は節税にならない。総則6項による時価課税、2027年(令和9年)からの評価見直し通達案不動産
養子縁組減らす法定相続人の数が増え、基礎控除と非課税枠が増える(数に入れる養子は、実子がいれば1人、いなければ2人まで)孫養子は相続税額の2割加算の対象。他の相続人の相続分・遺留分が減る養子縁組
法人化(資産管理会社)減らす財産が非上場株式に置き換わり、株式として評価される。家族への所得の分散株価の計算では、会社が3年以内に取得した土地・家屋は通常の取引価額で評価。会社所有の土地には小規模宅地等の特例が使えない法人化
家族信託分ける(財産管理・認知症対策)原則として変わらない(受益者が信託財産を取得したものとみなされる)信託から生じた不動産所得の赤字は、他の所得と損益通算できない家族信託

遺言と家族信託は主に「分ける」ための手段で、税額はほとんど変わりません。不動産・法人化・養子縁組は「減らす」に効きますが、評価の見直しや否認規定の影響を受けやすい手段です。なお、自筆証書遺言の押印を任意とする改正法は成立していますが、2026年10月17日時点では施行されていません成立・施行待ち。

対策の前に、現状を数字で把握する

どの対策が合うかは、財産の構成と家族構成で大きく変わります。最初に次の順で現状を確かめます。

  1. 財産と債務を書き出す不動産・預貯金・有価証券・生命保険・自社株・貸付金・借入金を一覧にした財産目録を作ります。家族名義でも、本人が資金を出して管理している預金は本人の財産として数えます。
  2. 相続税評価額で見積もる土地は路線価(地価公示価格などの8割程度の水準)など、建物は固定資産税評価額というように、相続税の評価方法で金額を置き直します。
  3. 一次・二次の概算税額を出す基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)と比べて、税額の目安を出します。配偶者がいる場合は、二次相続まで含めた合計で見ます。
  4. 課題を3つの目的で整理する誰が何を相続するか、納税資金は足りるか、減らせる余地はどこにあるかを、この順に洗い出します。
  5. 実行し、定期的に見直す家族構成や財産の変化、税制改正があれば、計画を見直します。

相続税の概算は相続税シミュレーターで、二次相続まで含めた比較は二次相続まで考えた遺産分割で確かめられます。たとえば法定相続人が配偶者と子2人なら、基礎控除は4,800万円です。課税価格の合計額(正味の遺産額に一定の贈与を加えた額)がこれ以下なら、相続税はかかりません。それでも、分け方をめぐる争いを防ぐ「分ける」対策は必要です。

もう1つ大切なのが時期です。本人の判断能力が失われると、贈与・遺言・養子縁組・保険契約などの生前対策はできなくなります。認知症への備えは家族信託・遺言・認知症対策と税務で扱います。

「減らす」対策が効く仕組みと、その限界

相続税を減らす対策は、必ず制度の仕組みのどこかを使っています。仕組みを知ると、効かない対策や危うい対策を見分けられます。

税額が下がる仕組み

  • 評価額と時価の差:土地は路線価、建物は固定資産税評価額で評価され、購入価格より低くなりやすい
  • 非課税枠:死亡保険金と死亡退職金は、それぞれ500万円×法定相続人の数まで非課税
  • 加算されない贈与:加算対象期間より前の贈与、相続・遺贈で財産を取得しない人への贈与
  • 特例:小規模宅地等の特例(自宅の敷地は330㎡まで80%減など)
  • 法定相続人の数:基礎控除と非課税枠が増える(養子の算入には上限あり)

それだけでは税額が下がらないもの

  • 借入れ:借りた現金と借入金が同じ額だけ増えるので、正味の財産は変わらない
  • 家族信託:受益者が信託財産を取得したものとみなされ、課税は直接持つ場合と原則同じ
  • 家族名義の預金:本人が資金を出し管理していれば、本人の相続財産(名義預金)
  • 亡くなる直前の預金の引出し:相続開始時に残っている現金は相続財産
  • 通達どおりの評価:税負担の公平に反する特別な事情があれば、鑑定評価額などで課税されることがある

最後の点が、財産評価基本通達の総則6項です。最高裁2022年(令和4年)4月19日判決は、評価額の差が大きいだけでは足りないとしました。そのうえで、相続税の軽減を意図した借入れと不動産購入で税額が0円になった事案では、鑑定評価額による課税を適法としています(総則6項と最高裁令和4年判決)。

また、2027年1月1日以後の相続・贈与から、相続などの前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する見直しが予定されています通達案。2026年10月17日時点では、国税庁が通達案への意見を募集している段階で、通達はまだ定められていません(賃貸物件・タワーマンションと2027年の見直し)。

申告での「適用もれ」を防ぐ

申告で使える特例や控除を漏れなく使うだけでも、税額は変わります。見落とされやすいものをまとめました。

適用もれチェックリスト(相続税の申告と、その後の売却)

  • 小規模宅地等の特例:税額が0円になる場合も申告が必要。申告期限までに分割し、選ぶ宅地について取得者全員が同意する
  • 配偶者の税額軽減:申告が必要。未分割なら「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付する
  • 未成年者控除(18歳未満)・障害者控除:本人から引ききれない分は、扶養義務者の税額から引ける
  • 相次相続控除:10年以内に相続が続き、前回の相続で今回亡くなった人が相続税を負担していた場合
  • 債務控除:亡くなった年の未納の固定資産税・住民税(納税通知書が届く前でも可)、準確定申告で納める所得税
  • 死亡保険金・死亡退職金の非課税:相続人が受け取った分が対象。保険金と一緒に払い戻された前納保険料も保険金に含める
  • 申告期限までに、国・地方公共団体・特定の公益法人などへ寄附した相続財産の非課税
  • 土地の評価減:地積規模の大きな宅地(札幌市では1,000㎡以上などの要件)、不整形地、セットバック、貸家建付地の一時的な空室など
  • 相続した財産を売ったときの取得費加算:申告期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡が対象(所得税の確定申告で適用)
  • 空き家の3,000万円特別控除:2027年12月31日までの譲渡が対象期限あり。同じ資産について取得費加算とはどちらか一方を選ぶ
  • 更正の請求:払い過ぎに気づいたら、原則として申告期限から5年以内。遺産分割の確定などの事由は、知った日の翌日から4か月以内

取得費加算の期限は、亡くなった日から3年ではありません。たとえば2026年1月6日に亡くなった場合、相続税の申告期限は2026年11月6日で、取得費加算の対象は2029年(令和11年)11月6日までの譲渡です。

よくある誤り

  • 「特例を使えば税額が0円になるから、申告しなくてよい」は誤りです。小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減は、申告書を出すことが適用の条件です。
  • 「取得費加算は亡くなってから3年以内の売却が対象」も誤りです。期限は申告期限の翌日以後3年を経過する日までで、死亡日から数えると約3年10か月です。
  • 「対策は節税から」と考えて分け方を後回しにすると、未分割で特例をすぐに使えず、いったん多くの税金を納めることになります。

実務のコツ:期限のある制度から確かめる

生前対策では、期限のある制度を先に確かめます。たとえば住宅取得等資金の贈与の非課税は、2026年12月31日の贈与までです期限あり。その後の扱いは、2026年12月の令和9年度税制改正大綱で決まる予定です要望段階。最新の状況は改正トラッカーにまとめています。

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • 申告期限:相続税法27条1項。納付・延納・物納:相続税法33条、38条〜42条。
  • 配偶者の税額軽減:相続税法19条の2(申告要件・分割要件)。未分割の場合は申告期限後3年以内の分割見込書を添付し、分割の日の翌日から4か月以内に更正の請求(相続税法32条)。小規模宅地等の特例:租税特別措置法69条の4。未分割財産は民法の相続分などで取得したものとして課税価格を計算(相続税法55条)。
  • 信託:相続税法9条の2(受益者等が信託財産を取得したものとみなす)。信託から生じた不動産所得の損失:租税特別措置法41条の4の2。
  • 債務控除:相続税法13条・14条。団体信用生命保険で返済が免除される住宅ローンは控除できない(国税庁「相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集」事例13)。
  • 総則6項:財産評価基本通達6、相続税法22条。最判令和4年4月19日(令和2年(行ヒ)第283号、民集76巻4号411頁)。
  • 取得費加算:租税特別措置法39条。被相続人の居住用財産の特別控除:同法35条3項(同じ資産について取得費加算との併用不可)。更正の請求:国税通則法23条、相続税法32条。

実務論点

  • 遺言で取得者が定まっている財産は未分割にならないため、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例を申告期限から適用しやすくなります。配偶者の税額軽減の添付書類は、遺言書の写し又は遺産分割協議書の写しです。
  • 借入金は確実な債務として控除されますが、借入れで増えた現金も財産です。課税価格が下がるのは、取得した不動産の時価と相続税評価額の差の部分だけです。
  • 総則6項の適用件数は、国税庁資料で平成27〜令和6事務年度の計27件(不動産13件・株式14件)です。最判令和4年は、乖離に加え、相続税軽減の意図、税負担の軽減の程度、他の納税者との不均衡を総合して判断しています。
  • 2026年10月17日時点の未確定事項:貸付用不動産の評価通達(意見公募は10月18日締切。制定日=経過措置の基準日は未定)、令和9年度税制改正(2026年12月の大綱で決定予定)。
第2章

二次相続まで考えた遺産分割

夫婦の一方が亡くなる最初の相続(一次相続)では、配偶者に多く分けるほど、その時の相続税は少なくなります。しかし、その財産は配偶者が亡くなったとき(二次相続)に、もう一度相続税の対象になります。この章では、一次と二次の合計税額で分け方を考える方法を、計算例で確かめます。

この章の結論

  • 一次相続の「相続税の総額」は、分け方に関係なく決まります。配偶者に多く分けると一次で納める税は減りますが、配偶者の財産が増えて二次相続の税が増えます。
  • 夫の遺産2億円・妻の固有財産1,000万円・子2人の例(二次までに財産が増減しない前提)では、妻が全部を相続すると一次と二次の合計は4,018万円です。妻の取得割合が26%なら2,198万円で、1,820万円少なくなります。
  • 最も有利な割合は、配偶者の固有財産、二次相続までの年数、生活費による財産の減少などで変わります。前提を変えて試算し、配偶者の生活資金や住まい、遺留分もあわせて判断します。

一次と二次の合計税額で考える仕組み

一次相続の相続税の総額は、遺産を法定相続分どおりに分けたと仮定して計算します。このため、実際にどう分けても総額は変わりません。分け方で変わるのは、その総額を誰がいくら負担するかです。

配偶者には配偶者の税額軽減があり、取得した遺産が1億6,000万円か法定相続分相当額の多い方までなら、配偶者の納める税は0円です。そのため、配偶者に多く分けるほど、一次で家族が納める税の合計は減ります。

ところが、配偶者が取得した財産は、配偶者がもともと持っている財産(固有財産)と合わせて二次相続の対象になります。二次相続には、一次にはない次の不利な点があります。

  • 配偶者がいないので法定相続人が1人減り、基礎控除が600万円少なくなる(子2人なら4,200万円)
  • 配偶者の税額軽減が使えない
  • 遺産が子だけで分かれるため1人当たりの金額が大きくなり、高い税率がかかりやすい

そこで、一次だけでなく、一次と二次の合計で比べます。

一次+二次の合計税額=一次で子が納める税+一次で配偶者が納める税+二次の相続税−相次相続控除
二次の遺産=配偶者の固有財産+一次で取得した財産−一次で納めた相続税±二次相続までの増減

計算例:夫の遺産2億円・妻の固有財産1,000万円・子2人

計算例:妻の取得割合を0%から100%まで変えた場合

前提(仮定)は次のとおりです。

  • 一次(夫の相続):課税価格の合計額は2億円(債務・葬式費用・小規模宅地等の特例などを反映した後の金額)。相続人は妻と子2人で、法定相続分は妻2分の1、子は各4分の1。妻の取得割合を変え、残りを子2人で均等に分けます。
  • 二次(妻の相続):相続人は子2人。妻の遺産=固有財産1,000万円+一次で取得した額−一次で妻が納めた相続税。生活費の支出や値上がりなどの増減はなく、二次は一次から10年を超えてから起きる(相次相続控除なし)とします。
  • 2割加算・未成年者控除・生前贈与はないものとします。

一次の相続税の総額は、妻がどれだけ取得しても次のとおりです。

基礎控除:3,000万円+600万円×3人=4,800万円
課税遺産総額:2億円−4,800万円=1億5,200万円
妻(2分の1):7,600万円×30%−700万円=1,580万円
子(各4分の1):3,800万円×20%−200万円=560万円、560万円×2人=1,120万円
相続税の総額:1,580万円+1,120万円=2,700万円

配偶者の税額軽減の上限は、2億円×2分の1=1億円と1億6,000万円の多い方で、1億6,000万円です。妻の取得額がこれ以下なら、妻の納める税は0円です。二次の基礎控除は、3,000万円+600万円×2人=4,200万円です。

妻の取得割合ごとの一次・二次の合計税額(単位:万円)
妻の取得割合一次で妻が納める税一次で子2人が納める税二次の妻の遺産二次の相続税一次+二次
0%02,7001,00002,700
10%02,4303,00002,430
20%02,1605,000802,240
25%02,0256,0001802,205
26%(最小)01,9986,2002002,198
30%01,8907,0003202,210
40%01,6209,0006202,240
50%01,35011,0009602,310
60%01,08013,0001,3602,440
70%081015,0001,8402,650
75%067516,0002,1402,815
80%054017,0002,4402,980
90%27027018,7302,9593,499
100%540020,4603,4784,018

妻が100%取得する場合:妻の算出税額2,700万円から、配偶者の税額軽減2,700万円×1億6,000万円÷2億円=2,160万円を引き、妻は540万円を納めます。二次の遺産は1,000万円+2億円−540万円=2億460万円です。課税遺産総額は2億460万円−4,200万円=1億6,260万円で、子1人当たり8,130万円×30%−700万円=1,739万円、2人で3,478万円です。合計は540万円+3,478万円=4,018万円です。

妻が26%取得する場合:妻の取得額は5,200万円で1億6,000万円以下なので、妻の税は0円です。子2人の税は2,700万円×74%=1,998万円です。二次の遺産は1,000万円+5,200万円=6,200万円で、課税遺産総額は2,000万円、子1人当たり1,000万円×10%=100万円、2人で200万円です。合計は1,998万円+200万円=2,198万円です。他の割合も同じ手順で計算しています。

答え:この前提では、妻の取得割合が26%(5,200万円)のとき、合計2,198万円で最も少なくなります。妻が全部を相続した場合の4,018万円より1,820万円少ない額です。

最も少なくなる割合の見つけ方

合計が最も少なくなる割合は、2つの税率を比べると見当がつきます。

一次の実効税率
相続税の総額÷課税価格の合計額です。この例では2,700万円÷2億円=13.5%です。妻の取得額が1億6,000万円以下の範囲では、妻に1万円多く分けるごとに、子が一次で納める税が13.5%分(1,350円)減ります。
二次の限界税率
二次の遺産が1万円増えたときに増える税の割合で、速算表の税率です。妻に1万円多く分けると、二次の税がこの割合で増えます。

二次の限界税率が13.5%より低いうちは、妻に多く分けるほど合計が減ります。13.5%を超えると、逆に合計が増えます。この例の二次の限界税率は次のとおりです。

二次の妻の遺産と限界税率(子2人の場合)
二次の妻の遺産子1人当たりの取得金額二次の限界税率妻に多く分けると
4,200万円以下基礎控除以下0%合計が減る
4,200万円超〜6,200万円1,000万円以下10%合計が減る
6,200万円超〜1億200万円1,000万円超〜3,000万円15%合計が増える
1億200万円超〜1億4,200万円3,000万円超〜5,000万円20%合計が増える
1億4,200万円超〜2億4,200万円5,000万円超〜1億円30%合計が増える

この例では、妻の遺産がちょうど6,200万円になる点、つまり妻の取得額5,200万円(26%)が境目です。また、妻の取得額が1億6,000万円(80%)を超えると、一次の税は540万円より減らず、二次の税だけが増えます。90%で3,499万円、100%で4,018万円と急に増えるのはこのためです。

前提が変わると、答えも変わる

最も有利な割合は、家族ごとの前提で大きく変わります。下のツールで、一次相続の課税価格の合計、配偶者の固有財産、子の数、二次相続までの年数、二次までの配偶者の財産の増減率を変えて試算できます。

計算ツールを表示するには JavaScript を有効にしてください。

同じ例で前提だけを変えると、結果は次のようになります。

前提を変えた場合の一次+二次の合計税額(単位:万円、相次相続控除なし)
前提妻0%妻25%妻50%妻100%最も少ない割合
基本(妻の固有財産1,000万円・増減なし)2,7002,2052,3104,01826%で2,198
妻の固有財産1億円・増減なし3,4703,8654,6907,2440%で3,470
妻の固有財産1,000万円・二次までに妻の財産が3,000万円減る2,7002,0251,8203,11841%で1,793

妻に固有財産が1億円あると、二次の税率が最初から高いため、この例では妻が相続しない(0%)のが最も少なくなります。反対に、二次までに生活費や介護費で妻の財産が3,000万円減る場合は、最も少ない割合が41%に上がります。妻が相続した株式や不動産が値上がりすれば、二次の税は増えます。

固有財産1億円・0%:二次(1億円−4,200万円)÷2=2,900万円、2,900万円×15%−50万円=385万円、385万円×2人=770万円
合計:一次2,700万円+二次770万円=3,470万円
3,000万円減少・41%:一次(子の税)2,700万円×59%=1,593万円
二次の遺産1,000万円+8,200万円−3,000万円=6,200万円、(6,200万円−4,200万円)÷2=1,000万円、1,000万円×10%=100万円、100万円×2人=200万円
合計:1,593万円+200万円=1,793万円

二次相続が10年以内に起きる場合(相次相続控除)

二次相続までの年数は、配偶者の年齢や健康状態(余命)によって見込みが変わります。一次から10年以内に二次相続が起きると、一次で配偶者が納めた相続税の一部を、二次の税額から差し引けます(相次相続控除)。差し引ける額は、一次からの年数が1年増えるごとに10%ずつ減ります。ただし、一次で配偶者の税額軽減により配偶者の税が0円だった場合は、差し引くものがありません。

妻が100%取得し、二次が10年以内に起きた場合(単位:万円)
一次から二次までの年数相次相続控除(子2人の合計)二次の納付税額一次+二次
1年未満5402,9383,478
1年4862,9923,532
3年3783,1003,640
5年2703,2083,748
7年1623,3163,856
9年543,4243,964
10年超03,4784,018

年数は1年未満を切り捨てて数えます。一次の直後に二次相続が起きても、この例では妻が全部を相続する分け方(3,478万円)は、26%の分け方(2,198万円。妻の税が0円なので控除なし)より1,280万円多くなります。

税額以外に考えること

合計税額が最も少ない分け方が、家族にとって最良とは限りません。次の点もあわせて検討します。

  • 配偶者の生活資金と住まい:老後の生活費や介護費、住み慣れた家に住み続けられるかを先に確保します。税額の最小化だけで配偶者の取り分を減らすと、生活資金が足りなくなることがあります。
  • 配偶者居住権:配偶者は自宅に住み続ける権利を、子は所有権を相続する方法です。この権利は配偶者の死亡で消滅し、消滅したことに贈与税はかかりません。消滅した権利は、二次相続で子が相続する財産にならないと解されています(配偶者居住権の評価)。
  • 小規模宅地等の特例:二次相続でも、同居している子や「家なき子」などの要件を満たせば使えます。一次で配偶者が自宅を相続し、二次で要件を満たす子がいない場合は使えないことがあります(特定居住用宅地等、家なき子特例)。
  • 分割の期限:配偶者の税額軽減は、申告期限までに分割し、申告することが条件です。分け方の方針を決めても、分割がまとまらなければ軽減を受けられません。
  • 遺留分:遺言で配偶者か子の一方に多く残す場合は、他の相続人の遺留分に配慮します。
  • 二次相続までの生前贈与:配偶者が相続した財産から子や孫に贈与すれば、二次の遺産を減らせます。加算対象期間(2031年(令和13年)1月1日以後の相続は7年)施行中より前の贈与は、二次相続に加算されません(生前贈与の設計)。

よくある誤り

  • 「配偶者は1億6,000万円まで非課税だから、全部を配偶者に相続させるのが得」とは限りません。この例では、妻が全部を相続すると合計4,018万円で、26%の場合の2,198万円より1,820万円多くなります。
  • 「二次相続がすぐに来ても、相次相続控除で調整される」も条件付きです。控除は一次で配偶者が実際に相続税を納めた場合に限られ、その額も1年ごとに10%ずつ減ります。
  • 反対に「配偶者に分けないのが最も得」とも限りません。配偶者の固有財産が少なければ、二次の基礎控除や低い税率を使える分だけ、配偶者にも分けた方が合計は少なくなります。

他の税金・他の章との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • 相続税の総額:相続税法16条(課税遺産総額を法定相続人が法定相続分に応じて取得したものと仮定。相基通16-1)。各人の算出税額:相続税法17条。
  • 配偶者の税額軽減:相続税法19条の2。軽減額=相続税の総額×(①と②のいずれか少ない方)÷課税価格の合計額。①=課税価格の合計額×配偶者の法定相続分と1億6,000万円のいずれか多い方、②=配偶者の課税価格(申告期限までに分割されていない財産を除く)。
  • 相次相続控除:相続税法20条、相基通20-1〜20-4。控除額=A×C÷(B−A)×D÷C×(10−E)÷10(C÷(B−A)が1を超えるときは1)。A=二次の被相続人が一次で課された相続税額、B=その人が一次で取得した純資産価額、C=二次で財産を取得した全員の純資産価額の合計、D=控除を受ける相続人の純資産価額、E=一次から二次までの年数(1年未満切捨て)。
  • 配偶者居住権:民法1028条〜1037条。配偶者の死亡による消滅は贈与税の対象外(相基通9-13の2)。小規模宅地等の特例:租税特別措置法69条の4。

実務論点

  • 本章の試算は、一次で妻が納めた相続税を二次の遺産から差し引いています。差し引かずに計算すると、100%取得の二次の遺産は2億1,000万円、二次の税は3,640万円、合計4,180万円となり、結果が変わります。前提を必ず明示します。
  • 「一次の実効税率と二次の限界税率の比較」は、算式から導いた判断の目安で、国税庁の資料に示されたものではありません。配偶者の取得額が軽減の上限(①)を超える範囲では一次の税が減らないため、比較の対象外です。
  • 相次相続控除の対象は二次の相続人に限られ、相続を放棄した人・相続権を失った人は遺贈で取得しても対象外です(相基通20-1)。控除の対象は二次の被相続人が一次で負担した相続税に限られ、さらに前の相続の税には及びません(相基通20-4)。
  • 表の相次相続控除は、A=540万円、B=2億円、C=2億460万円で、C÷(B−A)=20,460÷19,460が1を超えるため1とし、子2人のD÷Cの合計1を掛けて、540万円×(10−E)÷10で計算しています。
  • 配偶者居住権が二次相続の課税財産にならない点は、配偶者の死亡による民法上の消滅と相基通9-13の2からの整理です。合計税額の比較では、配偶者居住権の評価(存続年数・複利現価率)で一次の配偶者の取得額も変わります。
第3章

生命保険の活用と契約形態

生命保険は、非課税枠による節税だけでなく、納税資金や代償金の準備、財産を渡したい人の指定にも使えます。ただし、誰が保険料を負担し、誰が受け取るかで、かかる税金の種類が変わります。

この章の結論

  • 亡くなった人が保険料を負担した死亡保険金は相続税の対象ですが、500万円×法定相続人の数までは非課税です。この非課税枠は、受取人が相続人の場合だけ使えます。
  • かかる税金は「契約者」ではなく「保険料を負担した人」で決まります。被保険者と負担者が同じなら相続税、負担者と受取人が同じなら所得税(一時所得)、3者が全部違えば贈与税です。
  • 孫など相続人以外を受取人にすると、非課税枠が使えず、相続税額の2割加算と生前贈与加算の対象にもなります。保険金は原則として遺産分割の対象外ですが、著しい不公平があれば調整の対象になりえます。

死亡保険金の非課税枠と、分ける・納めるへの使い方

亡くなった人(被相続人)が保険料を負担していた死亡保険金は、民法上は受取人自身の財産です。しかし相続税では、相続や遺贈で取得したものとみなされ、課税の対象になります(みなし相続財産)。

そのうち500万円×法定相続人の数までは非課税です。法定相続人の数は、相続放棄をした人がいても、放棄がなかったものとして数えます。養子は、実子がいれば1人、いなければ2人までしか数えません。複数の相続人が受け取ったときは、受取額の割合で非課税枠を分けます。

非課税枠を使えるのは、受取人が相続人の場合だけです。相続を放棄した人、相続権を失った人、孫などの相続人以外の人が受け取った保険金には、非課税枠がありません。保険金と一緒に払い戻される前納保険料・剰余金・割戻金も、保険金に含めて計算します。

計算例:現金1,500万円を一時払の終身保険に替えた場合

前提(仮定):夫が亡くなったときの課税価格の合計額は2億円で、このうち現金が1,500万円です。相続人は妻と子2人です。夫がこの現金で一時払の終身保険に入り(被保険者と保険料の負担者は夫、受取人は子2人で各750万円)、死亡保険金は払い込んだ保険料と同じ1,500万円とします。

非課税限度額:500万円×3人=1,500万円
子1人の非課税額:1,500万円×750万円÷1,500万円=750万円(課税される保険金は0円)
課税価格の合計額:2億円−現金1,500万円=1億8,500万円(保険金1,500万円は全額非課税)
課税遺産総額:1億8,500万円−4,800万円=1億3,700万円
妻(2分の1):6,850万円×30%−700万円=1,355万円
子(各4分の1):3,425万円×20%−200万円=485万円、485万円×2人=970万円
相続税の総額:1,355万円+970万円=2,325万円

答え:保険に入る前の相続税の総額は2,700万円なので、375万円少なくなります。実際に各人が納める税額は、分け方と配偶者の税額軽減で変わります。

保険金は遺産分割の対象にならないため、受取人が自分で請求できます。この性質を使うと、納税資金を用意したり、自宅などを相続する人が他の相続人に払う代償金(代わりに支払うお金)の原資にしたりできます。

改正の動き(2026年(令和8年)10月時点)

2026年9月1日に公表された令和9年度税制改正要望で、金融庁は非課税限度額の引上げを求めています要望段階。内容は、現行の枠に「500万円×配偶者と未成年の被扶養法定相続人の数」を加えるものです。2026年12月の税制改正大綱で決まる予定で、2026年10月17日時点では決まっていません。現行の非課税枠は500万円×法定相続人の数です。

契約形態で変わる税金

死亡保険金にかかる税金は、被保険者、保険料を負担した人、受取人の組合せで決まります。判定の基準は、保険証券の「契約者」ではなく、実際に保険料を負担した人です。

死亡保険金の契約形態と税金の種類
被保険者保険料を負担した人受取人かかる税金計算のポイント
父父子(相続人)相続税500万円×法定相続人の数の非課税枠を引いた残りが課税価格に入る
父子子所得税・住民税(一時所得)(保険金−払込保険料−特別控除50万円)×2分の1を他の所得と合算
母父子贈与税父から子への贈与とみなし、110万円を引いて速算表で計算

下のツールでは、被保険者が亡くなった場合について、保険料を負担した人と受取人を選び、保険金の額などを入れると、かかる税金の種類と目安を確かめられます。

計算ツールを表示するには JavaScript を有効にしてください。

計算例:同じ2,000万円の死亡保険金でも、税金はこれだけ違う

  • 相続税になる場合:父が被保険者で保険料も負担し、子が受け取る場合です。法定相続人が3人で子だけが受け取るなら、非課税枠1,500万円を引いた500万円が子の課税価格に入ります。税額は遺産全体の額で決まります。
  • 一時所得になる場合:子が保険料800万円を負担し、父を被保険者として受け取る場合です。(2,000万円−800万円−50万円)×2分の1=575万円を、子の他の所得と合算して所得税・住民税を計算します。
  • 贈与税になる場合:父が保険料を負担し、母が被保険者、その年の1月1日に18歳以上の子が受取人で、母が亡くなった場合です。父から子への贈与(特例税率)となり、(2,000万円−110万円)×45%−265万円=5,855,000円です。

答え:契約形態によって、相続税(非課税枠あり)、所得税・住民税(一時所得)、贈与税(5,855,000円)と大きく変わります。3者が全部違う契約は、贈与税が重くなりやすい形です。

一時所得の特別控除50万円は、その年の一時所得の全体で1回だけです。また、契約者の名義を変えただけでは贈与税はかかりませんが、新しい契約者が解約して解約返戻金を受け取ると、保険料を負担した人からの贈与として課税されます。

保険料を負担した人が先に亡くなった場合

被相続人が保険料を負担し、被保険者が別の人(妻や子など)で、まだ保険事故が起きていない契約は、「生命保険契約に関する権利」として相続税の対象になります。死亡保険金が支払われないので、申告で見落とされやすい財産です。

評価額は、相続開始の時に解約したとした場合の解約返戻金の額です(前納保険料や剰余金の分配額などを加え、源泉徴収される所得税相当額を引きます)。解約返戻金のない掛捨て型の保険は評価しません。

契約者も被相続人だった場合
本来の相続財産です。契約者の地位を誰が引き継ぐかを、遺産分割で決めます。
契約者が別の人(例:子)だった場合
保険料を負担していたのが被相続人なら、契約者がこの権利を相続で取得したものとみなされます(みなし相続財産)。

この権利は死亡保険金ではないため、死亡保険金の非課税枠は使えないと解されています。

受取人の指定と、遺産分割・遺留分

2004年(平成16年)10月29日の最高裁決定は、受取人が受け取る死亡保険金は受取人自身の権利で、相続財産に属さないとしました。原則として、特別受益(生前贈与などとして遺産分割で調整する利益)にも当たりません。

ただし、受取人と他の相続人との不公平が到底認められないほど著しい「特段の事情」があれば、特別受益に準じて持ち戻し(取り分の計算に含めること)の対象になります。判断には、保険金の額、遺産総額に対する割合、同居の有無、介護などへの貢献の度合い、各相続人の生活実態などを考えます。この事件では、保険金は合計約574万円、分割の対象の土地は鑑定評価額で1,149万円で、特段の事情はないとされました。

遺留分については、2002年(平成14年)11月5日の最高裁判決が、受取人の変更は遺留分の対象となる遺贈や贈与に当たらないと判断したとされています。このため、生命保険金は原則として遺留分の計算に含まれないとされています。保険金が遺産に比べて著しく大きい場合の扱いは個別の事情によるため、専門家に確認してください。

実務では、自宅など分けにくい財産を相続する人を受取人にして、他の相続人に払う代償金の原資にする方法があります。ただし、保険金が遺産に比べて著しく大きいと「特段の事情」に当たるおそれがあります。どの程度で当たるかの基準を示した最高裁判例はありません。

民法上は遺産分割の対象外でも、相続税は課税されます。相続を放棄しても保険金は受け取れますが、放棄した人は非課税枠を使えません(法定相続人の数には数えます)。なお、子が放棄して受け取っても、子は一親等の血族なので2割加算はかかりません。

孫や相続人以外を受取人にするときの落とし穴

孫を受取人にすると、遺産分割を経ずに孫へ財産を渡せます。ただし、税金の面では次の3つの不利があります。

受取人が相続人である子

  • 相続により取得したものとみなされる
  • 非課税枠(500万円×法定相続人の数)を使える
  • 2割加算はない(子は一親等の血族)

受取人が相続人でない孫

  • 遺贈により取得したものとみなされる
  • 非課税枠は使えない
  • 相続税額の2割加算の対象
  • 保険金を受け取ると「遺贈で財産を取得した人」になり、生前贈与加算の対象になる

特に注意したいのが生前贈与加算です。相続や遺贈で何も取得しない孫への暦年課税の贈与は、相続税に加算されません。ところが孫を受取人にすると、加算対象期間(2026年中の相続は相続開始前3年以内)に受けた贈与が加算されます。孫に毎年贈与している家庭では、贈与の効果が一部失われる点を踏まえて受取人を選びます(生前贈与の設計)。

内縁の配偶者のように法律上の相続人でない人が受け取る保険金にも、非課税枠はありません。

よくある誤り

  • 「生命保険金には相続税がかからない」は誤りです。非課税は500万円×法定相続人の数までで、超える部分は課税されます。
  • 「契約者が子だから相続税はかからない」とは限りません。実際に保険料を負担したのが親なら、親が亡くなったときの保険金は相続税の対象です。
  • 「保険金はどんな場合でも遺産分割の対象外」も言い過ぎです。著しい不公平があれば、持ち戻しの対象になりえます。
  • 「相続放棄をしても非課税枠は使える」は誤りです。放棄した人が受け取った保険金は全額が課税対象です。

実務のコツ:保険を見直すときの確認点

  • 保険証券の被保険者・契約者・受取人に加え、保険料を実際に誰が負担しているか(引落し口座)を確かめる
  • 受取人が相続人になっているか(非課税枠を使えるか)を確かめる
  • 受取人ごとの金額が、遺言や分け方の方針、代償金の必要額と合っているかを確かめる
  • 保険料を負担した人が亡くなっても保険金が出ない契約(生命保険契約に関する権利)を一覧にしておく

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • みなし相続財産:相続税法3条(受取人が相続人なら相続、相続人以外なら遺贈により取得したものとみなす)。非課税:相続税法12条(相続人が取得した保険金に限る)。法定相続人の数:相続税法15条。
  • 贈与とみなす保険金:相続税法5条。一時所得:所得税法34条、所得税法施行令183条〜185条。
  • 生命保険契約に関する権利:財産評価基本通達214、相続税法3条、相基通3-36。
  • 2割加算:相続税法18条。生前贈与加算:相続税法19条(相続・遺贈で財産を取得しなかった者には加算しない=相基通19-3)。
  • 特別受益:民法903条。最決平成16年10月29日(平成16年(許)第11号、民集58巻7号1979頁)。遺留分:民法1042条〜1046条。受取人の変更と遺留分については、最判平成14年11月5日(平成11年(受)第1136号、民集56巻8号2069頁。旧民法1031条の事案)があります。同判決は、受取人の変更は同条の遺贈又は贈与に当たらず、これに準ずるものともいえないと判示したとされます。最決平成16年10月29日も、死亡保険金請求権は保険料と等価関係に立たず、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたとはいえないとする部分で、同判決を参照しています。

実務論点

  • 各相続人の非課税額=非課税限度額×その相続人の受取額÷相続人全員の受取額の合計。前納保険料・剰余金・割戻金は保険金に含めて第9表で計算します(国税庁「誤りやすい事例集」事例5)。
  • 生命保険契約に関する権利は、被相続人が契約者兼保険料負担者なら本来の相続財産、契約者が別人ならみなし相続財産です。被相続人が契約者の場合の契約者貸付金・未払込保険料などは債務控除の対象です。
  • 契約者の変更だけでは課税されませんが、新契約者が解約返戻金を受け取ると、保険料負担者からの贈与として課税されます。
  • 一時払養老保険などで保険期間が5年以下(5年以内の解約を含む)のものは、金融類似商品として源泉分離課税の対象です(国税庁タックスアンサー1755)。
  • 年金で受け取る場合、相続税・贈与税は年金受給権に課税され、所得税の対象となる契約形態では雑所得として課税されます。
  • 最決平成16年の「特段の事情」の基準(保険金額・遺産総額との比率など)を数値で示した最高裁判例はありません。代償金の原資として保険を使う設計では、遺産総額との均衡に注意します。
  • 金融庁の令和9年度要望(非課税限度額の引上げ)は要望段階です。2026年12月の大綱公表後に内容を確認します。
第4章

生前贈与の設計:7年加算後の暦年贈与と精算課税

亡くなる前の贈与を相続税に加算する期間は、2024年(令和6年)1月1日以後の贈与から、3年が7年に延びました(経過措置で段階的に延びます)施行中。それでも、誰に・いつから・どの制度で渡すかを設計すれば、生前贈与には効果があります。この章では、加算の仕組みを踏まえた組み立て方を試算で示します。

この章の結論

  • 7年加算の後も、相続・遺贈で財産を取得しない孫や子の配偶者への暦年課税の贈与は、相続税に加算されません。子への贈与も、加算対象期間より前の分は加算されません。
  • 相続時精算課税の年110万円の基礎控除の部分は、亡くなる直前の贈与でも加算されません。ただし、一度選ぶとその贈与者からは暦年課税に戻れず、贈与で取得した土地には小規模宅地等の特例が使えません。
  • 住宅取得等資金の非課税は2026年(令和8年)12月31日の贈与まで、結婚・子育て資金は2027年(令和9年)3月31日の拠出までです期限あり。毎年の贈与は、その都度の契約と受贈者自身の管理で、贈与の実体を残します。

加算の仕組み:いつの贈与が、誰の分だけ加算されるか

相続や遺贈で財産を取得した人が、亡くなった人から加算対象期間内に暦年課税で受けた贈与は、贈与時の価額で相続税の課税価格に加算されます。110万円以下で贈与税がかからなかった贈与も加算されます。加算した贈与に贈与税を納めていれば相続税から差し引けますが、引ききれなくても還付はありません。

加算対象期間は、亡くなった日によって次のように変わります。詳しくは生前贈与加算(7年加算)と相続時精算課税の加算で扱います。

  1. 2026年12月31日までの相続相続開始前3年以内の贈与(2026年10月時点で亡くなった場合はこれに当たります)
  2. 2027年1月1日〜2030年(令和12年)12月31日の相続2024年1月1日から亡くなった日までの贈与
  3. 2031年(令和13年)1月1日以後の相続相続開始前7年以内の贈与

3年以内より前の、延長された期間の贈与は、受贈者ごとに合計から100万円を引いた残りを加算します。年ごとではなく、総額で100万円です。

加算されるのは、相続・遺贈で財産を取得した人が受けた贈与だけです。相続・遺贈で何も取得しない孫、子の配偶者、兄弟姉妹などへの贈与は、何年前のものでも加算されません。ただし、次のいずれかに当たると、その孫も加算の対象になります。

  • 孫を死亡保険金の受取人にする(遺贈で取得したものとみなされます)
  • 遺言で孫に財産を遺贈する
  • 孫が養子や代襲相続人として相続する

また、亡くなった年に、相続・遺贈で何も取得しない孫が受けた贈与には、相続税ではなく贈与税がかかります。

7年加算の後も暦年贈与が効く場面

  • 相続・遺贈で財産を取得しない人に贈る:孫や子の配偶者への贈与は加算されません。贈与税の税率は、贈与の年の1月1日に18歳以上の孫が祖父母から受ける場合は特例税率です。子の配偶者が義父母から受ける場合は一般税率です(養子縁組をしていない義父母は直系尊属ではないため)。
  • 早く始めて長く続ける:加算対象期間は最長でも7年です。それより前の贈与は、相続人への贈与でも加算されません。
  • 延長期間の100万円控除:3年以内より前の4年分の贈与は、合計から100万円が差し引かれます。
  • 贈与税と相続税の税率を比べる:特例税率では、基礎控除後の課税価格が200万円以下なら10%、400万円以下なら15%です。年510万円の贈与なら、(510万円−110万円)×15%−10万円=50万円で、最も高い税率は15%にとどまります。

最後の点は、相続税の税率(速算表の税率)が贈与税より高い家庭で使われる考え方です。加算対象期間より前の贈与であれば、贈与税を払っても全体の税負担が下がる場合があります。比べ方は暦年課税と相続時精算課税の選び方で扱います。

試算:子2人・孫2人に10年間、毎年110万円を贈与した場合

試算:亡くなる時期によって、加算額はどう変わるか

前提(仮定):父が2027年から2036年(令和18年)までの10年間、毎年4月1日に、子2人と孫2人にそれぞれ110万円を暦年課税で贈与します。4人とも、その年に他の人から贈与を受けていないので、贈与税はかかりません。子は父の遺産を相続し、孫は相続・遺贈で何も取得せず、死亡保険金の受取人でもないとします。贈与は毎年その都度の契約によるものとし、父が亡くなる日を変えて加算額を比べます。

父が亡くなった日と、相続税に加算される贈与(単位:万円)
父が亡くなった日加算の対象になる贈与子1人の加算額子2人の合計孫2人子が精算課税を選んでいた場合
2029年(令和11年)12月31日(3回目の贈与の後)3回(すべて3年以内)33066000
2036年12月31日(10回目の贈与の後)7回(3年以内3回・延長期間4回)6701,34000
2039年(令和21年)12月31日4回(すべて延長期間)34068000
2043年(令和25年)12月31日なし0000

2029年12月31日:2027〜2030年の相続なので、2024年1月1日以後の贈与(2027〜2029年の3回)が対象。いずれも亡くなる前3年以内なので100万円控除はなし→110万円×3回=330万円
2036年12月31日:7年以内の贈与は2030〜2036年の7回。亡くなる前3年以内の3回は330万円、その前の4回は440万円−100万円=340万円→合計670万円
2039年12月31日:7年以内の贈与は最後の4回(440万円)で、3年以内の贈与はない→440万円−100万円=340万円
2043年12月31日:最後の贈与(2036年4月1日)から7年を超えている→加算なし

右端の列は、子が父からの贈与について相続時精算課税を選んでいた場合です。毎年110万円は精算課税の基礎控除の範囲内なので、いつ亡くなっても加算されません(最初の年に選択届出書の提出が必要です)。父が亡くなった年に孫が受けた贈与は贈与税の対象ですが、110万円以下なので税額は0円です。

答え:10年間で4人に渡した4,400万円のうち、相続税に加算されるのは、表の4つの時点で最も多い2036年12月31日の場合でも子2人分の1,340万円です。孫2人への2,200万円は、いつ亡くなっても加算されません。最後の贈与から7年を超えると、子への贈与も加算されなくなります。

相続時精算課税の年110万円を使うときの注意

相続時精算課税は、60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与で選べる制度です(年齢は贈与の年の1月1日で判定)。2024年1月1日以後の贈与から、受贈者1人につき年110万円の基礎控除が設けられました施行中。この基礎控除の部分は、相続税に加算されません。

基礎控除を超える部分は、累計2,500万円の特別控除を引いた残りに、一律20%の贈与税がかかります。贈与者が亡くなると、贈与時の価額から基礎控除を引いた額が相続税に加算され、納めた贈与税は相続税から差し引かれます。引ききれない分は還付されます。

向いている使い方

  • 毎年110万円以内の贈与を長く続ける(基礎控除の部分は加算されない)
  • 値上がりが見込まれる財産を渡す(加算は贈与時の価額)
  • 賃貸物件など収益を生む財産を渡す(贈与後の収益は受贈者のものになる)
  • 相続税がかからない見込みの家庭で、まとまった額を渡す(納めた贈与税は相続時に還付)

注意が必要な点

  • 一度選ぶと、その贈与者からの贈与は暦年課税に戻れない
  • 選択届出書を、最初の贈与の翌年2月1日〜3月15日に出さないと使えない(後から選べない)
  • 精算課税で取得した宅地には、小規模宅地等の特例が使えない
  • 値下がりしても贈与時の価額で加算される(災害で被害を受けた土地・建物の特例を除く)
  • 精算課税で取得した財産は、相続税の物納に充てられない
  • 不動産は登録免許税が贈与2%・相続0.4%で、不動産取得税も相続と違ってかかる

同じ年に父と母の両方から精算課税で贈与を受けても、基礎控除は合わせて110万円です(贈与額の割合で分けます)。また、同じ贈与者から、暦年課税の110万円と精算課税の110万円を両方使うことはできません。父からは精算課税、母からは暦年課税のように、贈与者ごとに選ぶことはできます。孫が精算課税を選んだ場合は、祖父母の相続で相続税の納税義務者になり、加算額があれば2割加算の対象です(代襲相続人の孫を除く)。

非課税の特例と、贈与税の配偶者控除

一定の目的の贈与には非課税の特例がありますが、期限のあるものが多いので状態を確かめて使います。

主な非課税の特例と配偶者控除(2026年10月17日時点)
制度非課税・控除の額2026年10月17日時点の状態相続税への加算
住宅取得等資金の贈与(父母・祖父母などから)省エネ等住宅1,000万円、その他500万円2026年12月31日の贈与まで期限あり。その後の扱いは令和9年度改正で検討要望段階非課税部分は加算しない
教育資金の一括贈与1,500万円2026年3月31日で新規の適用は終了新規適用終了。同日までの拠出分は従来どおり贈与者が亡くなったときの管理残額は、一定の場合に相続等で取得したものとみなす
結婚・子育て資金の一括贈与1,000万円(結婚関係は300万円)2027年3月31日の拠出まで期限あり。期限での廃止が要望されている要望段階贈与者が亡くなったときの管理残額は、相続等で取得したものとみなす
贈与税の配偶者控除(婚姻20年以上)居住用不動産かその取得資金に最高2,000万円(基礎控除110万円とは別)期限なし施行中控除した部分は加算しない

住宅取得等資金の非課税は、税額が0円でも贈与税の申告が必要です。受贈者が贈与の年の1月1日に18歳以上であることや、合計所得金額、床面積などの要件があります(住宅取得等資金の非課税)。

教育資金の一括贈与は「もう使えない」のではなく、2026年4月1日以後の新しい拠出に特例が使えなくなったものです。それまでに拠出された口座は続いており、30歳到達時や贈与者が亡くなったときの課税も従来どおり残ります(教育資金・結婚子育て資金の一括贈与)。これらとは別に、扶養義務者から生活費や教育費として受けた贈与のうち、必要な都度、直接それに充てる分(通常必要と認められる範囲)には贈与税はかかりません。まとめて渡して預金した分は課税されます。

贈与税の配偶者控除は、婚姻期間20年以上の配偶者から、国内の居住用不動産かその取得資金の贈与を受けたときに使えます。翌年3月15日までに住み、その後も住み続ける見込みであること、同じ配偶者からは一生に一度であること、申告することが条件です。控除した部分は相続税に加算されず、亡くなった年の贈与でも使えます(申告が必要)。

たとえば自宅の土地と建物(評価額の合計2,300万円)を夫から妻に贈与した場合、贈与税は(2,300万円−2,000万円−110万円)×10%=19万円です(夫婦間は一般税率)。登録免許税と不動産取得税もかかります。配偶者の財産が増えるので、二次相続の税額と比べて判断します。

定期贈与とみなされない工夫と、贈与の証拠

毎年の贈与がその都度の贈与契約によるものなら、各年110万円以下の贈与に贈与税はかからず、申告もいりません。ただし、「10年間、毎年110万円ずつ贈与する」と最初に約束(契約)すると扱いが変わります。約束した年に、10年分の給付を受ける権利(定期金に関する権利)の贈与を受けたものとして、贈与税がかかります。

毎年110万円の贈与を続けたこと自体で、直ちにこの扱いになるわけではありません。国税庁が示しているのは、最初に総額や回数を約束した場合です。贈与の時期は、書面による贈与なら契約の効力が生じた時、口頭の贈与なら実際に渡した時です。年末に口約束をして翌年に振り込めば、翌年の贈与になります。

実務のコツ:贈与の実体を残す(法令上の要件ではない工夫です)

  • 毎年、その年の贈与契約書を作り、贈与者と受贈者がそれぞれ署名する
  • 金額や時期を毎年同じに固定しない
  • 受贈者名義の口座に振り込み、通帳・印鑑・カードは受贈者自身が管理する
  • 110万円を超えた年は、期限内に贈与税の申告をする

契約書さえあれば安全というわけではありません。2021年(令和3年)9月17日の国税不服審判所の裁決では、受贈者の署名押印がなく本人も知らなかった「贈与証」について、書面による贈与の成立が否定されました。一方、同じ裁決で、未成年の子の口座は、親権者が贈与を受け入れていたとして子の財産と認められています。詳しくはやってはいけない対策と否認事例と名義預金・名義株と贈与の証拠の残し方で扱います。

よくある誤り

  • 「7年加算になったので、暦年贈与はもう意味がない」は誤りです。加算されない人への贈与や、加算対象期間より前の贈与は、相続税の対象から外れます。
  • 「孫への贈与は加算されない」は、孫が遺贈も死亡保険金も受け取らない場合に限ります。
  • 「年110万円以下の贈与なら、相続のときも関係ない」は暦年課税では誤りです。相続・遺贈で財産を取得する人への贈与は、加算対象期間内なら110万円以下でも加算されます。精算課税の110万円とは扱いが逆です。
  • 「教育資金の一括贈与は廃止され、残高にも課税される」も誤りです。終了したのは新規の拠出で、既存の口座は従来のルールで続きます。

他の税金・他の章との関係

専門家向け:根拠と実務論点

根拠

  • 生前贈与加算:相続税法19条、相続税法施行令4条、令和5年改正法(令和5年法律第3号)附則19条、相基通19-1〜19-3・19-7。相続・遺贈で財産を取得しなかった者には加算しません(相基通19-3)。
  • 相続時精算課税:相続税法21条の9〜21条の16、基礎控除は相続税法21条の11の2・租税特別措置法70条の3の2、災害の特例は同法70条の3の3。精算課税の適用財産は物納不可(相続税法41条)。
  • 暦年課税の基礎控除110万円:租税特別措置法70条の2の4。特例税率:同法70条の2の5。
  • 非課税の特例:住宅取得等資金=租税特別措置法70条の2、教育資金=同法70条の2の2、結婚・子育て資金=同法70条の2の3。生活費・教育費=相続税法21条の3。
  • 贈与税の配偶者控除:相続税法21条の6。定期金に関する権利:相続税法24条。贈与の時期:相基通1の3・1の4共-8。

実務論点

  • 100万円控除は、受贈者ごとに延長期間の贈与の合計から総額100万円です。国税庁No.4161は、相続開始日が2027年1月2日以後の場合に問題になると注記しています。贈与税額控除は100万円控除前の価額で按分し、控除しきれなくても還付はありません。
  • 死亡保険金・死亡退職金だけを受け取った孫や相続放棄者も、相続・遺贈で財産を取得した者に当たり、加算の対象です(国税庁「教育資金の一括贈与」質疑応答 Q4-5の注)。
  • 精算課税を選ぶ前の同じ贈与者からの暦年課税の贈与で、加算対象期間内のものは加算されます(相基通19-11)。
  • 精算課税の基礎控除は受贈者ごとに年110万円で、複数の特定贈与者がいれば課税価格の比で按分します(相基通21の11の2-1・21の11の2-2)。期限内に選択届出書だけを出していれば期限後申告でも精算課税は適用されますが、特別控除は使えず、翌年以降に繰り越します。
  • 住宅取得等資金の精算課税の特例(租税特別措置法70条の3。贈与者が60歳未満でも可)も、2026年12月31日の贈与までです。
  • 定期金に関する権利の贈与とされるのは、最初に総額・回数を約束した場合です(国税庁No.4402の質疑応答)。毎年の契約書の作成などは証拠力を高める工夫で、法令上の要件ではありません。
第5章

不動産と相続税:評価が下がる仕組みと限界

「不動産を買うと相続税が下がる」と言われるのは、相続税の評価額が時価より低く決まる仕組みがあるからです。この章では、どこまで下がるのかを数字で確かめ、借入れの誤解、リスク、効果の限界を整理します。

この章の結論

  • 評価が下がる理由は3つです。①土地は路線価(地価公示価格等の80%程度が目安)、建物は固定資産税評価額で評価されます。②人に貸すと貸家建付地・貸家としてさらに減ります。③要件を満たせば小規模宅地等の特例が使えます。
  • 借入れそのものは節税になりません。借りた現金と借入金が相殺されるだけで、課税価格が減るのは「購入価額と評価額の差」の部分です。団体信用生命保険で返済されるローンは債務控除できません。
  • 空室・修繕・売りにくさ・分けにくさのリスクがあります。総則6項による否認や、2027年(令和9年)1月1日以後の相続等から予定されている評価の見直し 通達案 で、効果が小さくなる場合もあります。

相続税評価額が時価より低くなる理由

相続税では、財産を国税庁の「財産評価基本通達」(評価のルール)に沿って評価します。現金や預金はほぼ金額どおりに評価されますが、土地と建物は購入価額とは別の基準で評価されます。

土地は、市街地では路線価(道路ごとに決められた1㎡当たりの価額)で評価し、それ以外の地域では固定資産税評価額に倍率を掛けて評価します。路線価は毎年1月1日時点の価額で、地価公示価格等の80%程度を目安に定められます。建物は、市町村が決める固定資産税評価額に1.0を掛けた金額です。

このため、現金で不動産を買うと、金額どおりに評価される現金が、評価額の低い不動産に置き換わります。その差の分だけ、相続税の課税価格(税金を計算するもとになる金額)が下がります。下がる幅は、立地や建物によって大きく異なります。

不動産の評価を下げる要素
要素評価の方法減額の目安
土地(路線価地域)路線価×面積(形や奥行による補正あり)路線価は地価公示価格等の80%程度が目安
土地(倍率地域)固定資産税評価額×国税局が定める倍率地域・土地により異なる
建物固定資産税評価額×1.0建築費・購入価額とは別の基準で決まる
貸家建付地(貸している建物の敷地)自用地の評価から借家人の権利分を減額借地権割合60%・満室で18%減
貸家(貸している建物)自用家屋の評価から借家権分を減額満室で30%減
小規模宅地等の特例(貸付事業用)200㎡までの部分の評価額を減額50%減(要件あり)

人に貸すとさらに下がる:貸家建付地と貸家

アパートや貸しビルの敷地は貸家建付地、建物は貸家として、自分で使う場合より低く評価されます。算式は次のとおりです。

貸家建付地=自用地の価額×(1−借地権割合×借家権割合30%×賃貸割合)
貸家=自用家屋の価額×(1−借家権割合30%×賃貸割合)

借地権割合60%の地域で満室なら、土地の減額は0.6×0.3=18%です。「貸家建付地は30%減」というのは誤りで、30%は借家権割合です。建物は満室なら30%減になります。

賃貸割合(貸している部分の床面積の割合)が下がると、減額も小さくなります。全室が空室の貸家とその敷地は、自分で使う場合と同じ評価です。賃貸用に新築しても、相続の時点でまだ貸していなければ同じ扱いです。

ただし、継続して貸してきた部屋が相続の時点でたまたま空いていただけなら、賃貸中として扱えます。退去後すぐに募集しているか、空室の期間が短いか(例えば1か月程度)などを総合して判断します。

実務のコツ

空室を賃貸中として扱うには、募集を続けていた事実を示せることが大切です。不動産会社への募集の依頼、広告、入退去の時期が分かる賃貸借契約書などを、相続に備えて保管しておくと説明しやすくなります。

親族に土地を無償で貸し(使用貸借)、その親族がアパートを建てている場合、土地は貸家建付地にならず、自分で使う土地と同じ評価です。計算の詳細は貸家建付地・借地権・貸宅地・使用貸借で解説しています。

小規模宅地等の特例との組合せ

賃貸物件の敷地は、要件を満たすと貸付事業用宅地等として、200㎡までの部分の評価額が50%減ります。自宅の敷地(特定居住用宅地等、330㎡まで80%減)や事業用の敷地(特定事業用宅地等、400㎡まで80%減)に比べると、減額の割合は小さめです。

注意したいのは「3年ルール」です。相続開始前3年以内に新たに貸付けを始めた宅地等は、原則として対象外です。例外は、事業的規模の貸付け(アパートならおおむね10室以上、独立家屋ならおおむね5棟以上が目安)を3年を超えて続けてきた場合です。相続の直前に賃貸物件を購入した場合は、この制限に当たるかを個別に確認する必要があります。

生前に贈与を受けた土地(相続時精算課税を選んだものを含む)には、この特例は使えません。要件の詳細は貸付事業用宅地等を確認してください。

自宅の敷地と賃貸物件の敷地の両方に、特例を使えますか。

使えますが、面積の調整が必要です。貸付事業用宅地等を選ぶと、自宅330㎡と事業用400㎡を合わせた最大730㎡の併用はできません。「事業用の面積×200/400+自宅の面積×200/330+貸付用の面積」が200㎡以下になる範囲で選びます。どの土地を選ぶと有利かは限度面積の調整と有利な選び方で解説しています。

借入金は節税にならない

「借金をすると相続税が減る」という説明は正確ではありません。1億円を借りると、財産として現金1億円が増え、同時に債務として借入金1億円が増えます。差し引きは0円で、課税価格は変わりません。

課税価格が下がるのは、その現金で評価額の低い土地・建物を買ったときです。下がる額は購入価額と評価額の差で、自己資金で同じ物件を買っても同じだけ下がります。借入れは評価差を生む資金の出どころにすぎず、借入れ自体に節税の効果はありません。

相続財産から差し引ける債務は、亡くなった時点で確実と認められるものに限られます。団体信用生命保険に加入している住宅ローンは、保険金で返済されることが確実なので、債務控除できません。また、借入れの返済を家賃収入で賄えなくなると、相続人の生活や納税資金を圧迫します。

数値例:現金1億円で賃貸マンションを買った場合

例:1億円で一棟賃貸マンション(土地4,000万円・建物6,000万円)を買った場合の評価額

前提(仮定):土地の自用地評価は土地価格の80%(3,200万円)、建物の固定資産税評価額は建築費の60%(3,600万円)、借地権割合60%、借家権割合30%。路線価や固定資産税評価額の水準は物件ごとに大きく異なるため、仕組みを示すための仮定の数字です。

保有の状態別の相続税評価額(単位:万円)
状態土地建物合計購入価額に対する割合
現金のまま――10,000100%
購入・全室空室(自用と同じ)3,2003,6006,80068%
購入・賃貸割合50%2,9123,0605,972約60%
購入・満室2,6242,5205,144約51%
(参考)満室+貸付事業用宅地等の特例1,3122,5203,832約38%
(参考)2027年以後・購入後5年以内の相続 通達案3,2004,588.87,788.8約78%

満室:土地 3,200万円×(1−0.6×0.3×1.0)=2,624万円、建物 3,600万円×(1−0.3×1.0)=2,520万円
賃貸割合50%:土地 3,200万円×(1−0.6×0.3×0.5)=2,912万円、建物 3,600万円×(1−0.3×0.5)=3,060万円
特例:土地 2,624万円×(1−50%)=1,312万円

特例の行は、敷地が200㎡以下で要件を満たすと仮定しています(購入後3年以内の相続では使えない場合があります)。通達案の行は、2026年(令和8年)1月に購入し、80%評価を選んだと仮定した計算です。地価変動率1.00、鉄筋コンクリート造(耐用年数47年・償却率0.022)、経過年数2年としています(賃貸物件・タワーマンションと2027年の見直し)。

1億円を借りて買った場合、課税価格への影響は5,144万円−1億円=−4,856万円です。自己資金で買った場合の減少額(1億円−5,144万円=4,856万円)と同じになります。

答え:満室なら評価額は5,144万円(購入価額の約51%)で、課税価格は4,856万円下がります。ただし半分が空室なら5,972万円、全室空室なら6,800万円と、減額は小さくなります。

不動産による対策の限界とリスク

評価額が下がることと、家族の財産が増えることは別の話です。評価額が5,144万円の物件でも、売るときに1億円で売れるとは限りません。不動産の対策は、次のリスクと合わせて判断します。

  • 収支のリスク:空室・家賃の下落・修繕費で手取りが減ります。空室が増えると、評価の減額も縮みます(上の例では満室5,144万円が、半分空室で5,972万円)。
  • 換金のリスク:売却には時間がかかり、納税資金にすぐ充てにくい財産です。売って利益が出れば譲渡所得の課税があり、相続人は亡くなった人の取得費と取得時期を引き継いで計算します。
  • 分割のリスク:1棟の建物は分けにくく、共有にすると将来の売却や建替えで意見がまとまらないおそれがあります。売って代金を分ける換価分割では各相続人に譲渡所得が生じ、代償分割で金銭の代わりに自分の不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得が生じます(換価分割・代償分割と譲渡所得)。
  • 否認のリスク:相続税を減らす目的の購入・借入れで税負担が著しく軽くなった事案では、通達どおりの評価を認めず、鑑定評価額による課税を適法とした最高裁判決があります。
  • 制度変更のリスク:取得後5年以内の賃貸物件を、通常の取引価額(取得価額を基にした額の80%も選択可)で評価する通達案が公表されています。2026年10月17日時点で意見公募中で、2027年1月1日以後の相続・遺贈・贈与から適用予定です。

不動産を選ぶときは、まず収益物件として成り立つか、相続人の誰が引き継いで管理するかを決めることが基本です。相続税の軽減は、その後で検討する順序が安全です。

よくある誤り

  • 「貸家建付地は30%減」→ 減額は借地権割合×30%×賃貸割合です。借地権割合60%・満室なら18%減です。
  • 「借金をすれば相続税が減る」→ 借入金と借りた現金は相殺されます。減るのは購入価額と評価額の差だけです。
  • 「住宅ローンの残高は全額差し引ける」→ 団体信用生命保険で返済されるローンは債務控除できません。
  • 「賃貸用に建てた建物なら貸家として評価できる」→ 相続の時点で貸していなければ、自分で使う建物と同じ評価です。

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

評価の根拠

  • 宅地の評価方式は評基通11(路線価方式・倍率方式)、路線価は評基通14(毎年1月1日が評価時点、地価公示価格等の80%程度が目途)、倍率方式は評基通21。家屋は評基通89・別表1により固定資産税評価額×1.0。
  • 貸家建付地は評基通26、貸家は評基通93。借家権割合30%は国税局長が定める割合で、札幌国税局の令和8年分財産評価基準書でも30%です。
  • 評価上の一時的な空室は、継続的な賃貸、退去後速やかな募集、空室期間中に他の用途に使っていないこと、空室期間が課税時期の前後の例えば1か月程度であること、課税時期後の賃貸が一時的でないこと、を総合して判断します(質疑応答事例)。1か月は例示です。
  • 小規模宅地等の特例の空室の判定(措通69の4-24の2)は、いつでも入居できる状態で募集を続けていたか等で判断し、評価上の賃貸割合とは根拠も基準も別です。

小規模宅地等の3年以内貸付宅地等

  • 措法69条の4第3項第4号かっこ書。2018年(平成30年)4月1日以後の相続から適用され、経過措置は2021年(令和3年)3月31日で終了しています。相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業(準事業以外の貸付け)を行っていた場合は除外されません。事業的規模の判定は所基通26-9の5棟10室基準が目安で、実質で判断します。
  • 賃借人付きで購入した物件が「新たに貸付事業の用に供された」宅地等に当たるかは、個別の確認が必要です。

債務控除と否認リスク

  • 債務控除は相続税法13条・14条(確実と認められる債務)。団体信用生命保険で補てんされる住宅ローンは控除できません(国税庁「相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集」事例13)。
  • 通達評価額で申告しても、実質的な租税負担の公平に反する事情があれば、総則6項(評基通6)により鑑定評価額等で課税され得ます(最高裁令和4年4月19日判決、民集76巻4号411頁)。詳細は総則6項と最高裁令和4年判決。
  • 本章の数値例は仮定に基づく計算です。路線価・固定資産税評価額の時価に対する比率は、物件ごとに大きく異なります。
第6章

賃貸物件・タワーマンションと2027年の見直し

賃貸物件やタワーマンションで評価額を下げる対策は、最高裁判決と評価ルールの見直しで前提が変わりつつあります。2026年(令和8年)10月17日時点で決まっていることと、案の段階のものを分けて整理します。

この章の結論

  • 通達どおりに評価しても、相続税を減らす目的の購入・借入れで税負担が著しく軽くなった場合は、鑑定評価額で課税されることがあります(最高裁令和4年4月19日判決)。
  • 2027年(令和9年)1月1日以後の相続・遺贈・贈与から、取得後5年以内の賃貸物件を「通常の取引価額」で評価する通達案が、2026年9月18日に公表されました 通達案。取得価額を基にした額の80%も選べる案です。10月17日時点では意見公募中(10月18日締切)で、通達は未制定です。
  • 評価額と時価の開きが大きい分譲マンションは、2024年(令和6年)1月1日以後の相続等から区分所有補正率で評価が引き上げられています 施行中。ただし時価評価になったわけではありません。

最高裁令和4年判決:通達どおりでも否認されることがある

相続税の財産は「時価」で評価するのが法律の原則で(相続税法22条)、実務では財産評価基本通達の評価額を使います。ただし通達には、通達どおりの評価が著しく不適当な場合は国税庁長官の指示で評価するという定め(総則6項)があります。

この定めの使い方を示したのが、最高裁令和4年4月19日判決です。被相続人は2009年(平成21年)に、借入れを使って2つのマンションを購入しました。相続人は通達評価額で申告し、相続税を0円としていました。

最高裁令和4年4月19日判決の事案
項目甲不動産乙不動産
購入時期2009年1月2009年12月
購入代金8億3,700万円5億5,000万円
借入れ6億3,000万円3億7,800万円(ほかに相続人から4,700万円)
通達評価額2億4万1,474円1億3,366万4,767円
鑑定評価額7億5,400万円5億1,900万円

被相続人は2012年(平成24年)6月に94歳で亡くなりました。通達評価額は購入代金の約24%で、当初申告の課税価格の合計は2,826万1,000円、相続税の総額は0円でした。購入と借入れがなければ、課税価格の合計は6億円を超えていました。乙不動産は、相続後の2013年(平成25年)3月に5億1,500万円で売却されています。

税務署は鑑定評価額で更正し、課税価格の合計は8億8,874万9,000円、相続税の総額は2億4,049万8,600円になりました。最高裁はこの課税を適法としました。判断の骨組みは次のとおりです。

  • 通達評価額と鑑定評価額の開きが大きいというだけでは、通達を上回る評価をする理由になりません。
  • ただし、通達どおりの評価が実質的な租税負担の公平に反するといえる事情があれば、通達を上回る評価をしても平等原則に反しません。
  • 本件は、相続税の軽減を知り期待して購入と借入れを企画・実行し、税額が0円になるほど負担が軽くなっていました。こうした行為をしない納税者との間に看過し難い不均衡があり、その事情に当たるとされました。

教訓は、「通達どおりなら必ず安全」でも「借入れで買えば必ず否認」でもないということです。国税庁の資料によると、総則6項の適用は平成27〜令和6事務年度(2015年7月〜2025年6月)の10年間で27件、うち不動産は13件です。判断の基準は総則6項と最高裁令和4年判決で解説しています。

2027年からの貸付用不動産の評価見直し 通達案

判決の後も、一棟賃貸マンションや小口化商品で評価額を大きく下げる例が続きました。これを踏まえ、2025年(令和7年)12月19日決定の令和8年度税制改正大綱で、評価の見直しが決まりました。法律の改正ではなく、国税庁の通達で対応します。

国税庁は2026年9月18日に通達案「貸付用不動産の評価について」を公表し、10月18日まで意見を募集しています。2026年10月17日時点で通達は制定されておらず、最終的な内容が変わる可能性があります。案の主な内容は次のとおりです。

貸付用不動産の評価の見直し(通達案)の主な内容
項目通達案の内容
対象借家権の目的となっている家屋(附属設備・構築物を含む)と、その敷地(貸付用不動産)
期間相続・贈与の時(課税時期)の前5年以内に、対価を伴う取引で取得・新築したもの。取得の時期は原則として引渡しの時
原則の評価課税時期の通常の取引価額
選択できる評価取得価額が取得時の通常の取引価額と認められる場合、土地等は「取得価額×地価変動率」、家屋等は「取得価額−償却費(定額法)」の、それぞれ80%
主な対象外収用等の代替資産・交換・一定の事業用資産の買換えで取得したもの、一定の増改築部分、経過措置に当たる家屋、非上場株式の純資産価額の計算
適用予定2027年1月1日以後の相続・遺贈・贈与で取得する財産

経過措置として、通達制定日までに、5年を超えて所有している土地(又は5年以内に相続等で取得した土地)の上に新築した家屋等(建築中を含む)は、対象外とする案です。通達制定日が決まっていないため、経過措置の基準日もまだ確定していません。

案は、土地・家屋の通常の評価方法とマンションの評価方法の「定めにかかわらず」評価する構成です。このため、貸家建付地・貸家の減額は重ねて使えないと解されています。一方、小規模宅地等の特例は法律の規定なので、通達案で要件は変わりません。除外の要件などの詳細は2027年からの貸付用不動産・小口化商品の評価見直しで解説しています。

  1. 2024年1月1日居住用の分譲マンションの新しい評価(区分所有補正率)の適用開始
  2. 2025年12月19日令和8年度税制改正大綱で、貸付用不動産・小口化商品の評価の見直しを決定
  3. 2026年9月18日国税庁が通達案を公表し、意見公募を開始
  4. 2026年10月18日意見公募の締切
  5. 2026年12月31日までこの日までの相続・贈与は現行の評価(総則6項のリスクは残る)
  6. 2027年1月1日以後相続・遺贈・贈与で取得する財産から適用予定

数値例:5年以内に買った賃貸物件の評価はどう変わるか

例:2026年1月に1億円(土地4,000万円・建物6,000万円)で買った一棟賃貸マンションを、2027年以後・購入から5年以内に相続した場合

前提(仮定):通達案の80%評価を選択、地価変動率1.00(路線価が購入時と同じ)、鉄筋コンクリート造(耐用年数47年・定額法償却率0.022)、経過年数2年(1年未満の端数を1年に切り上げた後)。現行の評価の前提は不動産と相続税の例と同じです(自用地評価は土地価格の80%、固定資産税評価額は建築費の60%、満室)。

現行の評価と通達案の評価の比較(単位:万円)
項目現行(2026年中の相続等)通達案(80%評価)
土地2,6243,200
建物2,5204,588.8
合計5,1447,788.8
購入価額に対する割合約51%約78%
1億円を借りて買った場合の課税価格への影響−4,856−2,211.2

現行:土地 3,200万円×(1−0.6×0.3)=2,624万円、建物 3,600万円×(1−0.3)=2,520万円
通達案:土地 4,000万円×1.00×80%=3,200万円
通達案:建物(6,000万円−6,000万円×0.022×2)×80%=5,736万円×80%=4,588.8万円

答え:通達案のとおりなら、評価額は5,144万円から7,788.8万円へ、約2,645万円上がります。借入れで買った場合に他の財産から差し引かれる額は、4,856万円から2,211.2万円に縮みます。80%評価を選ばなければ、課税時期の通常の取引価額そのものになります。

不動産小口化商品は取得時期を問わない

不動産小口化商品とは、不動産特定共同事業の契約に基づく権利や、事業者が小口に分けた信託受益権などで、賃貸不動産に共同で投資する商品です。通達案では、5年の要件はなく、取得の時期にかかわらず通常の取引価額で評価します。

事業者が示す元本等相当額が適正な価格情報に基づく場合は、P1を基本に、P2・P3が明らかならそのうち最も低い金額によることができる案です。

  • P1:元本等相当額×90%(事業の開始が課税時期前5年以内なら、地価変動と償却で修正した額×95%)
  • P2:課税時期の精通者意見価格等(事業者の適正な価格情報を含む)
  • P3:課税時期前1年以内の鑑定評価額×95%

国税庁が政府の税制調査会で示した事例では、3,000万円で取得した信託受益権の通達評価額が480万円とされ、9歳の孫等に贈与した後、ほぼ同じ金額で売却されていました。

タワーマンション:2024年からの区分所有補正率 施行中

居住用の分譲マンション(区分所有の一室)は、2024年1月1日以後の相続・遺贈・贈与から、通常の評価額に区分所有補正率を掛けて評価します。築年数・総階数・所在階・敷地持分の狭さから、評価額と時価の開きを推計した「評価乖離率」を求め、その逆数を「評価水準」とします。

評価水準が0.6未満なら、評価乖離率×0.6を掛けて評価額を引き上げます。0.6以上1以下なら補正せず、1を超えると減額します。0.6という基準は、一戸建ての評価額が市場価格のおおむね6割であることとの均衡から設けられました。高層階・築浅の物件ほど評価乖離率が大きく、引上げ幅も大きくなります。

国税庁の計算例(築27年・総階数11階の3階)では、評価乖離率2.043、区分所有補正率1.2258(2.043×0.6)です。評価額は1,450万円から1,777万4,100円に上がります。これは推計した時価の6割の水準まで引き上げる仕組みで、時価で評価するものではありません。

対象外になるのは、地階を除く総階数が2以下の建物、居住用の部屋が3室以下で全て所有者や親族が住んでいるもの(二世帯住宅など)、区分所有の登記がない一棟所有の賃貸マンションなどです。通達の趣旨では固定資産税の評価替えに合わせて適時見直すことが合理的とされていますが、2026年10月17日時点で係数の改定は確認できません。

なお、賃貸用に5年以内に取得した区分所有マンションは、2027年以後は通達案がマンションの評価方法より優先する案です。計算の詳細はマンションの評価を参照してください。

いまから取得を検討する人へ

賃貸物件やマンションの購入自体を否定する必要はありません。ただし相続税の軽減を主な目的にするなら、次の点を確かめてから判断します。

取得前の確認リスト

  • 相続・贈与が2026年中か2027年以後か、購入から5年以内に当たる可能性はどの程度か
  • 借入れの返済と、空室・修繕を見込んだ収支が成り立つか
  • 高齢での購入、多額の借入れ、相続後すぐの売却など、最高裁の事案に似た形になっていないか
  • 誰が引き継ぎ、どう分けるか(1棟の建物は分けにくい)
  • 法人で取得する場合は、株式の評価で別のルール(3年ルール)が適用されること
  • 意見公募後に確定する通達の内容と制定日(経過措置の基準日)

2026年中の相続・贈与には現行の評価が使えますが、総則6項のリスクは残ります。2027年以後は、通達案のとおり確定すれば、購入から5年以内の賃貸物件の評価減の効果は大きく縮みます。

2026年中に買っておけば、2027年以後の相続でも今の評価のままですか。

通達案では、相続・贈与の時から見て5年以内に取得した貸付用不動産が対象です。2026年中に買っても、2027年以後の相続が購入から5年以内であれば、案のとおり確定した場合は新しい評価になります。経過措置で除かれるのは、通達制定日までに、5年を超えて所有する土地等に新築した家屋等などに限られる案です。

よくある誤り

  • 「貸付用不動産の評価は改正された」→ 2026年10月17日時点では通達案で、通達は未制定です。2027年1月1日以後の相続等から適用予定です。
  • 「通達どおりに評価すれば否認されない」→ 実質的な租税負担の公平に反する事情があれば、鑑定評価額で課税されることがあります。
  • 「タワマン節税はもう使えない」「タワマンは時価評価になった」→ どちらも不正確です。補正後も評価額が時価を下回ることはあります。
  • 「法人が買う賃貸物件にも5年ルールが及ぶ」→ 通達案は非上場株式の純資産価額の計算には適用しない案です。法人には従来からの3年ルールがあります。

他の税金との関係

  • 株式評価:法人が持つ不動産は通達案の対象外で、純資産価額の計算では3年以内に取得した土地・建物を通常の取引価額で評価します(純資産価額方式、法人化・資産管理会社)。
  • 贈与税:通達案は贈与にも適用予定です。2027年以後に、購入から5年以内の賃貸物件や、取得時期を問わず小口化商品を贈与すると、相続時精算課税を選んだ場合も含めて新しい評価による見込みです(相続時精算課税)。
専門家向け:根拠と実務論点

最高裁令和4年4月19日判決

  • 令和2年(行ヒ)第283号、民集76巻4号411頁、上告棄却。評価通達は行政内部の通達で国民に直接の法的効力を持たず、課税価格に算入した価額が相続税法22条の時価(客観的な交換価値)を上回らない限り、通達評価額を上回っても同条に反しないとしました。
  • そのうえで、特定の者にだけ通達評価額を上回る価額で課税するには平等原則上の合理的な理由が必要とし、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がその理由になるとしました。乖離のみでは足りないとした点が重要です。

通達案(e-Gov 案件番号410080055)

  • 評基通の改正ではなく新たな個別通達で、評基通第2章〜第4章(土地・家屋・構築物)とマンション通達の定めにかかわらず評価する構成です。第1章(総則6項を含む)は引き続き適用されます。
  • 地価変動率は、課税時期の属する年の評価基準額÷取得時の属する年の評価基準額(評価基準額は路線価等。不適当な場合は公示価格等)。家屋等の償却費は定額法・耐用年数省令により、1年未満の端数は1年とします。
  • 本文の「相続等により取得されたものを含む」について、相続を挟んでも元の対価による取得等から5年以内なら対象と読む解説があります。最終通達・国税庁の解説での確認が必要です。
  • 評基通185(純資産価額)で評価する土地等・家屋等には適用しない旨が案に明記されています。法人保有分は評基通185の3年以内取得ルールによります。
  • 小口化商品(記2)の対象は、不動産特定共同事業法2条3項1号・3号の契約に基づく権利等と、金融商品取引法2条2項1号の信託受益権です。事業者の破綻等で精通者意見価格等がない場合は原則(通常の取引価額)に準じます。

マンション通達(令和5年9月28日付課評2-74・課資2-16)

  • 評価乖離率=A(築年数×△0.033)+B(総階数指数×0.239)+C(所在階×0.018)+D(敷地持分狭小度×△1.195)+3.220。補正後の価額を自用地・自用家屋の価額とみなして、貸家建付地・貸家や小規模宅地等の特例を適用します。
  • 総則6項の適用は否定されません。純資産価額の計算にも適用されますが、3年以内取得分は通常の取引価額です。端数処理などの詳細はマンションの評価。
第7章

養子縁組

養子縁組で相続人が増えると、基礎控除などが増えて相続税が下がることがあります。ただし、数の制限、孫養子の2割加算、否認規定、家族の相続分への影響を合わせて判断する必要があります。

この章の結論

  • 相続税の計算に入れる養子は、実子がいれば1人、いなければ2人までです。1人増えるごとに基礎控除が600万円、生命保険金と死亡退職金の非課税枠がそれぞれ500万円増え、相続税の総額も下がります。
  • 孫を養子にすると、その孫の相続税は2割加算されます(親が先に亡くなり、代襲相続人になっている孫は除きます)。孫養子が相続で財産を取得すると、その孫への一定期間内の生前贈与も加算の対象になります。
  • 節税目的の養子縁組も直ちに無効にはなりません(最高裁平成29年1月31日判決)。ただし税負担を不当に減らす場合の否認規定は別にあり、ほかの相続人の相続分・遺留分も減ります。

養子が相続税に影響する仕組みと数の制限

相続税の計算では「法定相続人の数」を4つの場面で使います。基礎控除額、生命保険金の非課税限度額、死亡退職金の非課税限度額、相続税の総額です。養子も法定相続人なので、養子縁組で人数が増えると、これらが変わります。

法定相続人の数が1人増えたときの変化
計算算式1人増えたときの変化
遺産に係る基礎控除額3,000万円+600万円×法定相続人の数600万円増える
生命保険金の非課税限度額500万円×法定相続人の数500万円増える(相続人が受け取る分に限る)
死亡退職金の非課税限度額500万円×法定相続人の数500万円増える(相続人が受け取る分に限る)
相続税の総額課税遺産総額を法定相続分で分けたと仮定して税率を適用1人当たりの金額が小さくなり、低い税率が適用されやすくなる

ただし、相続税の計算に入れられる養子の数には上限があります。被相続人に実子がいれば1人、実子がいなければ2人までです。民法上は養子の数に制限がなく、養子は全員が相続人になります。制限は相続税の計算の上だけのものです。

次の人は実子とみなされ、この制限を受けません。

  • 被相続人と特別養子縁組をした人
  • 配偶者の実子で、被相続人の養子になった人(いわゆる連れ子養子)
  • 結婚前に配偶者の特別養子になり、結婚後に被相続人の養子になった人
  • 被相続人の子などが先に亡くなり、代わりに相続人(代襲相続人)になった直系卑属

国税庁の誤りやすい事例集には、配偶者のいない被相続人に実子が1人いて、その実子の子(孫)2人を養子にした例があります。この場合の法定相続人の数は3人ではなく、2人(実子1人+養子1人)です。

再婚した配偶者の子(連れ子)を養子にした場合も、1人の上限に含まれますか。

含まれません。配偶者の実子で被相続人の養子になった人は実子とみなされるため、上限とは別に法定相続人の数に入ります(ほかの普通養子は、引き続き上限の範囲で数えます)。孫養子のような「被相続人の直系卑属が養子になった場合」には当たらず、一親等の血族として扱われるので、2割加算の対象にもなりません。

孫養子の2割加算と、代襲相続人との違い

相続税には、配偶者と一親等の血族(父母・子)以外の人が財産を取得すると、その人の税額に20%を加算する「2割加算」があります。養子は民法上は子ですが、被相続人の孫などの直系卑属が養子になった場合(孫養子)は、2割加算の対象になります。

一方、被相続人の子が先に亡くなり、その子(孫)が代わりに相続人になった代襲相続人は、加算されません。孫養子が同時に代襲相続人でもある場合も、加算されません。

孫などが相続人になる場合の扱い
立場法定相続人の数への算入2割加算
孫養子(親である子が健在)養子の数の上限の範囲で算入あり
代襲相続人の孫(親である子が先に死亡)実子と同じく算入なし
孫養子で、代襲相続人でもある実子と同じく算入なし
子の配偶者など、直系卑属でない養子(連れ子養子を除く)養子の数の上限の範囲で算入なし

孫養子には、ほかにも注意点があります。普通養子は実の親との親子関係も続くため、その孫は親(被相続人の子)の相続と、祖父母の相続の両方で相続人になります。

また、孫養子が相続で財産を取得すると、相続開始前の一定期間に受けた贈与が相続財産に加算されます。2026年(令和8年)中の相続は3年以内で、段階的に延びて2031年(令和13年)1月1日以後の相続から7年以内になります 施行中。孫養子が18歳未満なら、要件を満たせば未成年者控除の対象になります。

効果の試算

例:配偶者のいない親(課税価格の合計1億円、子2人)が、孫1人を養子にした場合

前提:2割加算以外の税額控除はないものとし、縁組後は子2人と孫養子が3分の1ずつ取得すると仮定します。

孫養子1人を加えた場合の比較
項目養子縁組なし孫養子1人を追加
法定相続人の数2人3人
基礎控除額4,200万円4,800万円
課税遺産総額5,800万円5,200万円
法定相続分に応ずる取得金額(1人当たり)2,900万円1,733万3,000円
相続税の総額770万円629万9,800円
孫養子の2割加算―約42万円
税負担の合計770万円約672万円

縁組なし:2,900万円×15%−50万円=385万円、385万円×2人=770万円
縁組あり:5,200万円÷3=1,733万3,000円(千円未満切捨て)、1,733万3,000円×15%−50万円=209万9,950円
209万9,950円×3人=629万9,850円→629万9,800円(百円未満切捨て)
孫養子の算出税額:629万9,800円×1/3=209万9,933円(1円未満切捨て)、2割加算:209万9,933円×20%=41万9,986円

答え:相続税の総額は約140万円減りますが、孫養子の2割加算約42万円を差し引くと、税負担の減少は約98万円です。相続人が受け取る生命保険金・死亡退職金があれば、それぞれの非課税枠も500万円増えます。

孫養子の取得割合が大きいほど、2割加算も大きくなります。上の例で孫養子が2分の1(子2人は4分の1ずつ)を取得すると、2割加算は629万9,800円×1/2×20%=62万9,980円です。税負担の減少は約77万円(770万円−692万9,780円)に縮みます。

配偶者がいる場合も仕組みは同じです。課税価格の合計2億円で配偶者と子2人の場合、孫養子1人を加えると基礎控除は4,800万円から5,400万円になります。相続税の総額は2,700万円から2,434万9,800円に下がります(約265万円減)。実際の負担は、配偶者の税額軽減や2割加算を含め、誰がどれだけ取得するかで変わります。

節税目的の養子縁組と否認規定

節税のための養子縁組が民法上有効かについては、最高裁平成29年1月31日判決があります。被相続人は妻を亡くした直後に、税理士から養子縁組による相続税の節税効果の説明を受け、2012年(平成24年)に長男の子(孫)を養子にしました。被相続人の娘2人が、縁組は無効だと主張した事件です。

最高裁は、節税の動機と縁組をする意思は両立しうるとしました。専ら相続税の節税のための養子縁組でも、直ちに「縁組をする意思がないとき」(民法802条1号)に当たるとはいえない、という判断です。本件では縁組の意思がないことをうかがわせる事情もないとして、無効の主張を退けました。

ただし、この判決は民法上の有効性についての判断です。相続税法には別に否認規定があります(相続税法63条)。養子を法定相続人の数に含めることで相続税の負担を不当に減少させる結果になると認められる場合、その養子は数に含めません。「節税目的の養子縁組は税務上も問題ない」とは言えません。

民法上の影響:相続分・遺留分・家族関係

養子は、縁組の日から養親の嫡出子の身分を取得し、実子と同じ相続分を持ちます。相続税の計算で数に入らない養子も、民法上は相続人として遺産分割や遺留分の権利を持ちます。その分、ほかの相続人の取り分は減ります。

子が2人から3人(うち養子1人)になったときの子1人当たりの割合
相続人法定相続分(縁組前→後)遺留分(縁組前→後)
配偶者なし2分の1→3分の14分の1→6分の1
配偶者あり4分の1→6分の18分の1→12分の1

普通養子は実の親との親族関係も続きますが、特別養子は実の親との親族関係が終わり、実の親の相続人にはなりません。また、養子縁組の前に生まれていた養子の子は、被相続人の直系卑属ではないため、養子が先に亡くなっても代襲相続人になりません。

養子縁組は家族関係そのものを変える手続です。相続税の効果だけで判断せず、ほかの相続人の理解、遺言による分け方、二次相続まで含めて検討することが大切です。相続人と相続分の基本は相続人と法定相続分で解説しています。

よくある誤り

  • 「養子を何人増やしても基礎控除が増える」→ 相続税の計算に入るのは、実子がいれば1人、いなければ2人までです。
  • 「孫を養子にしても2割加算はない」→ 代襲相続人でない孫養子は2割加算の対象です。
  • 「最高裁が認めたので、節税目的の養子縁組は税務上も問題ない」→ 判決は民法上の有効性の判断で、相続税法63条の否認規定とは別の問題です。
  • 「孫への贈与は相続財産に加算されない」→ 孫養子として相続で財産を取得すると、加算対象期間内の贈与は加算されます。

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

養子の数の制限と否認規定

  • 相続税法15条2項(実子がある場合1人、ない場合2人)、同条3項(特別養子・配偶者の実子・代襲相続人となった直系卑属等を実子とみなす)、相続税法施行令3条の2、相基通15-1〜15-6。
  • 相続税法63条は、養子の数を法定相続人の数に含めることが相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合に、その原因となる養子の数を含めないとする規定です(相基通63-1・63-2)。
  • 国税庁「相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集」事例4は、実子1人と孫養子2人の場合の法定相続人の数を2人とする例です。

2割加算

  • 相続税法18条。被相続人の直系卑属が養子となっている場合は、加算しない「一親等の血族」に含めません。孫養子が代襲相続人を兼ねる場合は加算しません(相基通18-3。事例集の事例3も参照)。一親等の血族かどうかは原則として相続開始時で判定します(相基通18-2)。
  • 2割加算は税額控除前の算出税額に対して行い、その後に未成年者控除等を差し引きます。

判例・民法

  • 最高裁平成29年1月31日第三小法廷判決(平成28年(受)第1255号、民集71巻1号48頁)。原審を破棄し、第1審の請求棄却を維持しました。
  • 民法809条(嫡出子の身分の取得)、817条の9(特別養子による実方との親族関係の終了)、887条2項ただし書(被相続人の直系卑属でない者は代襲しない)、900条(法定相続分)、1042条(遺留分)。
  • 生前贈与加算は「相続又は遺贈により財産を取得した者」が対象です(相基通19-3)。孫を死亡保険金の受取人にした場合も、みなし遺贈により加算対象になります。
第8章

法人化・資産管理会社

賃貸不動産などを会社に移す「法人化」は、相続財産を不動産から株式に置き換える対策です。評価が自動的に下がるわけではなく、主な効果は所得の分散にあることを、株式の評価ルールと合わせて確認します。

この章の結論

  • 法人化すると、相続するのは不動産ではなく会社の株式です。資産管理会社の株式は純資産価額が評価の中心になりやすく、会社が3年以内に取得した土地・建物は、路線価などではなく通常の取引価額で評価されます。
  • 純資産価額の計算では、含み益(評価差額)の38%を差し引けます 施行中。2026年(令和8年)4月1日以後の相続・贈与からの割合で、それより前(2026年3月31日以前)は37%です。
  • 主な効果は、家賃収入を会社に入れ、家族に役員報酬を払って所得を分散し、親の財産の増加を抑えることです。小規模宅地等の特例が使えなくなる、移すときに譲渡所得などがかかる、運営の手間と費用がかかる、といった点と比べて判断します。

不動産を会社に移すと、相続財産は株式になる

個人が持つ賃貸不動産を、自分や家族が株主の会社(資産管理会社)に移すと、個人の財産は不動産から会社の株式に替わります。相続のときに評価するのは、取引相場のない株式(非上場株式)です。

やり方には、建物だけを会社に売る方法、土地と建物を会社に移す方法、会社が新たに物件を買う方法などがあります。個人の不動産を会社に移す場合は、譲渡所得などの課税が伴うため、移す前後の税金を合わせて比べる必要があります。

非上場株式は、同業の上場会社と比べる類似業種比準方式や、会社の財産から計算する純資産価額方式で評価します。土地の割合が大きい会社は「土地保有特定会社」に当たりやすく、その場合は純資産価額で評価します。規模の小さい会社(小会社)も、純資産価額が基本です(類似業種比準価額との併用も選択できます)。

株式の評価:純資産価額・3年ルール・38%

1株当たりの純資産価額=(相続税評価額による総資産−負債−評価差額に対する法人税額等相当額)÷発行済株式数
評価差額に対する法人税額等相当額=(相続税評価額による純資産−帳簿価額による純資産)×38%

会社が持つ土地・建物も、原則として個人と同じく路線価や固定資産税評価額で評価します。ただし、会社が相続などの時点の前3年以内に取得・新築した土地・建物は、通常の取引価額で評価します(帳簿価額が通常の取引価額に相当すると認められれば帳簿価額)。相続の直前に会社で不動産を買っても、評価減の効果は出ません。

差し引く割合は、2026年4月1日以後の相続・遺贈・贈与で取得した株式から38%です 施行中。防衛特別法人税の創設に伴い、法人税等の税率の合計に相当する割合が37%から改められました。含み益が大きい会社ほど、差し引く額も大きくなります。

2027年(令和9年)1月1日以後の相続等から予定されている貸付用不動産の評価見直し 通達案 は、株式の純資産価額の計算には適用しない案です。会社が持つ不動産は3年ルール、個人が持つ賃貸物件は5年ルール(案)と、期間が違います。

例:資産管理会社の株式の純資産価額(仮定の数字)

前提:父が株式の100%(1,000株)を持つ会社。土地Aは20年前に取得した賃貸アパートの敷地(自用地評価8,000万円、借地権割合60%・満室)、建物Aは固定資産税評価額1,000万円の貸家です。土地B・建物Bは2年前に取得した賃貸物件で、帳簿価額が通常の取引価額に相当すると仮定します。

純資産価額の計算(単位:万円)
資産・負債相続税評価額帳簿価額
土地A(貸家建付地)6,5602,000
建物A(貸家)700600
土地B(3年以内に取得)4,0004,000
建物B(3年以内に取得)5,4005,400
預金1,0001,000
借入金△9,000△9,000
純資産8,6604,000

土地A:8,000万円×(1−0.6×0.3×1.0)=6,560万円、建物A:1,000万円×(1−0.3)=700万円
評価差額:8,660万円−4,000万円=4,660万円
法人税額等相当額:4,660万円×38%=1,770.8万円
純資産価額:8,660万円−1,770.8万円=6,889.2万円(1株当たり68,892円)

答え:純資産価額で評価すると、父の株式は6,889万2,000円です。37%で計算した場合(6,935万8,000円)より46万6,000円低くなります。土地B・建物Bは3年以内の取得なので、路線価などによる評価減は反映されません。

法人化の主な効果:所得の分散と財産の増加の抑制

法人化の効果の中心は、評価額よりも所得の流れにあります。家賃収入は会社の所得になり、家族を役員にして役員報酬を払えば、所得を家族に分散できます。所得税は所得が多いほど税率が上がる仕組みなので、1人に集中するより全体の負担が軽くなる場合があります。

報酬として払った現金は家族自身の財産になるため、親の財産が増え続けるのを抑えられます。一方、報酬を受け取る家族には、給与として所得税・住民税(と社会保険料)がかかります。

役員報酬を会社の損金にするには、定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与のいずれかに当たる必要があります。定期同額給与は一定期間ごとに同額で支払い、改定は原則として期首から3か月以内に限られます。これらに当たっても、不相当に高額な部分は損金になりません。家族役員の報酬は、実際の職務に見合う金額にしておくことが前提です。

法人化の注意点

法人化で確認したい主な論点
論点内容
特定の評価会社土地保有特定会社(土地の割合が大会社70%以上、中会社90%以上。小会社は総資産の規模により70%以上・90%以上・対象外)や、株式等保有特定会社(株式等の割合50%以上)は、純資産価額で評価します。判定を免れるための合理的な理由のない資産の入替えは、なかったものとして判定されます。
小規模宅地等の特例会社が持つ土地には使えません。個人の土地を会社に貸す場合は、会社の事業が不動産の貸付けなら貸付事業用宅地等(200㎡・50%減)、それ以外の事業なら特定同族会社事業用宅地等(400㎡・80%減。取得者が会社の役員であることなどが要件)の対象になり得ます。無償で貸していると対象外です。
建物だけを会社に移す場合借地権の課税を避けるため、相当の地代の支払か「土地の無償返還に関する届出書」の提出が問題になります。届出のある貸地は自用地の80%で評価し(無償で貸す場合は100%)、80%で評価したときは20%相当額を株式の純資産価額に加えます。
移すときの税金個人から会社への売却は譲渡所得の課税対象です。時価の2分の1未満で会社に売ると、時価で売ったものとみなされます。登録免許税・不動産取得税もかかります。
株主への贈与会社に財産を無償や著しく低い価額で提供して株式の価額が上がると、上がった分は他の株主への贈与とされます。
運営の手間と否認リスク設立の登記、毎年の決算・申告、会計・税務の費用がかかります。総則6項は株式にも適用されることがあります。

会社の土地と個人の土地の貸し借りの評価は法人と個人の取引のケース、資産管理会社の運営は資産管理会社・持株会社の経営に役立つ最新情報も参考にしてください。

検討中の見直しと、法人化を考える順序

国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」は、2026年8月20日に評価方法の見直しの骨子を示しました 検討中。資産管理会社は形式的な基準で判定して純資産価額方式で評価する方向や、議決権割合50%以下の株主グループの20%評価減を廃止する方向が示されています。

9月16日の資料では、資産管理会社の判定基準の案も示されました。特定資産の帳簿価額が総資産の帳簿価額の70%以上、または特定資産の運用収入が総収入金額の75%以上という基準です。適用時期・経過措置は示されておらず、最終的には税制改正の手続で決まるとされています。2026年10月17日時点の評価は、現行の通達で行います。

  1. 目的を確かめる所得の分散か、管理・承継のしやすさか。評価額を下げることだけが目的なら、効果は限られます。
  2. 収支と税負担を比べる個人のままの所得税・住民税と、会社の法人税等+役員報酬にかかる所得税等を比べます。
  3. 移し方と移転コストを決める建物だけか土地も含めるか。譲渡所得・登録免許税・不動産取得税、借地権の扱いを確認します。
  4. 株式の評価と承継を考える誰に株式を持たせるか、純資産価額の見込み、特定の評価会社に当たるかを確認します。
  5. 運営体制を整える役員の職務と報酬、決算・申告の体制を決めます。
  6. 制度の動向を確認する有識者会議の見直しなど、評価ルールの変更に注意します。

よくある誤り

  • 「法人化すれば不動産の評価は下がる」→ 会社が3年以内に取得した土地・建物は通常の取引価額、土地保有特定会社は純資産価額で評価され、会社の土地には小規模宅地等の特例も使えません。
  • 「評価差額から差し引くのは37%」→ 2026年4月1日以後の相続・贈与は38%です。37%は2026年3月31日以前の取得の場合です。
  • 「貸付用不動産の5年ルール(通達案)は会社にも及ぶ」→ 株式の純資産価額の計算には適用しない案で、会社には3年ルールがあります。
  • 「家族を役員にすれば報酬は自由に決められる」→ 損金にできる給与の形が決まっており、不相当に高額な部分は損金になりません。

他の税金との関係

専門家向け:根拠と実務論点

株式の評価

  • 評基通185(純資産価額。課税時期前3年以内に取得・新築した土地等・家屋等は課税時期の通常の取引価額、帳簿価額が通常の取引価額相当なら帳簿価額)、186(引当金・準備金は負債に含めない等)、186-2(評価差額に対する法人税額等相当額)。
  • 186-2の割合は令和8年3月25日付課評2-28ほかで37%から38%に改正され、2026年4月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用されます。内訳は法人税23.2%、地方法人税2.3896%、防衛特別法人税0.928%、事業税7.0%、特別法人事業税2.59%、道府県民税0.232%、市町村民税1.392%の合計37.7316%です。
  • 議決権割合50%以下の同族株主グループの80%評価(185ただし書)は、中会社・小会社の算式と189-2〜189-4に限られます。評価会社が保有する非上場株式を純資産価額で評価するときは、法人税額等相当額を控除しません(186-3)。
  • 特定の評価会社は評基通189〜189-7。189なお書きは、株式等保有特定会社・土地保有特定会社の判定を免れるための合理的な理由のない資産構成の変動を、なかったものとして判定する定めです。総則6項の適用(平成27〜令和6事務年度で27件)のうち株式は14件です。

個人と法人の間の論点

  • 特定同族会社事業用宅地等(措法69条の4第3項第3号)は、法人の事業から不動産貸付業・駐車場業等を除きます。資産管理会社のように法人の事業が貸付けの場合は、貸付事業用宅地等(3年以内貸付宅地等の制限あり)として判定します。
  • 相当の地代・無償返還の届出は昭和60年6月5日付課資2-58ほか、20%相当額の純資産価額への算入は昭和43年10月28日付直資3-22によります。
  • 法人への時価の2分の1未満の譲渡は所得税法59条1項2号・同法施行令169条。2分の1以上でも同族会社等の行為計算否認(所得税法157条)の余地があります(所基通59-3)。株主へのみなし贈与は相続税法9条・相基通9-2です。このほか、同族会社を通じた行為計算の否認規定として相続税法64条があるとされます。
  • 役員給与は法人税法34条(定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与、不相当に高額な部分の損金不算入、隠蔽・仮装による給与の全額損金不算入)。事前確定届出給与の届出期限は、株主総会等の決議から1か月を経過する日と、会計期間開始から4か月を経過する日のいずれか早い日です。
第9章

家族信託・遺言・認知症対策と税務

家族信託・遺言・成年後見などの認知症対策は、財産を誰が管理し、誰に引き継ぐかを決める手段です。相続税を減らす仕組みではありませんが、使い方によって特例の使いやすさや所得税の扱いが変わります。この章では、税務上「変わること」と「変わらないこと」を整理します。

この章の結論

  • 家族信託をしても、相続税は原則として財産を直接持っている場合と同じです。受益者(信託の利益を受ける人)が信託財産を持っているものとみなして課税されます(相続税法9条の2)。
  • 信託で変わる税務は主に2つです。信託した賃貸不動産の赤字は他の所得と通算できなくなり、信託で取得した実家は空き家の3,000万円控除の対象外と解されています。小規模宅地等の特例は信託財産の宅地にも使えます。
  • 遺言は税額そのものを変えませんが、申告期限までに取得者を確定させ、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例を使いやすくします。贈与・遺言・信託契約は、判断能力があるうちにしかできません。

家族信託の仕組みと相続税:信託しても課税は変わらない

家族信託(民事信託)は、親(委託者)が財産を子など(受託者)に託し、決めた人(受益者)のために管理・処分してもらう仕組みです。親が認知症になった後も、受託者が不動産の管理や売却を続けられる点に意味があります。次の受益者を決めておけば、承継先の指定にも使えます。

税金の面では、名義が受託者に移っても、財産の持ち主は受益者と考えます。相続税法9条の2は、受益者が信託財産の資産と負債をそのまま持っているものとみなすと定めています。このため、信託財産は原則として信託財産そのものの評価額で課税されます。

典型的な家族信託は、親が委託者と受益者を兼ね、子が受託者になる形です(自益信託)。財産から利益を受ける人が親のまま変わらないので、信託を設定した時点では贈与税の課税関係が生じません。親が亡くなって受益権が子などに移った時点で、遺贈により取得したものとみなされ、相続税の対象になります。

家族信託の場面ごとの課税関係(いずれも適正な対価を負担しない場合。相続税法9条の2)
場面税務上の扱い典型例
信託の設定(委託者=受益者)課税関係は生じない(利益を受ける人が変わらない)親が委託者兼受益者、子が受託者
信託の設定(受益者が委託者以外)受益者が委託者から贈与で取得したものとみなす(委託者の死亡で効力が生じる信託は遺贈)親が委託者、子が最初から受益者
受益者の死亡・交代新しい受益者が前の受益者から取得したものとみなす(死亡が原因なら遺贈、それ以外は贈与)親の死亡で子が次の受益者になる
信託の終了残った財産を受け取る人が受益者から取得したものとみなす(死亡が原因なら遺贈、それ以外は贈与)親の死亡で信託を終え、子が不動産を受け取る

受益者が亡くなるたびに次の受益者へ順に移る信託(受益者連続型信託)には、相続税法9条の3に別の定めがあります。この形を使う場合は、評価の扱いを含めて個別に確認が必要です。

よくある誤り:家族信託で相続税が減る

「信託すれば財産が子の名義になるので、親の相続では相続税がかからない」という説明は誤りです。課税は名義ではなく受益者を基準にするため、受益者である親の相続では、信託財産も相続税の対象になります。家族信託の目的は、判断能力が低下した後の財産管理と、承継先の指定です。

信託で変わること:損益通算・空き家特例・小規模宅地

相続税の計算はほとんど変わりませんが、所得税と特例の一部には信託特有の扱いがあります。賃貸不動産や実家を信託するときは、次の点を確認します。

信託した場合に税務の扱いが変わる点・変わらない点
論点信託した場合の扱い根拠
信託した賃貸不動産の赤字信託から生じた不動産所得の損失は生じなかったものとみなされ、他の不動産所得や給与所得などと通算できない租税特別措置法41条の4の2
小規模宅地等の特例信託財産に属する宅地でも、被相続人の居住用・事業用などの要件を満たせば適用できる措置法通達69の4-1の2
空き家の3,000万円控除取得者の要件は相続又は遺贈により取得した相続人。信託の受益権として取得した実家は対象外と解されている租税特別措置法35条3項
信託財産の評価元本と収益の受益者が同じなら、信託財産そのものの評価額財産評価基本通達202

不動産所得の赤字の扱いは、見落とされやすい点です。たとえば、建物の減価償却費で生じる赤字を給与所得と相殺していた人がその賃貸物件を信託すると、相殺ができなくなります。損失は生じなかったものとみなされるため、翌年以後への繰越しもできないと整理されています。

空き家の3,000万円控除(被相続人の居住用財産を売ったときの特例)は、相続又は遺贈で実家を取得した相続人が対象です。国土交通省は、令和9年度税制改正要望で民事信託による取得を対象に加えるよう求めています要望段階。2026年(令和8年)10月時点では決まっていないため、実家の売却を予定している場合は、信託するかどうかを特例の要件と合わせて判断します。特例そのものは2027年(令和9年)12月31日までの譲渡が対象です期限あり。

一方、小規模宅地等の特例は、信託財産に属する宅地にも適用できることが通達で明らかにされています。親の自宅を信託していても、同居親族などが取得者の要件を満たせば、80%の減額を受けられます。

遺言の税務上の効果:申告期限までに取得者が決まる

遺言は、相続税の総額を変えません。相続税の総額は、実際の分け方に関係なく、法定相続分どおりに分けたと仮定して計算するからです。それでも遺言には、税務上大きな効果があります。

配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例は、申告期限までに財産が分割されていることが要件です。配偶者の税額軽減は、配偶者の取得分が1億6,000万円と法定相続分相当額のいずれか多い金額までなら、配偶者に相続税がかからない制度です。遺産分割協議がまとまらないと、いったん特例を使わずに申告して「申告期限後3年以内の分割見込書」を出し、分割後に更正の請求をすることになります。

遺言で取得者が決まっている財産は未分割にならないため、申告期限から両特例を使えます。配偶者の税額軽減の添付書類も、遺産分割協議書の写しに代えて遺言書の写しで足ります。

ただし、遺言で財産を受け取る人によっては、税額が増えることがあります。

  • 配偶者と一親等の血族(子・父母。代襲相続人となった孫を含む)以外の人が遺贈を受けると、その人の相続税額に2割が加算されます。孫を養子にしている場合も、代襲相続人でなければ加算の対象です。
  • 孫に遺贈すると、孫は相続又は遺贈で財産を取得した人になり、加算対象期間内に祖父母から受けた暦年贈与が相続税の課税価格に加算されます。
  • 法人に遺贈すると、亡くなった人がその財産を時価で譲渡したものとみなされ、含み益に所得税がかかります(所得税法59条)。

遺言は、2026年10月17日時点の方式で作る必要があります。自筆証書遺言は、全文・日付・氏名を自書し、押印することが必要です。押印を任意にする民法等の改正法(令和8年法律第45号)は成立していますが、まだ施行されていません成立・施行待ち。

法務局の自筆証書遺言書保管制度(申請手数料3,900円)を使えば、家庭裁判所の検認は不要です。作り方の詳細は遺言の種類と作り方で扱います。

認知症対策:判断能力があるうちにしかできないこと

判断能力(意思能力)を失った後の契約や遺言は、無効になるおそれがあります(民法3条の2)。贈与、遺言、不動産の売却や購入、養子縁組、生命保険の契約といった生前対策は、判断能力がしっかりしているうちに行う必要があります。

相続人の中に判断能力を欠く人がいる場合、その人は自分で遺産分割協議に参加できません。家庭裁判所が選任する成年後見人が、本人に代わって参加します。成年後見制度は、後見・保佐を補助に一元化する改正法が成立していますが、2026年10月17日時点では未施行で、現行の後見・保佐・補助の3類型のままです成立・施行待ち。

家族信託

  • 判断能力があるうちに契約する
  • 受託者が管理・処分を続けられる
  • 次の受益者(承継先)を決めておける
  • 相続税は直接所有と同じ

遺言

  • 判断能力があるうちに作成する
  • 亡くなった後の取得者を決める
  • 生前の財産管理には使えない
  • 特例の分割要件を満たしやすくする

成年後見

  • 判断能力を欠いた後に家庭裁判所が選任する
  • 後見人が本人の財産を管理する
  • 遺産分割協議で本人を代理する
  • 相続税の計算は変わらない

家族信託・任意後見・遺言は、いずれも判断能力があるうちに準備する手段で、相続税の課税価格を直接減らすものではありません。どれを使うかは、税金よりも「誰が、いつから、どの財産を管理し、最後に誰が受け取るか」で選びます。そのうえで、信託した不動産の赤字や実家の売却予定など、この章で見た税務の違いを確認します。

生前の財産整理:申告もれと評価の誤りを防ぐ

認知症対策と並んで効果が大きいのが、財産の整理です。相続人が財産の全体を把握できないと、申告もれや期限の遅れにつながります。次の項目は、本人が元気なうちに一緒に確認しておくと、相続後の作業が大きく減ります。

生前に確認しておきたい財産のチェックリスト

  • 親族や同族会社への貸付金(会社の帳簿で役員借入金になっているものを含む):元本と既経過利息が相続財産になります(回収できない一定の場合を除く)。
  • 未収の家賃:支払期日が来ている分は相続財産です。
  • 準確定申告で戻る所得税の還付金:相続財産です。なお、未支給年金は遺族の一時所得で、相続財産ではありません。
  • 墓地・墓石・仏壇:日常礼拝用は非課税です。生前に現金で買えば課税される財産は減りますが、借入金や未払金で買うと、その債務は控除できません。
  • 生命保険:契約者・被保険者・保険料を負担した人・受取人の組合せで課税が変わります(生命保険の活用と契約形態)。
  • 家族名義の預金:お金を出した人と管理していた人を整理しておきます(やってはいけない対策と否認事例)。
  • 登記が済んでいない不動産:相続登記は2024年(令和6年)4月1日から義務化され、取得を知った日から3年以内の申請が必要です。施行前の相続による分は、2027年3月31日と知った日から3年のいずれか遅い日が期限です。

他の税金・手続との関係

専門家向け:根拠と実務論点

信託の課税(相続税法9条の2)

  • 1項:信託の効力発生時に、適正な対価を負担せずに受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者)となる者は、委託者から信託に関する権利を贈与(委託者の死亡に基因する場合は遺贈)により取得したものとみなします。2項(新たに受益者等が存するに至った場合)、3項(受益者等の一部が存しなくなった場合)、4項(信託の終了により残余財産の給付を受ける者がある場合)も同様です。6項は、受益者等が信託財産に属する資産・負債を取得・承継したものとみなす規定です。
  • 自益信託は1項の要件に当たる者がいないため、設定時に課税関係は生じません(1項の要件からの整理)。受益者連続型信託は相続税法9条の3の対象です。生命保険信託は生命保険金の規定(相続税法3条・5条)によります(相基通9の2-1〜9の2-6)。
  • 評価は評基通202によります。元本と収益の受益者が同一なら信託財産の価額です。異なる場合は、収益受益権を将来の利益の基準年利率による複利現価の合計で、元本受益権を信託財産の価額から収益受益権の価額を控除した額で評価します。

信託と特例・所得税

  • 小規模宅地等:措通69の4-1の2(相続・遺贈で取得した信託に関する権利の目的となっている信託財産に属する宅地等も対象。相続税法9条の2第6項ただし書の権利等を除く)。通達番号は「69の4-2」ではありません。
  • 信託から生じた不動産所得の損失:措法41条の4の2、措令26条の6の2。損益通算も、他の不動産所得との通算もできません。みなし規定のため、純損失の繰越控除の対象にもならないと解されます。
  • 空き家特例:措法35条3項の取得者は、相続又は遺贈(死因贈与を含む)による取得者です。信託による取得が現行で対象外と解されているのは、国交省が令和9年度要望で民事信託による取得の対象化を求めていることによります。適用の可否は所轄税務署に確認するのが安全です。適用期限は2027年12月31日までの譲渡です。
  • 信託法90条(遺言代用信託の委託者は別段の定めがない限り受益者を変更できる)、91条(後継ぎ遺贈型の受益者連続信託は、信託設定から30年を経過した時以後に受益権を取得した受益者が死亡するまで又は受益権が消滅するまで有効)。

遺言・分割要件・認知症

  • 配偶者の税額軽減(相続税法19条の2)・小規模宅地等(措法69条の4)は、申告期限までの分割が要件です。未分割の場合は申告期限後3年以内の分割見込書を添付し、分割の日の翌日から4か月以内に更正の請求をします。やむを得ない事由がある場合の承認申請も同様の枠組みです。
  • 2割加算(相続税法18条):孫養子は代襲相続人でなければ対象です(相基通18-3)。相続・遺贈で財産を取得しない者には暦年贈与の加算がない(相基通19-3)ため、孫への遺贈は加算の有無を変えます。法人への遺贈は所得税法59条1項1号のみなし譲渡です。
  • 令和8年法律第45号(2026年6月24日公布):押印の任意化等は公布から1年以内、保管証書遺言の創設は3年以内、成年後見の見直しは2年6月以内の、政令で定める日に施行されます。施行日は政令で定められるため、法務省の案内で確認します。
  • 意思能力を有しなかった者の法律行為は無効です(民法3条の2)。成年後見人は被後見人の財産を管理し、財産に関する法律行為について被後見人を代表します(民法859条)。
  • 令和9年度要望(法務省・金融庁):遺言制度の見直しに伴い、税法上の「遺言書」を「遺言書等」に対応させる所要の措置要望段階。

生前整理の根拠

  • 貸付金債権は元本と既経過利息で評価します(評基通204・205)。墓所・祭具等は非課税で(相続税法12条、TA No.4108)、非課税財産に係る債務は控除できません(相続税法13条、TA No.4126、誤りやすい事例集 事例11)。相続登記の申請義務は不動産登記法76条の2によります。
第10章

やってはいけない対策と否認事例

相続税対策の中には、効果がないもの、税務調査で否認されやすいもの、重い加算税の対象になるものがあります。この章では、よくある誤解を一覧で確認し、名義預金・贈与契約書・死亡直前の預金引出し・葬式費用の注意点を、裁判例・裁決例と国税庁の資料から整理します。

この章の結論

  • 家族名義の預金は、名義ではなく「お金を出した人・管理していた人・贈与の事実」で判断されます。被相続人が出して管理していた預金は、相続財産として課税されます。
  • 贈与契約書があっても、受け取る人が贈与を知らず、通帳も渡していなければ、贈与と認められないことがあります。死亡直前に引き出した現金も、相続開始時に残っていれば相続財産です。
  • 家族名義の財産と知りながら申告しないなど、隠蔽・仮装と認定されると重加算税(35%または40%)の対象です。形を整えることより、お金の流れと管理を実態どおりにすることが対策の基本です。

よくある誤解と実際:一覧

「やってはいけない対策」には、①税額が減ったように見えて実は減っていないもの、②形式は整っていても実態が伴わず否認されるもの、③財産を隠すなど重加算税の対象になるもの、の3つの型があります。次の表は、よくある誤解と、法令・判例・国税庁の取扱いに基づく実際をまとめたものです。詳しくは右の列の章で扱います。

生前対策でよくある誤解と実際
よくある誤解実際詳しく
子や孫の名義にした預金は子や孫の財産原資・管理・贈与の事実で判断します。被相続人が出して管理していれば相続財産(名義預金)です。名義預金と贈与の証拠
贈与契約書を作れば贈与は成立している受け取る人の受諾と、受け取った側での管理の実態が必要です。受贈者の署名押印がなく本人も知らない贈与証では、書面による贈与は成立しないとした裁決があります。この章
年110万円以下の贈与は相続税に関係ない相続・遺贈で財産を取得した人への贈与は、加算対象期間内なら110万円以下でも相続税の課税価格に加算します。2026年(令和8年)中の相続は3年以内の贈与が対象です施行中。生前贈与加算
毎年110万円以下なら定期贈与にならない最初に総額と回数を約束すると、約束した年に定期金に関する権利の贈与を受けたものとして課税されます。名義預金と贈与の証拠
死亡直前に預金を引き出せば相続税はかからない相続開始時に残っている現金は相続財産です。隠して重加算税が課された事例があります。この章
借金をすれば相続税が減る借入金は債務控除されますが、借りた現金も財産です。課税価格が下がるのは、不動産の時価と相続税評価額の差の部分だけです。不動産と相続税
相続税評価額で評価すれば否認されない実質的な租税負担の公平に反する事情があれば、総則6項により鑑定評価額などで課税されます(最高裁2022年(令和4年)4月19日判決)。総則6項と最高裁令和4年判決
タワーマンションや賃貸物件はいつ買っても評価が下がる分譲マンションは2024年(令和6年)1月1日以後の相続等から区分所有補正率で評価します施行中。5年以内に取得した貸付用不動産は、2027年(令和9年)1月1日以後の相続等から通常の取引価額で評価する案が公表されています通達案。賃貸物件・タワーマンション
家族信託で相続税が減る受益者が信託財産を取得したものとみなされ、原則として直接持っている場合と同じ課税です。家族信託・認知症対策
養子を何人でも増やせば基礎控除が増える相続税の計算に入れる養子は、実子がいれば1人、いなければ2人までです。孫養子は、代襲相続人でなければ2割加算の対象です。養子を数に入れると税負担が不当に減る場合は、その養子を数に入れない否認規定もあります。養子縁組
法人化すれば不動産の評価は下がる会社が3年以内に取得した土地・家屋は、株価の計算上、通常の取引価額で評価します。会社が持つ土地に小規模宅地等の特例は使えません。法人化・資産管理会社
生命保険金には相続税がかからない非課税は500万円×法定相続人の数までです。相続人以外や相続を放棄した人が受け取った保険金に非課税はありません。生命保険の活用
海外の口座や不動産は日本の相続税の対象外住所・国籍などによっては国外財産も課税されます。日本にある財産は常に課税対象です。国際相続

名義預金:判断の分かれ目は「誰のお金で、誰が管理していたか」

名義預金とは、家族の名義になっていても、実際には被相続人のお金である預金のことです。国税庁は、名義にかかわらず、被相続人が資金を出しているなど被相続人の財産と認められるものは相続税の対象になるとしています。判断のポイントは、資金の出所、管理・運用の状況、贈与の事実の有無です。

裁判例では、東京地裁2008年(平成20年)10月17日判決が判断の枠組みを示しています。妻名義の預金・有価証券について、次の事情などを総合して判断するとしました。①財産や購入資金を出した人、②管理・運用の状況、③財産から生じる利益を受け取っていた人、④被相続人と名義人の関係、⑤名義人が名義を得た経緯です。

そのうえで、原資は夫で、贈与契約書も贈与税の申告もないとして、相続財産と認定しています。夫婦の間では、妻が管理・運用していたことも決定的な事情にはならないとされました。

国税不服審判所の裁決も、事実関係によって結論が分かれています。

名義預金をめぐる主な判決・裁決
判決・裁決結論判断の主な理由
東京地裁2008年10月17日判決相続財産原資は夫。贈与契約書も贈与税の申告もない。
2007年(平成19年)10月4日裁決相続財産(原資不明の1口を除く)被相続人の筆跡のメモ、印鑑、保管場所、原資(退職手当)から被相続人の管理と認定。妻は贈与を受けていないと述べ、贈与税の申告もない。
2013年(平成25年)12月10日裁決相続財産ではない(全部取消し)家族名義の預貯金等が被相続人に帰属するとは認められないとされた。
2021年(令和3年)9月17日裁決成人の子の名義は相続財産、未成年の子の名義は子の財産贈与の受諾と管理の実態の違い(次の見出しで説明)。

結論が分かれるのは、事実認定の問題だからです。原資が被相続人で、通帳・印鑑・保管場所など管理が被相続人の側にあり、名義人に贈与を受けた認識がないと、相続財産とされやすくなります。反対に、名義人自身の収入が原資である場合や、贈与の受諾と履行が認められる場合は、相続財産から外れます。

見落とせないのは、家族名義の財産だと知りながら申告しないと、重加算税の対象になりうる点です。国税庁の事務運営指針は、被相続人以外の名義・架空名義・無記名の財産であると認識したうえで申告しないことを、隠蔽・仮装の類型に挙げています。重加算税の割合は、過少申告加算税に代えて35%、無申告加算税に代えて40%です。

よくある誤り:家族の名義に移せば基礎控除以下になる

預金を相続人や家族の名義に移しても、原資と管理が被相続人にあれば相続財産のままです。国税庁が公表した調査事例には、基礎控除以下になるよう預金を家族名義に移して申告しなかった事案があります。課税価格が約7億2,000万円増え、重加算税を含め約4億3,000万円が追徴されました。

贈与契約書だけでは足りない:2021年9月17日裁決

「贈与契約書さえあれば名義預金にならない」という説明をよく見かけます。しかし、契約書があっても贈与が認められなかった裁決があります。

被相続人(2017年(平成29年)1月死亡)は、2001年(平成13年)に、子4人に毎年一定額を贈与するという「贈与証」を作りました。妻が被相続人の指示で、2001年から2012年(平成24年)まで毎年、妻が開設した子名義の口座に入金していました。審判所は、同じ贈与証にもとづく口座でも、子によって結論を分けました。

成人の子の名義の口座:被相続人の財産

  • 贈与証に受贈者の署名押印がない
  • 子は2019年(令和元年)まで贈与証の存在を知らなかった
  • 毎年電話で申込み・受諾をしたという陳述は信用できない
  • 口座は被相続人の支配下にあった
  • 2015年(平成27年)8月に残高を払い出し、通帳とともに子に渡した時に贈与が成立したとされ、相続開始前3年以内の贈与として相続税に加算

未成年だった子の名義の口座:子の財産

  • 当時の唯一の親権者(母)が法定代理人として贈与を受諾した
  • 口座は贈与の履行のために開設され、入金は年1回の贈与分だけ
  • 通帳と印鑑は親権者である母が保管していた
  • 成人後に通帳を受け取ったのが2018年(平成30年)でも判断は変わらない
  • 相続財産には含まれない

この裁決から分かるのは、契約書の有無よりも、受け取る側が贈与を受諾していたか、受け取った財産を受贈者の側で管理していたかが問われるということです。一方で、未成年者名義の口座でも、親権者の受諾と履行が認められれば贈与が成立しうることも示されました。ただし、いずれも事実関係による判断で、一般化はできません。同じ裁決では、被相続人が鍵を管理していた金庫の現金も、被相続人の財産と認定されています。

贈与の証拠の残し方は名義預金・名義株と贈与の証拠の残し方で詳しく扱います。

死亡直前の預金引出し:残った現金は相続財産

亡くなる直前に被相続人の口座からお金を引き出すこと自体は、違法ではありません。入院費や葬儀費用の支払に必要な場合もあります。問題になるのは、引き出した現金を申告から外すことです。

相続開始の時に残っている現金は、引き出した後でも現金として相続財産になります。国税庁の調査事例には、相続開始前に引き出した現金を相続人の自宅の金庫に保管し、申告から外していた事案があります。課税価格が約2億5,000万円増え、重加算税を含め約1億2,000万円が追徴されました。

死亡前に引き出した現金の使い道と相続税の扱い
引き出した現金の行き先相続税の扱い
相続開始時に手元に残っていた現金として相続財産に含める
被相続人の生前の債務(入院費など)の支払に充てたその分は相続財産にも債務にもならない
相続開始後に葬式費用の支払に充てた相続開始時の現金として財産に含めたうえで、葬式費用として控除する

遺産分割の前に葬儀費用などが必要な場合は、預貯金の払戻し制度も使えます。各相続人は、相続開始時の預貯金額×3分の1×法定相続分まで(1つの金融機関あたり上限150万円)、単独で払戻しを受けられます。引き出したお金の使い道は、領収書とともに記録しておくと、申告や調査の際に説明できます。

実務のコツ:否認されにくい生前対策の共通点

  • お金の流れと管理が名義どおりになっている(受け取った人が自分で通帳と印鑑を管理している)。
  • 贈与なら、受け取る人が内容を知って受諾しており、必要な贈与税の申告をしている。
  • 生前の引出しや立替えは、使い道を領収書などで説明できるようにしている。

葬式費用・債務控除で誤りやすい点

葬式費用と債務の控除は、範囲を広く考えすぎる誤りが目立ちます。国税庁の資料による主な区分は次のとおりです。詳しくは債務控除と葬式費用で扱います。

葬式費用・債務で控除できるもの・できないもの
項目控除できるもの控除できないもの
葬式費用火葬・埋葬・納骨の費用、遺体や遺骨の回送費用、通夜など葬式の前後に生じ通常欠かせない費用、お寺などへの読経料などのお礼香典返し、墓地・墓石の購入費用や墓地を借りる費用、初七日など法事の費用
債務死亡時にあった確実な借入金・未払金、準確定申告で納める所得税、死亡した年分の未納の固定資産税・住民税(納税通知書が届く前でも可)墓地の未払代金や墓の購入資金の借入金、団体信用生命保険で返済が免除される住宅ローン、相続人の責任で生じた延滞税・加算税

生前に墓地や仏壇を買うと、日常礼拝用のものは非課税なので、課税される財産は減ります。ただし、借入金や未払金で買った場合、その債務は控除できません。骨とう的な価値があるもの、投資の対象や商品として持っているものは非課税になりません。

国税庁の調査実績から見る注意点

国税庁が2025年(令和7年)12月に公表した、令和6事務年度(2024年7月〜2025年6月)の相続税の調査状況は次のとおりです。

相続税の調査の状況(令和6事務年度・全国)
項目数値
実地調査の件数9,512件
申告漏れ等の非違があった割合82.3%
追徴税額(加算税を含む)824億円
実地調査1件当たりの追徴税額867万円
重加算税の賦課割合(非違件数に対する割合)13.6%
簡易な接触(文書・電話・来署依頼)の件数21,969件

82.3%という数字は、資料情報などをもとに選ばれた事案を実地調査した結果です。申告全体の8割に誤りがあるという意味ではありません。札幌国税局管内では、実地調査291件のうち246件(84.5%)で非違があり、追徴税額は13億2,200万円でした。

申告漏れになった相続財産(実地調査分、合計2,879億円)の内訳では、現金・預貯金等が1,247億円(43.3%)で最も多いとされています。贈与税の実地調査でも、非違の83.4%が無申告で、財産別では現金・預貯金等が62.9%を占めました。預貯金に関する申告漏れが、金額でも件数でも大きな割合を占めていることが分かります。

統計の詳細は税務調査の実態:令和6事務年度の統計、調査で指摘されやすい点と備え方は税務調査の流れと指摘されやすい点で扱います。

他の税金・手続との関係

専門家向け:根拠と実務論点

名義預金の帰属

  • 東京地裁平成20年10月17日判決(税務訴訟資料):帰属は、財産又は購入原資の出捐者、管理・運用の状況、財産から生じる利益の帰属者、被相続人と名義人・管理運用者との関係、名義人が名義を得た経緯等を総合考慮して判断するとしました。遺産分割調停での合意は課税庁を拘束しないとも判示しています。
  • 国税不服審判所の公表裁決事例要旨(相続財産の帰属:預貯金):相続財産とされた例として平成3年1月18日、平成19年10月4日(裁決事例集No.74 255頁)。相続財産でないとされた例として平成13年3月29日、平成25年12月10日、令和3年9月17日(未成年の子名義の部分)。平成13年・平成25年の裁決は、要旨一覧の見出しによります。

贈与の成立と加算

  • 贈与の時期:書面によらない贈与は履行の時、書面による贈与は契約の効力が発生した時(相基通1の3・1の4共-8)。民法549条・550条。
  • 令和3年9月17日裁決:成人の子名義の口座は、平成27年8月の払出し・交付で贈与が成立・履行されたとして、相続開始前3年以内の贈与(相続税法19条)として加算されました。未成年の子名義の口座は、親権者の受諾と履行が認定されました。
  • 定期金に関する権利の贈与は、最初に総額・回数を約束した場合(相続税法24条、TA No.4402 Q&A)。

重加算税・債務控除・その他

  • 重加算税(国税通則法68条):過少申告加算税に代えて35%、無申告加算税に代えて40%です。事務運営指針「相続税及び贈与税の重加算税の取扱いについて」は、被相続人以外の名義・架空名義・無記名・遠隔地の財産と認識したうえでの不申告を、隠蔽・仮装の類型に挙げています。隠蔽・仮装された財産は、配偶者の税額軽減の計算の基礎からも除かれます。
  • 葬式費用(相続税法13条、相基通13-4〜13-6、TA No.4129)、債務(TA No.4126、誤りやすい事例集 事例11〜13)。制限納税義務者等は控除できる債務の範囲が限られ、葬式費用は控除できません。
  • 総則6項:最高裁令和4年4月19日判決(民集76巻4号411頁)。通達評価額と鑑定評価額の乖離だけでは足りず、相続税負担の軽減を意図した購入・借入れ、税負担の著しい軽減、他の納税者との不均衡が考慮されました。
  • 申告漏れ相続財産の内訳の数値は、国税庁資料のグラフから読み取ったものです。
第11章

納税資金の準備:延納・物納・売却・金庫株

相続税は、原則として申告期限までに金銭で一括して納めます。財産の大半が不動産や自社株だと、税額は計算できても納めるお金が足りないことがあります。この章では、納税資金を手当てする方法を比べ、相続した土地を売って納める場合の税金を計算例で確認します。

この章の結論

  • 相続税の納期限は申告期限と同じで、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。金銭での一括納付が原則で、延納・物納は金銭で納めることが困難な場合の例外です。
  • 相続した土地や自社株を売って納めるなら、相続税の申告期限の翌日以後3年以内(目安は相続開始から3年10か月以内)に売ります。この期間内なら、取得費加算の特例や金庫株の特例で売却時の税金を抑えられます。
  • 最も確実なのは生前の準備です。受取人を相続人にした生命保険、売りやすく物納もしやすい形への財産の整理、遺言による取得者の指定を組み合わせます。

納税資金はいつまでに・いくら必要か

相続税の納期限は、申告期限と同じ「相続の開始を知った日の翌日から10か月以内」です。申告書を出しても、税務署から納付書は送られてきません。納期限を過ぎると延滞税がかかり、2026年(令和8年)の割合は、納期限の翌日から2か月以内が年2.8%、2か月を過ぎると年9.1%です。

納税は相続人ごとの義務ですが、同じ被相続人から財産を取得した人どうしは、受けた利益の価額を限度に、互いに連帯して納付する義務も負います(連帯納付義務)。ほかの相続人が納めないと、自分に納付を求められることがあります。

必要な金額は、相続人ごとの納付税額で考えます。概算は相続税シミュレーターで確かめられます。財産の一覧と並べて、誰がどの財産を取得し、その人の手元にいくら金銭が残るかを確認することが、納税資金対策の出発点です。

  1. 相続開始預貯金は、遺産分割の前でも、相続開始時の預貯金額×3分の1×法定相続分まで(1つの金融機関あたり上限150万円)各相続人が払戻しを受けられます。
  2. 10か月以内申告と納付の期限です。延納・物納の申請書も、原則としてこの日までに出します。
  3. 申告期限の翌日以後3年を経過する日まで相続した財産を売ったときの取得費加算の特例と、自社株を発行会社に売ったときのみなし配当課税の特例を使える期限です。

6つの方法の比較

納税資金を手当てする主な方法を、要件・コスト・注意点で比べると次のとおりです。

納税資金の手当ての方法の比較
方法要件・期限税金・コスト注意点
預貯金相続した預金や相続人の手元資金。遺産分割の前は払戻し制度(1金融機関150万円まで)追加の税金はない遺産分割がまとまらないと、被相続人の預金をまとめて使えない
生命保険(死亡保険金)生前の契約が必要。受取人固有の財産で、遺産分割の対象にならない受取人が相続人なら500万円×法定相続人の数まで非課税受取人が相続人以外だと非課税なし。保険料を負担した人などの組合せで税目が変わる
延納(分割払い)税額10万円超、金銭で納めることが困難、担保の提供、申告期限までの申請利子税(2026年の特例割合は区分に応じ年0.2%〜1.0%)延納期間は最長5〜20年。延納税額100万円以下かつ期間3年以下なら担保は不要
物納(財産で納める)延納でも金銭で納めることが困難、財産の種類と順位、納期限までの申請、物納に適した財産収納価額は原則として相続税の課税価格の計算に使った価額担保権付き・境界が不明・共有の不動産などは物納できない。国内の財産に限る
不動産の売却期限はない。申告期限の翌日以後3年以内なら取得費加算の特例長期譲渡所得なら20.315%(所有期間は被相続人の取得日から計算)買い手探しや測量に時間がかかることがある。税金は翌年の確定申告で納める
自社株を発行会社に売る(金庫株)納付すべき相続税額がある人が申告期限の翌日以後3年以内に売れば特例。売る時までに届出書特例なら全額が譲渡所得で20.315%。特例がなければ一部がみなし配当(総合課税)買取価格は所得税法上の時価が基準。会社法の財源規制と決議の手続を確認する

預貯金と生命保険で足りれば、売却や延納・物納を検討する必要はありません。足りない部分について、売却できる財産があるか、延納・物納の要件に当たるかを順に確認します。

延納と物納:使える条件と生前の準備

延納と物納は、どちらも「金銭で一括して納めることが困難」であることが前提です。まず延納を検討し、延納によっても納められない金額に限って物納が認められます。

延納は、相続税額が10万円を超える場合に、担保を出して分割で納める方法です。期間中は利子税がかかりますが、2026年の特例割合は区分に応じて年0.2%〜1.0%で、延滞税(2か月経過後は年9.1%)より低い水準です。延納期間は相続財産に占める不動産等の割合で決まり、不動産等の割合が75%以上で、不動産等に係る部分なら最長20年です。特例割合は毎年見直されるため、申請時に確認します。

物納は、国内にある財産を、定められた順位(第1順位は不動産・船舶・国債・地方債・上場株式など)で国に納める方法です。担保権が設定された不動産、境界が明らかでない土地、共有の不動産などは物納できません。物納を選択肢に残したいなら、生前のうちに境界の確認や共有の解消を進めておきます。延納・物納の手続と書類は納付・延納・物納で詳しく扱います。

よくある誤り:小規模宅地等の特例を使った土地を物納に充てる

物納の収納価額は、原則として相続税の課税価格の計算に使った価額です。小規模宅地等の特例を受けた土地は、減額後の価額で収納されます。評価額1億円の土地に80%の減額を適用していれば、2,000万円分の納税にしかなりません。物納に充てる財産は、特例をどの土地に使うかと合わせて選びます。

土地を売って納める:取得費加算の効果

相続した土地を売ると、売却益に譲渡所得の税金がかかります。このとき、相続税を納めた人が一定の期間内に売れば、その土地に対応する相続税額を取得費に加えて、売却益を小さくできます。これが相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例です。主な要件は次の3つです。

  • 相続・遺贈で財産を取得し、その人に相続税額があること(配偶者の税額軽減で納付税額が0円の人は使えません)
  • 相続開始の日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売ること
  • 確定申告で特例を受けること(相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書を添付)

取得費加算額=その人の相続税額×売った財産の課税価格算入額÷その人の課税価格(債務控除前)
※加算前の譲渡益が上限。小規模宅地等の特例を受けた土地は減額後の価額で計算

計算例:相続税3,000万円を、相続した土地の売却代金で納める(仮定の数値)

前提:父が2025年(令和7年)9月10日に亡くなり(同日に知った)、相続人は子A・Bの2人です。課税価格の合計は2億5,400万円、うちAは1億5,000万円です(債務・葬式費用、生前贈与の加算、税額控除はなし)。Aは、父が1985年(昭和60年)に1,500万円で買った貸駐車場の土地(相続税評価額6,000万円、小規模宅地等の特例は使わない)を相続しました。Aは2026年5月にこの土地を7,500万円で売り(仲介手数料などの譲渡費用250万円)、代金から相続税を納めました。申告期限は2026年7月10日で、取得費加算を使える売却の期限は2029年(令和11年)7月10日です。

①相続税の総額:(2億5,400万円−基礎控除4,200万円)÷2人=1億600万円、1億600万円×40%−1,700万円=2,540万円、2,540万円×2人=5,080万円
②Aの相続税額:5,080万円×1億5,000万円÷2億5,400万円=3,000万円
③取得費加算額:3,000万円×6,000万円÷1億5,000万円=1,200万円
④加算前の譲渡益:7,500万円−1,500万円−250万円=5,750万円(1,200万円はこの範囲内)
⑤課税長期譲渡所得:5,750万円−1,200万円=4,550万円

譲渡所得の税金の比較(2026年分)
項目取得費加算あり取得費加算なし
課税長期譲渡所得4,550万円5,750万円
所得税(15%)682万5,000円862万5,000円
復興特別所得税(所得税×2.1%)14万3,325円18万1,125円
所得税と復興特別所得税の合計(100円未満切捨て)696万8,300円880万6,100円
住民税(5%)227万5,000円287万5,000円
合計924万3,300円1,168万1,100円

答え:取得費加算を使うと、売却にかかる税金は924万3,300円です。使わない場合の1,168万1,100円より243万7,800円少なくなります(1,200万円×20.315%=243万7,800円)。

父の取得日(1985年)を引き継ぐため長期譲渡所得です。2026年中の売却なので、復興特別所得税は所得税額の2.1%で計算しています。住民税は5%で概算し、他の所得や所得控除は考慮していません。

売却代金7,500万円から譲渡費用250万円と相続税3,000万円を差し引くと、4,250万円が残ります。売却にかかる税金924万3,300円は翌年の確定申告などで納めるため、その分は残りの代金から取り分けておきます。

この例では、申告期限前に売って代金で納めています。申告期限の前に売っても特例は使えます。反対に、申告期限の翌日以後3年を過ぎてから売ると特例は使えず、この例では税金が約244万円多くなります。

代金が納期限に間に合わない場合は延滞税がかかるため、売却の時期は相続開始後すぐに検討を始めます。なお、相続した実家を売る場合は、空き家の3,000万円控除と取得費加算のどちらか一方しか使えないため、有利な方を選びます。

自社株を会社に買い取ってもらう:金庫株の特例

相続財産の大半が自社株(非上場株式)の場合、その株式を発行会社に買い取ってもらい、代金を納税資金にする方法があります。会社が自社の株式を買い取ることを、一般に金庫株と呼びます。

個人が非上場株式を発行会社に売ると、原則として、代金のうちその株式に対応する資本金等の額を超える部分は、みなし配当(配当所得)になります。みなし配当は他の所得と合算して、累進税率で課税されます。

これに対し、納付すべき相続税額がある人が、相続税の課税対象になった株式を、相続税の申告期限の翌日以後3年以内に発行会社に売る場合の特例があります(租税特別措置法9条の7)。みなし配当として課税せず、代金の全額を株式の譲渡所得とするものです。税率は20.315%の分離課税で、取得費加算の特例とも併用できます。

特例を受けるには、株式を売る時までに、所定の届出書を発行会社を経由して税務署に出します。相続税の申告前でも、納付すべき相続税額の見積額を書いて出せます。買取価格は所得税法上の時価が基準で、時価の2分の1未満で売ると、時価で売ったものとみなされます。

会社側でも、自己株式を取得できる財源の範囲や株主総会の決議などの会社法の手続を確認します。計算例は相続した自社株を会社に売る:金庫株とみなし配当の特例で扱います。

生前にできる準備

相続が起きた後の選択肢は、期限や要件で狭まります。納税資金の対策は、生前の準備で差がつきます。

納税資金の生前チェックリスト

  • 相続人ごとの概算の納付税額と、その人が取得する予定の金銭を比べた
  • 死亡保険金の受取人を、納税が必要な相続人にしている(非課税は受取人が相続人の場合だけ)
  • 売却や物納の候補になる土地は、境界の確認や共有の解消を進めている
  • 遺言で、納税が必要な人に預貯金などの金銭も取得させるよう配慮している
  • 自社株が多い場合、会社に株式を買い取る財源と手続の準備があるかを確認した
  • 延納の担保に出せる財産(土地、国債、保険を付けた建物など)を把握している

他の税金・手続との関係

専門家向け:根拠と実務論点

納付・延納・物納

  • 納期限:期限内申告分は申告期限(相続税法33条)。延滞税は2026年は年2.8%(納期限の翌日から2か月以内)・年9.1%(2か月経過後)。
  • 延納(相続税法38条・39条、措法70条の8の2〜70条の11):延納申請期限は、期限内申告なら申告期限、期限後申告・修正申告なら申告書の提出日、更正・決定なら通知が発せられた日の翌日から1か月を経過する日です。延納税額が150万円未満(不動産等の割合75%以上の不動産等に係る分は200万円未満)なら、延納期間は延納税額÷10万円(1未満の端数は切上げ)の年数が上限です。不動産等には特定同族会社の株式・出資を含みます。
  • 利子税の特例割合=本則割合×延納特例基準割合÷7.3%(0.1%未満切捨て)。2026年1月1日現在の延納特例基準割合は1.3%で、例えば本則3.6%は0.6%、5.4%は0.9%、6.0%は1.0%。
  • 物納(相続税法41条〜48条の3):加算税・利子税・延滞税・連帯納付責任額は物納できません。相続時精算課税で取得した財産は物納に充てられません。収納価額は課税価格の計算の基礎となった価額です(小規模宅地等の特例適用地は適用後の価額)。
  • 連帯納付義務(相続税法34条):本来の納税義務者の申告期限等から5年以内に納付通知書が発せられていないもの、延納の許可を受けたもの、農地等の納税猶予の適用を受けたものは対象外です。

取得費加算(措法39条)と金庫株の特例(措法9条の7)

  • 分母はその者の相続税の課税価格です(生前贈与加算・相続時精算課税の加算額を含め、債務控除をしないで計算した額。措令25条の16)。相続税額は納付税額に暦年課税分の贈与税額控除・相次相続控除・精算課税分の贈与税額控除を足し戻した額で、配偶者の税額軽減・未成年者控除・障害者控除は足し戻しません。資産ごとに計算し、譲渡益が限度です(措通39-5)。
  • 所得税の確定申告期限までに相続税の申告をしていない場合は、相続税の申告書を提出した日の翌日から2か月以内に更正の請求ができます(措法39条4項1号)。相続税の修正申告・更正があれば、修正後の相続税額で計算します(措令25条の16第2項)。代償金を支払って取得した財産は、措通39-7で調整します。
  • 空き家特例(措法35条3項)とは、同一資産について選択適用です。当初申告で空き家特例を適用しなかった譲渡に、後から適用することはできません(措通35-18)。居住用財産の3,000万円控除(措法35条1項)とは併用できます。
  • 措法9条の7:届出書は譲渡の時までに発行会社を経由して提出します(措令5条の2)。発行会社は譲受けの翌年1月31日までに税務署長へ提出します。事業所得・雑所得となる株式等の譲渡には、取得費加算を適用できません。
  • 令和9年度税制改正要望(金融庁):株式等のみなし譲渡も取得費加算の対象となることの法令上の明確化要望段階。
第12章

国際相続:海外資産と海外在住の相続人

国際相続とは、子が海外に住んでいる、海外に預金や不動産がある、日本に住む外国人が亡くなった、といった相続です。どの財産に日本の相続税がかかるか、誰がどう申告するかが国内の相続と異なるため、この章では生前対策の観点から論点を整理します。

この章の結論

  • 日本にある不動産や国内の営業所に預けた預金などの国内財産は、被相続人や相続人がどこに住んでいても、日本の相続税の対象です。「海外に住めば相続税はかからない」は誤りです。
  • 国外財産まで課税されるかは、相続人と被相続人の住所・国籍・在留資格と、相続開始前10年以内に日本に住所があったかで決まります。日本人の親子の場合、国外財産が課税対象から外れるのは、原則として双方が10年を超えて海外に住んでいるときです。
  • 海外に住む相続人は納税管理人を定めて申告します。1億円以上の有価証券等を持つ人の財産を海外に住む相続人が取得すると、所得税の国外転出時課税がかかる場合があります。外国で課された相続税は、外国税額控除で調整します。

国外財産まで課税されるか:納税義務者の区分の要点

相続・遺贈で財産を取得した人(納税義務者)は、主に4つに分かれます。国内と国外の全財産に課税される無制限納税義務者(居住無制限・非居住無制限)と、国内財産だけに課税される制限納税義務者(居住制限・非居住制限)です。このほか、相続時精算課税の適用者で相続・遺贈により財産を取得しない人は、特定納税義務者になります。

どれに当たるかは、相続人と被相続人の住所・国籍・在留資格の組合せで決まります。区分の全体は相続税の納税義務者と国外財産で表にしています。ここでは、生前対策で問題になりやすいケースを示します。

よくあるケースと国外財産への課税(国内財産はいずれのケースも課税)
被相続人相続人国外財産
日本に住む日本人海外に住む日本人の子(出国して10年以内)課税される(非居住無制限)
日本に住む日本人海外に住む外国籍の子や孫課税される(非居住無制限)
海外に住んで5年の日本人海外に住んで10年を超える日本人の子課税される(非居住無制限)
海外に住んで10年を超える日本人海外に住んで10年を超える日本人の子課税されない(非居住制限)
日本で働く外国人(経営・管理など別表第一の在留資格)海外に住む外国籍の子課税されない(非居住制限)
日本に住む外国人の永住者海外に住む外国籍の子課税される(非居住無制限)

表のポイントは3つです。第1に、日本国籍の相続人が海外に住んでいても、相続開始前10年以内に日本に住所があれば、国外財産も課税されます。相続人が10年を超えて海外に住んでいても、被相続人(日本人の場合)が日本に住んでいるか出国から10年以内なら、やはり課税されます。

第2に、外国人の場合は在留資格の種類が重要です。ここでいう在留資格は、出入国管理及び難民認定法の別表第一(経営・管理、技術・人文知識・国際業務、留学など)に限られます。永住者や日本人の配偶者等(別表第二)は含まないため、永住者は日本人の居住者と同じく国外財産も課税されます。

日本に住む相続人でも、別表第一の在留資格を持ち、相続開始前15年以内の日本での居住が合計10年以下の人は「一時居住者」です。一時居住者は、被相続人が別表第一の在留資格で日本に住んでいた外国人(外国人被相続人)などであれば、国内財産だけが課税されます。

第3に、住所は生活の本拠で判定します。日本国籍の人や永住者が海外にいても、日本にいる人の扶養親族として留学している人や、海外勤務がおおむね1年以内の見込みの人は、日本に住所があるものとして扱われます。海外転勤や移住を予定しているときは、相続税の区分も変わりうることを知っておきます。

よくある誤り:海外に移住すれば相続税はかからない

日本にある不動産や国内の営業所に預けた預金は、どの区分でも日本の相続税の対象です。国外財産についても、日本人の親子が課税対象から外れるのは、原則として双方が相続開始前10年以内に日本に住所がない場合に限られます。また、永住者の在留資格を持つ外国人は「外国人被相続人」に当たらないため、国外財産も課税されます。贈与税にも、受贈者と贈与者の住所・国籍・在留資格による同じ仕組みの区分があります。

国外財産の範囲・評価と二重課税の調整

国内財産か国外財産かは、財産の所在で決まります(相続税法10条)。不動産はその所在地、預貯金は預け入れた営業所・事業所の所在地、株式は発行した法人の本店(主たる事務所)の所在地で判定します。このため、日本の銀行の海外支店の預金は国外財産、外国銀行の日本支店の預金は国内財産です。所在は、相続・遺贈で財産を取得した時の現況で判定します。

国外財産も、原則として財産評価基本通達で評価します。通達で評価できないものは、通達に準じるか、売買実例価額や精通者意見価格などを参考に評価します。課税上の弊害がなければ、取得価額をその国の価格動向で時点修正した価額や、相続後に売った価額をもとにした価額で評価することもできます(財産評価基本通達5-2)。

外貨建ての財産は、相続開始日の対顧客直物電信買相場(TTB)で円に換算し、外貨建ての債務は売相場(TTS)で換算します。取引相場のない外国法人の株式は、類似業種比準方式に準じた評価は原則としてできず、純資産価額方式に準じて評価します。詳しくは国外財産などの評価で扱います。

国外の財産に外国でも相続税に相当する税が課されると、同じ財産に二重に課税されます。日本では、外国で納めた税額を日本の相続税額から差し引く外国税額控除で調整します。

控除は、暦年課税分の贈与税額控除・配偶者の税額軽減・未成年者控除・障害者控除・相次相続控除の後、6番目に行います。外国の税額は、納付すべき日の対顧客直物電信売相場(TTS)で円に換算します。控除できる額には、相続税額のうち国外財産に対応する部分という上限があるとされています。

国外転出時課税:有価証券が海外の相続人に移るとき

相続税とは別に、所得税の国外転出時課税にも注意が必要です。日本に住む人が海外に移住するときだけでなく、その人の有価証券などが相続・遺贈や贈与で海外に住む人(非居住者)に移るときにも、含み益に所得税がかかる場合があります(所得税法60条の3)。

相続・遺贈による国外転出時課税の概要(所得税法60条の3)
項目内容
対象となる被相続人相続開始時に対象資産の価額の合計が1億円以上で、原則として相続開始前10年以内に日本に住所又は居所があった期間の合計が5年を超える居住者
対象資産有価証券(株式・投資信託など)、匿名組合契約の出資の持分、未決済の信用取引・発行日取引、未決済のデリバティブ取引
課税の内容海外に住む相続人等が取得した対象資産を、相続開始の時に譲渡したものとみなし、含み益に所得税を課す
申告相続人が、被相続人の準確定申告(相続の開始を知った日の翌日から4か月以内)で申告する
納税猶予納税管理人の届出や担保の提供などで5年(延長の届出で10年)。期間内に取得した相続人等の全員が居住者になった場合などは課税が取り消される
適用時期2015年(平成27年)7月1日以後の相続・遺贈・贈与。令和8年度税制改正での変更はない

贈与でも同じ仕組みがあり、要件に当たる人が海外に住む子や孫に有価証券などを贈与すると、贈与した人に所得税がかかります(贈与した年分の確定申告)。相続の場合のこの所得税は、被相続人に課される税金として、相続税の計算で債務として差し引けると整理されています。海外に住む子に上場株式などを多く残す予定がある場合は、相続税と合わせてこの所得税も見込んでおきます。

海外に住む相続人がいるときの手続

海外に住む相続人がいても、申告期限は国内の相続と同じ、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。手続の流れは次のとおりです。

  1. 納税義務者の区分を確認する相続人ごとに、国外財産も課税されるかを判定します。
  2. 納税管理人を定める日本に住所がない人が申告する場合は、納税管理人を定めて「納税管理人届出書」を税務署に出し、その税務署に申告・納税します。
  3. 遺産分割協議書を準備する遺産分割協議書には、実務上、相続人全員の実印と印鑑証明書が求められます。日本に住民登録がない海外在住の日本国籍の人は、在外公館で、印鑑証明に代わる署名証明を取ります(本人が出向き、領事の面前で署名します)。相続登記など住所の証明が必要な手続には、在留証明を使います。外国籍の人は、現地の公証人などで署名の認証を受けます。
  4. 申告・納付(10か月以内)被相続人が日本に住んでいた場合は、被相続人の死亡時の住所地を所轄する税務署に提出します。被相続人が海外に住んでいた場合の提出先は、事前に税務署に確認します。
  5. 相続登記日本の不動産を取得した相続人は、海外に住んでいても、取得を知った日から3年以内の相続登記の義務の対象になると解されています。

国外転出時課税の納税猶予を受ける場合、海外に住む相続人は、相続開始の日の翌日から4か月以内に納税管理人の届出をする必要があります。届出をしないと、猶予の期限が確定して所得税を納めることになります。海外の相続人がいる家族は、連絡先や必要書類の取り方を生前に確認しておくと、10か月の期限に間に合わせやすくなります。

国外財産調書と海外資産の調査

国外財産調書は、国外財産を多く持つ居住者が毎年税務署に出す調書です(国外送金等調書法5条)。その年の12月31日の国外財産の価額の合計が5,000万円を超える人(非永住者を除きます)が、翌年6月30日までに提出します。相続が開始した年の分は、相続・遺贈で取得した国外財産を除いて判定できます。この調書は相続税にも影響します。

国外財産調書と相続税の加算税(国外送金等調書法6条)
状況過少申告加算税・無申告加算税
申告漏れの国外財産が調書に記載されていた5%軽減
調書を出していない、又は申告漏れの国外財産が調書に記載されていない5%加重
国外財産に関する書類の提示・提出の求めに応じなかった軽減されず、さらに5%加重

国外財産調書による軽減・加重は、所得税と相続税が対象です。財産債務調書にも同様の仕組みがありますが、5%軽減は所得税と相続税、5%加重は所得税だけが対象です。財産を隠したと認定された部分には、重加算税がかかります。

国税庁は、相続財産に海外資産がある事案や、相続人・被相続人が国外に住んでいる事案などを海外資産関連事案として調査しています。2025年(令和7年)12月の国税庁の公表によると、令和6事務年度(2024年(令和6年)7月〜2025年6月)の実地調査は1,359件(前年947件)でした。海外資産に係る非違は209件、海外資産の申告漏れ課税価格は97億円です。

国税庁は、CRS情報(共通報告基準にもとづく非居住者の金融口座情報)をはじめとする、租税条約などによる情報交換制度を活用していると公表しています。相続人全員が国外に住み無申告だった事案で、粘り強く接触した結果、期限後申告に至った事例も公表されています。

北海道(ニセコなど)の不動産を外国人が持っている場合

北海道のニセコ周辺などで、外国人が持つ日本の不動産の相続が問題になる場合の一般的な留意点は次のとおりです。

  • 日本の不動産は国内財産なので、所有者や相続人が外国人・非居住者でも、日本の相続税の対象です。遺産の額が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えれば申告が必要です。
  • 所有者が別表第一の在留資格で日本に住んでいた外国人(外国人被相続人)で、相続人が海外に住む外国人などなら、課税されるのは日本の不動産などの国内財産だけです。所有者が永住者なら、国外財産も課税されえます。
  • 海外に住む相続人は、納税管理人を定めて申告・納税します。
  • 土地は路線価方式又は倍率方式で評価します。原野・山林など北海道に多い土地の評価は農地・山林・原野・雑種地と北海道の注意点を参照してください。
  • 国内法人や外国法人を通じて持っている場合、相続するのは不動産ではなく株式です。取引相場のない外国法人の株式は、純資産価額方式に準じて評価します。
  • 日本の外国税額控除は、国外にある財産に外国で課された税が対象です。日本の不動産に所有者の国でも相続税・遺産税が課される場合の調整は、その国の制度の確認が必要です。
  • 日本に住む所有者が1億円以上の有価証券等を持ち、海外に住む相続人が取得する場合は、国外転出時課税の対象になりえます。

他の税金・手続との関係

専門家向け:根拠と実務論点

納税義務者(相続税法1条の3、2条)

  • 定義(TA No.4138):一時居住者=相続開始の時に入管法別表第一の在留資格を有し、相続開始前15年以内の国内住所の期間の合計が10年以下の者。外国人被相続人=相続開始の時に在留資格を有し、かつ国内に住所を有していた被相続人。非居住被相続人=相続開始の時に国内に住所がない被相続人で、相続開始前10年以内のいずれかの時に国内に住所を有していたがいずれの時も日本国籍を有していなかった者、又は相続開始前10年以内に国内に住所を有していたことがない者。
  • 住所の判定・扱いは相基通1の3・1の4共-5〜共-7(生活の本拠、留学中の扶養親族、おおむね1年以内の国外勤務、重国籍者は日本国籍を有する個人に含む)。課税財産の範囲は同共-3。
  • 本文のケース表は、TA No.4138の定義と場合分けを当てはめたものです。個別の判定は同ページの区分表で確認します。被相続人が2015年7月1日以後に国外転出時課税の納税猶予の特例を受けていた場合は、判定が異なることがあります(TA No.4138注書き)。贈与税も、相続税法1条の4・TA No.4432で同じ構造です。

財産の所在・評価・外国税額控除・租税条約

  • 財産の所在:相続税法10条1項1号(不動産等はその所在)、4号(預金等は受入れをした営業所又は事業所の所在)、8号(株式・社債等は発行法人等の本店又は主たる事務所の所在)、3項(1項・2項以外は被相続人の住所の所在)、4項(取得の時の現況で判定)。各号の一覧は相続税の納税義務者と国外財産の専門家向け欄にあります。
  • 評基通4-3(外貨換算:TTB、債務はTTS)、5-2(国外財産の評価)。取引相場のない外国法人株式の評価差額に対する法人税額等相当額は、その国の法人税等に相当する税の税率の合計で計算できます(質疑応答事例)。
  • 外国税額控除(相続税法20条の2):外国税額の円換算は納付すべき日のTTSで、国内から送金する場合は著しく遅延しない限り送金日の相場でも構いません(相基通20の2-1)。控除限度額の計算上の国外財産の価額は、その財産に係る債務を控除した額です(相基通20の2-2)。順序は相基通20の2-4によります。控除限度額は相続税額のうち国外財産の価額に対応する部分とされています(算式は相続税法20条の2で確認します)。
  • 相続税・贈与税を対象とする日本の租税条約は、米国との日米相続税条約(遺産、相続及び贈与に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約。実施法は昭和29年法律第194号)だけです(税務大学校論叢59号、税大ジャーナル2022年5月号)。財務省の「我が国の租税条約等の一覧」は所得税等の条約の一覧で、この条約は載っていません。米国以外の国との二重課税の調整は、相続税法の外国税額控除によります。

国外転出時課税・手続・調書

  • 所得税法60条の2、60条の3、137条の2・137条の3、151条の3、153条の2・153条の3(タックスアンサー1467・1468・1478)。非居住者である猶予承継相続人が相続開始の日の翌日から4か月以内に納税管理人の届出をしない場合、その期限から4か月を経過する日に猶予期限が確定します。
  • 所得税法60条の3の適用を受けた資産は、取得費加算(措法39条)の対象資産から除かれます(同条7項)。納税猶予分の所得税を相続人が納付することとなった場合等の相続税の更正の請求の特則は、相続税法32条1項9号です。
  • 納税管理人は国税通則法117条によります。被相続人が国外に住所を有していた場合の納税地は、相続税法62条・附則3項の定めを確認します。
  • 在外公館の署名証明は、日本に住民登録がない海外在留者に、日本の印鑑証明に代わるものとして発給されます。日本国籍者が対象で、本人の出頭が必要です(代理・郵送は不可)。書類と綴り合わせる形式と単独の形式があり、どちらにするかは提出先に確認します。在留証明は外国での住所を証明するもので、用途に不動産登記などが挙げられています(外務省「在外公館における証明」)。
  • 不動産登記で印鑑証明書の添付が必要な場合、外国に住む人は日本の領事の署名証明で代えられます。在外公館から遠いなどで取得が困難なときは、外国の公証人の署名証明も認められています(法務省。不動産登記令16条・18条・19条、昭和48年4月10日民三第2999号回答、昭和54年6月29日民三第3548号回答)。
  • 配偶者の税額軽減で添付する遺産分割協議書は、共同相続人等が自署し、住所地の市区町村長の印鑑証明を得た印を押したものです(相続税法施行規則1条の6第3項1号、相基通19の2-17)。米国籍で米国に住む相続人が、米国の領事館又は公証人役場で遺産分割協議書の署名の認証を受けたものは、印鑑証明書に代わるものとして差し支えないとされています(質疑応答事例)。国税庁の提出書類の一覧(2026年7月版)は、小規模宅地等の特例などでも相続人全員の印鑑証明書を求めています。
  • 国外財産調書の提出義務は国外送金等調書法5条1項、相続開始年分に相続国外財産を除外できる特例は同条2項です。
  • 加算税の特例:国外財産調書は国外送金等調書法6条で、5%軽減・5%加重とも所得税・相続税が対象です。財産債務調書は同法6条の3で、5%軽減は所得税・相続税、5%加重は所得税だけが対象です。相続税での判定方法(被相続人・相続人のどちらの調書で判定するか)は個別に確認します。
  • 海外資産関連事案(令和6事務年度):海外資産に係る重加算税の賦課14件、海外資産の申告漏れ課税価格のうち重加算税の対象6億円。
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このページの出典・参考資料(111件)

このページは、2026年10月17日時点で確認できた法令・通達・国税庁などの公表資料にもとづく一般的な解説です。税制や運用は改正されることがあり、個別の事情によって取扱いが異なる場合があります。実際の申告・手続の際は、最新の公表資料を確認するか、税理士などの専門家にご相談ください。

計算例・設例の数値は説明のための仮定です。計算ツールの結果は概算で、正確性や個別の結果を保証するものではありません。確定度ラベル(施行中・成立・施行待ち・通達案・検討中・要望段階など)は2026年10月17日時点の状態を示します。

最終確認日:2026年10月17日 作成:ジェイスタート会計事務所(公認会計士・税理士)

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